steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
グルメ回を挟みまして再開です。
このまま『2』シナリオ突入まで......行けるといいなぁ。
そろそろ夏も終わりかけとなったこの時期。
気怠い午後の陽気のなか、上の空でおやつの準備をしながら俺はふと口を開いた。
「何か忘れてる気がする……」
冷蔵庫からピッチャーごと冷やしておいたアイスコーヒーを取り出し、氷を入れた三人分のグラスに注いでいく。
博士の実験室からパク……拝借してきた新品の分液漏斗で淹れた水出し
さすがに専用の器具を取り寄せることまではしなかったが、これでも挽いたコーヒー豆に一滴ずつ水を浸透させ、じっくり時間をかけてエキスを抽出するという過程は再現できる。
味の違いは期待できるはずだ。
これのために豆もやや苦みとコクが強い品種に変えてみた。
初の試みだが、いつものドリップコーヒーより透き通るダークブラウンの色合いは、控えめな香りと相まって成功を予感させるには十分な美しさだ。
キューブ氷がグラスの壁面に当たる音を聞きながら、俺はテーブルの博士とマルガリータにアイスコーヒーをサーブしていく。
考え事をしていても、ここ数年に渡ってこなし続けてきた家事の動作に淀みは無い。
「何だったかな……?」
「闘技場の件か? 確か、ビークルバトル産業の存続が云々とか言っておったの」
「いや、そんなどうでもいい話ではないです」
「どうでもいいって……あの支配人、電話じゃかなり深刻そうだったけど」
独り言にしては大きい俺の声に、博士は目の前のバナナジェラートを口に運びながら返答した。
マルガリータは俺の物言いに一瞬だけ呆れ顔を見せるも、彼女の意識もまたジェラートに散らしたピスタチオクランチをスプーンで寄せるのに集中している。
まあ、二人の薄い反応からして、大した用事ではなさそうだが……。
「――っ! 思い出した! 一大事じゃないかっ!」
仕方なしに、俺も自分のジェラートに取り掛かり、アイスコーヒーに口を付けたところで……俺は唐突に思い至った。
思わず椅子を蹴って立ち上がると、二人が一体何事かと視線を向けてくる。
「今年はまだバーベキューを一度もしていないじゃないか!」
俺の言葉に博士とマルガリータは唖然とした顔を見合わせ、次いで俺に向き直ると、二人の表情は呆れのものへと変わった。
妻と師の冷めた視線が俺に突き刺さるが、今は説明や説得をしている時間も惜しい。
急いでジェラートを掻き込んだ俺は、勿体ないと非難の目を向けてくるマルガリータを尻目に、すぐさまスケジュールを確認した。
そんなわけで、我がナツメッグ・コーポレーションは社員一同、急遽バーベキュー大会を開催する運びとなった。
前倒しで雑務と仕事を片付け、休日をねじ込むスケジューリングを強行した俺は、しばし博士とマルガリータからクレームを受けたものの、どうにか手筈通りに全員の暇な日程を重ねることができた。
数日前から用意は始めていたので、大半の準備は終わっている。
炭も湿気ていないし、しばらく物置に仕舞われていた網と鉄板も洗い直し、蓋つきの大型バーベキューコンロも異常が無いことは確認した。
会場は家のすぐ近く、スキトール湖を望める高台――ちょうどオットー&ウィリーのガレージの辺り――で開催する予定なので、設備もすぐに運び出せる。
この距離なら運搬にビークルを使うまでもない。
飲み物も前日からしっかりと冷やした。
そして当日……。
あとは……火を熾して、料理して、楽しむだけだ。
うん、当日もなかなかやることが多いね。
「屋外で肉を焼いて食う楽しみはわからんでもないが……やはり、準備がちと面倒じゃの」
「本当ですよ。それに何も、こんなクソ暑い時期にやらなくてもねぇ……」
「何をおっしゃいます!! バーベキューは夏に外でやるからいいんでしょうが!」
椅子やパラソルや食器を用意しながらぶー垂れる博士とマルガリータに俺は力説した。
もちろん、秋にやるバーベキューも悪くない。
収穫シーズンで新鮮な食材が出回るのを待てばメニューの選択肢も広がるうえに、真夏に比べて虫も少なく、熱中症のリスクも低下する。
寧ろ、肌寒い時期に直火で暖を取りながら熱々の料理を頬張るのも、アウトドアの醍醐味だ。
しかし! 敢えて言おう!
炎天下の屋外で設営し、火熾しに料理にと忙しなく動き、肉が焼き上がり……そこに待ちきれず流し込むビール!
これ以上の極楽があるかね?
「そう思うなら、こっちも手伝ってくれよ、旦那。ただでさえ面倒くさいんだぜ」
「ハァ、ハァ……人使い荒いよ~」
力説していると、オットー&ウィリーが水を差してきた。
オットーは大型の蓋つきコンロとは別に用意したU字型のコンクリートブロックで大量の炭の点火作業を進め、ウィリーはひたすら薪を割って俺の元へ運んでいる。
薪割りが重労働なのは言わずもがな。
着火はガスバーナーで行うとはいえ、大量の炭に満遍なく火を纏わせ、不完全燃焼の赤い炎が無くなり落ち着くまで面倒を見るのは、なかなかに骨が折れる作業だ。
もちろん、どちらも本来
「悪いな。こっちはこっちで忙しいんだ」
俺はウィリーに運ばせた薪を大型コンロにぶち込み、ひたすら肉を焼いていた。
蓋の隙間からもうもうと湯気を吐き出す、ゴツイ金属製の大型バーベキューコンロ。
今回、我がナツメッグ家の開催するバーベキューパーティーは、本場アメリカ式(笑)の本格派だ。
小型コンロでちまちま薄切り肉を炙る焼肉モドキとは迫力からして違う。
もちろん、肉がデカければ火が通るのに時間が掛かる。
凝った彩りや調理法に拘れば、さらに時間や手間を要するのは当然だ
決して、一番面倒な作業をポンコツ飛行兄弟に押し付けたわけではない。
……因みに、何故この二人がうちのバーベキューに参加しているのかというと、たまたま【フラップフライヤーⅡ世】のメンテナンスでナツメッグ博士の工房を訪れていたからだ。
この日は牛乳配達もテストパイロットの仕事も休みだと聞いていたので、渡りに船とばかりに、俺は二人を口車に乗せ……楽しいイベントにお誘いしたというわけだ。
決して。決して、食材を余分に買い込み過ぎて、消費に困ったからではない。
「っだぁあああぁぁっ!! さすがに限界だぜ、旦那! 俺が蒸し焼きになっちまう」
「ぜぇ、ハァ、はぁぁ……ま、薪はもう十分でしょ?」
音を上げるオットーに促されコンクリートブロックの中を覗くと、ほとんどの炭が赤くいい感じに色づいていた。
炭の上に手を翳してみると、熱源からは結構な距離があるにもかかわらず、じんわりとした温かさを掌に感じる。
この手の作業に慣れているわけでもない素人の力技にしては、悪くない出来だろう。
ウィリーの方も、既に暖炉だけでひと冬越せそうなほどの薪がコンロの横に積み上がっている。
「よし、これなら大丈夫だ。二人とも、お疲れさん」
「「ふぃ~~~~!」」
「じゃあ、飲み物を出してくるか。……オットー、そっちの炭は焼き鳥用のコンロに移してくれ。積み方には気を付けろよ。均等な火力で、長時間燃焼が持続するよう慎重にな。あと、ウィリーはしばらく大型コンロの方を見ていてくれ。ちょうど中の薪も少なくなっている頃だ。ついでに補充を頼む」
「「ひぇ~~~~!?」」
「グレイ」
「おっ、サンキュー」
マルガリータが渡してくれた瓶ビールを受け取った俺は、早速とばかりにテーブル上の栓抜きに手を伸ばした。
炎天下の過酷な作業で、お預けはもう限界だ。
栓抜きをビール瓶の上部に引っ掛け、テコの要領で軽く持ち上げると、小気味よいポンッという音を立てながら金属製の蓋が飛ぶ。
調子に乗って少し強めに栓を飛ばしたため、褐色の瓶の口から真っ白な泡が溢れ出す。
予め氷を満たした金属バケツで瓶ごと冷やしておいたので、中身はキンキンだ。
「おっとっと……それじゃ、乾杯!」
「うむ、乾杯じゃ」
俺の音頭で、博士たちも各々手に持った瓶ビールを一気に呷った。
咽頭の感覚を麻痺させる冷感。
次いで、炭酸の心地いい刺激と、ジンッと染み渡るような冷たさが喉の奥を通り抜ける。
「――――くうぅ! 美味ぇ!」
「ぷはっ! あぁ美味しぃ!」
「ふぅぅ……効くのぅ」
「んくおぉぉぉ! こいつはたまらん!!」
「ング、んぐ、ゴッ――――だぁ~、生き返るよ!」
瞬く間に瓶の中身の大半を飲み干し大きく息をついた俺に続き、マルガリータと博士も満足げなため息を吐いた。
火熾しと薪割りを担当したオットー&ウィリーは、間髪入れず二本目の瓶に手を伸ばし、自前のツールナイフやテーブル上の栓抜きで慌ただしく蓋を開け、続けざまにビールを飲み干している。
皆かなりのペースだが、小瓶なので立て続けに何本か空けたところで、さして酔いは回らないだろう。
「さて、それじゃ早速、メインを召し上がれ」
「わっ! 凄いね……」
俺がバーベキューコンロの蓋を開け放つと、マルガリータが歓声を上げた。
シンプルに塩コショウを振っただけのTボーンステーキ。
金串に刺してシュラスコっぽく仕込んだ肩ロースやモモ肉。
各種ソーセージにバーガー用の特製ハンバーグ。
薪の火でガンガン焼いてワイルドな焦げ目を纏った肉の山は、暴力的に胃を刺激する匂いを放っている。
「ささ、熱いうちにどうぞ」
「待ってました!」
真っ先にやって来たマルガリータにほっこりしながら、彼女の皿に適当にシュラスコを盛ってやり、博士とオットーとウィリーにも串ごと掴んだ肉の塊を渡していく。
いい感じに焦げ目がつき湯気を上げる肉塊は、それだけでもテンションが上がる。
小皿に入れたオリジナルレシピのバーベキューソースが全員に行き渡ると、各々が思い思いの方法で料理を味わい始めた。
「熱っ、ホフッ!」
「ほっほっ……これは、たまらんな。むっ! こっちのソースも悪くないではないか……」
「ハフッ、んぐ……最高だぜ、グレイの旦那!」
「熱ちちっ! ここにビールを流し込むと……――美味ぁ!」
豪快にシュラスコにかぶりついたマルガリータが、思わずといった様子で熱さに喘いだ。
博士は俺が毎年改良を重ねている各種バーベキューソースを片っ端から試している。
オットーは一心不乱に肉を咀嚼し、ウィリーは両手にそれぞれフォークと瓶を持ってソーセージとビールを交互に味わい。
皆、満足そうで何よりだ。
俺も早速シュラスコを口に運ぶ。
比較的、歯ごたえのある部位にもかかわらず、ふっくら焼き上がった肉塊は予想よりも遥かに容易に繊維が解けた。
荒々しい薪の香りが付いた焦げ目に、甘めのトマトベースのバーベキューソースを垂らし口に運ぶと……これまた最高としか言いようがない。
「ふむ……まあ、味で言えばプライムリブの方が上じゃな。しかし、たまにはこのような荒っぽい焼き方の肉も悪くはない。バーベキューソースの安い味も妙にクセになるのう」
「この腸詰めもジューシーで美味しいよ。あっ、これにもバーベキューソースが合うじゃない」
そうだろう、そうだろう。
あまりにも酒が進む味に、ついつい俺も二本目のビールに手が伸びてしまう。
バケツ内の氷は半分ほど溶けかけているが、あとで足せばいいか。
うちには大型の製氷機があるので、氷は使い放題だからな。
……っと、そんなことを考えている内に、網の上が大分寂しくなってきているな。
大掛かりなバーベキューをやる割には少人数ではあるが……日頃からビークル整備や力仕事をこなしているマルガリータに、博士も年齢の割に健啖家だし、何よりオットー&ウィリーの兄弟は飛行ビークルのパイロットと整備士というこれまたハードな職業だ。
この程度の量など難なく平らげてしまうだろう。
追加の肉を網の上に並べながら、俺はやや急ぎ目で次なる料理の用意を始めた。
「さ、Tボーンも切り分けましたよ。次はスペアリブとチキンも焼いていくんで」