steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「はぁ……」
ハッピーガーランドに戻ってからというもの、コニーはずっとこの調子だ。
テーブルに突っ伏して、時々顔を上げたかと思うと、ため息をついてまた腕に顔を埋めてしまう。
練習のときは別人のように気合が入るが、それ以外の時間は抜け殻のように無為な時間を過ごしている。
まあ、コニーの頭の中にあるのは十中八九バニラのことだろうな。
彼女がバニラと再会するのは、キラーエレファント団にネフロが占領されて、バニラが街を解放した直後の話だ。
ネフロ占領の報を耳にして、彼女は単身ネフロに戻る。
しかし、同時にウズラ山トンネルも盗賊に占拠され――最初は事故扱い――汽車でハッピーガーランドに戻れなくなったところで、バニラはコニーをビークルに乗せ、ガラガラ砂漠を渡ってハッピーガーランドまで送り届ける。
途中、二人は砂漠の盗賊デザートホーネット団に誘拐されたり、巨大な砂に潜行する要塞に襲われたりしながら、何とか危機を乗り越えてハッピーガーランドに到着する。
そんな吊り橋効果が満載のイベントまで、コニーはハッピーガーランドで寂しい日々を過ごすのだ。
しかし……。
「はぁ……バニラ……」
俺が居ることにも気づかないコニーの様子は、まさに恋煩いそのものだ。
これはもう完全に惚れているな。
俺が入れる空気じゃない。
しばらく、そっとしておいてやるか。
恋の病は医者にも草津の湯にも治せない、時間が解決してくれるのを待つべし、ってね。
しかし、そこに空気を読まない闖入者がやって来る。
「ねえ、皆! この前のキラーエレファント団のことが、もう新聞に載ってるよ。トロット楽団が撃退に成功だって。あれ、コニー? セイボリーは?」
俺は騒がしい緑のちんちくりんの頭に空手チョップを落とした。
バニラはグレイの忠告通り、ビークルバトルのライセンス登録と初陣だけ済ませて千URほどのファイトマネーを受け取ると、次の日にはピジョン牧場へやって来た。
昨日までのバニラは無一文だった。
ゲームでは敵を倒すと金を落とすので、ゲーム開始からネフロに着くまでに数百URは手に入るのが普通だ。
『ドン・エレファント』は倒せば300URを落とすし、甲板の宝箱を撃破前に開ければ合計200URになる。
これだけでも500URが手に入るわけだ。
『ルースター』を撃破すると落とす40URを余さず回収し、駐機場でのハーモニカ演奏やバーでのピアノ演奏などでお試しがてらおひねりを集めれば、初日だけでも1000UR近い稼ぎになる。
さらに、これは裏技に近いが、ネフロでコニーたちのライブを聞きに行く直前に、ウミネコ海岸に戻るとサメを獲れる。
このサメはいわゆる交易品で『バー・アフロディーテ』では一尾202URで買い取ってくれる。
満杯までサメを積んでから売ると、バックパーツがキャリアーWなら一度に八尾積めるので、一回の収入は1616URだ。
燃料代を差し引いても1500URほどの稼ぎになる。
これを数回繰り返せば、序盤にもかかわらず1万UR以上の額を簡単に手にすることができるのだ。
ゲームでは街に入ったり闘技場でバトルや賭けに参加したりしてから街に出ると時間が経過する。
しかし、夜から朝の時間は、宿屋に泊まったり仮眠を取ったりしなければ進まない。
夜のサメ狩りはこの仕様を利用した稼ぎというわけだ。
俺も二回目以降のプレイでは金策として世話になった。
しかし、現実はゲームとは違う。
盗賊団のビークルを破壊しただけで金は手に入らず、宝箱なんてものも存在しない。
ライブ直前にウミネコ海岸とネフロを往復するなんて真似はできるはずもなく、結局バニラは昨日一日を無一文で過ごすことになったのだ。
グレイもそれを知っていれば銀貨の数枚くらいバニラに持たせただろうが、そういうところに気が付かないあたり、グレイも少々抜けている。
バニラはお約束のオットーとウィリーの【フラップフライヤー】との衝突事故を起こし、二人の強烈な個性に圧倒されながらも、ナツメッグ博士の工房に到着した。
ビークルをどうにかして飛ばそうという二人の試みは、最初はバニラの目にも奇異に映ったものだが、グレイが彼らに言ったという言葉を聞くと不思議と応援する気持ちが強くなった。
ウィリー曰く、グレイは「いつかは可能になる」と言ったそうだ。
それを聞くと、バニラもいずれトロットビークルで空を飛べる日が来るのではないかと思えてくる。
グレイの言葉と忠告は信憑性が高く役に立つ。
バニラは経験上それを知っていたからだ。
闘技場でも、彼の文書に従って手紙をオネエの支配人に渡したら、すぐにライセンス発行を済ませてくれた。
本当は、ディーノの好みであるバニラが、ライセンスを貰えないなんてことはあり得ないわけだが。
「さて……ここがナツメッグ博士の家か」
バニラの目に映るのは、一目でビークル関係の人間が住んでいるとわかる住居だ。
手足の付いた特徴的な工房に、最近になって増築したと思われる広めの家が隣接している。
よく見ると、繋がってはいるものの住居自体は二つ並んでいるような構造を取っていることがわかった。
「そういえば、グレイも普段はここに住んでいるんだっけ。なら、この新しい方がグレイの家かな」
バニラは玄関前にビークルを停めると、家の扉をノックした。
「留守……? いや、奥から物音が聞こえる」
バニラは扉に手を掛けて、内側に押し開いた。
廊下を進んだバニラの目に、ガラクタが散乱した部屋の奥で何やら作業をしている老人が映る。
黙って作業していた老人が急にボヤくように喋り出す。
「まったく、グレイが居らんのがこんなに不便だとは思わなかったわい。部屋はすぐに散らかるわ、ベッドのシーツも不快だわ、飯も不味いわ……。おまけに研究では準備と片付けに時間が取られて作業も捗らん……」
それも当然だ。
グレイがナツメッグ博士の助手になってから、ここの家事は全て彼が片付けている。
部屋は一日の終わりにグレイが数分で片付ける。
ベッドのシーツも、数日に一回はグレイが洗濯物と一緒に洗っている。
当然、食事の質もグレイが来てから一気に上がった。
メリー乳業のチーズと狩りの獲物、ネフロで仕入れた新鮮な生鮮食品やパン、ミームー村の魚やトリュフにミツバチ園の蜂蜜など、あらゆる高品質な食材でグレイが工夫を凝らした料理を供するのが常だった。
素材があっても、博士一人ではパンとチーズを切ってそのまま食べられる野菜や果物を添えるのが関の山だ。
グレイが食糧庫に保存している肉を焼ければ上等だろう。
極めつけは、博士の研究をある程度は理解できるグレイ――本人はそう思っていないが、この世界ではこれ以上ないくらいの理解度――が、今までは最低でも一週間の半分は補佐についていたことだ。
トロット楽団のエキストラになってからグレイはナツメッグ邸を留守にすることが増えたが、それでも博士が一人で研究を続けなければならないほど、長期間この工房を空けたことは無い。
グレイが居れば、研究に必要な資料と資材は伝えておくだけで事前に博士の席に用意され、作業中も博士が席を離れずとも言いつけるだけで物が届き、作業終了後も用済みの品だけが片付けられる。
何だかんだで、博士にとってもグレイの存在が当たり前になっていたのだ。
「はぁ……昔に戻っただけだというのに……」
「あの……」
博士が一通り愚痴をこぼし終わったところで、後ろから声が欠けられる。
声の主は当然バニラだ。
「…………」
「すみません!」
「うるさい! そんなに大声を出さずとも聞こえておるわ」
バニラが訪ねたときのナツメッグ博士は新しいトランペットの製作の真っ最中だった。
グレイが初めてナツメッグ博士のもとを訪れたのも、博士がサックスを組み立てていたときだ。
奇しくも同じ状況、グレイ曰くジンクスである。
「今は手が放せんのじゃ。見てわからんのかね」
博士は不機嫌な表情になりながらも作業を続けようとするが……。
「あぁ~、バルブがダメになってしもうた……」
トランペットのバルブは不自然な力の掛かり方で歪んでしまった。
こうなってしまっては、そのままパーツとして使うことはできない。
部品の準備は一からやり直しだ。
博士が振り返り、頭をかく金髪の少年を見据える。
「何なんじゃ、お前さんは? 勝手に入ってきおって」
不機嫌な博士の問いかけに、バニラは慌てて自己紹介をした。
そして、コニーとグレイから預かった手紙のことを思い出し、ポケットから二つの封筒を取り出す。
「ふん、まあよい。……ん? 何じゃ、その手紙は?」
バニラから手紙を受け取った博士は、差出人の名前を見比べる。
「ほう、こっちは不肖の弟子グレイからかの。こっちは……おお、コニーからか。久しぶりじゃなぁ。あの子は元気にやっとるか?」
他愛のない話をしつつ、博士は二つの手紙を読み進めていった。
「トランペットを一つくれてやれじゃと? まったく、あの馬鹿弟子は訳のわからんことを……」
「あの、博士……」
「おまけにビークルの扱いとメカニズムの基礎を教えてやれなどと、師を使い走りのように……」
グレイの手紙を読み進めるごとに眉間の皺が深くなるナツメッグ博士。
バニラはその様相に一抹の不安を抱いていた。
「(グレイ……本当に大丈夫なんだろうね……?)」
やがて二つの手紙を読み終わったナツメッグ博士はバニラに顔を向けた。
「さて……お前さん、砂浜で倒れていたのか。それまでのことを何も覚えとらん……とな。なるほど(グレイとは少々事情が違うようじゃな)」
「え? 何ですか?」
「いや、いいんじゃ」
ナツメッグ博士は気づいたら森の中に倒れていたというグレイの話を思い出したが、グレイの話す突拍子も無い別世界の知識やら何やら、バニラと違う点の数々に考えが及ぶと、二人が同じ世界の人間という説は頭の中で否定した。
「ふむ、では診察をしよう。ん? 何じゃその不安げな顔は? こう見えてわしは、医術にも明るいのじゃぞ。では、今のお前さんの状態について……」
バニラの身体の調子と記憶に関する簡単な問診が終わった。
今回は身体面での後遺症が無いことが確認できた以上の収穫は無かった。
途中、オットーとウィリーの【フラップフライヤー】が事故る音に驚かされる一幕はあったものの、これでバニラの最低限の用事は済んだ。
「さて診察はこれで終わりじゃが……もう少し付き合え」
「え? 付き合うって……?」
「ん? 何じゃ、グレイからは何も聞いておらんのか?」
バニラが頷くと、博士は呆れたように顔を覆った。
「はぁ……まったく、あ奴は……。今からわしがビークルの扱いを直々に教えてやる。まあ、この短時間でどの程度のものになるかはわからんが……」
バニラはナツメッグ博士の弟子であるグレイの強さを思い出して目を輝かせた。
「言っておくが、わしが教えられるのはビークルのメカニズムと、その知識に関連した効率的な動かし方や扱い方だけじゃぞ。グレイのようになれると期待されても困る。彼奴の射撃センスと戦闘能力は、彼奴自身の才能と研鑽によるものじゃからな」
それでも、ナツメッグ博士による数時間の講習はバニラのビークル操縦の能力を格段に進歩させた。
座席に放置されていた操作マニュアルと感覚に頼ってビークルを扱っていたバニラにとって、ビークルの開発者であり機構を熟知した博士の教えは、別の側面からビークルを理解するのに最適だったわけだ。
訓練ついでに、バニラの【カモミール・タイプⅡ】は博士の工房で擦り減った部品や錆びついたパーツを交換され、駆動部には油を注されて生まれ変わった。
因みに、修理とメンテナンスの際に使われた資材は、グレイが鹵獲した盗賊ビークルのパーツやアジトから分捕ったものだ。
要はグレイのヘソクリ資材である。
そして、日が傾くまで行われた博士の講習は終わりを告げ、トランペットを土産のように渡されたバニラは帰路についた。
「具合が悪くなったら、また来なさい。次からは紹介状は要らんよ。おお、そうだ。ついでに、これを持って行ってくれ。ローズマリーの薬じゃ。いつもはグレイに頼んでおるんじゃが、生憎奴は出ておるのでな」
バニラは博士から薬の入った袋を受け取った。
「ではコニーによろしくな。たまには顔を見せろと伝えとくれ」
化石発掘のお仕事や関連イベントは、ピジョン牧場駅の建設を早めてしまった都合でカットいたします。
小説だと、どうしても『掘る』→『売る』の動作以上のものを盛り込めそうになかったもので......。(-.-)
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。