steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
26話 伝説の幕開け
ライブ当日の朝はトラブル続きだった。
コニーがウミネコ海岸に薬草を採りに行くと言ったのはまだいい。
ローズマリーの具合が芳しくないこととともに、前日の夜には楽団メンバーに伝えられていた。
「気を付けてね。ボーカルマイクのセットくらいなら、こっちでやっておくから大丈夫よ」
「うん。ありがとう、セイボリー」
しかし、問題は続けざまに発生する。
「ああ! ドラムが!」
マジョラムのドラムにもトラブルだ。
フロアタムの足がポッキリと折れ、スネアのスナッピーは断裂、タムホルダーも一部の部品が無くなっている。
「うわぁ、何これ!? どうしたらドラムがこんなことに……」
「……汽車の貨物室での固定が悪かったな」
俺はバジルの疑問に自分の予想を伝えた。
どうやらマジョラムも同じ見解のようだ。
「これは部品をはめ直せば修理できる状態じゃないな。ナツメッグ博士にでも診てもらいたいところだけど……」
さすがにそれは時間が足りなさすぎる。
原作と違いピジョン牧場駅が既に開通しているので、今日中に行って帰ってくるというだけなら今から出ても問題ない距離だが、ドラムの修理を待ってなおかつ夕方のリハーサルまでに戻るのはキツい。
どこか近くに修理を請け負ってくれる店があればいいのだが……。
「ハヤブサジュウタン工場に行ってくるよ。あそこの親父さんは機械いじりが得意で、簡単な部品作りや溶接ならできると思うんだ。ジュウタン工場ならピジョン牧場より近いしね」
どうやらここで原作と繋がるようだ。
コニーはマジョラムのドラムの梱包を手伝っていてはバスに間に合わないので、先にウミネコ海岸方面に出かけて行った。
「(おい! グレイ!)」
路地裏から鋭く名前を呼ばれて、俺はつい拳銃に手をやりながら慌てて振り返った。
ネフロの建物と建物の間。
最早、道と言っていいのかすらわからない場所に、一つの人影があった。
見覚えの無い男が……よく見ると覚えがある。
髭面に鋭い目は服装が違っても変わらない。
「(ジンジャー! こんなところで何を……)」
「(どういうことだ!? エルダーのビークルを見たぞ)」
ジンジャーは俺を遮って質問してきた。
そういえば、エルダーが来ていることは話してなかったな。
スマホのラインどころか携帯のメールすら無いので不便だ。
「(前に話した少年が今日現れるはずです。エルダーは彼と恨みのある少年の友人が乗った船を襲撃したのでしょう)」
「(…………)」
「(ジンジャー。俺はエルダーの動向を追います。次に接触する相手はわかっているので)」
エルダーはジュニパーベリー号を【ホワイトレクイエム】で襲撃した後、ダンディリオンの姿でフェンネルのビークル【ブルー・サンダー】を借りて、長距離キャノンアームでウミネコ海岸の崖上の岩を撃ち落として主人公を襲撃する。
だから、次に接触があるのはフェンネルだ。
「(何故、わかる?)」
「(ジンジャー、【ホワイトレクイエム】はどんな具合でしたか?)」
質問を質問で返した俺にジンジャーは一瞬訝しげな顔をするが、すぐに真剣にエルダーのビークルの様子を思い出し教えてくれる。
「(故障しているようだった。恐らく、完全な耐水仕様でないのに、ボディ全体が水を被るような運用をしたのだろう)」
なるほど、フェンネルのビークルを借りたのはそういう理由だったのか。
確かに、水に浸かって故障中であれば、わざわざ人のビークルを使った理由も頷ける。
俺は簡単にエルダーの次の行動をジンジャーに伝えた。
「(敵の動きはわかっています。エルダーは明日の朝の列車でハッピーガーランドへ帰るでしょう。ジンジャーはそれまで姿を見られないように気を付けてください)」
「(……わかった)」
マジョラムが会場運営の人たちと軽く言葉を交わし、ジュウタン工場行きの準備を整えている間、俺も野暮用があるということにして会場の中心から離れていた。
そろそろ、色々と動き出す連中が居るだろう。
案の定、まずはセイボリーがバジルを呼びつけていた。
「(ねえ、バジル。ちょっとお願いがあるんだけど……)」
「(なになに? セイボリーのお願いなら何だって聞くよ!)」
軽く承諾してしまう緑のチビ眼鏡。
相変わらずだ。
「(マジョラムがハヤブサジュウタン工場に行くって言っていたでしょ。あなたも彼についていってほしいのよ)」
「(構わないけど、何で?)」
「(あのジュウタン工場の裏なんだけど、キラーエレファント団のアジトになっているらしいの。マジョラム一人だと危ないし……頼りになるバジルがついていってくれれば安心だと思って」
「(うん、わかった。僕に任せて)」
「(お願いね。あ、キラーエレファント団のアジトは工場裏の梯子を下りたところから入るらしいの。もし、できたら……そっちの様子も調べてみてほしいなぁ)」
「(おーけーおーけー。僕にドンと任せてくれよ)」
手玉に取られるバジルだった。
やはり、初対面のバジルがキラーエレファント団を探っているのは、エンディング後のバジルの話通りセイボリーの差し金なのか。
「あ、マジョラム。僕もついていくから乗せて~」
マジョラムがジュウタン工場に向かったタイミングで、一旦俺は駅前広場の近くまで戻った。
そろそろダンディリオンがフェンネルからビークルを借りるために接触するはずだ。
フェンネルは……居たな。
駅前広場の隅で楽器の手入れをしている。
ボッチ飯を連想して物悲しくなりそうな光景だが、フェンネルだと様になるな。
イケメンは逝ってよし。
「さて、どこから監視するか……」
辺りを見回すが、身を隠すのにちょうどいい路地など都合よく見つからない。
ジンジャーに裏道を聞いておけばよかった。
「ん?」
ふと、教会と博物館の間くらいの場所に、イーゼルだか画架だかいうスタンドに絵を固定し、真剣な表情で筆を握っている青年を見つけた。
ネフロに本格的な画家とは珍しいが、あのベレー帽はゲームでも見た覚えがある。
貧しい画家のポールだ。
彼のサブイベントは原作でも世話になった。
ポールの物語は、ゲーム序盤のネフロから始まり、主人公がハッピーガーランドに到着した後も続く、サブイベントの中でもかなりの長編だ。
ネフロで売れない絵描きをやっていた時代に主人公が安い絵を購入することで始まり、攻略を進めるとガーランド大学の美術部の教授に就任し、贋作疑惑で解任され、最後にはもう一度絵を描こうとして訪れた砂漠で息絶えてしまう。
なかなかに報われないストーリーだ。
しかし、ポールのサブイベントはゲームでは絶対にこなしておきたい話の一つだ。
ポールがガーランド大学の教授に就任したタイミングと、贋作疑惑が晴れた死後には、彼の作品全ての価格が高騰するのだ。
タイミングよく売れば、その価値は数十万URになる。
原作ではこのサブイベント以上にまとまった金を稼げるチャンスは無い。
まあ、今の俺にとって金はそれほど問題じゃないから、転売目的で買う必要は無いんだけどな。
しかし、原作の知識がある状態で動ける俺なら、ポールの運命を変えられるかもしれない。
「……あっ、すみません。ここ、邪魔ですか?」
ついポールの様子を眺めていたが、向こうも俺の視線に気付いたようだ。
「ああ、いや。そんなことはない。気を散らして悪かったね」
俺は思わずポールの前を立ち去ろうとしたが、すぐに彼の事情を思い出して足を止めた。
「君は、画家なのかい?」
「はい。……とは言っても、全然売れないんですけどね」
やはりネフロにポールの絵を購入する者は居ないようだ。
原作でも彼はネフロではまったく稼げず、日々の糧にも苦しむほどの生活を送っていた。
確かに、よく見るとポールの頬はこけており、明らかにやつれている。
これはどう見ても食えなくて痩せているパターンだ。
「絵描きになるって言って、実家を飛び出したのはいいんですが……」
ポールの実家は原作だとハッピーガーランドから行けるイワツバメの滝の農家だったな。
現実ではハッピーガーランドの中心部から結構な距離があったので、足を延ばしたことは無かった。
「別の町でインスピレーションを得れば、もっといい絵が描けると思って、ネフロまで来たんです。でも、売上は見ての通りで……って、すみません。自分のことばかり。僕はポールって言います。あなたは?」
「俺はグレイ。ナツメッグ博士の助手をしている。一応トロット楽団のエキストラもやっていて、今日はそのライブでネフロに来ているんだ」
「ナツメッグ博士の!? それにトロット楽団!? はぁ~、凄いんですね、グレイさんって……」
俺はポールのキャンバスを覗き込んだ。
風景画か。
ネフロの街並みがリアルに描かれている。
「これ、売ってもらえるかな?」
「っ! 買っていただけるんですか!? あ、でもこれは、まだ完成してなくて……」
確かに、キャンバスの絵にはよく見ると空白の箇所がある。
未完成なら仕方ない。
今は諦めよう。
「じゃあ完成するまで待とう。他の絵は?」
「すみません……キャンバスや絵の具も買えなくて、自画像しか……」
ポールは横の壁に立てかけてあった絵を示した。
「そいつを買おう」
「あ、ありがとうございます! 15URで「1000URでどうだ?」っ!」
ポールは俺が提示した金額に言葉を失っている。
正直、俺に美術品のことはわからないが、少なくとも150円なんて価値じゃないことくらいはわかる。
まあ、いきなり何百万もの大金を持たされても困るだろうし、俺から提示するならこの辺が妥当な値段ではないかね。
「そっちの風景画も予約しておこう。1万URくらいかな?」
「そ、そんな大金……」
「今のポールが無名であることなども考慮しての値段だ。最低でもそれだけの価値があると俺は判断した」
俺は硬直するポールを尻目に、彼の手に11枚の銀貨を握らせた。
「明日の朝にネフロ駅から発つから、風景画の方はそれまでに持ってきてくれ。ああ、完成しなかったら、受け渡しはまた今度でもいい。まずは、その金で少しまともな飯を食え」
「……はい、ありがとうございます!」
ポールと会話しつつも何気なくフェンネルの様子を窺っていると、ついにダンディリオンが現れた。
エルダー衣装ではなく普段のダンディリオンだ。
どうやら俺は路地の入り口で絵描きとの会話に夢中で、向こうには気付いていないと思っているようだ。
ポールの存在に助けられたな。
俺はポールの仕事を見ているふりをしながら、フェンネルとダンディリオンの会話に聞き耳を立てた。
「(フェンネル)」
「(ん? ダンディリオンじゃないか。何故、ネフロに……ああ、ライブを聞きにきたのか)」
「(いや、ちょっと野暮用があってね。それで、フェンネルに一つ頼みがあるんだけど……)」
「(何だ?)」
「(君のビークルを貸してほしいんだ)」
「(ビークル? 【ブルー・サンダー】をか?)」
「(ああ)」
フェンネルは訝しげな表情だったが、ポケットからキーを取り出した。
「(ほらよ。ライブまでには戻してくれよ)」
「(助かるよ。出先の用が済んだら、すぐに返すから)」
ダンディリオンはフェンネルから【ブルー・サンダー】のキーを受け取ると、そそくさとその場を立ち去った。
「グレイさん、こちらになります」
「ああ、ありがとう」
俺は梱包されたポールの自画像を受け取りビークルに積み込むと、エンジンを起動して【ブルー・サンダー】に乗ったダンディリオンを尾行し始めた。
「さてと、薬草は……あれ?」
バスを降りてウミネコ海岸に足を踏み入れたコニーは、見慣れたはずの廃港の様子に違和感を覚えた。
スームスームが港町として栄え始めてからというもの、ウミネコ海岸は貿易拠点としての機能を失って久しい。
今ではコニーのように薬草を採りに訪れる人が散見されるくらいだ。
設備の撤去された船着場に砂浜のウミガメが唯一の住民である。
しかし、今日は妙に瓦礫や漂着物が多い。
これだけなら夕べの嵐の影響ということで納得できただろう。
しかし、沖を見れば木造の大型船が黒煙を上げて座礁している。
さすがに難破船は廃港とはいえ異質の存在だ。
そして、ついにコニーは最大の異変に気付いた。
「っ! あの人、倒れてる!?」
コニーは砂浜に打ち上げられたと思わしき金髪の少年に駆け寄った。
「あの! 大丈夫、ですか?」
コニーは少年を揺さぶろうとするが、ナツメッグ博士から聞いた医療の初歩の話を思い出し、強く揺するのを思い留まる。
コニーはしばしの躊躇の後、少年の肩を湿気の残る衣服越しに叩きながら、声を掛け続けた。
少年は一見したところ死んでいるかのように身動き一つしないが、コニーは諦めない。
しばらく呼びかけを続けると、ついに少年は目を細く開けた。
「うっ、まぶしい……」
「あ、気が付きました?」
どうにか本編開始です。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。