steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
ナツメッグ邸の裏手、山の中の屋外射撃場に俺とマルガリータの姿はあった。
射撃場とはいっても、森の少し開けた場所をビークルで整地しただけの簡易的なものだ。
地面には所々粗い断面の切り株が残り、付近にはノコギリアームで伐採した丸太がそのまま無造作に積み上げられている。
シューティングレンジの奥側に設置した弾止め用の土嚢は、地面を均した際に出た土砂を適当な麻袋に詰めて作った。
一応、銃や弾薬の置台も兼ねてテーブルセットは持ち込んでいるが、椅子に防水タープを掛けただけで、あとは完全に野晒しだ。
「ここも久しぶりに来たけど、相変わらず粗雑というか何と言うか……。でも、的のギミックの方は頻繁に手入れしているみたいだね。回路もまだちゃんと生きてるし、配線もまとまってる」
「ああ、君の力作だからな。掃除の手間を惜しんで故障させたら目も当てられない」
一方、的の方は多種多様なバリエーションがあり、一部の標的は電動のレールや土台で回転する仕掛けがついている。
木の壁やパーテーション、ドラム缶などの遮蔽物に動体標的が乱立するエリアは、ここがサバゲ―フィールドだとしたら大分凝った代物だ。
適当にガラクタを撃って遊ぶだけなら、端材やスクラップを的にすればいいし、ライフルの
せっかく俺の射撃訓練のために、マルガリータがあれこれ工夫して機械を用意してくれたのだ。
そりゃあもちろん、大切に扱いますよ。
そんな具合にドヤ顔をキメる俺に、マルガリータは僅かに訝しむような視線を送ってきた。
「それで? こんな所までわざわざあたしを連れてきた意味は? 設備のメンテナンスなら、もうあんた一人でもできるでしょ?」
「まあまあ、そう言わずに。たまには夫婦水入らずも悪くないだろ?」
「……ふん」
完全に誤魔化しだったが、肩を抱き寄せる俺の手を鬱陶しそうに振り払ったマルガリータは、僅かに紅潮した顔を背けた。
強いてここの問題を挙げるなら、射撃訓練をする度にいちいち山中まで移動しなければならない手間だな。
小火器による周辺被害はビークル火砲より格段に少ないとはいえ、さすがに牧羊地の近くで銃を撃ちまくるわけにはいかないからな。
それに、家の地下や隣接する場所に防音の屋内射撃場を作るとなると、どうしても確保できる直線距離が限られてくるので、ライフルや機関銃を撃つには物足りない。
牧場エリアから少し外れて、ある程度まとまった広さの土地が必要になると……必然的に、場所は普段俺がシカやイノシシの狩場にしている山林――土地の所有者はナツメッグ博士――になるわけだ。
だが、そもそも俺たちの足は悪路をものともしないビークルであり、肝心の銃や弾薬も【ジャガーノート】に積み込んで運べるのだから、そのくらいの労力は妥協すべきだろう。
いつもビークルで移動してばかりで、少し運動不足な気もするし……。
「ん? 何か言いたいことでも?」
「い、いやぁ、別に!」
最近、若干ボリュームが増えた気がしないでもないマルガリータの尻周りから、俺は慌てて視線を外した。
普段、ビークルの整備でよく体を動かしているマルガリータも、近頃は研究で度々引き籠ることもあって、さらに何年も俺とナツメッグ博士の美食に付き合えば……まあ、それなりに肉は付く。
もちろん、ムッチリなマルガリータも悪くないとは思うが、以前の筋肉質で引き締まったお尻も……ねぇ?
俺が彼女を運動がてら射撃訓練に誘った理由は、さすがに気取られるわけにはいかない。
「と、とにかく! 最近、代わり映えのしない毎日で、君も退屈してるだろ? たまには気分転換がてら、射撃という貴族の遊びに興じるのも悪くないんじゃないかと思ってな」
「はいはい。ここまで来たんだし、今日のところは付き合ってあげるよ」
そうして、いつも通り運転席のシートの後ろから銃器を取り出した俺は、テーブルの上に弾薬箱と一緒に並べシャツの袖を捲って的に相対した。
マルガリータも口ではぶー垂れながらも、一応自分の護身用に所持している38口径リボルバーをケースから取り出す。
そして、ボリュームのある髪を結ぶのも面倒とばかりに大振りのハンチング帽に押し込んだマルガリータは、俺から視線を外しながらそっと囁いた
「……別に嫌なわけじゃないよ。あたしの整備した銃や仕掛けが、あんたの身を守るのに役に立っているかは気になるしね」
嫁ちゃん……! 邪な心が9割だった俺を許しておくれ……。
最初に手に取ったのは、リー・エンフィールド・ボルトアクションライフルだ。
19世紀末に開発された銃でありながら非常に優れた設計で、地球ではイギリス軍での退役後も民間では狩猟用として広く普及していた。
この銃も元々はピジョン牧場の引退した狩人の爺さんから譲り受けた品で、俺は徹底的なオーバーホールとアキュライズを施し、ナツメッグ博士謹製のスコープを装着して、普段は鹿狩りやイノシシ狩りに使用している。
装弾数は同系統の銃と比べると多めの10発。(同時代の他のボルトアクションは大抵5連発だ)
着脱式の10連マガジンを備え、5発の303ブリティッシュ弾をまとめたクリップを上から押し込むことでも装弾できる。
ボルト操作時に必要な回転角度が約60度と浅い――他は大抵90度――ことも相まって、速射力に関しては後年のウィンチェスターM70やレミントンM700系と比較しても勝るとも劣らない性能だ。
さすが、世界三大ボルトアクションの称号は伊達じゃない。
まあ、歩兵の標準装備としては、その後一般化したセミオート/フルオート射撃が可能な自動式ライフルに取って代わられたが……。
「――――っ」
フォアエンドをテーブルに据え、一つ目のマガジンが空になるまで100ヤードの距離で射撃してみると、十発の弾痕は直径約1インチ以内に収まった。
ちょうど1MOAを下回る、米軍の狙撃銃の規定をギリ満たす性能であることを示している。
もちろん、特殊部隊のスナイパーチームなどでは、狙撃銃に0.5MOA以下の精度を要求しているところもあるが……本来、軍用銃として設計されたライフルであることを鑑みれば2MOAでも上出来と言えるだろう。
それに、この銃の弾薬は軍用のメタルジャケット弾の弾頭をやすりで削って鉛を露出させたものを使っている。
弾頭の先端にも錐で穴を空けた簡易的なホローポイント弾だ。
着弾後に鉛の弾頭が広がり組織を大きく破壊するため殺傷力が高い。
対人用に限定するならともかく、強靭な野生動物をいい状態で仕留めるためには、一撃の威力は必要不可欠だからな。
地球でも、20世紀のディア・ハンターたちが弾代を安く上げるため同じ手法を使っていた。
本来、弾の先端を真鍮で覆うという工程が必要になる分、ホローポイントやソフトポイントよりメタルジャケットの方が製造コストは高い。
しかし、軍需物資の払い下げ品となると話は違ってくる。
戦時下の軍の弾薬需要ともなれば、民間の狩猟用はもとより警察・法執行機関のニーズを大きく上回る。
おまけに前世では、ハーグ陸戦条約の『不必要な苦痛を与える兵器の使用禁止』という建前のもと、軍用銃におけるフル・メタルジャケット弾以外の使用が禁止されていたため、大戦中には極力低コストでメタルジャケット弾が大量に生産され、戦後はその余剰品が安価に民間へ放出されるのだ。
俺も以前はローディングキットでライフル弾を自作したりしていたが、この世界でも結局のところ放出品を購入した方が手間もコストも低いことに気付き、こうして軍用弾の再利用に切り替えたわけだ。
当然と言うか、精密射撃用にロードした弾ではないうえに、弾頭にも適当な改造を加えているので、その精度はお察しレベルなわけだが……まあ、俺は別に1000ヤード射撃の大会に出るわけでもないので、少なくともハンティング用途をメインとして考えれば、今日の射撃スコアも十分すぎる命中率だ。
しかし……。
「……少しズレてるな」
「そう?」
俺の横でリボルバーを適当に撃っているマルガリータには差異が微妙過ぎてわからなかったようだが、そのまま200ヤード、300ヤードと的を離して撃ってみると、若干だが弾痕のバラツキの中心はターゲットの
俺の記憶が確かなら、前回撃った時のグルーピングは全てセンターから10点圏内に位置していた。
もちろん、銃の照準は射手の体調や気候によっても変わるものだが……この差は何かしらメカニズム上の相違が生じたと考えるべきだろう。
もちろん、銃身はオーバーホールに際し少し値が張る新品に交換しているし、機関部はオイルストーンで擦り合わせた後も定期的にメンテナンスを行っている。
内部機構の経年劣化でないとすると……問題は他のアキュライズ処置に生じた故障か?
念のため、マガジンとボルトを抜き、ライフルをざっと分解してみる。
「ああ……これか」
銃身をストックから外したところで、俺はフォアエンド付近から若干擦り切れたフェルトの切れ端を取り出した。
木製のストックは気温や湿度によって変形する恐れがあるため、できるだけ銃床との接触面を減らしつつ銃身を支えられるよう、間にフェルトを挟んでいたのだ。
さすがに布の劣化はどうしようもないので、俺はフェルトを新しいものに交換すると、ライフルを組み立て直し再びゼロインを行った。
その後、2箱ほど弾薬を消費しボルトアクションライフルを置いた俺は、次の銃を手に取った。
凡そ10kgほどの重量に、円盤を乗せたような形の47連パンマガジン。
リー・エンフィールドと同じ303口径弾を使用するLMG、ルイス軽機関銃だ。
「そいつも気に入ったかい?」
「ああ、もちろん」
以前、マルガリータが作ってくれたルイス軽機関銃は、オットーの【フラップフライヤー】に同乗して『グランドフィナーレ』に戦いを挑んだ時に湖に落としてしまったが、同じものを彼女がまた拵えてくれたのだ。
いや……厳密にいえば、同じではない。
前のLMGは飛行ビークルの整備と並行して用意したため、間に合わせのコピー品であったが、あの後数回の試射と改修を繰り返し、以前とは別物に仕上がっている。
具体的に改善点を上げるなら、機関部の撃発機構のスムーズ化、ボルト周りの精度向上、放熱カバーの省略だ。
作動メカニズムに難があり故障の多い銃だったことは明確なので、マルガリータはまずトリガー周りを改修し信頼性を向上させた。
また、オープンボルトゆえに構造の簡略化による耐久力の強化と放熱効果は期待できるが、その分汚れや異物が侵入しやすくなり故障のリスクが上がるため、パーツ同士の噛み合わせをタイトにしつつ機関部周りの外装には簡易的な閉鎖機構が追加されている。
ボルトキャッチと排莢口から僅かに出っ張った金属のカバーはその一環だ。
銃身を覆う円筒状のジャケットは、発射時のバックブラストを後ろ側に誘導し、気流を利用して銃身をより素早く冷却することを目的としたものだが……その効果は正直眉唾で、寧ろ熱風が射手の顔に吹き付けるという本末転倒な代物だったので、こちらは完全に廃止だ。
そんな具合に、前回よりも確実に使いやすくなったLMGを100メートルほど離れた金属製の的に向けフルオートで連射してみる。
ルイス軽機関銃にセミオート機構は無い。
「――よし、いい感じだ」
本体ごと回転しながら弾薬をチャンバーに送り込む47連発のパンマガジンが空になる頃には、金属製のスクラップを組み合わせて作った標的が、二つほどズタズタになっていた。
周囲の樹木には数発ほど外した無駄玉により弾痕が穿たれていたが、途中で点射に切り替えてからは全て目標に命中している。
さすがに弾をばら撒くことを目的とした武器だけあり、リー・エンフィールドライフルほどの精度は望むべくも無いが、オープンボルトのLMGであることを思えば十分な結果だろう。
そのままさらに遠くの的を狙っても、弾倉一つ分の連射で10人は倒せるであろう火力を発揮している。
予想以上のスコアに俺はご満悦だ。
「ひゅ~、さすがの火力だな」
「派手にやったね。あの的はもう交換しないと……」
一方のマルガリータは、フルオート機構に改修したモーゼルc96を動体標的のギミックに向けて一頻り撃つと飽きてしまったようで、銃をテーブルに置いて椅子に座ると退屈そうに足を組んでいた。
因みに、LMGに使う303ブリティッシュ弾は、ハンティングライフルと違い特にホローポイント化はしていない、ノーマルの軍用フル・メタルジャケット弾だ。
さすがにマシンガンで野生動物を撃つバカは居ないし、人間に対して使うならメタルジャケットでも十分だからな。
仮に弾が貫通しても、当たりどころが悪ければ普通に死ぬうえに、ライフル弾の直撃を食らって戦闘力を失わない人間など居ない。
まあ、とはいえ……俺がこの銃を使う機会などそうそう無いだろう。
重火器としては明らかにチェーンガンの方が火力は勝り、そもそもフルサイズのライフル弾を使うような交戦距離なら、それこそビークルに乗って戦った方が安全且つ確実だ。
俺が手持ちの銃器を必要とするのは、あくまでもビークル非搭乗時の護身用としてなわけで、LMGを持ち出すシチュエーションなどそれこそ【ジャガーノート】が使えず大勢の敵と相対したとき……そういう状況に陥らないといいな。
不吉な想像を頭から追い出しつつ一頻りルイス軽機関銃の射撃を終えた俺は、空になった予備マガジン10個ほどに補弾すると、ガンケースにひとまとめにしてビークルのシートの後ろへ収納した。
備えあれば憂いなしってやつだ。