steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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58話 脅迫

 

「なあ、あんた」

 バニラが『ウエストウインド号』のタラップを降りると、物陰から出てきた一人の男が彼を呼び止めた。

 白いスーツを着たチンピラ風の男だ。

 ジェイクだ。

 ドン・スミスと共に乗船してきたジェイクのことはバニラも目にしていたが、こうして一般人とは異質の雰囲気を持つ部類の者に目の前に立たれると、今までに幾度も修羅場を潜り抜けてきたバニラといえど緊張せずにはいられない。

 自然とバニラの手には力が入り、僅かに上半身を引いて身構える。

 ジェイクはそんなバニラの様子に構わず、馴れ馴れしい態度で身を乗り出しながら言葉を続けた。

「聞いたぜ、あんた。キラーエレファント団と渡り合って、あのダッドリーも負かしたそうじゃねぇか。……折り入って頼みがあるんだ。話だけでも聞いてくれ」

 話だけで済むはずが無いのはバニラも何となく察してはいるが、特に遮ることはしなかったので、ジェイクは勝手に話し続ける。

「頼みってのはな、あんたにビークルバトルに出てもらいたいんだ。……名の知れたあんたが出りゃあ、皆あんたに賭ける。対戦相手が腰抜けの弱ぇ奴なら尚更だ。そこで、オレがその腰抜けに賭ける。それであんたが負けてくれりゃあ……わかるよな?」

「それは八百長……「しっ」」

 鋭く警告するジェイクにバニラも言葉を止めた。

 しかし、ジェイクも周りに人が居ないと確信しているのか、次の瞬間には開き直った。

「まあ、わかりやすく言えば八百長だ。ドン・スミスはケチ臭くていけねえ。オレたちにまでろくに金を回さず、自分ばかりいい思いをしてやがる。あんたが負けてくれりゃあ、莫大な金が手に入る。ドン・スミスの鼻をあかすことだってできるぜ。どうだ? やってくれるか」

 バニラは一瞬の逡巡すら見せずに首を横に振った。

「いやだね、八百長なんてしないよ」

 ここまでのバニラの態度や表情から、ジェイクも彼の答えは察していたようだ。

 ジェイクは全く動じることなく、鼻で笑って目を鋭く細める。

 ドン・スミスやキャラウェイと比べれば、ジェイクの迫力など大したものではないが、それでも生身での荒事に慣れていないバニラはいくらか気圧された。

「そうかい。でもあんた、いやだと言われてハイソウデスカとでも言うと思ったか? あんたは断れないんだよ。断ったら、あんたの仲間にはあの世に行ってもらう」

「何だって!? 卑怯な!」

 ジェイクは勝ち誇ったように歯をむき出して笑った。

 バニラの憤慨などまるで意に介した様子が無い。

「何とでも言いな。さあ、返事をしな」

「…………」

「まあいい。あんたには、どのみちやってもらうんだ」

 嫌らしく口元を歪めるジェイクに、バニラは何も言い返せない。

 初めて目の当たりにした裏社会の人間による脅しは、ビークルに乗っていなければただの少年に過ぎないバニラにとって、頭が真っ白になるのに十分な代物だったのだ。

 バニラの脳裏には、真っ先にコニーのことが過り、次いで頼りないバジルのことが浮かんだ。

 従わなければ、友人たちが殺される。

 今のバニラには、それしか考えられない。

「それじゃあ、説明をしておこう。なぁに、難しい話じゃねぇ。対戦カードはオレがうまいことやっておく。あんたは受付へ行くだけでいい。そして、バトルが始まったら、うまいこと負けるんだ。勝ったり引き分けたりすると、全てがパアだからな」

 ジェイクは再度危険な雰囲気を醸し出しながら警告する。

「後で闘技場に来てくれ。もし来なかったら……わかっているな?」

 またしてもバニラは沈黙を保ったが、ジェイクはそれを承諾と受け取り、上機嫌な表情で踵を返した。

「それじゃあ、頼んだぜ」

 ジェイクが去った後も、バニラはしばらくその場に呆然と立ち尽くした。

 ウミネコ海岸で目を覚ましてから、バニラは数多くの困難を乗り越えてきた。

 コニーが危険な目に遭ったことも一度や二度ではない。

 その度に、持ち前の決断力と行動力、それに僅かな期間ながら着実に積み重ねてきたビークルの技術を以って前に進んできたのだ。

 しかし、今回ばかりは一筋縄ではいきそうもない。

 卑劣な行為をまるで躊躇わないように思える裏社会の人間の存在もそうだが、楽団メンバー全員を人質に取られて不正を強要されることなど、バニラにとって初めての経験だ。

「そうだ、グレイに……」

 ようやく再始動したバニラは、覚束ない足取りでビークルの駐機場を目指し、荒事で最も頼りになると思われる人物を探し始めるのだった。

 

 

 

 

「悪いな……」

 バニラが自分のビークルの方へ向かったのを確認し、俺は船着き場の暗闇から姿を現す。

 先ほどバニラが『ウエストウインド号』から降りてくるタイミングで、俺はこっそりと船着き場の隅の暗闇に身を隠し、ジェイクとバニラの話を立ち聞きしていたのだ。

 フラフラと歩きだしたバニラは、駐機場で俺の【ジャガーノート】を見つけると、キョロキョロと辺りを見回し、そしてひどく落胆したように肩を落とした。

 恐らく、俺を探しているのだろう。

 さて……どうしたものか?

 バニラには、しばらくジェイクの言う通りに動いてもらいたい。

 ジェイクの手下はバニラや俺たちトロット楽団のメンバーを監視しているはずだが、今回はドン・スミスの暗殺にまで話が及びそうなので、チンピラどもの状況もこちらで把握しておきたいのだ。

 要は、監視のチンピラを探し出して拷問し、情報を引き出すつもりだ。

 スームスームは奴らの庭なので、今回もなかなかにリスキーな作戦になりそうだが仕方ない。

 昼過ぎに見たジェイクの部下たちが居る場所は、監視対象であるバニラかトロット楽団メンバーの近くだろう。

 どうやって捜索するかな?

 どちらにせよ、俺が快適に動くためには、バニラにジェイクの目を引き付けてもらうのがよさそうだ。

 今の内にバニラと話して方針を伝えるか?

 いや、今こうしている間もジェイクの手下に監視されているかもしれないし、下手に色々と吹き込んでジェイク側に仕込みがバレても面倒だな……。

 そんな具合に思案していると、俺は後ろから声を掛けられた。

「あれ、グレイ? どうかしたのかい?」

 声の主はマジョラムだった。

 どうやら、片付けもクルーやスタッフへの挨拶も終わったようだな。

 ドラムの残りのパーツを全て手に提げているので、このまま駐機場へ撤収するのだろう。

「ああ、いや。何でもない。……マジョラムは、真っ直ぐホテルに向かうのか?」

「うん、そのつもりだけど……あ、グレイはキャラウェイさんと飲みに行くんだっけ?」

「いや、今夜は彼も予定が埋まっているから……」

 俺は咄嗟に閃いたことをマジョラムに提案した。

「マジョラム、俺はちょっと闘技場に行ってくる。多分、バニラも一緒だ。俺たちはその後でホテルに戻るから、今後の予定は今日の夜にまとめて伝えてもらえるか?」

「わかったよ。今日はセイボリーとバジルも疲れているみたいだから、外出はしないと思う。ホテルブルーマーリンのロビーで待ってるね」

「すまんな。手間を掛ける」

 現段階では時間稼ぎに過ぎないが、楽団メンバーの安全に関してはこれでいいだろう・

 高級宿は警備もしっかりしているはずなので、さすがに人目につくロビーでマジョラムたちが害される可能性は低いはずだ。

 ジェイクの手下は……バニラを監視している奴に接触するか。

 マジョラムと別れた俺は、視線をスーム海浜公園の入口の方へ戻す。

 駐機場の方を見てみると、バニラは俺を見つけるのを諦めたのか、【カモミール・タイプⅡ】に乗り込んでエンジンを起動させていた。

 これからジェイクに言われた通り闘技場へ向かうのだろう。

 俺はバニラがスーム海浜公園を出てしばらく道を進んだ辺りで【ジャガーノート】のエンジンを掛けると、漆黒のボディを夜の街に溶け込ませるようにして、ゆっくりと追跡し始めた。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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