steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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54話 セントジョーンズ病院 前編

 

 俺がロブスター亭に戻ると、ちょうどエントランスの近くに居たマジョラムが声を掛けてきた。

「お帰り、グレイ。ん? 何か増えてない?」

 マジョラムの視線は俺が抱えている絵画に固定されている。

 確かに、大学のお偉いさんに見せるために俺が持って出た絵は一枚で、今は二枚に増えている。

「ああ、贔屓にしてる画家が新しい絵を完成させたんでね。その場で買った」

 実は、ガーランド大学から帰る途中、北地区の記念公園で画架を立てているポールを発見したのだ。

 何とも都合がいいことに、彼は新たな絵『予感』を描き終えたところだった。

 俺はその場で財布の中身をひっくり返し、約10万URをポールに押し付けて即買いした。

 おかげでスッカラカンだ。

 現金は部屋の金庫に保管しているので、後で財布に補充しないと。

「ところで、バニラとバジルはもう帰って来たのかな?」

「うん、結構前にね」

 俺の私用がごちゃごちゃと長引いてしまったからな。

 ダンディリオンの楽器工房はそう遠くない。

 バジルのウッドベースを直す時間を入れても、二人はとっくに戻っているだろう。

「あ、そうだ。バニラのことなんだけど……」

 どうやら、帰ってきて早々にバニラはセイボリーと食事の約束を交わしたらしい。

 バニラはセイボリーの誘いを快諾したようだが、その程度なら大目に見てやってもいいか。

 このイベントは原作では必ず起こるものであり、二人が食事をしたリバーサイドホテルのレストランでは、その次の重要なイベントのフラグが立つ。

 で、二人が約束を交わしたのはバジルが自分の部屋に引っ込んだ直後の出来事だったが、一階に居たマジョラムは二人の声を聞いていた、と。

 当然、その場に居た宿の主人ダスティンとバーテンダーのクリスも、事の顛末は承知している。

 ダスティンとクリスの方を見てみると、何とも微妙な苦笑いを浮かべている。

「まあ、そういう事情なわけさ。だから、ね。グレイもこのことをバジルには……」

 マジョラムの言わんとしていることを理解した俺は頷いた。

 わざわざバジルが騒ぐ原因を作ることはない。

 しかし、そんな俺たちの目論見は、次の瞬間には盛大にぶち壊されることとなる。

「あれ、皆どうしたの? ……セイボリーは?」

 ちょうど、バジルが二階から降りてきてしまった。

 

 

「セイボリー、どこに行ったんだろう……?」

 俺とクリスは必死に表情筋を動かさないようにしてポーカーフェイス作るが、人のいいマジョラムとダスティンは苦笑いを浮かべながら頭を掻いてしまう。

「マジョラム、ダスティン。何か知っているんだね? グレイとクリスの様子もおかしいし……」

 こういう時だけは妙に勘のいい奴だから困る。

「ダスティン! 隠し事なんて、らしくないじゃないか!」

 バジルは小型犬のように喚きながらダスティンに詰め寄った。

 しかも、人は良くても冷静さに定評があってそれなりに弁が立つマジョラムではなく、俺たちより年を食っていることも影響して鷹揚なダスティンを狙う狡猾さ。

 本当に、無駄な悪知恵は回る。

「えっとだね……セイボリーはバニラとデートに行っているはずだよ」

「な、何だってーっ!?」

 しかし、根負けしたダスティンは口を割ってしまった。

 面倒なことになったな……。

 俺がため息を吐くのと同時に、クリスはそそくさとバーの奥へ引っ込んで酒の仕込みを始め、マジョラムはわざとらしく咳払いをする。

「コホン……そういえば、スームスーム公演の契約の書類が来るんだった。ちょっと、駅まで受け取りに行ってくるよ」

 マジョラムは俺たちに面倒の種を押し付けて堂々とロブスター亭を出ていった。

 あの野郎、自分のヘマが原因のくせに……意外といい性格をしてやがる。

「セイボリーが……デート……? ……何で? バニラは……コニーとじゃ……」

「あ~……バジル、二人は食事に行っただけだ。新人のバニラの歓迎も兼ねて、年長者のセイボリーが連れて行ったんだろう」

 バジルは顔を上げると真っ直ぐに俺を見据えた。

 耳に入らず無視されると思っていただけに、予想外の反応とバジルの迫力に、俺は僅かにたじろいでしまう。

「僕は……」

「ん?」

「僕は信じないからなーっ!」

「ああっ、くそ! 結局、こうなるのか……」

 バジルを落ち着かせるまでには、かなりの時間を要した。

 セイボリーとバニラが居るリバーサイドホテルに突撃するほどの行動力は、バジルも持ち合わせていないと思うが、万が一ということもあるので、俺とダスティンとクリスは夕食時を過ぎるまでバジルの相手をして引き止める羽目になった。

 マジョラムの奴め……。

 しかし、原作ではこのような展開になることは無かったはずだ。

 珍しく、俺が居ることによって悪い方向に流れたパターンだ。

 ……気を付けないとな。

 俺が絵を片付けてロブスター亭を出ることには、既に日が沈んでいた。

 因みに、マジョラムはバジルが諦めた頃にちゃっかりと帰ってきて、次回の公演が港町スームスームで決まったことを伝えてきた。

 

 

 

 

 ロブスター亭からオイルモーレ工場やシティモーターズがある南地区方面にしばらく歩き、警察署の隣にあるセントジョーンズ病院までやって来た。

 バニラはセイボリーと食事を共にしたリバーサイドホテルのレストランでセントジョーンズ卿を見かけ、セイボリーの言葉で彼がマーシュの父親だと知る。

 彼女の勧めもあり、バニラはセントジョーンズ卿に会うため病院を訪れるはずだ。

 セントジョーンズ卿が暇人でないことはバニラにもわかるはずなので、明日以降に持ち越すことも無いだろう。

 バニラが真っ直ぐロブスター亭に帰っているようなら、面会の約束だけ取り付けてからバニラを連れてくればいい。

 バジルのことが無ければ、俺がリバーサイドホテルの近くまで行ってバニラに合流してもよかったのだが、あの緑の阿保のせいで時間が押してしまった。

 逆にバニラの方が先に来ている可能性があるので、病院の受付係にセントジョーンズ卿への取り次ぎを頼むついでに先客の有無を聞こうかと思っていたのだが……ちょうどバニラも病院に来たところのようだ。

 病院のエントランスの目の前で合流できた。

「あれ、グレイ? こんなところで何してるの?」

「ああ、バニラ。ちょうどよかった。昨日、ライブの後で話に出たマーシュだが、彼の父親というのがここの院長でな。君に紹介しようと思って、話を通しに来たんだ」

「あ、そうなんだ。僕もさっきセイボリーから聞いてきたんだ。リバーサイドホテルのレストランでセントジョーンズ卿を見かけたんだよ」

「お、今ハッピーガーランドに居るのか、セントジョーンズ卿。ちょうどいいな」

 事前に考えていた言い訳がすらすらと出てくるが、俺も慣れたものだな。

「グレイはセントジョーンズ卿と知り合いなの?」

「いや、俺は会ったことが無い。まあ、ここまで来ちまったからな。せっかくだから俺も同行しよう」

 バニラはすんなりと俺の提案を受け入れた。

 まあ、お偉いさんに会うとなれば、俺の肩書きが役に立つ可能性もあるので、バニラにも特に反対する理由は無いだろう。

 

 

 俺は病院に入る前に、もう少しだけバニラを引き留めていくつか確認した。

「マーシュとチコリの件については、聞いているか?」

「あ、うん……。コニーから聞いたんだけど、マーシュが昔ダンディリオンとチコリに意地悪ばかりしてたって……」

 砂漠のオアシスのイベントか。

 夜にコニーといちゃいちゃ雑談するイベントだな。

「あと、チコリがもう亡くなっていることはダンディリオンから聞いたよ」

「ダンディリオンから?」

 俺は思わず聞き返した。

 ゲームでも、ダンディリオンから登場人物に関する話を聞ける。

 昔から付き合いのある楽団メンバーにローズマリー、それにナツメッグ博士について思い出話などを語ってくれるのだ。

 当然、チコリのことも質問できるのだが、彼はダイレクトに死んだなどとは言わなかったはず……。

「グレイの話になって、その時にね。付き合いは長くないけど、律儀にチコリの墓参りに来てくれる数少ない人間の一人だって」

 どうやら、俺の存在がシナリオに影響しているようだ。

 まあ、俺とダンディリオンの関わりで一番大きいのは、チコリの墓にちょいちょい花を持っていくことくらいだからな。

 そういう話に派生するのも、おかしなことではないのか。

 しかし、バニラの理解がそこまでなら、改めて事情を話しておいた方がいいだろう。

「バニラ、調べればわかることだから言うが――」

 俺は五年前の事件の顛末をバニラに語った。

 ダンディリオンの誕生日プレゼントを買うために、コニーとチコリが待ち合わせをしていたこと。

 コニーの汽車が遅れ、駅前で待っていたチコリの荷物をマーシュが取り上げてからかい始め、はずみで車道に投げ出された荷物をチコリが拾おうとして車に撥ねられたこと。

 コニーは、自分が遅れなければと、今でも自分を責めていること。

 全て話した。

「そんなことが……」

「俺は当事者ではないし、ナツメッグ博士が酔ったときにポロッと漏らしたのを聞いただけだ。だから、事情を余さず知っているわけではない。だが、コニーに関しては、バニラにも心当たりがあるだろ?」

「うん……チコリのことを言い淀んでいたのは……」

「まあ、事の顛末に関してはそういうわけだ。コニーのためにも、ある程度は過去の事情を理解しておいてくれ」

「……わかった」

 

 

 俺たちはようやくセントジョーンズ病院に足を踏み入れ、セントジョーンズ卿への面会を申し込むため一階の受付に向かった。

 この世界では、受付嬢が事務員ではなく看護師なので、現代の病院の看護師の忙しさを知っている俺としては、治療のこと以外で声を掛けるのは憚られる。

 しかし、他に人が居ない以上は仕方ない。

 カウンターの前まで進むと、俺が声を掛ける前に、向こうから事務的で無機質な声が発せられた。

「こんばんは。今日はどうなされ……えっ!?」

 しかし、看護師は途中でセリフを止めて硬直した。

 俺の顔を見て。

 どうやらマニュアルが頭から吹っ飛んでしまったようだが……俺、何かしたか?

「俺は怪しい者では……」

「あの! グレイ様ですか!? Sランクバトラーの!」

 言い訳をする前に、看護師はカウンターから身を乗り出して俺に詰め寄る。

「ええ、まあ……」

「やっぱり! エルダー戦、私も観たんですよ!」

 どうやら、俺もそれなりに有名人らしい。

 待合室に居た患者たちも俺の方をジロジロと見ているが、結構な人数が俺を知っているようだ。

 一応、トロット楽団のメンバーでもあるしな。エキストラだが。

「あ……申し訳ありません」

 しかし、この段になると看護師も俺の身分を大声で放送した失態に気付いたのか、顔を赤くして謝ってきた。

 まあ、待合室に居るのは暇な年寄りがほとんどなので、わざわざ文句を言うほどのことでもない。

 俺が気にするなと伝えると、看護師はほっとした様子で改めて俺の要件を聞いてきた。

「それで、今日はどうなされましたか?」

「セントジョーンズ卿にお会いしたい。アポイントは取っていないのですが、大丈夫ですか?」

「はい。院長は三階の院長室に居ります」

 さすがに案内に人手を割けるほど暇ではないらしい。

 しかし、元貴族で街の名士にしては随分と不用心なことだ。

 俺はナツメッグ博士の助手という立場で信用があるかもしれないが、原作でバニラがすんなりとセントジョーンズ卿に会えたのは謎だ。

 いや、院長室には護衛が隠れているのかな?

 とにかく、物語を進めるうえで重要な人物であるセントジョーンズ卿に接触できるのは大事なイベントだ。

 俺は幾分か緊張した面持ちで、バニラを引き連れて階段を昇って行った。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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