steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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33話 予兆

 

「え!? フェンネルが来ない!?」

 ラウンジにバジルの素っ頓狂な声が響いた。

 ハッピーガーランドのロブスター亭で、俺たちはトロット楽団が次の定期演奏会で使用する曲『Impossible』の練習予定を立てていた。

 マジョラムが練習用のスタジオの予約を取り、合わせ練習の日程を決めてきた矢先のことである。

 珍しいことに、フェンネルが練習の欠席を申し入れてきたのだ。

「理由については、フェンネルは何て?」

「それが……どうにも気分が乗らないとしか……」

 俺の問いかけにマジョラムは答えるが、トロット楽団の面々は首を傾げたままだ。

 フェンネルは寡黙だが誰よりも練習熱心で音楽に対しては妥協をしない男である。

 それが怪我でも病欠でもなく、気分が乗らないという理由で不参加を決めるなど、今までには一度も無かったことだ。

「珍しいね。フェンネルがそんなあやふやな理由で休むなんて……」

「そうねぇ……何かあったのかしら?」

 バジルもセイボリーもフェンネルの事情については想像がつかないようだが、俺には何となく理由がわかった。

 ついに、フェンネルのトロット楽団脱退が近づいたか。

 こればかりはどうしようもない。

 フェンネルは新しいパワフルな音楽を求めて、悩んだ末にトロット楽団を抜けて、ファンキーな連中と組んで自分のバンドを始める。

 トロット楽団も従来通りの楽器を使うバンドとしては、最先端の流行のジャンルを扱うバンドであり、当然ながら人気に相応しいだけの実力があるグループだ。

 それでも、フェンネルが現状に満足できない以上、無理に引き留めることはできないだろう。

 経営方針や雇用条件の改善でどうにかできる問題ではないのだ。

「やっぱり、皆もフェンネルからは何も聞いていないのかい?」

「うん、全く」

「ええ、私も知らないわ」

「俺も聞いてないな」

 ここで俺が事情を暴露したところで何の役にも立たないので、マジョラムの質問は軽く流した。

 嘘はついていない。

 この世界で、俺が直接フェンネルから事情を聞いたわけではないからな。

「大丈夫かな? この後は定期演奏会で新曲のお披露目だし、もうすぐダンディリオンからさらに次の曲も来るんでしょ?」

 バジルが言う次の曲とは、バニラがハッピーガーランドに来てから手に入り、スームスーム港町のライブから演奏することになる『I Cry』だろう。

「スタジオの予約は取っちゃったからね。もう皆の予定に合うように調整しちゃったし、フェンネルには最後のリハでどうにかしてもらうしかないかな」

 マジョラムが締めくくった。

 これもフェンネルなら少なくとも個人練習は怠らないだろうと信頼してのことだな。

 まあ、結局のところ直前になって困るわけだが、それに関してはどうしようもない。

 バニラを楽団に誘う理由になるのだから、ここは手を出さないでおこう。

「じゃ、コニー。そういうことだから」

「…………」

「コニー?」

「えっ? あ、うん。大丈夫」

 マジョラムに話しかけられるまで、コニーはまたしても抜け殻のようにボーっとしていた。

 大丈夫かね、この娘は……。

 

 

 

 

 ピジョン牧場からネフロに戻ったバニラは、宿屋には向かわずそのままジンジャーの許へ足を延ばした。

 グレイから渡された地図に従い地下道の脇道を進むと、徐々に人の手が入り整備された場所に出る。

 そのまま進むと、家具や雑貨に資材が持ち込まれた部屋が目に入った。

 バニラにしてみれば、ビークルどころか人すらまず入らない地下道の奥に、こんな空間があったことが驚きだ。

 崩れかけた壁の簡単な補修と電源系統を引く際の簡単な整備をグレイが施したのだが、かつてジンジャーが潜伏していたときとは、この隠れ家の快適さは雲泥の差だ。

 水道まではグレイには弄れなかったので、駅裏の資材置き場の放置されたプレハブのものを借用しなければならないが……。

 バニラが足を踏み入れると、奥で一つの人影が蠢いた。

「誰だ?」

 顔を出したのは当然ジンジャーだ。

 飛行帽と髭面は相変わらずだが、グレイが生活雑貨をまとめて押し付けたので、服は以前のボロよりはマシな労働者風のシャツとジーンズに変わっている。

「あなたが、ジンジャー?」

「っ! ビークル乗りの金髪の少年……君がグレイの言っていた子か」

 バニラは自分の知人の名前が出たことで安心して名乗った。

「はい、グレイからあなたの指南を受けるよう言われました」

 

 

「…………」

「あの……何か?」

 ジンジャーはバニラをじっと見つめて思案に耽るような表情をしていたが、居心地の悪さを感じたバニラは堪らず声を出す。

 しかし、ジンジャーはバニラの質問には答えず、ゆっくりと口を開くと目の前の少年に向かって疑問を投げかけた。

「……君も、“白い悪魔”を倒したいのか?」

「“白い悪魔”……って?」

「ん? グレイから何も聞いていないのかい?」

 バニラはつい先ほどのナツメッグ博士のときと同じ展開に既視感を覚えながらも頷いた。

「なら、私の事情を先に話しておこう」

 ジンジャーはエルダーの事情や彼の師であったこと、それにグレイが彼らの野望を阻止するために動いていることを簡潔に説明した。

「敵の敵は味方。グレイが私にここまで便宜を図ってくれるのも、そういうわけだ」

「なるほど、ジンジャーとグレイの関係は何となくわかりました。でも、何でグレイは僕にまでこれだけ世話を焼いてくれるんでしょう?」

「君に強くなってほしいからだろう。確かに、君には才能があるからな。エルダーは強大な存在だ。戦うにはそれなりの戦力が要る」

 そう言われても、バニラにはピンとこなかった。

 この国のウミネコ海岸に流れ着いてから、必要に迫られて盗賊と戦ったり闘技場でバトルに出たりはしたが、自分より遥かに強いグレイが期待をする理由などわかるはずもない。

 当然、自分がキーパーソンであることなどバニラには知る由もない。

「とにかく、グレイは君に私のビークルバトルを仕込んでほしいと頼み、私はそれを引き受けた。昼間は君も仕事があるだろうから、夜に地下水路に来るといい。ああ、宿の心配も要らないぞ。グレイがここで君も生活できるように準備したからな。水回りは駅の資材置き場のものを借りなければならないから、少々不便かもしれないが」

 当然、グレイは寝具も二人分用意し、食料を補給するための資金もバニラの授業料の名目でジンジャーに渡してある。

「わかったな?」

「はい……」

 こうして、バニラの修行の日々が始まった。

 昼はネフロ博物館の依頼で化石採掘をこなし、たまに闘技場に出場してDランクやCランクの選手とバトルをこなす。

 これだけ見れば、ごく普通のビークル乗りの生活だ。

 しかし、バニラが最も消耗するイベントは夜にある。

 

 

 ジンジャーによるビークルバトルの指南は苛烈を極めた。

 彼は前にグレイとバトルをした貯水槽にバニラを呼び出すと、まだ装備も整っていないバニラのビークルをブーメランアームで翻弄し、死角から急接近しては投げ飛ばし、立ち上がる前にコクピットへトライデントアームを突き付けた。

「もう一度だ」

「くっ……」

 最初のころは、バニラのビークルは転がされたばかりだった。

 現実のバニラは繰り返しゲームを遊んだプレイヤーではない。

 今のバニラのビークルバトルの腕では、初代チャンピオンのジンジャーに到底敵わないのも当然だ。

 ジンジャーにビークルをボコボコにされ、そのまま地下道に引き上げてジンジャーの住処で寝る日々が続いた。

 バニラのビークルは彼が寝ている間にジンジャーが修理する。

 ジンジャーの整備の腕は並程度だが、お釈迦になったパーツを交換してボルトを締め直すくらいなら、時間を掛ければジンジャーにもやってやれないことはない。

 修理用の資材もグレイが持ち込んだものが大量にある。

 しかし、数日も経つと、バニラは機体の性能差をものともせず、バトルにおいて終始ジンジャーを上回るようになった。

 これにはさすがの初代チャンピオンも驚愕した。

 グレイはジンジャーの前に姿を現したときには既にある程度完成した操縦技術と戦闘スキルを持っていたが、バニラは圧倒的な経験不足を感じさせる腕でありながら着々と技術を吸収する。

 当初は翻弄されるだけだったジンジャーの攻撃にも、最近では的確にカウンターを合わせて刃を交差させていた。

 そしてついに、ジンジャーの【ブラックオデッセイ】はバニラの【カモミール・タイプⅡ】のソードアームで機関部を打ち壊されて膝をついた。

「見事だ……」

 バニラは初代チャンピオンを下せる実力を身に着けたのである。

 

 

 事件は唐突に起こった。

 バニラがジンジャーの住処で朝食を終え、これからの予定を話し合っていたときだ。

「ん?」

「どうしました、ジンジャー?」

「……何だか、街がきな臭い」

 ジンジャーは長きに渡りエルダーの手から逃れて潜伏を続けていた経験もあり勘が鋭い。

 ネフロの街を覆う異質な空気をいち早く察知した。

 残念ながら、バニラにはそこまでの危機感知能力は備わっていない。

「なら、僕がちょっと見てきますよ」

「……わかった。気を付けろよ。いくらビークルバトルの腕が上がったとはいえ、至近距離から大勢に包囲されては成す術は無いからな。……グレイほどの腕ならどうにかしてしまうかもしれないが」

 数秒ほど悩んだジンジャーだったが、このまま引き籠っていても状況は変わらないと判断し、バニラを地下から送り出した。

 バニラはビークルに乗ると、いつものルートでネフロの街の地上へ向かう。

 修行場所の貯水槽を通り抜け、地下水路を通って街の外周を進んだ。

 頭上から聞こえるビークルや車の音がいつもより少ないことに違和感を覚えたが、それだけでは引き返す理由には足りない。

 ついに、バニラはネフロ北西の水路への降り口に到着した。

 そして、水路の入り口から地上に出ると……。

「おい! 止まれ!」

「動くな!」

「まだ、隠れてやがったか!」

 バニラのビークルは突然キラーエレファント団の『ルースター』と『ワイルド・ルースター』十数台の編隊に包囲された。

 至近距離からキャノンの照準がバニラに合わせられる。

 周囲に一般車や一般市民の乗るビークルの姿が見えない時点で異変は察したものの、ネフロを制圧し街中に配備された盗賊ビークルが集結するのは早かった。

 バニラは慌てて引き返そうとしたが、この距離で包囲されてはそれも叶わない。

「この街は、俺たちキラーエレファント団が占拠した。俺たちが許可しない限り、車もビークルも使用禁止だ。まさか知らないはずは無いよな?」

「いや、こいつ水路から出てきたぜ」

「あん? 何だ、ってことは水道工事の作業員か?」

「とにかく、お前のビークルは没収させてもらう」

「逆らうんじゃねぇぞ!」

 奇しくもジンジャーが言ったのと同じ絶望的な状況に置かれ、バニラは投降してビークルを降りることになった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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