steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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17話 もう一人の師

 

 俺はネフロの街の地下道を訪れていた。

 駅前広場と駅裏の資材置き場を繋ぐ道だ。

 原作よりも幾分か複雑な造りになっており、ビークルも車両も通れない狭い通路には人っ子一人いない。

 左手に提げたランプで通路を照らしながら、右手はいつでも拳銃を抜けるようにして地下道を進む。

 何故、俺がこんな場所を訪れているかというと、ここに目当ての人物が居るからだ。

 誰かといえば、ビークルバトルトーナメント初代チャンピオンのジンジャーである。

 原作では、主人公がサブイベントを進めてジンジャーの情報を手に入れると、彼に話しかけたときに選択肢が表示されて、現チャンピオンのエルダーの師であった話などを聞ける。

 さらに、ビークルバトルを教えてくれと言えば、主人公もジンジャーに挑めるのだ。

 初代チャンピオンだけあってジンジャーはなかなか強い。

 初見で且つ装備の整っていない序盤で挑むと、かなりの割合でプレイヤーは敗れるのではないだろうか。

 この世界のジンジャーがどれほどの強さなのかはわからないが、少なくとも最強無双の保証があるわけではない俺にとって、関わって時間が無駄になる相手ではないはずだ。

 俺は彼に教えを乞うてみるつもりだ。

「さて……どこにいる?」

 ジンジャーも人間なので、ゲームのように地下道へ行けばいつでも会える、などということは無いだろう。

 それでも、街の噂からここを探せばジンジャーが見つかる可能性が高いことは承知済みだ。

 最悪、ジンジャーが姿を現すのを待てばいい。

 しかし、こんな暗くて見通しの悪い場所に長居したいかと問われれば、答えは確実にノーだ。

 鼠や虫が溢れかえる不潔な下水道でないのは救いだが、単独で踏み込むのが危険なのは明らかだ。

 どんな奴が居るかわかったものじゃない。

 最悪、強盗に襲われる可能性もある。

「っ!」

 突如、通路の角から一人の男が現れた。

 男が全身を晒すより早く、俺のショルダーホルスターから拳銃を抜いて構える。

 左手はランプで塞がっているので、拳銃のグリップを支えるのは右手だけだ。

「……その物騒なものを仕舞ってくれないか? 私はただの日雇い労働者だ」

 油断はできない。

 この至近距離に現れるまで、男は足音も気配も俺に捉えさせなかった。

 ランプの光で照らされた男は、髭面に粗末な服の上下、ビークル乗りにも使う者が多い飛行帽のような帽子を被っている。

 俺は引き金に指を掛けたまま尋ねた。

「あなたが、ジンジャーか? 初代チャンピオンの」

「……そうだ。私を殺しにきたのか?」

 ジンジャーは諦めたような安堵したような表情だ。

 いや、違うから……。

 俺は銃をホルスターに仕舞った。

「失礼しました。何分、物騒な場所に見えたもので。俺はナツメッグ博士の助手のグレイと申します」

 

 

 地下道の隅にあるジンジャーの寝床に招かれた。

 一応、寝具と拾い物らしき家具はある。

「えっと……いいネグラで?」

「グレイだったな。ナツメッグ博士の身内が私に何の用だ?」

 俺の冗談は綺麗にスルーされた。

「個人的に頼みたいことが二つありましてね。もちろん報酬は出します。しかし、それよりも先に……あなたに狙われる覚えがあるのなら、そっちの処理が先でしょう。事情を話してもらえますか?」

「……私のことはどこまで知っている?」

「初代ビークルバトルトーナメントチャンピオンで、現チャンピオンのエルダーの師。弟を喪い失意の底にあったエルダーにビークルの扱いを伝授し、彼はメキメキとビークルバトルの腕を上げたが、彼は前を向くことなく復讐心に囚われ続けた。あなたが彼の心の闇に気付いたときには、既に止められる存在ではなくなっていた。ってところです」

「……まるで見てきたかのように詳しいな」

 ジンジャーは俺を胡散臭げに睨むが、まあ俺が怪しいのは今に始まったことじゃない。

「こちらにも事情がありましてね。口先だけであなたの味方だと言い張るつもりはありませんが、エルダーと奴の操る反社会的な組織の敵であることは確実です」

「……そうか」

「で、あなたを狙うのはブラッディマンティス……エルダーの手先ですか?」

 ジンジャーはエルダーの正体がダンディリオンであることを知っているはずだ。

 口封じにかつての師匠を抹殺しようとするパターンはあり得る。

「ああ、奴は私が仲間にならないとわかると簡単に切り捨てた。夜中に街からビークルで出立するところを襲われたりもした。いずれここも突き止められるかもしれない。正直、もう疲れた……」

 それで銃を向けられたときは簡単に諦めたのか。

 まあ、長きに渡り一人で追っ手を退け、ネフロに隠れ住んでいたのだから、その心労は相当なものだったはずだ。

 いくらジンジャーが腕利きのビークル乗りでも、生身で撃たれれば死ぬ。

「ネフロに来てからは奴らの襲撃は無い。エルダーを止める力も無く、戦う意志も捨ててしまった私に、奴はもう興味が無いのかもしれんな」

 それならそれで結構なことだが、警戒は怠らない方がいいだろう。

 

 

「それで、私に頼みというのは?」

「ビークルバトルを教えていただきたい。俺と一人の少年に。あ、少年が来るのは一年ちょっと先になります」

「……君は何のために強くなりたい?」

 この頼みは予想していたようで、ジンジャーは原作と同じ問いを俺に投げかけた。

 答えは俺なりのものでいいだろう。

「仲間を守るためです。強大な敵が立ち塞がることは、ほぼ確定しているのでね」

「……強敵に襲われることがわかっているのなら、逃げればよいのではないか? ましてや、守るべきものが居るのならば、雁首揃えて危険に突っ込んでいくことなど愚の骨頂だ」

 突っ込まれたのは予想外だな。

 原作ならば、今の答えの時点でジンジャーはバトル指南を引き受けてくれる。

「逃げられない奴が居るんですよ。それこそ、あなたの始末が後回しになるほどエルダーたちに執拗に狙われる奴がね」

「…………」

 エルダーことダンディリオンの弟のチコリが死亡する直接の原因となった資産家の少年マーシュ。

 エルダーの手先であるブラッディマンティスはマーシュを終始追い回し、マーシュから預かったペンダントを持つ主人公もトラブルに巻き込まれる。

 ゲーム本編の時期に、ジンジャーの情報がネフロでそれなりに出回っているにもかかわらず彼が直接狙われなかった理由は、マーシュたちの件による多忙さが原因ではないか。

 確実ではないが、少なくともダンディリオンにとってはジンジャーの口封じよりもマーシュや主人公の始末の方が重要なはずだ。

「……君は、人を殺めているな」

「っ!」

 唐突に言われたので、一瞬だが俺の表情は強張った。

 確かに、俺は盗賊を何人も殺している。

 ジンジャーなりの勘か洞察力なのだろうが、よくそんなことまでわかるものだ。

「……まあ、盗賊との戦いで躊躇なんてしたら自分が危険ですから」

「君は仲間のために人殺しの業を背負うつもりか?」

「…………」

 今度は俺が黙りこくる番だった。

 俺は主人公たちを影ながら助けるためには、拳銃や刃物で敵を暗殺することも視野に入れていた。

 ジンジャーは盗賊云々ではなく、そういった俺の心構えのことを言っているのだろう。

「君にとっても、仲間にとっても、それは引け目となり溝になる。いずれ絆に綻びが生まれるぞ」

 確かに、俺は原作の雰囲気と主人公たちの年齢を考え、自分だけが手を汚すつもりでいたのかもしれない。

 しかし、現実では戦闘のはずみで主人公たちが盗賊を殺すことも、ブラッディマンティスとの戦争で兵士が死ぬ可能性もある。

 下手をすれば、主要人物が犬死にする可能性もあるのだ。

 どうも俺は、この世界での生死を軽く考えすぎていたのかもしれない。

「ちょっと勘違いをしていたようです。ですが、俺は必要とあらばこの先も人を撃ちます」

 今後の方針は変わらない。

 俺だけが手を汚しているなどという考えを捨てること。

 必要なのはそれだけだ。

 ジンジャーはしばらく俺を見つめていたが、やがて俺の答えに納得したのか、椅子を引いて立ち上がった。

「うむ、まあ君にも色々と考えるところはあるだろう。存分に悩むといい」

 ジンジャーは部屋の奥を探ると、粗末な紙きれに描かれた地図を渡してきた。

「今夜、ビークルに乗ってここに来なさい」

「では……」

「ああ、バトルを教えてやろう」

 どうやら合格のようだ。

 クオリティの低い地図だが、どうにか解読できた。

 場所は地下水路の予備の貯留槽だ。

 普段は使用されていない、雨水を一時的に誘導し排出するための設備だ。

 よかった、不潔な下水道じゃない。

 かといって上水道でも問題だ。

 水路でビークルバトルなんぞして、これから人の口に入る水を汚すのは憚られる。

 豪雨のときの排水設備か。いい場所だ。

 

 

 

 

 夜、ネフロ地下水路の貯水槽に俺のビークル【ジャガーノート】の姿はあった。

 目の前ではブレストパーツからライトがもぎ取られ弾痕の目立つ黒と紫のビークル【ブラックオデッセイ】が黒煙を上げていた。

「見事だ。私では手も足も出ない。衰えたとはいえ、私も初代チャンピオン。誇っていい」

「…………」

「どうした?」

「いえ、これほどの損傷を受けたのは初めてだったので」

「ふむ……まあ、賛辞と受け取っておこう」

 俺の【ジャガーノート】のミスリルを使った装甲ブレストは、今まで見たことが無いほどの凹みを作り、プロテクター風防も一部が大きく歪んでいた。

 ジンジャーのビークル【ブラックオデッセイ】は足ヒレ付きのレッグパーツを装備し、トライデントアームとブーメランアームを装備した、水上戦を想定したようなビークルだ。

 ゲームではこの貯水槽に浅く水が溜まっているのでジンジャーのダッシュ速度は速く、硬直時間が長いはずのブーメランをダッシュの合間に上手く投げてくるので隙が無く戦いにくい。

 火力は高くないので強引に近づいて投げて確実に追撃をすれば勝てない相手ではないが、初見のまともに追尾できないプレイヤースキルでは一方的にボコられることになる。

 現実のジンジャーも、予想以上に隙の少ない戦い方をする、練達のビークル乗りだった。

 俺の【ジャガーノート】が受けたダメージも、今までの戦闘で一番大きなものだった。

 ブレストパーツの凹みはジンジャーのトライデントアームによる傾斜装甲にも拘わらず芯を捉えた刺突をモロに食らったもの、風防パーツはブーメランアームの攻撃によるものだ。

 俺のチェーンガンアームの攻撃を掻い潜ってこれだけの反撃をしてきたのだ。

 やはり元チャンプは侮れない。

 機体の性能差でこれだけ軽微なダメージで済んだが、同じ条件のビークルならばもっと厳しい戦いになっただろう。

 

 

「さて、これで大丈夫なはずです」

「うむ、すまんな」

 ジンジャーのビークルに簡単な修理を施し、俺は整備道具を片づけ始めた。

 俺の方はブレストの装甲と風防が歪んだだけなので移動に支障は無い。

 牧場に帰ってからナツメッグ博士に診てもらえばいいだろう。

 しかし、チェーンガンの弾丸をモロに撃ち込まれたジンジャーのビークルはそうもいかない。

 俺が博士仕込みの拙い修理技術でどうにか通常動作に支障がない程度にまで応急処置をしたのだ。

「……君の【ジャガーノート】は素晴らしいビークルだな。防御力が高く高出力ながら非常に駆動がスムーズで機動力も高い。そのマシンガンアームのような武器の射撃も正確だ。君ならば、エルダーを倒せるかもしれないな」

 ほとんどが機体の性能に対する褒め言葉だな。

 まあ、操縦スキルに関しては俺もまだまだだ。

 仕方ないか。

「ところで、俺の戦い方にアドバイスは?」

「……君は変わった男だな。負けた私に助言を求めるのかい?」

 ジンジャーは不思議そうな顔をするが、俺にとっては大して違和感を覚えるような話じゃない。

 優秀な教官や指揮官が必ずしも優秀な兵士とは限らないことくらい知っている。

 まあ、学校の教師――特に公立――に関しては、拘束時間と給料が釣り合わないことから優秀な人材を確保できず、そういったブラックな仕事を選ばざるを得ない無能ばかりが集まるという別の面からの悪循環があるわけだが……。

 少なくとも、ジンジャーの洞察力と知識は確かだ。

「そうだな……一つ確認するが、バトル全体を通しての戦いやすさでは、私よりもシュナイダーの方が厄介だったのではないか?」

「……言われてみればそうですね。確かに、あなたとの戦いの方がビークルのダメージは大きい。しかし、終始戦いが自分の土俵外というか、力を発揮できない状況化での戦闘を余儀なくされたのは、シュナイダーの方だった気がします」

「そうだ。私の戦術は、ブーメランアームによる中距離攻撃と、トライデントアームを用いた格闘の使い分け。距離を取っての戦闘ならば、武器の性能差だけでなく技量でも君の方が圧倒的に上だ。しかし、近距離での格闘に関して、君は少々忌避する感覚があるようだね」

 確かに、生身で銃とナイフを所持していたら銃を使うのが当たり前だ。

 現実の人間は多少鍛えたところでテイ〇ズやF〇の世界の住民のような動きはできないし、鋼鉄より硬い皮膚など手に入らない。

 リーチの長さは大きな武器だ。

 遠距離を攻撃できる火器には大きな信頼を寄せている。

 鋼鉄の塊でスラスターダッシュによる瞬発的な挙動が可能なビークルは、生身での戦いとは色々と事情が違うわけだが、やはり俺の感覚としては遠距離からの射撃に勝る武器は無い。

「なるほど。それで格闘タイプのビークルのシュナイダー相手では、思ったよりもやりにくかったわけですか」

「その通り。だから私も、途中からは接近戦を主体に切り替えた。まあ、【ジャガーノート】相手ではブレストの装甲を凹ませるのが精一杯だったが」

 傾斜装甲にまともに衝撃を伝える刺突をぶち込めるあたり、明らかにジンジャーの技量は近接においても優れている。

 しかし、彼の真骨頂は中距離戦だ。

 定石を外した戦法でダメージを与えられた以上、俺に弱点があることに言い訳はできないだろう。

 よくよく思い出せば、風防にブーメランを食らったのも接近した状態からの引き撃ちでやられた。

「要は近接が弱点ってことですか」

「いや、近距離武器の扱い方が悪いわけではない。相手のビークルの駆動部やエンジンを正確に狙いすました一撃、カウンターでのブレードの振り方、どちらも申し分ない。問題は射撃武器から近接武器への思考の切り替えにラグがあることだ。はっきり言ってしまえば、踏み込んでブレードを振るう際の思い切りが良くない」

 なるほど。

 早急に対処する必要があるな。

「こう言っては何だが、ブレードアームによる攻撃が失敗したところで君の腕が切断されるわけではないのだ。躊躇うなよ」

「わかりました。訓練と実戦で慣れていきます」

 ジンジャーとの特訓はなかなかためになったな。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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