steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
院長室の扉をノックして入室すると、高そうなスーツを着た中年男性が、部屋の中を落ち着きなくウロウロとしていた。
ロマンスグレーに片メガネとはいかにも上流階級だ。
彼がセントジョーンズ卿で間違いないだろう。
セントジョーンズ卿はドアが開いてもこちらに気付く様子は無い。
入る前に声は掛けたんだけどな
しばらくすると、俺たちを視界の隅で捉えたらしく、ようやくセントジョーンズ卿はこちらの存在に気付いた。
「むっ? 誰だね? 君たちは……おや、確かナツメッグ博士の……」
「ん? 私のことをご存じで?」
「ああ。以前、闘技場で君の試合を観たよ。グレイ君だったね」
一階の看護師といい、この病院にはビークルバトルファンが多いようだな。
原作でも、セントジョーンズ卿はビークルバトルトーナメントを観戦に来る。
個人の趣味というより付き合いの可能性もあるが。
「では、改めまして。ナツメッグ博士の助手を務めておりますグレイと申します」
俺の促しでバニラも少々慌てて自己紹介をした後、俺は彼の言葉に補足した。
「バニラは、ご子息のマーシュ君の友人です」
「マーシュの……? そうか、いやこれはこれは……。折角、来てもらって悪いのだが、マーシュは今居ないのだ……」
セントジョーンズ卿は俺の訪問が本題だと思っていたようだが、バニラのことを説明するとそちらに向き直った。
そして、次の瞬間、セントジョーンズ卿は顔色を変える。
彼もはっきりとバニラの胸元に輝く派手なペンダントを視認したようだ。
「ん? 君、そのペンダント! それは私がマーシュにプレゼントしたものではないか! キ、君! それをどこで手に入れたのだ!?」
案の定、セントジョーンズ卿は取り乱してバニラに詰め寄る。
バニラは一瞬だけ驚いた表情を見せるも、真剣に記憶を掘り起こして答えた。
「友達に貰ったような……」
「友達? まさか、その友達が……」
しかし、本来ならここでセントジョーンズ卿はマーシュの事情を語り始めるのだが、彼はハッと何かに気付いたように俺とバニラを見比べると、前のめりだった体を引いた。
「すまない。見苦しいところを……」
セントジョーンズ卿は、まだ少年といえる年頃のバニラだけでなく俺も居たことで、冷静に振舞う余裕を取り戻したようだ。
これは、自分からは事情を語ってくれない展開か?
しかし、こちらが何も聞かずにマーシュの状況を一から十まで知っているのも変なので、原作通りの話くらいはしてもらいたい。
そうでないと、話が進まないからな。
「セントジョーンズ卿、先ほどはマーシュ君が居ないと仰いましたが、我々はそこら辺の事情を詳しく把握していません。何があったのか、できれば最初から説明していただけないでしょうか?」
「……うむ」
セントジョーンズ卿は語り始めた。
「マーシュは……五年前、色々あってね。今は海外留学に行っているのだ。それが久しぶりに帰ってくることになった。先月届いた手紙には『ジュニパーベリー号で帰る』と、そう書いてあった。しかし、予定の日に船は来なかった。今日になっても、港にその船が到着した様子は無い」
セントジョーンズ卿は一拍置いて、肩を落としながら絞り出すように言葉を続ける。
「……あぁ! しかも、私の調べさせたところでは、その船が難破したかもしれないという。マーシュに万一のことがあったら……!」
俺はセントジョーンズ卿がマーシュの事情を一通り話し終わったところで口を開いた。
「事情は大体わかりました。では、今度はこちらからもいくつか情報を。今のお話で色々と繋がった部分もありますので、少しは進展と言えるはずです」
セントジョーンズ卿は俺を真っ直ぐに見据えて頷いた。
「ジュニパーベリー号が難破したのは事実です。今はウミネコ海岸に座礁しています。スームスームへ向かう途中の沖で、何らかの事故かトラブルが発生し大破したのでしょう。そして、ここに居るバニラは、ご子息と一緒にジュニパーベリー号に乗っていた可能性が高いのです。いえ、ほぼ確実に乗っていた」
「な、何と!」
ほぼ確実どころか確定なのだが、ここではバニラから初対面のときに聞いた話とセントジョーンズ卿が語った内容を繋ぎ合わせた設定だ。
「バニラは数週間前にウミネコ海岸の砂浜で倒れているところを、私の友人によって発見されました。状況から見て、バニラはジュニパーベリー号が沈没した際に海に投げ出され、そのままウミネコ海岸に漂着したと思われます」
「そ、それでは! マーシュのことは……」
「残念ですが、そう都合よく事は運びません。バニラは事故のショックで記憶を失っています。ご子息からペンダントを預かったことを朧げに覚えている辺り、一部の記憶は生きているようですが」
「記憶を……そうか、それほどの事故ならば……」
セントジョーンズ卿はしばらく思案に耽っていたが、やがて覚悟を決めたような表情で顔を上げ、俺に疑問を投げかけた
「その事故で、生き残ったのがバニラ君だけという可能性も?」
「いえ、その可能性は低いでしょう。バニラ、ジュニパーベリー号は船の全容が把握できる程度には原型を留めているのだったな?」
「う、うん! 真ん中に大穴が開いていたけど、普通に大型の帆船だということはわかるし、船名も見えたよ」
俺はバニラに頷き言葉を続けた。
「船は大破とはいえ海岸に漂着する程度には原型を留めている。他に海岸へ流れ着いた者の話も無い。もちろん、近くに死体も……無かったよな?」
「そ、そんなものは、見た覚えが無いよ」
「と、いうことです。恐らく、他のクルーたちはビークルやランチで脱出したのでしょう。むしろ、逃げ遅れたバニラが一番の重症かもしれません」
俺は二人が大体の状況を理解して一人で思案するのを終えたタイミングを見計らい、再び口を開いた。
「セントジョーンズ卿、今後の対応についてもう少し話を詰めさせていただきたい」
「ふむ、今後の対応……かね?」
「ええ、ジュニパーベリー号の損傷に関してですが、外から見てもわかる大穴が船体のど真ん中にピンポイントに開いていたことなどから考えると、この事故が人為的に引き起こされた可能性もあります」
「なっ!? 人為的に!? 一体、誰が……?」
「不明です」
はい、嘘です。
ダンディリオンとブラッディマンティスです。
「その場合、敵への対処も必要ですが、それ以前にご子息やジュニパーベリー号のクルーとの接触自体が困難を極めることになる。自分たちが狙われているとわかれば、彼らは身を隠すでしょうから」
「むぅ……」
「ですから、セントジョーンズ卿もそういった背景を想定して動いてください。この件に関しては、私も協力を惜しみません。ご子息とジュニパーベリー号の乗組員の行方を、こちらのルートでも探ってみます。バニラもいいよな?」
「ああ、もちろん」
チコリの件を話したこともあって、バニラはマーシュに関しては悪い印象が多いかもしれないが、さすがは主人公だけあって見捨てる選択はしなかった。
「そういうことです。我々は近いうちに楽団の仕事でスームスーム方面へ行くと思いますので、私はそちらから手を付けます」
しかし、俺がここまで積極的に協力を申し出たことで、セントジョーンズ卿も貴族だけあって何かを感じ取ったように顔を引き締めた。
まあ、普通なら何の見返りも無くここまでしないよな。
当然、俺もそれなりに要求はするつもりである。
「……グレイ君、君が協力してくれるのであれば、それ以上に心強いことは無い。よろしく頼む。それに、バニラ君を連れて来てくれたこともそうだが、君が提供してくれた情報も非常に有用な手掛かりになると思う。お礼と言ってはなんだが、何か私にできることは無いかね?」
「では、二つほどお願いが。一つはバニラの診察です。大型帆船の沈没に巻き込まれた挙句に砂浜に打ち上げられるという大事故です。念のため、精密検査をお願いしたい」
「うむ、お安い御用だ。もう一つは何かね?」
「ガーランド大学内の不穏な動きに警戒してください。近いうちに、ポールという画家が美術科の教授に就任するはずですが、彼は若く貧しい家の出で、そして才能がある。冤罪やら何やら、心無い嫌がらせを受けるでしょう」
「美術科の教授といえば、前任者が蒸発したという……。なるほど、あり得る話だ。教授のポストを狙っている者も多いと聞く。わかった、その件は私に任せたまえ。大学で不正が横行するなど、許すわけにはいかないからな。……それだけでいいのかね?」
セントジョーンズ卿は拍子抜けしたような表情だが。これ以上彼から欲しいものは無いさ。
電動の洗濯機は、実は既に買ってくれている。
清潔な衣類やタオルを大量に必要とする病院は、元々かなりのお得意さんだったりするわけだ。
セントジョーンズ卿はその場でバニラを診察してくれた。
頭痛などの症状に関する詳しい問診と触診、頭以外の部位にも事故の後遺症が無いか調べている。
現代でいうところの総合診療科に近い診察か。
俺が生きていた地球から百年ほど前となるこの世界では、色々と技術に限界がありそうだが、その割にはよくやってくれた。
まあ、自覚症状の無い疾患を事前に察知することは無理だが……。
CTもMRIも無いので、血腫なんかは無いことを祈るしかない。
とりあえず、バニラの体には異常が無さそうだとわかったところで、俺たちはそろそろお暇することにした。
マーシュの件で進展があった場合は報告に来るので、できるだけハッピーガーランドを離れないように、少なくとも定期的に帰ってくるように言ってみたが、それも承諾された。
ここにもう用は無い。
しかし、部屋を退出しようとしたところで、セントジョーンズ卿は俺を呼び止める。
「グレイ君。少し、いいかね?」
セントジョーンズ卿の目線と表情で彼の意図を察した。
どうやら、俺とサシで話したいようだ。
もう遅いので長居するのは気が引けるが、向こうから言われた以上は仕方あるまい。
俺はバニラに先に行くよう伝えると、再び院長室のデスクの前まで戻った。
「その……君は、ナツメッグ博士の助手、ということでいいのかね?」
「ええ、そうですが?」
今更、何を言っているのやら……。
「一つ聞きたい。君は……何故、私に協力してくれるのだ? マーシュは……その……」
……なるほど、そういうわけか。
確かに、ナツメッグ博士にしてみれば、セントジョーンズ一族には恨み骨髄かもしれない。
マーシュというクソガキのせいで、セントジョーンズという名前のせいで、チコリとダンディリオンは不当な扱いを受けて人生を滅茶苦茶にされたのだ。
原作では、セントジョーンズ卿とナツメッグ博士の二人が関わるシーンは無かったが、現実では犬猿の仲でもおかしくはない。
「事情は俺も把握していますが、この件にナツメッグ博士は関係ありません。少なくとも、直接は」
「…………」
「俺は、できるだけ犠牲の少ない道を選ぼうと思っている。マーシュは排除の対象ではない。今はそれだけです」
登場人物を死なせないだけなら、恐らくそれほど難しくはない。
原作でも、ブラッディマンティスルートではダンディリオンもセイボリーも生存する。
ブラッディマンティスの最終兵器グランドフィナーレをナツメッグ博士たちと協力して撃墜することなく、ダンディリオンたちの企みを暴かなければ、二人はノーマルルートのように命を落とすことは無い。
エンディング後も普通に生存する。
しかし、その場合は確実に第二第三の脅威が世界を襲うであろう。
現実は、クリアから一年後の世界が永遠に続くわけではない。
戦い自体は避けられない。
俺は、ノーマルエンドを目指しつつ、可能な限りの登場人物を救おうと思っているのだ。
当然、マーシュも助けるリストに入っている。
彼のしたことは許されないが、それでもバニラたちの立場を考慮すれば、マーシュを見殺しにするという選択肢はありえないわけだ。
俺自身、マーシュには何の恨みも無いしな。
セントジョーンズ卿は俺の表情から何かを感じ取ったようで、ゆっくりと口を開いた。
「……恐らく、君が考えているのは最も困難なことだよ。自分にとって大切な者を最優先することと、冷徹に数を重視すること。そのどちらも満たすのは、自分の周りの人間だけに限っても、意外と難しいことなのだ」
「……それは、医師としての経験からの忠告で?」
「それもあるが、親としても、人間としてもだ」
少しばかり、ジンジャーを思い出した。
彼も経験豊富な年上として、俺にアドバイスをくれたっけか。
俺は口角を上げて軽く微笑み、踵を返した。
「年長者のアドバイスだ。心得ておきましょう。まあ、ご子息の件で協力することに関しては嘘ではないので、そこは信用してください。それでは」
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。