steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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44話 牙を研いで......

 

 フローラの件をシスターに報告した俺は、すぐにレイブン砦へ向かった。

 喜ぶシスターの顔をもう少し見ていたかったが、せっかくフローラのことが片道で済んだのだ。

 早いところレイブン砦へ行ってバニラに合流しよう。

 俺が砦の扉を潜りビークルを進ませると、入り口付近に居たビークル乗りのみならず市場の方からもこちらに注目する視線を感じる。

 どうやら、先日のダッドリーの件の熱が未だに醒めないらしい。

 俺もダッドリーをぶちのめした一人なので、こうして注目されるわけか。

 しばらく周辺を見回していると、整備場の方からバニラのビークルがやって来た。

「グレイ、戻ってきたんだね」

「ああ、用は済んだ。コニーは一緒じゃないのか?」

「うん、コニーは市場を見に行ってる」

 おいおい……そこは荷物持ちで同行して、ついでに何かデートの記念に買ってやるところじゃないのか?

 まったく、これだから若いもんは……。

「ところで、ダッドリーを見なかった? レッグパーツを修理すると、武装を変えて砦から出て行ってしまったんだけど……」

 どうやらバニラはミツバチ園でダッドリーと遭遇しない運命だったようだ。

 俺の介入によってなのか、そもそもこの世界が原作と完全に同じではないからなのかはわからない。

 しかし、結果的には俺がダッドリーの蛮行を未然に防ぐことができたので、あのミツバチ園が火炎放射されるサブイベントへの対処は、最良の結果になったと言える。

「ああ、ジメット湿地奥のミツバチ園で会った。花畑で悪さをしようとしていたから、とっちめてやったぞ」

「そうだったんだ。さすがだね、グレイ」

 バニラの賛辞に俺の口元は自然と緩んだ。

 自分自身が満足できる成果を褒められるのは、やはり心地いいものだな。

 

 

「ところで、バニラ。その装備なんだが……一体、何があった?」

 俺はバニラのビークルを見ながら疑問を発した。

 装備しているパーツ自体は前と同じだが、クロ―アームは刃部分を丹念に磨かれており、ボディは装甲を中心にメンテナンスが施されたばかりのようだ。

 俺は専業の修理工や博士ほどの観察眼は無いので、どこに傷が増えたとか、どれだけ戦闘をしたとかはわからない。

 しかし、今の【カモミール・タイプⅡ】が完全な臨戦態勢になっているのは確かだ。

 まだ、砂漠に出るのは先のはずだが……。

「うん、ちょっと……」

 バニラは言い淀んだ。

 彼の顔を見る限り、深刻なトラブルに直面しているというわけではなさそうだが…… 何というか、きまりが悪いような情けないような表情だ。

「……コニーと、何かあったのか?」

 このタイミングで生じるバニラの悩みの種といえば、どう考えてもコニー絡みだろう。

 しかし、バニラは慌てて首を横に振った。

「い、いや! 別に、そういうわけではないんだ」

 わかりやすい……。

 この話は聞き出さないとならない。

 せっかく、この二人がくっ付くようにお膳立てしてきたのに、俺が知らない間に二人の仲が険悪になっていたりしたら、全ての苦労が水の泡だ。

 俺は自分でもわかるくらい険しくなった表情でバニラに詰め寄った。

「何をやらかした? 強引に迫ったのか? それとも、踊り子に鼻の下でも伸ばしたか?」

「そ、そんなんじゃない! ただ……」

 俺は距離を詰めつつも、黙ってバニラの言葉に耳を傾ける。

「ただ……コニーにプレゼントを買うのに、懐に余裕が……」

 

 

 一瞬、俺は目が点になったが、よくよく考えれば何もおかしなことはない。

 ここはかつてプレイしたゲームの世界に酷似しているが、バニラはゲームの裏技など使えない。

 俺もバニラには色々と根回しをしてやっているので、他のビークル乗りと比べれば彼の生活状況には余裕があるだろうが、それでもバニラはバトルライセンスで言えばCランク。

 ようやく駆け出しを卒業したルーキーにすぎないのだ。

 俺のようにナツメッグ博士の後ろ盾があるわけでもなく、稼げるビジネスも持っているわけでもないので、コニーに服の一つでも買ってやりたいのならば稼がなければならない。

「グレイのおかげで、ネフロに居る間の宿代とか食事代は節約できたけど、砂漠に行くための必需品を買うと……」

 どうやらバニラはコニーが目を奪われていた高い装束を買ってやりたいらしい。

 現実の店では、ゲームのように女性用の砂漠の民の装束が一種類なんてことは無いよな、そりゃ。

 実用性の面を考えて普通の動きやすい装束を買ったようだが、やはりコニーも年頃の女性だ。

 華やかな衣装には人並みに興味があるのだろう。

 しかし、この世界の服の値段はそれなりに高い。

 労働者の服でも数千URはする。

 何のお洒落要素も無い作業ズボンとシャツとジャンパーが数万円だ。

 俺のスーツも機能性を重視した素材とはいえ、ブランドやデザインにはこだわっていないにもかかわらず3万URだ。

 原作では、大抵の服は数百URの設定だったが、一つだけ1万Uを超えるドレスがあったな。

 これがお洒落な女性ものの服だったら、どれだけの値段になるか想像もつかない。

「……すまん、ちょいと無神経に踏み込み過ぎたな」

 バニラも男だ。

 甲斐性を疑われるようなことは、自分の口からは言いにくいよな。

「いや、グレイが謝ることじゃないよ。元々、このことに関する話でグレイに相談する予定だったから、事情は話す必要があったし。僕の方こそごめん。こんな情けない話を……」

「いやいや、そいつはいいんだが。で、相談ってのは?」

 バニラは一呼吸おいて話し始めた。

「実は、ヒンヤリ遺跡に行こうと思っているんだ」

 原作では、レイブン砦内にヒンヤリ遺跡という何とも雑なネーミングのダンジョンの入り口がある。

 ここがゲーム内で初めて潜れるダンジョンステージになるのだ。

「ナツメッグ博士から聞いたんだけど、グレイはダンジョンに潜った経験があるんだよね? だから、行く前に意見を聞いておこうと思って」

 

 

 バンピートロットのダンジョンは、敵こそ盗賊ビークルであるものの、潜る度にマップが変わり、三段階で階層ごとのレベルがあって、広さや宝箱の数に敵の強さが違う、といった具合だ。

 内容としては他のRPGと変わらないような仕様だ。

 原作と一部に違いはあるが、この世界でもダンジョンが存在することは俺も確認済みだ。

 俺が潜ったのは、原作にはなかったエリアの山の中のダンジョンだったけどな。

 どうやらこのスチームパンクな世界にも魔力的な要素はあるようで、潜る度に姿を変えるのはゲームと同じだ。

 こちらの世界でもダンジョン内にモンスターこそ確認されていないものの、先に潜っていた他の探索者や盗賊と鉢合わせることもあり、場合によっては殺し合いになる。

 思った以上にヤバい場所だ。

 コニーを連れて行かずに待たせておくのは正しい判断だが、やはりバニラ一人で潜らせるのは危険だ。

「なるほど、その武装はそういうわけか。まあ、出発までにできることと言ったら、ダンジョンくらいしかないか」

「うん、それなりの危険は伴うけど、上手くやれば稼げるらしいからね」

 とはいえ、ダンジョンの経験はバニラにとっても有用なものになるだろう。

 金稼ぎ以上に貴重な実戦経験をバニラに積ませることができる。

 出発は四日後。

 前日は砂漠行きの準備を整えるのに使い、今日はもう遅いから休むとして、明日と明後日はダンジョンに行く時間に充てても大丈夫だろう。

「よし、なら明日からダンジョンに潜ってみよう。俺も同行する」

「え、グレイも一緒に? いいのかい?」

「ああ、ジンジャーとの修行の成果も確認したいからちょうどいい。バニラがどこまで強くなったか見せてくれ」

「……そういうことか。わかった、頑張るよ」

 バニラは何かを決意した表情で頷いた。

 うん、やる気があるのはいいことだ。

 とりあえず、今日はレイブン砦で軽く遺跡の情報を集めたら休むことにした。

 

 

 翌日、俺が宿泊所で目を覚まし、身支度を整えて外に出ると、バニラが真剣な表情でコニーと話していた。

 砂糖の結界に阻まれて接近できないかと思いきや、どうも甘い雰囲気は欠片も無い。

「えっと……とりあえず、今日はグレイと出掛けてくるってことだよね?」

「うん……今日中に、それに無事に帰れればだけど……」

「わ、わかった。その……頑張ってね?」

 バニラは何やら悲壮な覚悟をしているようだ。

 いや、そんなに危ない状況だったら助けるし引き返してもらうから!

 いくらコニーへのプレゼントが大事だからって、キャラバンの護衛もあるのに、そこまでダンジョン探索にのめり込むことは許さんぞ。

「バニラ、用意は出来ているのか?」

「あ……グ、グレイ! 大丈夫、です」

 緊張しているのか、バニラの表情は強張っている。

 そんな調子だと途中で息切れしそうだが、こればっかりは自分で折り合いをつけて慣れてもらうしかない。

 まあ、今回のダンジョン探索では俺が近くに居る。

 少しのミスならフォローしてやるさ。

「じゃあ、コニー。今日はバニラを借りていくぞ」

「う、うん。お手柔らかに、ね」

「?」

 コニーが引き気味に返事をするが、バニラの奴は何を言ったんだ?

 僅かな疑問を残しつつも、俺は【ジャガーノート】を起動し、バニラを連れて遺跡に向かった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。

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