steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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36話 凱旋

 

 さて、ネフロとハッピーガーランド間はもう汽車で移動するのは不可能だな。

 コニーがハッピーガーランドに戻ろうとするころには、ウズラ山トンネルは盗賊団に占拠されていることだろう。

 明後日の朝には完全に通行止めだ。

 いや、もう日付は変わっているので明日か。

 既に敵の布陣は整っているかもしれない。

 ピジョン牧場駅は既に建設が終わっており、ネフロ駅に汽車は格納されている。

 ネフロ~ピジョン牧場間の路線はすぐに復旧するかもしれないが、ハッピーガーランドへのルートが潰されることは免れない。

 ここでコニーがハッピーガーランドに戻るのにバニラを頼れば、二人の関係は原作通りの流れだ。

 俺がわざわざコニーに同行せずピジョン牧場に帰るのは、そういった理由もあってのことだが、ついでに博士とも一度話しておこう。

 そのために、鉄道が復旧していない状態で、わざわざビークルでピジョン牧場まで歩いて行く羽目になったわけだが致し方ない。

 俺はネフロベーカリー前の駐機場に停めた【ジャガーノート】を起動した。

 そのまま城壁の東出口へ向かおうとしたが、ふと街の南西が騒がしいことに気付いた。

 あちらはウミネコ海岸方面の出口だな。

 ちょっと見に行ってみよう。

 

 

 街の出入り口には大勢のネフロの住民が集まっていた。

「初めて見たときから、タダ者じゃないと思ってたよ!」

「あなたは私たちの英雄よ」

「こうしちゃいられない! 皆にこのことを教えないと」

 街に入ってきたビークルを取り囲んできたネフロの住民が引いたことで、輪の中心に居る濃黄色のビークルと、それに搭乗する金髪の少年が目に入った。

 バニラが街に戻ってきたようだ。

「ああ、そうだ。グレイさんに言付けを頼まれていたんです。帰ってきたら、ローズマリーさんの家に顔を出してほしいそうですよ」

「え? グレイがネフロに?」

「はい、先ほど到着されたようです。私からもお願いします。ローズマリーさん、ずっとあなたのことを心配していたようですから」

 闇に紛れた俺の黒塗りの【ジャガーノート】は、バニラの目からは見えていないようだ。

 ようやく主人公殿が戻ってきたのだから、俺も少し話しておこう。

 俺はベルモンドと話すバニラのもとにビークルを進めた。

「あ、噂をすれば、グレイさんがいらっしゃいましたよ。それでは、私はこれで」

 ベルモンドはうきうきとした足取りで去っていく。

 彼も今夜はバニラの活躍の噂を肴に飲んで盛り上がるんだろう。

「グレイ……」

 俺はバニラの方に振り返った。

「バニラ、無事で何よりだ。思ったよりも早かったな」

「あ、うん。キラーエレファント団の親分は泊っていけって言ったんだけど、さすがにそこまでは……パーツは売ってもらったし、夕食はご馳走になったけど……」

「そうか。まあ、君にも親分にも立場があるからな」

 どうやら、バニラは原作通りエレファント親分に認められて彼と友誼を結んだようだ。

 正々堂々ビークルバトルをして拳で語り合い、腕っぷしのみならず度胸や人格を評価されたわけだ。

 俺には無理なコミュニケーションだな。

 そもそも、俺は『ドン・エレファント』戦のときに大勢のキラーエレファント団のメンバーを容赦なく惨殺している。

 彼らにとっても、俺は今更仲良くできる相手ではないだろう。

 闘技場の選手としてなら、親分はギリギリ口をきいてくれるかもしれないが、他の団員にとっては無理な話のはずだ。

「で、親分には勝ったのか?」

「うん、どうにか……」

 そいつは凄い。

 キラーエレファント団の親分のバトルライセンスはAランクだ。

 ネフロ解放の際の親分との戦闘は、クリア済みでもなければ時期的にかなりの強敵で、初見プレイヤーでは敗北する者も多い。

 この段階で勝てるということは、どうやらバニラの強化作戦が成功したようだな。

「そうか。頑張ったな」

「ナツメッグ博士とジンジャーの教えが役に立ったよ。あ、もちろん二人を紹介してくれたグレイにも感謝してる」

 それは何よりだ、

 二人に頼んだ甲斐があったというものだ。

「それに……ジンジャーには他にも色々と助けられた」

 話を聞いてみると、ネフロから抜け出してハヤブサ台地のキラーエレファント団のアジトに向かう際に通ったシラサギ河では前線基地が建設され、キラーエレファント団の戦闘用ビークルが集結していたらしい。

 ゲームでも『キラーエレファント前線基地』という簡易要塞のような敵が、このネフロ占領からアジトに向かう途中のシラサギ河に出現する。

 基地の詳細も原作と違うようだが、バニラの話で何より驚いたのは、そこを突破するのに水路から抜け出したジンジャーが手伝ってくれたことだ。

 確かに、俺はジンジャーにバニラの面倒を見てくれるように頼んだが、まさかそこまでしてくれるとは。

 これはジンジャーに追加報酬でも出さないといけないかな。

 今度、酒でも持って行ってやろう。

 

 

 バニラの【カモミール・タイプⅡ】を見ると、以前より明らかに強化されている。

 ナツメッグ博士の手入れで消耗したパーツの交換やメンテナンスが施されており、アームパーツの武装も以前とは違う物だ。

 見たところ、バジルの【グリーン・リーフ】と同じクロ―アームを右腕に、キラーエレファント団の親分のビークル【マッドエレファント】が両腕に装備するスパイク鉄球アームを左腕に装備している。

 これは俺もゲームで長いこと愛用した組み合わせだな。

 鉄球アームはキラーエレファント団のアジトのショップで購入でき、クロ―アームはこれからコニーをハッピーガーランドまで送る際に通る、砂漠の手前のレイブン砦のビークル整備場で買うことができる。

 この鉄球アームとクロ―アームを組み合わせて開発――RPGで言うところの武器合成――することで、スパイク鉄球アームは完成する。

 このスパイク鉄球アームはイガイガを付けて攻撃力を上げた、鉄球アームと同じ挙動――鎖に繋いだ鉄球を撃ち出す――の中距離武器だ。

 ソードアームより攻撃力が一段階上のクロ―アームに、砲弾アームとほぼ変わらない射程で、弾数制限が無く耐久力もそれなりに高いスパイク鉄球アーム。

 この便利な組み合わせは、ゲーム中盤の長いスパンで通用する。

 いい武器を手に入れたな。

「あ、これはキラーエレファント団の調達係の人に売ってもらったんだ」

「……そのスパイク鉄球アームを、売っていたのか?」

「え? うん、そうだけど……。それがどうかしたのかい?」

「ああ、いや……何でもない。良かったな、いい装備が手に入って」

 俺の視線がビークルの装備を見ていることに気付いたバニラが説明してくれた。

 どうやら、装備の入手方法も原作とは異なっている部分があるようだな。

 スパイク鉄球アームを既製品で売ってくれる店は、ゲームには存在しない。

 まあ、親分が愛用している武装なのだから、現実ではキラーエレファント団のアジトで調達できてもおかしくないか。

「ところでグレイ。コニーの家に寄るようにって、君が言ってたらしいけど……」

「ああ。でも、今日はもう遅いから無理か。ローズマリーさんたちも寝ているだろう。明日中に顔を出すようにしてくれ」

「わかった」

 もう少し事情を聞かれるかと思ったが、バニラはあっさり納得してくれた。

 バニラはコニーが来ていることを知らないはずだが、どうやら俺に対する信頼度が高くなっているようだな。

 同性を攻略して喜ぶ趣味は無いが、バニラの信頼を得られるのは悪いことじゃない。

「じゃあ、僕はもうジンジャーのところに行って休むことにするよ。グレイは?」

「俺は、ナツメッグ博士のところに戻る」

「今から?」

 正直、俺もネフロの街の中にあるジンジャーのアジトに泊まった方が楽だが、コニーの出発まで一日ちょっとしかない。

 早めにピジョン牧場に戻らなければ。

「ああ、久しぶりに顔を見せてくる」

「そっか。それじゃ、僕は行くよ」

 バニラを見送った俺は、久しぶりにピジョン牧場方面のワグテール渓谷に続く街の出口を潜った。

 

 

 ピジョン牧場の自宅に着いたときには、もうほとんど夜が明けていた。

 メリー乳業の家では、さすがにまだ羊の放牧は始まっていないが、窓の奥に小さな人影が動いているのが見える。

 恐らく、羊の世話を誰よりも真面目にこなしている末っ子のエリッヒが起きてくるところなのだろう。

 あの少年のおかげで俺も良質なチーズが常に手に入るのだ。

 感謝しないと。

 ビークルの騒音をできるだけ抑えながらピジョン牧場を移動し、ようやくナツメッグ博士の家に辿り着く。

 懐かしの我が家だ。

 手足の生えたビークル型の工房に、隣接した実用性の高い質実剛健な住居、さらに横には俺のために博士が増築してくれた居住スペースがある。

 空けたのは数週間なので、日本にある実家に比べれば大した期間ではないが、この世界に来てから留守にした時間としては最長だ。

 何だか、ナツメッグ博士がゴミ屋敷で孤独死していないか心配になってくる。

「(ただいま~……)」

 俺は音を立てないように、ゆっくりと扉を開けた。

 家の中はしんと静まり返っている。

 どうやら博士はまだ寝ているようだ。

 廊下を進むと、俺が居たときよりも埃が溜まり、僅かに散乱するスクラップが増えた部屋が目に入る。

 思ったよりゴミ屋敷になっていなくて安心した。

「(起こしちまっても悪いな)」

 俺は踵を返すと、増設された自分の居住スペースに向かった。

 この世界の俺の根城だ。

 住み始めてまだ大した日数は経っていないが、この空間がひどく懐かしく感じる。

 寝室に足を踏み入れ、ベストとS&W M10がぶち込まれたショルダーホルスターを椅子に掛けた。

 ポケットのフォールディングナイフと、スピードローダーに入った予備の拳銃弾は机の上に置く。

「はぁ……」

 シャツのボタンを外してベッドに座ると、急に眠気が襲ってきた。

 よくよく考えれば、一睡もしていないのだから当然か。

 このまま出先に居れば違うかもしれないが、ここは安心して眠ることができる我が家だ。

 わざわざ徹夜をする意味はない。

 ベッドに体を預けると、すぐに意識は薄れていった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。

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