steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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42話 暗殺

 

 俺はウラジミールを追う黒い服の男を排除する作戦を実行に移した。

 ゲームでは明言されていないが、この男はブラッディマンティスの構成員で間違いない。

 奴はウラジミールがエルダーの【ホワイトレクイエム】について何か知っているのではないかと思ってつけ回している。

 ウラジミールは嵐の日にウミネコ海岸方面に向かう【ホワイトレクイエム】を見ただけで、違法性を立証するような情報は持っていない。

 しかし、彼はどこかで口を滑らして「長距離キャノンアームを装備した恐ろしいビークル乗りが……」などと語ってしまい、その話を耳にしたブラッディマンティス構成員に目を付けられることになったのだ。

 不幸な行き違いだが、あのブラッディマンティスの下っ端に説得が通用すわけがない。

 原作のウラジミールのサブイベントの進め方次第では、黒ずくめの男がウラジミールを尋問して誤解を解くルートもあるが、現実では馬鹿がどうエスカレートするかわからないので、そんな危険は冒せない。

 俺が表立って堂々とブラッディマンティスと対話を試みるなんてのもバカげた話だ。

 黒ずくめの男は排除させてもらう。

 これは決定事項だ。

 原作の一般的なルートでは、ウラジミールの前に黒ずくめの男が姿を現したところで、ウラジミールの妻の通報で駆けつけた警官の横槍が入り、男は捨て台詞を吐いて退散する。

 ゲームでは、ウラジミール関連のサブイベントはこれで終了するが、現実ではそれで済む保証など無い。

 後顧の憂いを断つためにも、黒ずくめの男の暗殺は必須だ。

 できれば始末する前に拷問して情報も取りたい。

 まあ、ボスの情報が漏洩するかもしれない状況で呑気に酒を飲んでいる下っ端が、どれほどの有益な情報を持っているかを考えると、高望みしない方がよさそうだが……。

 宿屋の主人ジェームズには、黒ずくめの男は俺の知り合いだと偽って、多額の金を渡して強い酒を出してやるように頼んだ。

 泥酔した黒ずくめの男が、酔い覚ましに散歩にでも出れば、こっちのものである。

 そのまま拘束して、後は煮るなり焼くなり、いくらでも拷問と隠蔽ができる。

 顔見知りのジェームズを何も知らせないまま利用するのは少々気が引けたが、彼に事情を話したところでどうしようもない。

 危険に巻き込むだけだ。

 

 

 その日の夜、俺はウラジミール不動産の横の路地から『ジェームズ・イン』の一階の酒場を窓から監視した。

 現代のように区画が厳密に管理されたうえで建てられたわけではない街並みは、ビークルどころか徒歩でも歩きにくい道があったりして不便なこともあるが、ちょっとした隙間に身を隠すことができるという利点もある。

 俺はウラジミール不動産の店舗と隣の建物の間に身を潜めるようにしているので、ほとんどの通行人は俺に気付かずに去ってゆく。

 たとえ俺の姿が目に入ったところで、懐中時計を時たま確認しつつ壁に背を預けて立つ男を気にする人間は少ないだろう。

 しかし、長いことここに居座るのも不自然だ。

 何より暇すぎるな。

 喫煙者なら煙草をふかしていればいくらでも時間を潰せるのだろうが、残念ながら俺は吸わない。

 この調子で待ち続けられるのは二日が限度だな。

 できれば今日中にターゲットを始末したいものだ。

 

 

「くぅ! 飲み過ぎた……」

 俺の祈りが通じたのか、黒ずくめの男は飲み始めるとすぐに宿屋から出てきた。

 どうやらジェームズは彼にとびきり強い酒を勧めてくれたようで、男は俺に気付くことなく千鳥足で水路の方へ向かう。

 どうやら夜風に当たりに行くようだ。

「っと、その前に……」

「っ!」

 男は急に方向転換して、俺が居る路地の方に歩いてきた。

 一瞬、監視がバレたのかと思い、俺はショルダーホルスターの拳銃を抜きかけた。

 この時間は人通りが少ないとはいえ、街中で銃をぶっ放せば騒ぎになって警官が駆けつける。

 しかし、背に腹は代えられない。

 相手はブラッディマンティスだ。

 向こうも武装している可能性があり、手加減などしていてはこちらの命の保証が無い。

 秘密裏に始末することはできなくなるが、それなら覚悟を決めて堂々と撃ち殺すしかないだろう。

 俺はリボルバーのグリップに手を掛けて、男が近づくのを待った。

 しかし、男は俺に気付かずに路地の横の排水溝の傍に立つ。

 ゴソゴソと布の擦れる音が聞こえ、次いで水音が路地に響いてきた。

 どうやら男は立ち小便をしているようだ。

 チャンスだ。

 男は酔いが回っており、さらに気が抜けている。

 俺は拳銃から手を放し、慎重に男の後ろへ忍び寄った。

 向こうは俺に気付く様子は無い。

 普通なら気配で気付く距離だが、男はベロベロに酔っぱらっているので、今も呑気に口笛を吹いている。

 俺は一瞬だけ攻撃手段の選択で迷った。

 可能ならば男は生け捕りで拘束し、始末する前にブラッディマンティスの情報を吐かせたい。

 しかし、現実では首筋に手刀を落としたところで人間は簡単に気絶などしないし、不意打ちで頭を思い切り殴るのも考えものだ。

 興奮状態でなければ頭部への衝撃で気絶する可能性はあるが、一撃で上手くいかなければ何度も殴る必要があり、その場合は男が死んでしまうこともあり得る。

 そうなると、一番効果がありそうなのはスリーパーホールド――いわゆる裸絞め――だが、上手く頸動脈を絞められないと手際よく気絶させることはできない。

 そもそも、後ろからとはいえ、相手に接近して攻撃を仕掛けるのは危険だ。

 わざわざ銃で武装しているアドバンテージを捨てる必要は無いのではないか?

 

 

「さて……」

 男がズボンをずり上げて振り返ろうとした。

 俺は先ほどまでの逡巡を頭から追い出し、一気に接近して男の首に腕を巻き付けた。

「なん……ヴぇ!」

 左腕を男の喉に回し、左手で右の上腕を掴んで男の首を締め付ける。

 男の脚を後ろから蹴り下ろして膝をつかせた。

 正面からなら逆関節で膝を破壊できたが、今のはせいぜいダイナミックな膝カックンなので、抵抗する男の機動力と体の安定を奪っただけだ。

「ぐ……ヴぉ……」

 俺の柔道の経験など学校の体育の授業程度なので、当然ながら頸動脈だけを綺麗に締め付けて落とす技術など無い。

 とにかく首の横と気管を同時に絞め上げる。

 もっと力を込めれば首の骨など折れそうだが、それをやったら危険を冒してまで接近して生け捕りを試みたのが台無しだ。

「が……げはっ!」

 やはり俺の技術では頸動脈を上手く絞められなかったらしく、男は未だに意識を失わずに咳き込んだ。

 このままでは埒が明かない。

 俺はこれ以上同じ体勢で密着し続けることに危険を感じ、男の尾骶骨に膝蹴りを叩き込んだ。

「ぎっ!」

 僅かに骨を砕いた嫌な音が俺の耳にも届く。

 そのまま首を絞めていた腕を外し、男が逃れようとする前に頭を掴むと、横の建物の壁に叩きつけた。

「べぁっ……やめ……」

 あまりやりすぎても男が死んでしまう。

 ニ、三回叩きつけたところで頭部への攻撃をやめると、俺は男を地面に引き倒し、右手を踏みつぶした。

「ぐぎぇぁ!」

 痛みよりも自分の骨が砕かれる音に恐怖した男は、喉から絶叫を絞り出す。

 あまり騒がれて警官が駆けつけても面倒だ。

 俺には身元の保証と警察にも無視できない功績があるので、その場で逮捕されることは無いだろう。

 しかし、さすがに人を拷問して撃ち殺すことが容認されるかといえば難しい。

「くそっ……うるせぇ」

 男を黙らせる効果的な方法は思いつかなかったものの、頭を蹴飛ばしてやったら男の抵抗と絶叫はピタリと止んだ。

 どうやら、今の蹴りがラッキーな一撃となって気絶したようだ。

 男の意識は完全に刈り取られたらしく、サングラスと帽子が飛ばされた顔は目が閉じたままだった。

「はぁ……手間取ったな」

 こんなことならスタンガンでも作っておくんだった。

 これから先も今日のような敵を生け捕りにしたいシチュエーションに遭遇するかはわからないが、いざというときのためにナツメッグ博士に頼んでおいた方がいいかもしれない。

 気を取り直して、俺は男の背広を脱がし、腰回りや足首からズボンの裾の折り返しの裏に至るまで、綿密にボディチェックを行った。

 拳銃やナイフが出てくるかと思ったが、そのようなガチな武装の類は無く、ズボンのポケットにブラスナックルが入っていただけだ。

 まあ、これも立派な凶器ではあるが、どちらかというとチンピラが喧嘩で使うものだ。

 この男の階級は予想よりもさらに下なのかもしれない。

 俺は一度ビークルに戻り、事前に準備してあった細いチェーンで男を縛り上げた。

 両足を縛って芋虫にしたら、両手を後ろに回して手首の部分にチェーンを巻き付ける。

 発見できていない武器が残されている可能性を考慮し、男の上半身は全て脱がせた。

 傍から見れば、俺はホモの変質者だな。

 不名誉な評判が立つ前にこの場を去ろう。

 俺は男に巻き付けたチェーンの部分を持つと、気絶した男の体を手に提げてビークルに向かった。

 

 

 男をビークルのバックパーツに括りつけて向かったのは、街外れのごみ集積場だ。

 ゴミの運搬と処理のときのブルドーザーの役割も、この世界ではトロットビークルが担っているが、この時間は作業員もビークル乗りも見かけない。

 人目に付かないように男を拷問して死体を処理するにはうってつけというわけだ。

 俺はビークルから未だに意識を取り戻していない男を下ろすと地面に投げ捨てた。

 その程度の衝撃では意識を取り戻さなかったので、背中を蹴って喝を入れる。

「ごあっ! ゴホっ……」

 黒ずくめの――今は武装解除のため上半身裸――男は咳き込みながら意識を取り戻した。

「ここは……? っ!」

 男は俺の顔よりも手に持ったナイフを見て声にならない悲鳴を上げた。

 後ろから制圧したので俺の顔はほとんど見ていないはずだが、俺の雰囲気と刃物が向けられていることで、自分の味方ではないことを悟ったのだろう。

「どうやら喋る元気はありそうだな。手間を掛けさせるなよ」

 俺がナイフの刃先を喉に向けると、男はコクコクと頷いた。

 

 

「お前はブラッディマンティスの構成員だな? 階級は?」

「じ、上級社員だ」

 原作通りなら、下から二番目だ。

 どうやら本当に小物だったようだな。

 しかし、俺は男を煽ててみる。

「ほう、昇進したのか。功績があったのか?」

「いや、俺は……入社したのが結構早かったから……」

「昇進したのはいつだ?」

「……つい最近だ」

 それで一階級だけとは、やはり無能の匂いがする。

 しかし、それではこいつがエルダーのビークルを知っている理由の説明がつかない。

 エルダーはブラッディマンティスの裏の総帥であるセイボリーのさらに上位の存在、いわば黒幕で影の支配者だ。

 その存在を知っているものは、結社の中でも多くはないだろう。

 こいつはエルダーと彼のビークル【ホワイトレクイエム】が自分たちの関係者であることを知ったうえで行動していた。

 下っ端の中でも最低ランクのこいつが、何故にエルダーのことを知っているのやら。

「何故、ウラジミールを追っていた?」

「それは……」

 男は口籠ったが俺は続ける。

「質問を変えよう。何故、お前は【ホワイトレクイエム】のことを知っている?」

「っ! あなたは、もしや……」

 男は急に態度を変えて蒼白になった。

「も、申し訳ありません! 自分は、立ち聞きなどするつもりはなく……」

 どうやらこの男は俺もブラッディマンティスの関係者で、上層部の情報を不正に入手した自分を粛清に来たものだと勘違いしているようだ。

 都合がいいので、このまま話を合わせてみよう。

「お前はエルダー様のことを知っていい立場ではないな?」

「はい……ですが、わざとではないのです」

「とりあえず、聞いてしまった内容といきさつを全て話せ。正当な事情があれば、粛清は勘弁するよう上に掛け合ってやろう」

 俺の空約束で男の目に光が戻った。

「はい、ありがとうございます! …….ベルガモット様のお部屋の前を通ったときに聞こえたのです。どうやら総帥はコンフリー参謀とお話しされているようでしたが、そこでエルダー様が我が結社の協賛者のような立場であるという話が聞こえました。自分がエルダー様とわが社の関係を知ったのはその時です。ですから、自分はあのお方に関して不利な情報を握っている者を調べようと……」

 何となく読めてきたぞ。

 こいつは階級の低さとは関係なく、偶然にもマヌケなお飾り総帥ベルガモットの話を立ち聞きし、エルダーがブラッディマンティスの上層部と繋がりがあることを知った。

 それでエルダーに関する情報を持っていると思わしきウラジミールを調べて、功績にしようと企んだわけか。

 まあ、どちらにせよウラジミールは有益な情報を持っているわけではないので、ハナから当ては外れているんだけどな。

「そうか、お前は結社に害を成そうとしたわけではないのだな?」

「それはもちろん!」

 男は媚びるような笑みを浮かべた。

 

 

 その後は今のブラッディマンティスの活動内容に関して男が知っていることを聞きだしたが、特に真新しい情報は無かった。

 ゲームをプレイ済みで事前に展開が読めている俺としては、期待外れもいいところだ。

 やはり、下っ端ではこのくらいが限度か。

 エルダーのことを知っていたのは本当に偶然なのだろう。

「あの……一つお聞きしたいのですが……」

「…………」

 俺は沈黙で答えるが、男はお構いなしに言葉を続けた。

「何故、こんなに質問を? あなたは上層部のヒットマンか死刑執行人では……」

「……お前がブラッディマンティスを裏切っていないか確かめるためだ」

 そろそろ限界かな。

 こいつは俺の素性に疑いを持ち始めている。

 痛みに慣れて時間が経ったことで、冷静に考える余裕が出てきているのだ。

 俺は最後の質問をすることにした。

「ネフロでお前の他に活動しているブラッディマンティス構成員は?」

 男は突如奇声を上げて飛び掛かってきた。

 やはり、もう無理か。

「騙したな! やはりお前は……っ!」

 街外れの暗闇をオレンジ色の閃光が切り裂いた。

 静まり返った無人のゴミ捨て場に、破裂音が僅かに尾を引いて響き渡る。

 俺の手には一瞬でショルダーホルスターから抜き出された拳銃が握られていた。

 銃口から薄く立ち上る白煙が風に吹かれて霧散する。

 ブラッディマンティスの男は、俺の手の拳銃を凝視し、次いで力を失くした視線を足元に落とした。

「ぁ……」

 銃声の木霊が完全に消えるのと同時に、ブラッディマンティスの男は崩れ落ちた。

 男の額には黒い穴が空いており、後頭部は一部が消失している。

 俺の拳銃はリボルバーで使用弾薬は現代でいうところの38スペシャル弾に似た弾だ。

 こいつは軍用ライフル弾や自動拳銃のメタルジャケット弾と違い、弾頭には柔らかい鉛が露出しているホローポイント弾だ。

 人体に打ち込まれた弾頭は内部で潰れ、組織を滅茶苦茶に破壊する。

 拳銃弾の中でも現代なら威力は決して大きくない部類の弾だが、それでも至近距離から頭に打ち込まれれば、これだけの破壊を齎すことはできるのだ。

「はぁ……まあ、これだけ聞き出せれば上出来か」

 俺は男の死体を一瞥すると、拳銃をショルダーホルスターに戻した。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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