steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
トロット楽団にダンディリオンから新曲が届けられた。
待ちに待ったゲーム本編で最初に登場する曲『In Your Voice』だ。
俺も当然ながらサックスで参加する。
練習も順調だ。
マジョラムの仕切りで合わせのスケジュールが組まれ、トロット楽団のレパートリーとして着々と仕上がっていく。
フェンネルの調子があまり良くなさそうなこと以外は特に問題ない。
……そろそろフェンネルは脱退のことを考えているのかな。
彼は従来のアコースティックギターや電気を使わない古典的な楽器でやる音楽に限界を感じ、もっとパワフルな音楽を求め始める。
最近、フェンネルがよくファンキーな見た目の連中――恐らくベンジャミンとフランクリン――と話している様子を見かけることからも、そこら辺は原作通り動いていると見て間違いは無いだろう。
これに関しては俺がどうこう干渉すべき話じゃない気がする。
「皆、ちょっといいかい?」
いつもの合わせ練習の後、マジョラムが楽団メンバーを集めて話し始めた。
「『In Your Voice』のお披露目だけど、最初の公演はネフロの駅前広場になる予定だよ」
来た。
ついにゲーム本編だ。
ゲーム開始時に主人公はウミネコ海岸で目を覚まし、コニーはじめネフロに来ていた楽団メンバーと友誼を結ぶ。
このネフロ公演に行ったときから、物語は動き始めるのだろう。
「へぇ~、ネフロかぁ。コニーの地元だね」
「うん! 久しぶりに、お母さんに会えるよ」
コニーは喜んでいるな。
「前日入りして『ホテル・ジャコウジカ』に泊まって、当日にステージの設営。ライブは夜からだ。皆、ビークルのステージ装備を忘れないでね」
俺もバックパーツをステージバックに換えておかないとな。
ナツメッグ博士特製のステージを展開するバックパーツは、キャリアーバックの上にアタッチメントとして装着できるので、付け替えはすぐに終わる。
「じゃあ、そういうことで。皆、よろしく」
出発当日の朝。
俺は皆より早めに宿を出て、弾薬の補充のためにガーランド闘技場に寄った。
駅はすぐそこなので、余裕の無い寄り道ではない。
軽く対戦表を見てみると、昨日からエルダーが出場していなかった。
恐らく、既にネフロへ向かっている。
今日の夜にウミネコ海岸近くでジュニパーベリー号を襲撃するのだろう。
ジュニパーベリー号にはダンディリオンにとってチコリの仇であるマーシュと、その友人であるゲームの主人公が乗っている。
この襲撃のせいでマーシュは重症を負い、主人公は記憶を失ってウミネコ海岸に漂着することになるのだ。
未然に防げるものなら防ぎたいが、俺にはジュニパーベリー号のルートを調べる術も、エルダーの居場所を詳細に知る術も、付近のブラッディマンティスの伏兵の情報を得る術もない。
ぶっちゃけ、こういった情報を得るにはブラッディマンティスのような組織の力が必要不可欠なのだ。
今回に限っては、俺に不利すぎる土俵である。
腹立たしいことだが、ジュニパーベリー号の襲撃までは指を咥えて見ているしかあるまい。
汽車に乗ってネフロに到着すると、既に街はトロット楽団の到着に歓迎ムードだった。
駅前広場には多くの住民が詰め寄せ、俺たちのビークルが搬出されるのを眺めている。
トロット楽団は俺がこの世界に来たときからそれなりに知名度のあるバンドだったが、この数年でまさかこれほどの人気になるとは思いもしなかった。
これはゲームの中ではわからなかった感覚だ。
説明書やゲーム中の説明で人気バンドと言われても実感など湧かない。
しかし、まさか自分がフィクションの世界のバンドに所属して、こうして脚光を浴びることになるとは。
「「「「「コニーちゃ~ん!!」」」」」
「「「「「セイボリー!!」」」」」
やはりこの二人のファンが圧倒的に多いな。
因みに、男性陣はビジュアル面でフェンネルの圧勝だ。
べ、別に悔しくなんかないんだからね。
俺のファンだって一定数は存在するらしい。
人数は……まあ、マジョラムやバジルとどっこいかな?
俺は正式なメンバーではなく、いわばトラ――エキストラ――だ。
仕方ないさ……。
急に降り出した雨に慌てつつも、俺たちは『ホテル・ジャコウジカ』の駐機場にビークルを停めて、各自スーツケースと楽器類を運び込んだ。
「ひゃ~、ツいてないや。何で僕たちが楽器を運び込み終わるまでの数分を待ってくれないんだよ」
「はは、まあそんなこともあるさ」
バジルとマジョラムが連れ立って現れたのを最後に、楽団メンバーが全員ラウンジに集まった。
マジョラムは全員がその場に居ることを確認すると口を開く。
「会場の設営は明日からだから。とは言っても、肝心のステージが僕たちの場合はトロットビークルだからね。ビークルを並べてステージを作るのはリハ直前になるし、会場全体の大まかな準備はもう出来ている」
ぶっちゃけ、マネージャーのマジョラム以外は開演直前のリハーサルまでやることがほとんど無い。
それまでは自由時間だ。
明日の夕方まで暇になる。
「何度も確認するけど、ライブは明日の夜まで続くからね。皆、今日はしっかり体を休めておくように」
「わかったわかった」
「マジョラムは心配性だな~」
母親のような言い方をするマジョラムを軽くあしらうフェンネルに調子のいいバジル。
いつもの構図だ。
「それじゃあ、私はお母さんに会いに行ってくるね」
コニーはローズマリーのところに行くようだ。
バジルはセイボリーと二人っきりになれる時間を狙うのかな。
フェンネルは一人で飲みにでも行くのだろうか。
俺は……今はエルダーとブラッディマンティス相手にできることも無いし、楽器の手入れでもしておくか。
どちらにせよ、この天気じゃあ出掛ける気にはならない。
そうしてトロット楽団のライブ前日の夜は更けていった。
同日、午後11時。ウミネコ海岸沖、ジュニパーベリー号にて。
「キャプテン、もうそろそろ到着じゃねぇんですかい?」
「ああ、この半島を迂回するように沖合を進んだところにある港町がスームスームだ。もう一息だぞ」
ジュニパーベリー号の女船長キャプテン・シブレットは、いざ到着というタイミングで見舞われた時化に顔を顰めつつも、ここまで無事に到達できたことに胸を撫で下ろした。
アルバトロス港で拾った密航者の少年二人。
シブレットは密航の罪を見逃す代わりに、彼らを船員として雇う契約を結んだ。
この国はその少年の片割れマーシュの故郷なのだ。
船乗りは危険な仕事である。
正直、少年たちを故郷まで無事に送り届けられる保証はどこにも無い。
だからこそ、ハリケーンに海賊の襲撃に、幾多の脅威を退けここまで無事に船を進められたことを、シブレットは神に感謝した。
厳格な雰囲気と冷徹な判断から一見すると恐れられがちなシブレットだが、実際には同じ船に乗る者を家族同然に扱う情に厚い人物なのだ。
「ミゲール、私は今の内に仮眠をとる。指揮を引き継げ」
この程度の荒波であれば、精鋭ぞろいのジュニパーベリー号の乗組員に凌げぬものではないだろう。
シブレットはそう考え、到着まであと少しとなりつつも、最後まで気を抜かず冷静さを保つために船長室に戻った。
キャプテン・シブレットは船長室で日課の航海日誌に記入を始めた。
古びた表紙の日誌帳の残りページは少ない。
恐らく、今日がこの日誌に書き込まれる最後の日だ。
明日にはスームスームに到着する。
ジュニパーベリー号が次の航海に出るのがいつかは決まっていないが、陸に着けばあらゆる物資を補給できる。
この日誌帳も買い替え時だ。
シブレットの頭の中の買い物メモに、新しい日誌帳が加えられた。
ふと、シブレットが窓の外を覗くと、波の間に何かを発見した。
「漂流物か?」
窓に叩きつける雨水のせいで、はっきりと見えない。
物体は徐々にジュニパーベリー号に接近している。
シブレットは些細なことでも、航海日誌には余さず記入する。
今見えている光景に関しても、日誌に次々と記載していった。
「あれは……っ!」
シブレットが漂流物を純白のトロットビークルだと判断すると同時に、ジュニパーベリー号をかつて無いほどの衝撃が襲った。
「エルダー様」
「……どうした?」
「ジュニパーベリー号の被害状況の調査と報告の集計が終わりました」
「うむ、読め」
「はっ! 船体の被害状況は大破。ジュニパーベリー号はウミネコ海岸に座礁した模様です」
「…………」
「続けます。一部の乗組員がビークルや小型艇で脱出。人数は総乗組員の半数ほどと見られる。スームスーム方面に向かったとのことです」
エルダーの何人たりとも逃さない狩人のような目線が報告者の男を捉える。
「……悪い知らせは?」
「は、はっ! 少年が一名、海を漂流しウミネコ海岸に漂着した模様とのことです」
「何っ!?」
「ひっ」
突如、激昂して身を乗り出すエルダーに、報告者は書類をばら撒いて腰を抜かした。
「もういい、下がれ」
「はっ……」
男が退出するのを遠ざかる足音で確認し、エルダーは頭を抱えた。
「しくじったか……。くっ、【ホワイトレクイエム】は荒れた海上での無理な運用のせいで故障中だ。何か、手立てを……」
これでプロローグは最後になります。
次回からはいよいよ本編開始です。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。