steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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25話 ネフロ闘技場支配人ディーノの憂鬱

 

 ネフロ闘技場の支配人ディーノから急な呼び出しを受けた俺は、愛機【ジャガーノート】を飛ばしてワグテール渓谷を抜けると、ネフロの街へ入りそのまま闘技場へ向かった。

 最短ルートで来たので、時間はまだ昼前だ。

 これだけ早く来てやれば、ディーノの奴も文句はあるまい……いや、そもそも朝っぱらから人を呼びつけるあいつが非常識すぎるわけなんだが……。

「ハァ……」

 あの喧しいオカマ野郎と会うのは憂鬱だが、ここで文句を言っていても始まらないので、俺は早速闘技場の搬入口を潜った。

 ビークル用の通路を進むと、その先から直接繋がる地下のビークル格納庫兼選手控え室へと出る。

 ちょうど試合の合間の休憩時間らしく、控え室には顔馴染みのバトラーたちが揃っていたが……居るな。騒ぎの元凶も。

「あ~~~~んっ!! もうお終いよぉ~! こんなんで一体どうすればいいのぉおおぉぉぉ!!」

「そうねぇ……でも、仕方ないわよ。そういうこともあるって」

「…………」

 頭にキンキン響くオカマ声に俺は思わず顔を顰めた。

 闘牛士のような派手な服とカイゼル髭のディーノはいかにも伊達男といった風防だが、あれでガチなゲ〇というのだから……人間ってのはわからんものだ。

 若干、困ったような表情でディーノを宥めるように相槌を打っているのは、普段は1階のメインカウンターを担当している受付嬢か。

 時折、噂されている、あの二人が男女の関係という説は……ないな。

 ディーノの奴は生粋のホモだ。

 因みに、他の選手やスタッフは、ディーノがこの調子なのはいつものことと言わんばかりに、軒並み無視を決め込んでいた。

 まあ、それが正解だ。

 支配人が選手控室で愚痴ったり大騒ぎをする方がおかしい。

「あ~……お取込み中失礼。支配人、俺をお呼びと聞いたが……」

「ああっ!! グレイっ! 来てくれたのねぇ! 待ってたわぁん!」

 猛烈な勢いでこちらに駆け寄って来るディーノは、そのまま俺に飛び掛かるようにハグをカマそうとしてきたが、すんでのところで躱した。

 勢い余って【ジャガーノート】のレッグパーツに顔から突っ込みかけたディーノは俺に恨めし気な視線を向けるが、こっちだって咄嗟にカウンターパンチをぶち込むのをどうにか思い留まったのだ。

 文句を言われる筋合いは無い。

「……で、どうしたんだ?」

「どうもこうも無いわよ! もう、ネフロ闘技場はお終いだわぁ~。どんどん寂れて、お客も入らなくなって、借金で首が回らなくなって……アタシはクビよっ! 最後はきっと甘い言葉で近づいてきた酷い男に騙されて、捨てられて……オヨヨヨヨヨ!」

「ああっ、泣かないで……。きっと、グレイさんが何とかしてくれるわよ」

 若干の愉悦を含んだ声で無責任なことを言い放つ受付嬢を、俺は恨めし気に睨んだ。

 もう帰っていいか……。

 

 

「あ~……グレイ。支配人があの調子なので、私から説明しよう」

「ああ、ジンジャー。お願いしますよ」

 ちょうどいいところに助け船を出してくれたのは、元ビークルバトルトーナメントチャンピオンのジンジャーだ。

 今はネフロ闘技場に復帰しており、通常試合のほかエキシビションや訓練教官もこなしている。

 最近では、潜水用ビークルパーツの広告塔として、大口の契約を結んでいたはずだ。

 俺やシュナイダーと並ぶ数少ないSランクバトラーだ。

「端的に言って、経営状態の悪化だな。この闘技場の財政はかなり……芳しくないらしい」

 そんな内部事情を一選手でしかない俺やジンジャーに把握されるあたり、どうなんだと思わなくもないが……まあ、最早周知の事実か。

 正直、今の闘技場は斜陽産業だ。

 かつては、ビークルバトラーといえば町の守護者で英雄、子どもたちのあこがれの職業ナンバーワンだったが……電気事業や新しいエネルギー需要、汎用ビークルのモデル刷新その他諸々の好景気によって、昨今のハッピーガーランドおよび周辺地域の経済は大きく様変わりしている。

 それはネフロ近郊、そしてビークル産業全般も例外ではない。

 経済活動が活発になり治安維持にも力が入れば、街の近くで短絡的に盗賊行為に及ぶアホは減る。

 強力なビークルが民間のビークル乗りにも普及すれば、その分襲う方のリスクも増大するので当然だ。

「盗賊団の襲撃が減って、バトラーが以前ほど英雄視されなくなったと?」

「ああ、助けを必要とする事件が無ければ、所詮ビークル乗りなど荒くれの労働者に過ぎない。何せ、誰かを守る機会が無いのだ」

 そういえば、少し前に顔見知りのビークル乗りから、今は盗賊狩りや護衛より速達や雑作業の方が稼げるなんて話も聞いたな。

 開拓や産業革命の時代において、需要の絶対数という意味では、間違いなく『壊す』よりも『作る』仕事の方が多い。

 後世でクローズアップされるかどうかはともかくとしてだ。

 しかし……。

「別に盗賊団が無くなったわけじゃない。件数は減っても、その分キャラバンルートや街道沿いから離れた場所で起きる襲撃事件は深刻さを増している気がしますけどね。戦闘の一件当たりの規模が大きくなれば被害も増える。旧式のビークルやパーツの値下げは、大量の戦闘ビークルを配備するハードルを大きく下げちまったし、基礎性能の向上や整備性の充実が利になるのは襲撃する側も同じでは?」

 数か月前にも、俺は王都行きの客船で随分と手の込んだ大規模な襲撃を受けた。

 経済活動の規模の広がりに秩序の管理が追い付かなかった結果がアレだ。

 とはいえ……。

「身近な脅威が感じられなければ、人は簡単に危機そのものを忘れ去る。ブラッディマンティスの爆撃からもうすぐ3年……。今のハッピーガーランドの飛行ビークルに対する呑気な構え様はどうだ?」

「それは確かに」

 正義を可視化するのに不正義の存在は必要不可欠だからな。

 悪と戦う以上にわかりやすいヒーロー像は無い。

「……話を戻すが、闘技場にとって何より痛いのは規制緩和だろうな。護衛や討伐の仕事をするのに、以前はバトラーランクが共通の指標だったが、今ではそれも変わりつつある。最近では、資本家や商社主導で討伐隊が組まれてビークル乗りが集められることも珍しくないらしい」

 昔はライセンス保有者や護衛付き以外では入場制限が掛かっていたアレハーテ丘陵方面も、今では自由に出入りできるようになった。

 あそこはネフロと油田・ガス田を繋ぐ重要な輸送ルートだからな。

 人や物の移動の円滑化のためには仕方の無いことではあるが、ある意味これもビークルバトルライセンスの『特別感』を失わせた。

「結局はブランドか……」

「我々もそれで食っているからな」

 少なくとも、闘技場が街で唯一の娯楽だった時代は、もうとっくに終わっているのだ。

 美食、美術、音楽……ありとあらゆる芸術が、多様な形を以って市民の生活に浸透している。

 そのうえで、ジンジャーの言うようにビークルバトラーの現実に則した活躍と市民の目に映る機会が無いとなれば……そりゃ、衰退するのも納得がいくというものだ。

「旧来のファン層は? ビークルバトル自体はともかく、選手個人に根強い支持者がいると思いますが」

「イザベルは結婚を機に引退した。シラサギ芋農家の彼も、本業を優先するため、今はほとんど出場していない。ルーニーはネフロ消防隊から異動になった、一応栄転だそうだ。キラーエレファント団の首領は……彼がきまぐれなのは言わずもがなだ。……私と君とシュナイダーを除いて、残っているのはチャッキーくらいだよ」

「あちゃ~……まあ、この手の延命はどちらにせよ一時凌ぎにしかなりませんけど……」

 さらに、聞けば闘技場の収益は全盛期の半分くらいまで落ち込んでいるらしい。

 ひどいな……。

 さすがにそこまでとは思っていなかった。

「それに……」

「おいおい、まだ何か?」

「いや、これは君に言っても仕方の無いことかもしれんが……今のネフロ闘技場は少し異常だ」

 俺は黙って続きを促した。

「ハッピーガーランドのような大都会でもないのに、Sランクが3人……これを異常と言わずして何と表現する?」

 確かに、俺とシュナイダーとジンジャーのSランク組を除いて、今この闘技場に所属しているのは万年Dランクのチャッキーと新人のみ。

 所謂、中間層が欠如している状態だ。

 それは、マッチメイクから闘技場における各選手のキャラクター、所謂ブランディングにも大きく影響するわけだが……ちょっと待てよ。

 何だかんだ言って、俺も今年で30歳。

 年齢に対してビークル歴は短い方だが、数年に渡ってトーナメントチャンピオンの座を防衛していることを思えば、俺も間違いなくベテラン勢に組み分けされる。

「……俺も最早ロートルか」

「フッ、何を今更」

 俺のボヤきをジンジャーは愉快そうに鼻で笑った。

 まったく、失礼な奴だ。

 これでも三人の中では俺が一番若いぞ。

 そんな具合にどうでもいい方向へ思考が逸れた俺だが、ここで唐突に割り込んできたキーキー声に現実へ引き戻された。

「ちょっと、ジンジャー! 笑いごとじゃないわよ!」

 鼻息荒くこちらへやって来たディーノに、ジンジャーも思わず苦笑しながら後退って距離を取る。

 今の今まで存在を忘れていたが、元々はこいつの要請で闘技場を訪れたのだった。

「お願いよ、グレイ~! このままでは、ネフロ闘技場も閉鎖になってしまうわっ! 何か、広告になって、利益も出て、ビークルバトル業界全体が盛り上がる手を考えて~!」

 無茶を言いやがる……。

 そんな都合のいいアイデアがポンポン出てくるものか。

 しかし、ため息をつく俺とは裏腹に、ジンジャーも真剣な表情で俺に向かって言葉を続けた。

「私からも頼む。このまま私たちの過去の栄光に縋り、業界全体が寂れるに任せるのでは、さすがに新人バトラーが可哀想だ。それに……」

「ん?」

「(ディーノは……あれでも後ろめたい思いはあるんだ。少なくとも今までは、我々に闘技場の経営状態について愚痴ったりすることは無かった。今回のことでグレイに頼るのも、彼なりに悩んだ末のことだろう)」

 最終的にジンジャーの取り成しもあり、結局俺は首を縦に振るしかなかった。

 

 

 

 

「――とは、いったものの……」

 闘技場を後にした俺はひとりごちた。

 ネフロ闘技場の宣伝、選手個々人のブランディング……そして、ビークルバトル産業全体の衰退対策か。

 他人事ではないとはいえ、何とも面倒な話だ。

「…………ふむ」

 とはいえ、正直俺も最近のネフロ闘技場の環境には、それなりに違和感を覚えていた。

 ジンジャーの言う通り、所属する主力バトラーの半数以上がSランクで、後は新人も含めてDランクばかりというのは、些か行き過ぎだ。

 低ランク同士のバトルなど、大抵はグダグダな泥仕合になるわけで、一種のウケ狙いだ。

 もちろん、フレッシュなルーキー同士の戦いというのも、場合によっては観客の心を掴むことが往々にしてあるものだが……少なくとも、日頃の会場のメインイベントとなれるクオリティを安定して発揮することはできない。

 かといって、俺たちSランクと新人をマッチメイクすれば、それこそエキシビションや教練のようになってしまいかねないからな。

 逆に、俺やシュナイダーなどのSランク同士の試合も、必ずしも盛り上がるとは限らない。

 高ランク同士の戦いは、高性能なビークルと高度な戦術を駆使したハイレベルな試合となるが、その分だけ洗練され過ぎてしまうというのは口さがない評論家の言うところである。

 俺がチェーンガンを連射し長距離キャノンで障害物を吹き飛ばすのも、シュナイダーが壮絶な剣戟を披露するも、ある意味でもうお約束である。

 端的に言えば、これも一種のマンネリ、爆破しか能がない某古い刑事ドラマのような印象を与えるのだ。

 要は、中間層が居ないことで、ギリギリの順位の変動や新進気鋭のバトラーの大きな躍進が見られないのだ。

 ……問題の要点は整理できているが、全く以って、どこから手を付けていいのかわからない。

 少し安請け合いしすぎかな。

 

 

「(いらっしゃいませ!)」

「(チャールズ! バーガーを1つくれ!)」

「(こっちはサンドイッチを2個ちょうだい)」

 いつの間にか警察署を過ぎ、俺はネフロ南地区に来ていた。

 ネフロベーカリーの前あたりで立ち止まり、ベストのポケットから懐中時計を取り出し見てみると、時刻はもう昼過ぎだった。

 ……今日のところは、俺も昼飯はネフロで済ませるか。

 家の方でも、既にマルガリータとナツメッグ博士は食事を終えている頃だろう。

 バナナマフィンの残りとコンフィチュール、冷蔵庫には作り置きのシェパーズパイがあるので、食い物が無くて困ることは無いはずだ。

 さすがに温め直すだけなら二人にもできる。

「「ありがとうございました!」」

「おう! また来るぜ!」

「じゃあね、シェリル」

 ふと、先ほどから威勢のいい声が聞こえる店の方へ視線を向けた。

 『ネフロベーカリー』の向かいの駐機場が随分と賑わっている様子だが……まず目に入るのは『ネフロバーガー』の看板。

 旧式のトラックを改造したと思わしきキッチンカーでは、若い夫婦が忙しなく客に料理を提供している。

 ……そういえば、この店もいつの間にか出来ていたな。

 原作では、気の弱いチャールズという男が勝気な女性シェリルに恋慕し、彼女に振り向いてもらうために始めた店だ。

 チャールズの得意分野である料理を活かし逞しさアピールをするという計画で、シナリオ通りの展開なら、テキパキと店を切り盛りするチャールズは見事にシェリルの心を射止めるわけだが……どうやら、無事二人はくっ付いたようだ。

 店を開くにあたり、バニラがキラーエレファント団に潜入し入手した料理のレシピが、新作料理のアイデアとして役立つ流れだったが……俺はここの立ち上げにタッチしていない。

 もしかしたら、バニラが原作通り手を貸していたのかもしれないな。

 見たところ、昼時は客足が絶えないくらい繁盛しているらしい。

 『ネフロベーカリー』でカレーパンか総菜パンでも買おうと思っていたが、今回はここにしてみるか。

「いらっしゃい! ……おやっ、あなたは!」

 直接の面識は無いはずだが、向こうは俺のことを知っているようだ。

 今更気にすることでもないので、俺は挨拶もそこそこにメニュー表へ視線をやった。

 店名の通り、イチオシはハンバーガーのようだが、ラインナップは随分と手広いな。

 ロールキャベツにステーキ、コロッケなどの揚げ物も扱っているらしい。

 原作でも、レシピの内容によって店で扱う料理の内容が変わる仕様だったが、システム的に両立できなかった品まで並んでいるじゃないか。

「最初は、ハンバーガーのパテを焼く鉄板があるのだからと、ステーキの注文を受けていた程度だったのですが……リクエストにお応えしているうちに、どんどんメニューが増えてしまって」

「本当よ。あなた、手際の良さは凄いんだけど、たまに考えなしのところがあるから」

「ははっ……すまないな、シェリル。でも、君が手伝ってくれるおかげで、この店も順調に繁盛しているよ」

 まあ、何だ……この店もネフロの食文化も、一歩ずつ確実に前進しているのは何よりだ。

 とはいえ、この二人……。

 人目も憚らずイチャつくのは……うん、自分も気を付けよう。

 俺もマルガリータも身に覚えがあり過ぎる。

「注文いいかい?」

「はい」

「それじゃあ、ハンバーガーを一つと、あとこのミニロールキャベツのスープを頼むよ」

 ついでに新メニューのカレーコロッケをいくつか包んでもらいお土産を手に入れた俺は、【ジャガーノート】に乗り込み帰路に就いた。

 

 

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