steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
目を開けると、そこがロブスター亭の部屋ではないことに違和感を覚えた。
しかし、すぐにナツメッグ邸の自宅に戻っていたことを思い出す。
夜明けに寝始めたので昼過ぎまで爆睡してしまったのかと思ったが、どうやら午前中には起きられたようだ。
昨日はそのまま寝てしまったので、まずは風呂に向かった。
頭と体をいつもより丁寧に洗い、汚れを念入りに落とす。
シャワーを浴びる間に湯を張っておいたバスタブへ体を沈めると、全身から疲労の元が溶け出して抜けるような感覚を味わった。
「はぁ……生き返るな……」
ハッピーガーランドにも上下水道は通っているので、ロブスター亭でもシャワーを浴びることはできるが、あれは簡素な欧米のシャワー室といった風情だ。
シャンプーやリンスくらいは個人で持ち込めばいい話だが、バスタブが無いのはどうしようもない。
しかし、この自宅の浴室は俺のアイデア満載で博士が設計した傑作だ。
回復量で言えば、薬草とエリクサーくらいの違いがある。
久しぶりの快適な風呂でリフレッシュした俺は、体を拭くと上機嫌で部屋に戻った。
新しいシャツとズボンに着替え、ショルダーホルスター入りのS&W M10を装備する。
スピードローダー入りの弾とナイフをポケットに仕舞い、脱いだ服を持って部屋を出る。
手に持った服を洗濯機にぶち込み、俺はナツメッグ邸の食堂に向かった。
「ようやく起きてきたの」
食堂のテーブルには既に博士が座っていた。
顔を会わせるのも久しぶりだ。
「ええ、ただいま戻りました」
お互いの無事を確認できたことで、自然と表情は緩む。
俺としてもネフロ占領の影響がここまで及んで博士に危害が加えられないか心配だったし、博士にしても俺が巨悪との対決が避けられない運命にいることは凡そ知っている。
こうして師弟が無事に再会できたことは喜びだ。
「腹が減った。久しぶりにまともな飯が食いたい。話は食いながらじゃ」
「はい、博士」
俺が居ない間のナツメッグ博士は、本当に簡単な料理しか食べていなかったよう。
パン以外で減っている食料といえば……切るだけで食べられるオレンジにハードチーズ、ベーコンが少し切り取られて焼かれたくらいだ。
チーズや干し肉は大丈夫だが、ハーブ類は枯れかけており、玉ねぎもこれ以上は持たないな。
ジャガイモも芽が出そうだ。
冷凍室の生肉も消費された様子は無いし、卵も数日前のものに手が付けられていないようだ。
トマトソースとジャムにリコッタチーズも、瓶に詰めて置いていったのに使われていない。
どうやら使い方がわからなかったようだ。
ナツメッグ博士は万能だが、生活能力まで全般的に高い超人かといえば、決してそのようなことは無い。
「よし、たまには少し手の込んだ料理にするか。……とは言っても、残った食材だけで作るから、選択肢は結構限られているんだけどな」
まあ、ちょうど昼時だ。
少し重めでもいいだろう。
まずは玉ねぎをスライスする。
玉ねぎをフライパンで念入りに炒めてから、鍋に取って白ワインを加えた。
次にコンソメを加えるのだが、少し迷った末に俺は熊の干し肉を選んだ。
これは博士一人ではどうやって食べればいいのかわからない代物だろう。
熊肉には少々土臭いような独特の匂いがあるが、その個性も色んな食材の旨味が複合するような料理でなければ際立って邪魔に感じることは無い。
熊肉を使ったスープを玉ねぎに加え、一緒にローリエを短く煮込んで香りをつける。
最後にチーズを乗せてオーブンにぶち込めば、オニオングラタンスープの準備は完了だ。
次は、手が付けられた形跡の無いハムを使おう。
猪のモモ肉を加工したハムを薄くスライスして、何層にも重ねた。
薄切りハムの間にはオニオングラタンスープで使ったものとは別のチーズを挟む。
全体に軽く小麦粉をまぶし、溶き卵に浸け、タイムを混ぜたパン粉に潜らせ、煮立たせた油に投入する。
キツネ色に揚がった平べったい円形から立ち上る食欲をそそる匂いが、俺の鼻を暴力的に刺激した。
数枚のチーズ入りハムカツを油から取り出し、皿に並べてレモンを添える。
続けて、俺は細くスライスしたジャガイモを油に投入した。
ハムカツの旨味が溶け出した油が、再びいい匂いを発しながら跳ね躍る。
やはり、揚げ物の付け合わせにはフライドポテトが無いとな。
全てのジャガイモを油から引き揚げると、今度はオレガノをパラパラとかける。
最後に、オニオングラタンスープの入った深皿と、フライドポテトを添えたハムカツの皿の横にリコッタチーズとジャムを置いて完成だ。
リコッタチーズとジャムは余ったパンに乗せてもいいし、そのままスプーンで掬って舐めるように口に入れてもデザートになる。
「よし。残り物にしては上出来だろう」
彩りを考えるのならばサラダを足したいが、他に生野菜が無いので仕方ない。
俺は料理を食堂に運んだ。
「……げっぷ。久しぶりの美味い飯で、少々食い過ぎたの。……さて、グレイ。ネフロでは大変なことが起こっていたみたいじゃの」
食事が一段落したところでナツメッグ博士が口を開いた。
「ええ、まあ。博士の方には何の影響もなかったんですか?」
「うむ、牧場の人間がネフロに行こうとしたときに、ただ事ではない雰囲気を感じ取ったそうじゃ。その後、街の様子をワグテール渓谷の高台から遠目に探ったらしくての。ネフロが盗賊団に占拠された情報は、ピジョン牧場にはすぐに入ってきた。おかげで、不用意に街に入って拘束された人間は居らんかった」
どうやらネフロ占領による実害はピジョン牧場に及ばなかったようだ。
こういう事件に関しては俺一人が予言して触れ回ったところでどうにもならない。
正直なところ俺は傍観者に近い状態だったわけだが、バニラが早急に解決してくれたようで助かった。
「聞くところによると、大きな被害は出ていないそうじゃな。グレイ、お手柄じゃ」
「俺が来たときには、バニラが全て解決した後でしたけどね」
「ふむ……確かに、盗賊団に占拠された街を解放するとは、あの少年はお前さんの言うように傑物らしいの。しかし、お前さんも裏で色々と動いていたのじゃろうて」
博士は色々とお見通しのようだ。
まあ、ジンジャーの隠れ家に持ち込む電源系統と冷蔵庫を作ったのは博士だ。
そこらへんの事情も承知済みか。
「そういえば、バニラにビークルの操縦の指南をしてくれたようですね」
「うむ、お前さんの手紙に書いておったからの」
「……で、見込みはどうでした?」
俺はバニラのビークルバトルの腕について、エレファント親分に勝ったことしか知らない。
この短期間で主人公の彼はどれだけ成長したのだろうか?
「……ははぁ、気になるのかの?」
「何でそんなに面白そうなんですか……」
博士は俺が嫉妬か焦りでも感じていると邪推しているようだが、別に俺はバニラの敵でも恋敵でもない。
「わしの所に来たときは、お前さんの足元にも及ばない初心者じゃった。わしの教えを徹底的に受けたところで、お前さんに勝てるほどの力を手に入れるのは不可能じゃろう。わしは直接的な戦闘技術を指南できるわけではないからの。しかし……」
博士は続けた。
「バニラの奴はわしの教えをスポンジのように吸収しよった。少なくとも、ビークルの駆動部や各部のパーツに負担をかけず円滑な動作をする技術に関しては、あの一瞬で飛躍的に向上しておる。今も研鑽を積んでいるとしたら、いずれグレイに並び立つほどのビークル乗りになるやもしれぬの」
……大丈夫かな?
ジンジャーにもバニラの指南を頼んだので、バニラの戦闘能力はさらに向上しているだろう。
いや、俺もエルダーに勝てるだけの力はあるし、ビークルの機体性能も原作の枠を超えたチート級ハイスペックなものだ。
何より、俺だってビークルの技術は常に向上している。
主人公だからといって、負けてやるつもりは毛頭ない。
……もう少し、自分の修行にも力を入れようかな。
「ま、何はともあれ、後は鉄道が復旧すればネフロ近郊は元通りじゃな」
「ええ、まあ……」
すぐにウズラ山トンネルのトラブルが起きて、今度はハッピーガーランド~ネフロ間が本格的に封鎖されてしまうんですけどね。
「ところで、ミームー村への鉄道の開通工事はどんな具合です?」
鉄道で思い出したが、夜明けにピジョン牧場に戻って来たときは、薄暗いこともあって路線の先はよく見えなかった。
以前と比べれば、山が切り崩されてかなり工事が進んだように見受けられるが、実際のところどうなのだろう。
「もうすぐ完成するらしいぞ。整地とトンネル工事はもう終わっておる。最近では、トロットビークルを買いにミームー村から出てくる者が多いらしいの」
なるほど、線路沿いの道からピジョン牧場やネフロに出て、トロットビークルを買い付けに来るわけか。
俺の計らいで、トリュフを始めミームー村の産業になる物資から得られる収益は、村の住民にある程度は正当に分配されているはずだ。
汎用のトロットビークルを購入するくらいなら問題ないだろう。
「前にお前さんが撃破した潜水ビークルのスクラップと積んであった資材、それにハッピーガーランドから送られた鉄骨と木材のおかげで、作業は順調だそうじゃ。建設業者がお前さんに礼を言っておったぞ」
「そうですか。根回しが役に立ったようで何よりです」
俺が討伐した『ディープアングラー』の資材だけでは到底足りない。
ハッピーガーランドのオイルモーレ工場に早めに発注しておいて正解だったな。
もし準備が後手に回っていたら、今頃ネフロ占領の影響で資材の搬入から工期と連鎖的に遅れが生じていただろう。
昼食を済ませた俺は、軽くナツメッグ博士の家を掃除すると、ビークルに積んだ荷物を整理して、旅支度を整えなおした。
ポールから買った絵画をビークルから下ろして家に仕舞い、スーツケースと雑貨入れの鞄の中身を詰めなおす。
スーツケースに着替えを詰め込み、鞄に石鹸やシャンプーとリンスなどの消耗品を補充し、ビークルのシート下に積み込んだ。
「慌ただしいのう。もう出るのか?」
「ええ、今日中にネフロに戻っておきたいんで」
コニーは明日の朝の列車で発つ。
まあ、その電車はウズラ山トンネルのトラブルで出ないのだが……。
「博士、食糧庫の中身ですが、ベーコンのほかにも簡単な調理で食べられるソーセージなどをメモしておきました。調理法も書いておきましたが、ほとんどが焼くだけか茹でるだけなので、俺が居なくても調理できるはずです。あと、生や茹でるだけで食べられる野菜も書き出しておきました。作り置きのトマトソースとジャムも食べ方をメモに書いてあります。ここら辺の食材のレシピにも手の込んだ調理法は含まれていませんのでご安心を」
例えば、仔牛のソーセージには茹でてマスタードを付けるように書いたメモを一緒に置いてある。
野菜もメモがあれば博士にも何を買えばいいかわかるだろう。
これなら俺が留守の間も博士の食糧事情が著しく悪くなることは無いはずだ。
前回は博士の生活能力の低さを甘く見積もっていたからな。
これで万全だ。
「じゃ、俺はもう行きます」
「うむ、気を付けるのじゃぞ」
俺は【ジャガーノート】に乗って、博士の見送りでネフロの街に向かって歩き出す。
「ん? あれは……」
何気なくピジョン牧場から伸びる線路に目を向けた俺だが、線路沿いの道を走る荷馬車が目に入った。
どうやら、あれが鉄道の開通を待ちきれないミームー村の住民たちのようだ。
馬車のそれも人間よりも荷物の運搬に重きを置いた馬車とは、今時では余程の辺境の地に行かなければ目にすることは無いだろう。
「っ!」
不意に、荷馬車に上の一人と目が合った。
ラフなシャツに分厚い前掛けをした、少し大柄な女性だ。
服装から察するに、職人か整備工のようだが、俺はミームー村で彼女には会ったことが無い。
あんな美人は一度見たら忘れるわけがない。
原作キャラだとすると、恐らく彼女がミームー村の船大工のマルガリータか。
驚いたな。
実物は原作よりも遥かに美人だ。
向こうも俺に気付いたようで、馬車から乗り出してこちらをジッと見つめている。
「(マルガリータ、どうかした?)」
「(……ううん。別に、何でもない)」
馬車はそのままネフロ方面に向かっていった。
しばらく呆然としていたが、俺は【ジャガーノート】で後を追おうかと思い、再びハンドルに手を掛けた。
しかし、ここで思わぬ邪魔が入る。
「おお、グレイの旦那じゃないか!? 戻って来てたんだな! 聞いてくれよ、ネフロが占領されたときに……」
オットーをここまでウザく思ったのは今日が初めてだ。
ヒロインがほんの少しだけ登場しました。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。