steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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27話 夏の休息2

 

 夕日がネフロの街方面に沈み、辺りが薄暗くなってからも、バーベキューパーティーは続いていた。

 一通り肉とバーガーを味わい、飲み物もビールからワインや水割りに変わり、そろそろ大盛り肉の消費ペースも落ちてきた頃合いで……どこから聞きつけたのか、ピジョン牧場の面々がやって来たのだ。

 メリー乳業の関係者と近隣の暇人どもは、早々に仕事を切り上げて飯と酒をタカりに来やがったわけだ。

 奴らも最低限ラム・チョップと新鮮なチーズを持ち寄ってくれるだけの常識はあったが……おかげで、こっちはバーガー用のパテとバンズを追加で用意する羽目になった。

 まったく……。

「おーい、グレイ! こっちのソーセージは全部焼いちまっていいのかい?」

「ああ、ご自由に。面倒だから、そっちは勝手に焼いて勝手に食ってくれ」

「おいおい、グレイの旦那。ステーキはどうした? せっかく、特大のローストビーフを食えると期待してきたのによ」

「もう無ぇよ。チキンならまだあるだろ。骨付きの方から早めに食え」

 予想外に大規模な催しになってしまったが……まあ、余分に用意しすぎた足の速い食材を処分できたと思えばいいか。

 これで、我が家の食卓がしばらくキーマカレーとチキンコンフィだらけになることは避けられた。

 そんなことを考えながらも、俺は新たに準備を整えたフィラデルフィア・チーズステーキを手早く仕上げ皿の上に並べてゆく。

 鉄板で炒めた薄切り肉と玉ねぎを濃厚なチーズソースと一緒にホーギーロール――コッペパンのアメリカ版的なもの――に挟んだ、ボリューム満点の一品だ。

 厳密には、パンは伝統的なホーギーロールではなく、ネフロベーカリーのフランスパンを切ってバターを塗ったものだが、これも十分美味いので問題ないだろう。

 貰い物の数種のチーズをブレンドして溶かしたソースも、濃厚な肉と香ばしいパンの味によく合うはずだ。

「さて、こんなもんか……んじゃ、ここは任せますんで」

「はいよ。作り方はわかったから、あとはうちらで引き受けるよ」

 大皿二つ分ほどのチーズステーキを作り終えた俺は、コンロをメリー乳業の女将さんたちに譲り焼き場を後にした。

 まだ満腹には程遠い奴らも居るが、向こうは向こうでソーセージや肉を自分で焼いてパンに詰め即席のホットドッグやバーガーを作って勝手にパクついているし、いざとなれば女将さんたちが追加のチーズステーキを作ってくれるので放置でいいだろう。

 熱源から距離を取り一息ついた俺は、自分用に確保しておいたバゲット3分の1サイズの小さめなチーズステーキを齧った。

 既に腹の空き容量はあまり余裕も無くなっているが、このくらいのサイズならまだ美味しく食べられる。

 固めのバゲットにトロトロのチーズソースと牛肉の繊維が合わさった食感を楽しみ、そこへ冷たいサングリアを流し込むと……得も言われぬ美味さだ。

 因みに、このサングリアは俺の自家製で、あまり好みではない貰い物のワインにオレンジとレモンを漬け、砂糖とブランデーをぶち込んだだけの簡単なものだ。

 単純で甘口な仕上げにしたのが功を奏したようで、濃厚でアメリカンな料理によく合う。

 ドン・スミスお墨付きのワインに慣れてしまうと今更酸味のキツい安ブドウ酒など飲む気が起きないが、これはこれで悪くないな。

 

 

 ミニサイズのチーズステーキを平らげ、自家製サングリアを飲み干した俺は……今度は地面に直置きしたコンクリートブロックの方へ向き直った。

 U字型ブロックの中には、最初にオットーが点火した炭がまだ残っている。

 焼き鳥用のコンロでは、先ほど皮、せせり、モモ、レバー、ハツ、砂肝、セギモ、キンカン、ボンジリと……大量の鶏を焼いた影響で、炭は脂とタレの焦げた独特の匂いを纏っているが、こちらの予備の炭はまっさらな状態だ。

 幸い、熾火はまだ保たれていた。

 これなら使えるな。

「む? また鶏を焼くのか?」

「ねね、グレイ。それは?」

 U字ブロックに予備の網を乗せ準備をしていると、ナツメッグ博士とマルガリータがこちらへ寄って来た。

 俺の行動パターンをよく理解している二人だけあって、早速嗅ぎつけてきたか。

 出来上がってからのお楽しみと適当に言葉を濁しつつ、俺は予め用意していたマシュマロを串に刺し、網の上に並べていく。

 均等に焼き目が付くよう細かく串を回転させていると、徐々にマシュマロは砂糖の焼けた甘い匂いを漂わせ始める。

 肉に火を通すわけではないので、表面をカリッとさせる程度に焦げ目を付ければ十分だ。

「じ――」

「……しょうがないな。ほら」

「ありがと。……はふっ! おいひぃ」

 わざとらしい擬音と視線に耐えかね、焼き立てのマシュマロを肩越しに差し出すと、俺の首に腕を回して後ろからしな垂れかかるようにしていたマルガリータが、ひょっこり顔をだして先端のマシュマロをパクついた。

 熱々のマシュマロに喘ぐ彼女に串をそのまま渡し、俺は残りの焼きマシュマロを二枚のクッキーに手早くサンドしていく。

 マシュマロとクッキーの間に小さく割った板チョコも入れれば、それだけでバーベキュー定番のデザート『スモア』の完成だ。

「ほほう。熱したマシュマロを使った菓子か。これはバーベキューならではの品じゃの」

「ええ。俺の故郷発祥のものではないですが、本場では定番でしたね。せっかくコンロと炭を用意したんだから、最後まで利用しないと」

 料理と呼べるかも怪しい、ひどく簡単な工程で出来るスイーツだが、こういうのは何故かテンションが上がるんだよな。

 特に子どもは――もちろん、甘いものに目が無いマルガリータも――大好きだ。

 俺はマルガリータと博士にも完成品のスモアを渡し、ついでにこちらへ遠慮がちな視線を向けていたメリー乳業の三男エリッヒも呼び寄せて熱々のデザートを勧める。

「ありがとうございます、グレイさん」

「おう。よかったら追いチョコ……追加のチョコソースも使ってくれ。そのまま絡めてもいいし、こうやって上から掛けても美味いぞ」

「うわぁ!」

 末っ子にもかかわらず兄たちよりしっかり者の印象が強いエリッヒだが、こうしてスイーツに目を輝かせているところは年相応だ。

 マルガリータにも小鍋で溶かした追いチョコソースを小皿に多めに注いで渡してやる。

 残りのスモアは、適当にデザートのカットフルーツと一緒の皿に盛っておけば、各々勝手に食べるだろう。

 今しがた甘い匂いに釣られてやってきたご婦人たちも居るので、これもチーズステーキと同じく足りなければ自分たちで追加分を作るはずだ。

 甲斐甲斐しく年下の子どもたちにスモアを配るエリッヒの姿を横目に見ながら、一仕事を終えた俺はゆっくりとデッキチェアに腰掛けた。

 

 

「ふぅ~」

 キャンバスの背もたれに体を沈め、ようやく訪れた平穏にホッと息をついた。

 俺も肉やパテを焼きながら自分の分はしっかり食っていたが、こうも大所帯に押し掛けられてしまうとやはり調理の方が忙しくなってしまう。

 間に合わせとはいえ、あの人数の腹を満たすだけの料理を用意しなければならない以上、どうしてもそれなりの手間と時間が掛かるからな。

 こちらも相応に消耗するのだ。

「ふっ、相変わらずマメなことじゃ。結局、お前さんがてんてこ舞いになっておるではないか」

「お疲れ様、グレイ。はい、これ」

「ま、性分なんで仕方ないですよ。……ありがとう、マルガリータ」

 呆れた様子の博士に生返事をしながら、マルガリータが差し出してきたアイスティーを受け取る。

 ビールやサングリアによって蓄積したアルコールにより体が水分を欲しているのか、さっぱりしたソフトドリンクがやけに美味く感じる。

 普段は健康のために酒は飲んでも控えめを心掛けているが、今日は何かと理由をつけて鯨飲してしまった。

 おまけに夏のバーベキューというモロにアウトドアなイベントで、人一倍調理をこなしていれば自然と喉も渇き酒も進むというものだ。

「ぁ~……何だか、眠くなってきたな」

「フフッ、ちょっと飲みすぎたみたいだね」

 デッキチェアの端に横向きに腰掛けたマルガリータは、自分の飲み物を膝の上に置くと俺の方へ向き直り軽く微笑んだ。

 夕暮れの空に見上げるコンロの火に照らされたマルガリータの笑顔は、普段から彼女のことを見慣れている俺でも思わずゾクッとするような美しさだ。

 夕日は人の顔を可愛く見せる効果があるなどと聞くが、マルガリータに限ってはそんなものなど必要ないらしい。

「(っ……ちょっと!)」

「おっと! ……ダメですか」

 とはいえ、ここぞとばかりの彼女を抱き寄せようとすれば、さすがに恥ずかしがり屋のマルガリータだけあってすげなく振り払われてしまう。

 彼女の酔いも浅くはないはずだが、残念ながら羞恥心が薄まるには程遠いらしい。

 牧場の連中に囃し立てられるのは今更だし、最早気にする必要など無いと思うがな……。

 仕方なしに、酔い覚ましのアイスティーを引き続き飲みつつ、軽く彼女の手を握るだけで我慢するが……まあ、こうしてマルガリータの赤面した横顔を見ながらのんびりするのも一興か。

 丘の上から一望できるスキトール湖の眺めも悪くない。

 湖の景色はうちの窓からも見えるので、今更物珍しさも有難みもさして感じはしないが……いや、そういえば、最近この湖にも新しい光景が加わりつつあるのだったな。

 スキトール湖のど真ん中に位置する人口建造物。

 建設用クレーンの先端やコンクリートの土台の端から航空障害灯を光らせているあれは、例のイワツバメの滝方面の水力発電所計画にいつの間にか便乗して建設が進められていた水上ガス採掘プラットフォーム、所謂ガス田だ。

「そういえば、あそこもいつの間にか建設が進んでいたね。まだ着工して間もないだろうに、もうプラントが出来上がってるよ」

 俺の視線の向く先を察して、マルガリータが話を振ってきた。

「ああ。まさか、うちの近所で天然ガスが採れるとは……」

「灯台下暗しじゃな。しかし、何より驚くべきは……あの事業に彼奴ら(・・・)が噛んでいないことかの」

 博士の言う『彼奴ら』とは、デザートホーネット団と所縁の深いガス会社のことだ。

 ガソリンや灯油以外の石油資源を余すところなく利用するため、俺とナツメッグ博士の主導で始めた新技術ビジネスだが、地下水の採掘や貯留技術を流用するためノーラの伝手で元デザートホーネット団の構成員や身内を雇ったことに端を発している。

 現在では、LPガスを含む新たな石油資源であるナフサ関連の製品は、採掘から精製・販売に至るまでほとんど彼らの手によって流通しているのだ。

 ところが、件のスキトール湖水上プラントの運営に関しては、俺や例のガス会社は一切タッチしていない。

 プラントの建設から内部設備の導入まで、全て王都の何とかという会社の主導で行われているのだ。

「珍しいことじゃな。お前さんが完全に出し抜かれるとは」

「ええ、何せ予想だにしていませんでしたからね。俺が天然ガスの話なんかを小耳に挟んだのは、もう建設会社の入札も済んだ後ですよ」

 言い訳に聞こえるかもしれないが、例のガス会社もスキトール湖で天然ガスが採れるという話には懐疑的だった。

 実際にここまで設備の建設が進んでいる以上、それは事実なのだろうが……まあ、俺も彼らも人間である以上、思いも寄らない見落としなど往々にしてあるものか。

「おまけに、この手の先行きが不明瞭な事業に初期から積極的に投資しようなどという者が現れるとは」

「そうですよね、それこそ王都の金持ち連中なんて……。水力発電所のときも、結局外部からの資本が入ったのは、稼働計画までほぼ目処が立った時期だったし」

「まあ、嗅覚のいい連中ってのはどこにでも居るものです。俺たちが王都へ行ったときにも、一部の連中はグイグイ接触してきたじゃないですか。それこそ、水力発電所の件は順調に進んでいますから、他にも新世代のエネルギーに積極的に目を付ける奴が出てきたのかも」

 とはいえ、ここまで徹底的に利権を攫われるのは些か予想外だったな。

 採掘から流通販売に至るまで、全て俺たち抜きで抱き込まれるとは。

 もちろん、周辺の土地の取得や建設資材の融通に際して、俺もセントジョーンズ卿もいくらか噛んで美味しい思いはしているのだが……。

「酔狂な奴も居たものじゃ」

「ええ、まったく」

 何はともあれ、あの一大工事が終わるまでスキトール湖でのレジャーもお預けだ。

 新型の釣り竿アームを試そうと思っていたのに残念だ。

 

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