steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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57話 船上コンサート

 

 バニラとコニーが到着したのは、既にステージのセットや打ち合わせも終わり、開演時間の近づいた夕方だった。

 スーム海浜公園に【カモミール・タイプⅡ】を駐機し、二人は楽器と最低限の荷物を持って船の甲板に駆け込んでくる。

「あっ! コニーが来たよ!」

「思っていたより時間が掛かったね。途中に何かあったのかい?」

 マジョラムの問いにバニラは未だに怒りの冷めやらない様子で答えた。

「ダッドリーっていうビークル乗りに邪魔されたんだ!」

「ダッドリー? 僕、聞いたことがあるよ。とんでもない荒くれ者なんだって」

「そうかあ……災難だったね」

 どうやら、ダッドリーは原作通りハッピーガーランド近郊まで来ているようだ。

 鉄道はまだ復旧していないのでガラガラ砂漠以外にルートは無いはずだが、ダッドリーも腕自慢だけあって、ビークルさえ直ればデザートホーネット団を退けつつ砂漠を渡るくらいわけないか。

「よし。じゃあ、早速練習しよう」

 気を取り直したマジョラムの声掛けで、楽団メンバーは各々の楽器を手に音合わせを始めた。

 新曲『I Cry』の初お披露目だ。

 練習通りにやることを意識しつつも、自然と楽器を持つ手に力が入る。

 

 

 演奏の準備が一通り済んだところで、船着き場に設置されたリフトが稼働する音が聞こえた。

 通常はビークルや大型機材の搬入に使うための仕掛けだが、今リフトから船に乗り込んできたのは明らかにクルーやスタッフではない連中だった。

 彼らが、スームスームを取り仕切るドン・スミスファミリーだ。

 一番後ろに立つスキンヘッドの大柄な男は、ドン・スミスのボディーガード兼秘書官のような人物だったはずだ。

 彼はタラップの手前にロープをかけ、その場で警備に立った。

 もう一人の白いスーツを着たガラの悪い男は、昼頃にも船着き場に来ていたジェイクだ。

 彼はリフト入口の横辺りの会場全体を見渡せる位置に立ったが、見たところ気もそぞろといった様子で、警備にしてはやる気が無い。

 そして、孫娘のクラリスが押す車椅子でステージの前までやって来たドン・スミスは、独特の雰囲気を纏いつつも穏やかに微笑みながら口を開いた。

「これはこれは……トロット楽団の皆さん。よく来てくださった」

「あっ、これはどうも。今回は、呼んでいただいて、ありがとうございます」

 マジョラムが代表してドン・スミスと挨拶を交わす。

 彼は契約の段階で以前にスームスームまで足を延ばしており、ドン・スミス本人と面識があるのだったな。

 そつが無いマジョラムにしては、招待主のトップに対して随分と気安い言葉遣いに思えるが……まあ、マジョラムなりにドン・スミスの気質を観察して、彼に一番好ましく思われる態度で接しているのだろう。

「いやいや。有名なトロット楽団が来るというので、街の皆も喜んでますよ。……それでは、素敵なステージを期待していますよ」

 クラリスの押す車椅子はUターンし、ドン・スミスはステージを離れていった。

「何だか、迫力のあるおじいちゃんだね……」

「この街の興行師のドン・スミスさんだよ。僕らを呼んでくれた人さ」

 バジルの間の抜けた一言に、マジョラムが改めて楽団メンバーにドン・スミスを紹介し、俺たちは音合わせを再開して最終確認に移った。

 

 

 ステージの準備が整い、乗客が乗り込んでくるまであと少しとなった頃、俺は何気ない足取りでタラップの階段の前まで移動した。

 しかし、そこで俺は、先ほどドン・スミスと共に乗船してきた強面のスキンヘッドの男に呼び止められた。

 背丈は俺とほぼ変わらないが、筋肉や体格は俺以上で、立ち振る舞いにも隙が無く重心がぶれない。

 明らかに、生身での戦闘のプロだ。

 素手で殴り合えば、俺に勝ち目は無いだろう。

「まもなくお客様が集まり始めます。混乱を防ぐため、お通しできません」

「ああ、わかってるよ。お疲れ様。警備、よろしくお願いしますよ」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 しかし、穏やかで丁寧な口調で会話しつつも、強面のボディーガードの視線は明らかに俺の胸元に向けられていた。

 どう考えても、俺が首に掛けたサックスのストラップが気になるわけでも、彼がホモというわけでもない。

 この男は、俺がベストの下にショルダーホルスターで装備した拳銃に気付いている。

 ドン・スミス一行が船に乗り込んできたときにも彼の視線は僅かに感じたが、その時には既に俺が武装していることを見抜いていたのかもしれないな。

 さすがはプロだ。

 因みに、ボディーガードの男のジャケットも、胸元の辺りが物騒に膨らんでいる。

 見たところ、彼もショルダーホルスターで銃を携帯しているようだ。

 恐らく、俺の四インチの38口径リボルバーより大型の銃を両脇に吊るしているな。

「俺はサックス奏者のグレイだ。あんたは?」

「……キャラウェイとお呼びください」

 偽名かな……? まあ、いいか。

 俺は自然な足取りでキャラウェイの真横まで進むと、彼とすれ違うような位置取りで柵にもたれ掛かり、寛いだ体勢で船着き場を見下ろした。

 馴れ馴れしい俺にキャラウェイは警戒の雰囲気を強めるも、表情には決して感情を出さなかった。

「(ところで……あんたはドン・スミスの忠実なボディーガード、ってことでいいかい?)」

 俺の意図を測りかねているようだが、キャラウェイはすぐに頷いた。

 こちらを信用しているわけではないだろうが、それでも内密の話であることは察して、彼も押し殺した声で返答する。

「(……その通りです。命に代えてもドン・スミスをお守りするのが私の責務です)」

「(頼みがある)」

 キャラウェイは今度こそ胡散臭げな表情を浮かべたが、俺は構わず続けた。

 今度はわざとらしく周りにも聞こえる声で。

「ちょいと相談なんだが……実は、土産に舶来物のワインが買いたくてね。結構な量になりそうだし、ビークルで長距離を運ぶことを考えると、樽ごと購入するのもありかと思っているんだ。業者に心当たりとか無いかな?」

「……卸売りの者に話を通しておきましょう。闘技場の酒場で要件を伝えれば、担当者を出すよう手配しておきます」

「おお! 本当かい! ありがとう、助かるよ」

 ボディーガードもこの話が本題ではないとわかっているようなので、次に俺の口から発せられる言葉に耳を傾けている。

「(今夜はドン・スミスの傍を離れないでくれ。いつもより厳重に守ってやってほしい)」

「(……どういう、意味ですかな?)」

「(側近であるにもかかわらずドンのもとをコソコソ離れる奴など、幹部として失格どころか裏切りも同然。そう思わないか?)」

 キャラウェイの纏う雰囲気が先ほどより格段に鋭くなった。

 俺は明らかにドン・スミスファミリーの内部に裏切り者が居ると言っているのだ。

 キャラウェイの立場からすれば、仲間と身内を侮辱されたとキレていてもおかしくはない。

 しかし、この忠実なボディーガードに警告しておくことを怠るわけにはいかない。

 バニラが巻き込まれる八百長の強要の他にも、今回はもう一つ懸念事項があるのだ。

 ジェイクの部下の話を小耳に挟んだ件だ。

 奴らは、ドン・スミスの暗殺を計画している可能性がある。

 ジェイクの気質が原作と同じなら、本人がそこまで大それたことをやらかす可能性は低いが、あいつの手下に関しては別だ。

 ジェイクに付き従うチンピラには、ドン・スミスへの恩義や忠誠心など微塵も無いかもしれない。

 もしも、ドン・スミスが跳ねっ返りに殺されるようなことになれば、八百長の件がきちんと処理されないだけでなく、今後のスームスーム全体の運命が捻じ曲げられる可能性もある。

「(グレイさん、あなたは……)」

「おっと、そろそろ舞台に上がらないと……。それじゃ、俺はこの辺で失礼するよ」

 キャラウェイは逡巡の後に何かを言いかけたが、俺はわざとらしく手を振って船首の方へ引き返した。

 これ以上の言葉を重ねても、逆に疑念を深めるだけだ。

 俺はジェイクの裏切りに関して、客観的な根拠など示せないのだ。

 あいつの部下たちの話をしたところで、信憑性など無いに等しい。

 俺がキャラウェイの立場なら、まず身内の裏切りよりも他人のでっち上げを疑う。

 とりあえず、ドン・スミスに最も近いボディーガードに警告できただけでも十分だ。

「今度、飲みにでも行こうぜ。(……面倒事が、全て片付いたらな)」

「…………」

 俺はそのまま一度も振り返らずに、船首に並べた楽団メンバーのビークルから展開したステージに向かった。

 

 

 

 

 ドン・スミスの豪華客船『ウエストウインド号』での船上パーティーは、トロット楽団のライブで大いに盛り上がった。

 湾内遊覧を終えて港に戻ったころには、すっかり日が落ちていた。

 新曲『I Cry』のお披露目も、他の曲目『Impossible』『In Your Voice』の演奏も、全て恙無く終了した。

 タラップから招待客が下船し、彼らは船着き場から各々のビークルや車で帰路につく。

 セイボリーとコニーを主役にした手を振ってお見送りサービスも終了し、俺たちがステージを粗方片付け終わったところで、主催者のドン・スミスがこちらにやって来た。

「いやあ良かった。感動しましたよ」

「ありがとうございます」

 ボーカルのコニーが代表して礼を述べた。

 ドン・スミスは好々爺の仮面を張り付けたまま目を細め、楽団メンバー全員を見回しながら俺たちを労う。

「あなたたちに来てもらって本当によかった。気が向いたら、何日でも滞在していってください。私はこの街の闘技場の支配人もやっております。よかったら、一度寄ってやってください」

 さて……原作では、八百長騒動も今日中に終わり、明日にはスームスームを発つことができたはずだが、現実ではどうなるのかな?

 今はまだ日も落ちたばかりだが、バニラが闘技場で試合に出て、ドン・スミスの介入で事なきを得て、シブレットとマーシュに会って……。

 原作通りの展開だとしたら、今夜は忙しくなりそうだ。

「それでは」

 クラリスはドン・スミスの乗る車椅子を反転させ、二人は下船していった。

 強面のボディーガードのキャラウェイは、いつの間にか音も無く二人の傍に接近しており、淀みない動作でリフトを準備してクラリスとドン・スミスを促している。

 去り際にキャラウェイは一瞬だけ俺の方を見たが、そのまま三人は船着き場へと降りていった。

 ……原作と違う動きだな。

 早めに引き上げたのは、俺の忠告の影響か?

「(さて、どうなることやら……)」

「ん? グレイ、どうかしたのかい?」

「いや、何でもないさ。……ところで、マジョラム。今回は当日入りで現場に直行だったから、宿泊先を聞いていなかったな。宿はどこを取っているんだ?」

「ドン・スミスさんのご厚意でホテルを用意してもらったんだよ。今夜はホテルブルーマーリンで休もう」

「お、高級宿じゃないか。ツイてるな」

「うわぁ! 楽しみだなぁ」

「もう、バジルったら」

 そして、俺たちは各々の楽器や機材やビークルを完全に下ろし、宿泊先のホテルブルーマーリンのロビーを集合場所に、一時解散となった。

 俺は自分のサックスの他にマジョラムのドラムの一部を運ぶのを手伝い、一足先にタラップを降りて駐機場へ向かう。

 【ジャガーノート】のシート下にサックスケースを積み、マジョラムの【イエロー・ベア】の足元にバスドラムが入ったハードケースを置く。

 マジョラムの楽器にこれ以上の手出しは無用だろう。

 ドラムは、汽車に乗っているときは貨物室に固定するので、ビークルに積むのは駅から会場まで運ぶ場合などの一時凌ぎに過ぎないが、それでもマジョラムには自分の楽器の扱いに関してこだわりがあるはずだ。

 そして、俺が一通り片付けを終えて『ウエストウインド号』の方を見ると、ちょうどバニラもタラップを降りてくるところだった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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