steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
エルダーとのビークルバトルに勝利してから数日。
俺は当初の予定通り、ハッピーガーランドで鉄工業を中心に営むオイルモーレ工場を視察して洗濯機の製造委託に関する商談、新聞社で資料を借りてチコリの事件を調べたりした。
ブラッディマンティスからの接触は無い。
ゲームの主人公はビークルバトルトーナメント終了後にブラッディマンティスの者に勧誘される。
エルダーに勝利して腕っぷしを示し色々と目立った俺には接触があるかもしれないと警戒していたのだが、どうやら杞憂になりそうだ。
やはり、ナツメッグ博士の弟子ということで、既に靡く可能性が無いことを予想しているのかもしれない。
しかし、そうなると今度はヒットマンや監視への対策が心配だな。
俺は常に拳銃を手放さず武装しているが、十分な防御策には程遠い。
念のため、ゲームでも終盤のブラッディマンティスとの戦いで主人公陣営を率いることになるガーランド警察のファーガスン警部にも会ってみた。
ナツメッグ博士の名前をガッツリ使って、ブラッディマンティスの最近の動向などを聞いてみたのだが、大して有益な情報は得られなかった。
これ以上ブラッディマンティスへの対策を進めるのは現時点では無理そうだな。
他のことを進めよう。
トロット楽団の練習の無い日に、俺は一つ遠出の予定を立てた。
ハッピーガーランド北部の山道に俺のビークルの姿はあった。
この道の先にあるのはダンディリオンの楽器工房、それにゲームでも度々イベントで訪れることになる寂れた鉱山の村ゴールドーンだ。
既に鉱石の産出量は落ち、廃坑には盗掘目的の盗賊団が徘徊する、かつての活気はどこにも無い田舎町だ。
ここの鉱山を所有するモッカラン鉱山は上場企業だが、人海戦術の鉱石堀りに従事する職員は数を減らし、利益は微々たるものになっている。
ゲームではこの現状を打破するために、モッカラン鉱山の職員から新聞社への広告の掲示を頼まれたりする。
しかし、この村とモッカラン鉱山に大きな変革をもたらすのは、残念ながら鉱石事業ではない。
温泉だ。
原作では、主人公が度々遭遇してトラブルになる荒くれビークル乗りダッドリーとの戦闘のはずみで、ゴールドーンの木造の櫓が崩れた拍子に岩盤が破壊され温泉が噴き出す。
この温泉の発見と銭湯のオープンで、モッカラン鉱山は新たな事業を手に入れて株価が上昇するのだ。
所詮、田舎に名物が一つ増えるだけ。
目に見えてゴールドーンの景気や人の入りに違いは見えないが、元々がただ死を待つのみといった様相の町である。
僅かな発展でも現在の株価と比べれば上昇率は相当なものだろう。
俺は早速、ハッピーガーランドの証券取引場に赴き、モッカラン鉱山の株を購入した。
因みに、証券取引場ではバジルを見かけた。
どうやらこの頃から取引ではよく損をしているようだ。
これ……トロット楽団の稼ぎは全部ギャンブルに消えているのと同じじゃないか?
まあいい。
本人が決めたことだ。
何も言うまい。
「いやぁ、まさか本当に温泉が湧き出るとは。さすがはナツメッグ博士の右腕と言われる方だ」
鉱山職員の男は必死に俺の機嫌を取った。
最初のマイナスポイントを取り返そうと必死だ。
この男は、俺が村に現れたときに、あからさまに不審者扱いしてきたのだ。
まあ、俺が怪しいのは今に始まったことではないが、こいつの態度はいただけない。
まずは温泉を掘り当てた後の管理業務の委託に関する契約書を交わそうと思っていたのだが、この男は俺を無視して取り合わなかった。
おまけにナツメッグ博士の名前を出して名乗っても、俺を気違い扱いして事務所から追い出したのだ。
さすがに腹が立った俺は、当初の鉱山職員の意見を聞きながら採掘する気も失せ、岩盤をチェーンガンで掃射してやった。
結果的には、見事に温泉が噴き出したことで男は態度を改めたわけだ。
村の中でいきなり発砲した俺にビビった可能性もあるが、知ったことではない。
とりあえず、温泉の管理責任を負う連中が確保できればいいのだ。
「それじゃあ、運営の方は任せても大丈夫ですね? 銭湯を建てるための木材はホトトギス林業に注文してありますので」
「はい。必ずや、ご期待に沿える結果を」
ところで、ストーリー終盤で、コニーの母親ローズマリーは生まれ故郷であるこのゴールドーンに戻ってくる。
ビークルや自動車が少なく排ガスの影響があまり無い場所で療養するためだ。
一瞬、温泉が営業を開始すればこの村へのビークルの立ち入りは少々増えるかもしれないことを考えたが、まあこんな山奥の村が彼女の呼吸器に悪影響を及ぼすほどビークルで埋め尽くされることは無いだろう。
逆に、温泉の一つくらいなら村が豊かになって物資が増え、ローズマリーが暮らしやすくなるはずだ。
この村での仕事は終わった。
「そうだ、展望台への道ってわかりますか」
「展望台ですか? ああ、伐採地区の奥にあるやつですね」
俺の質問に職員は簡単な地図で答えてくれた。
「ありがとう、助かりました」
「いえいえ。しかし、こんな場所に何を……あっ」
職員は急に気まずそうな表情になった。
この展望台近くにはダンディリオンの弟チコリの墓がある。
チコリの死因と事件に関しては、ハッピーガーランドの住民ならば誰でも知っている話だ。
この職員の年齢ならば、四年前の事件を覚えていないなどということは無いだろう。
恐らく彼も、チコリがマーシュのせいで命を失ったとき、マーシュの父親セントジョーンズ卿を恐れて足早に去っていき、見て見ぬふりをした住民の一人だ。
ダンディリオンと同じくナツメッグ博士の弟子である俺がチコリの墓参りに行くのも自然だ。
そこら辺を瞬時に悟ったのだろう。
「気にしないでください。個人的な用事なので」
「はい、お気を付けて……」
展望台に到着した俺は、早速チコリの墓を探した。
幸い、途中でホトトギス林業のビークル乗りに会ったので、ここまで道に迷うことは無かった。
「あれか……」
ビークルを降りて歩を進めると、隅の方にひっそりと建てられた簡素な墓を見つけた。
ハッピーガーランドを覆う石塀よりも高い、大都会を一望できる場所だ。
遠目にも中世の馬車の時代とは一線を画す技術革新のもとに成り立っている都市であることがわかる。
チコリの墓参りに来るたび、ダンディリオンは何を思っていたのだろうか?
既にダンディリオンはエルダーとして地位を固めている。
俺が彼に会ったのは対戦前の控え室と試合場だけだ。
果たして、まだダンディリオンが戻れるのか、それとも既に復讐心に呑まれた鬼と化しているのかはわからない。
……いや、第一印象で感じた冷たい殺気を鑑みるに、既にダンディリオンとしての彼とエルダーの一面は一体となっている。
あの状態から前向きになる可能性は低いだろう。
俺はこのバンピートロットの世界に生きているからこそ、世界の破滅を願うダンディリオンとは敵対せざるを得ないが、彼の気持ちがわからないことはない。
もしも俺が彼の立場だったら、間違いなく復讐を望んだはずだ。
少なくとも、加害者とそれに加担した主要な人物と官憲を皆殺しにする程度には。
チコリがダンディリオンを止めてほしいなどと考えるタイプの人間だったとしても、俺の思考回路から出る言葉では復讐に囚われた人間を思い留まらせることはできないだろう。
「……あまり、期待しないでくれよ」
せめて死者への弔いくらいはしておこう。
ハッピーガーランドの住民が今なおチコリの件から逃避し続けるのなら、花くらいは俺が持ってきてやる。
俺は街で買ってきた地味な花束をチコリの墓に手向けた。
「ん? そこに居るのは……?」
後ろから声を掛けられた俺は慌てずに振り向いた。
足音で徒歩の人間が近づいてきたのはわかっていた。
目の前に現れたのは、エルダーと同じくらいの長身で金髪の青年だった。
まあ、彼がエルダーの正体なわけだが……。
ダンディリオンだ。
彼の右手にも、華やかな色の少ない花束が握られている。
「初めて見る顔だけど……チコリの知り合いかい?」
初対面の体だが、ダンディリオンとは彼がエルダーだったときに会話を交わしている。
白々しい挨拶だ。
しかし、今のダンディリオンからはエルダー時のような覇気や殺気は微塵も感じない。
普通は変装したり正体を隠したりしていても、纏う雰囲気にはある程度の共通点があるものだ。
それがどうだ?
ダンディリオンとエルダーはまるで別人じゃないか。
ここまで変われるというのも、既に彼の心が壊れている証拠か。
「いや、チコリ君と面識は無い。俺はナツメッグ博士の助手のグレイ。あなたが、ダンディリオンかな?」
「そうか、ナツメッグ博士の……。うん、改めてよろしく。確かに、僕がダンディリオンだ。今はそこの楽器工房で主に弦楽器の製作をしている」
こうして見ると、やはりダンディリオンは最強のビークル乗りといった風貌ではない。
身長こそ俺と数センチしか違わないのでかなりの長身だが、肩幅や腕周りは完全に荒事が苦手な人間のものだ。
しかし、指先や爪には僅かに黒いオイルの汚れがあった。
あれは頻繁にビークルの整備をする者の特徴だ。
楽器職人の手ではない。
「ところで、グレイ。あの花は君が? 弟とは面識がないって言っていたけど……」
「うん、まあ偶然にも君たちの事情を知る機会があってね。同じナツメッグ博士に師事する者として、近くに来たついでに花くらいはって思ったんだ。もし、気分を害したのなら申し訳ない」
「いや、そんなことないよ。こうして気にかけてくれる人間がいるのはありがたいことさ。……君が初めてだよ。僕以外でここに、墓参りのために足を延ばしてくれたのは」
ダンディリオンの声にあるのは憂いだけで、怒りや殺気などは微塵も感じられなかった。
「じゃあ、グレイ。僕はもう行くよ」
「ああ、気を付けて」
俺の花束の隣に自分の花束を置いたダンディリオンは、踵を返すと工房方面に歩いて行った。
俺はしばらくその後ろ姿を見送っていたが、再度チコリの墓に向き直る。
「……悪いな。こりゃ本当に何もできないかもしれん」
ダンディリオンは壊れている。
彼の中にあるエルダーとダンディリオンの人格は完全に分離している。
そのうえで、ダンディリオンは一人の人間として存在しているのだ。
ダンディリオンとしての振る舞いは完璧だ。
エルダーの人格を捨てるか呑み込むかして再びダンディリオンとして立ち直ることは叶わないだろう。
そうなると、彼は死ぬまで止まらない。
結局、物語通りか。
もしかしたら最終的には俺がダンディリオンを殺す必要が出てくるかもしれない。
気が滅入る話だ。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
-
是非、読みたい! 早く晒せ!
-
要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
-
そんなことよりお腹が減ったよ。