steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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59話 情報収集 前編

 

 バニラの【カモミール・タイプⅡ】は富裕層が住む中央地区を抜け、スームスーム駅を過ぎて労働者街に差し掛かった。

 ここで、後をつけていた俺は、路地裏からバニラのビークルを窺うジェイクの部下を発見する。

 昼間に見た連中の顔は覚えているので間違いない。

 下層地区に自然に溶け込む容姿をした、猿のような顔を持つ小柄な男だ。

 頑張って顔を記憶しておかなければ、このドヤ街であいつを発見することはまず不可能だったな。

 バニラのビークルがドヤ街を通過し、ポートモーターズに入ると、猿顔のチンピラは気を抜いた表情でタバコに火を点けた。

 近くの壁に背を預け、完全に寛いでいる。

 どうやら、バニラが闘技場へ向かったことを確認しただけで、彼の仕事は終わりのようだ。

 L〇NEどころかガラケーすら無い時代とはいえ、不測の事態が起きなければ報告義務すら無い仕事を割り振られるチンピラとは……とっ捕まえても、何も有益な情報が出てこないかもしれないな。

 しかし、今はあの猿顔以外にジェイクの関係者と思わしき人間の影は無い。

「……行くか」

 俺は、駅の近くに【ジャガーノート】を駐機してエンジンを停止しキーを抜くと、先ほどのチンピラが居る路地へと近づいて行った。

 

 

 労働者や荒くれが闊歩するスームスームのドヤ街は、他の地区とは雰囲気がまるで違う。

 表通りに出れば、東にはスームスーム駅と中央地区へ至る道が、西には活気のある市場と船着き場を過ぎれば華やかな闘技場がある。

 上流階級や余所者が足を踏み入れるのは、この辺りまでということだ。

 路地に一歩足を踏み入れた瞬間、俺の全身に鋭く粘り気のある視線が突き刺さった。

 警戒と同時に値踏みするような不愉快な視線だ。

 こちらから目視できる位置に居る連中のみならず、脇道の奥や壊れかけの窓の向こうからも何者かがこちらを見ているように思える。

 確かに、ネフロの『ファッション・ロンド』で買ったこの仕立てのいい服は、スラムには似つかわしくない装いかもな。

 幸い、俺はただの貧弱な小金持ちには思われていないようで、今のところカツアゲをしてくる者は居ないが、少しでも油断をすれば、一瞬で身ぐるみ剥がされるであろう。

 長居は無用だ。

「くそったれ……」

 俺は近づく者が居たら即座に射殺するくらいのつもりで、ショルダーホルスターの拳銃のグリップを常に握りながら歩を進めた。

 早歩きで、しかし背後や死角からの襲撃に注意しつつ、先ほどのジェイクの手下が姿を消した辺りを目指し続ける。

 そして、一本道の曲がり角に差し掛かったところで、俺はようやく目当ての人物を発見した。

 

 

「ん~、どうしようかしらぁ?」

「へへっ……オレに気に入られときゃ、後々得だぜ」

「でもぉ……ドン・スミスファミリーとか言われても、あんまピンとこないしぃ……。あんたって、本当にそんな凄い人なのぉ?」

「おうよ! 何たってオレは次期若頭……いや、明日にはオレがファミリーを牛耳っているだろうな」

「え~!? そうなんだぁ! 凄~い」

 猿顔のチンピラは娼婦を口説いていた。

 次期若頭というだけでもなかなかに盛ってらっしゃるが、こいつのビッグマウスは限界を知らないらしいな。みっともない。

 娼婦の方も、見たところあまり売れているようには思えない風貌だった。

 派手な化粧には清潔感など欠片も無く、身に着けている服やアクセサリーは俺が見ても安物だとわかる。

 何というか……これがスームスームのドヤ街の実態か。

「ん?」

 チンピラは何気なくこちらに振り向いた。

 俺を視認すると、その表情は驚愕に変わり、最後には蒼白になる。

 昼間に会っただけだが、向こうは俺のことを覚えているようだ。

 俺は躊躇なく発砲した。

 猿顔のチンピラの武装や腕を俺は知らないからだ。

 油断してこちらが撃ち殺されたら元も子もない。

 咄嗟のこととはいえ、頭を撃ち抜かないだけの精神的な余裕くらいは、俺も持ち合わせていたが。

 俺はショルダーホルスターから拳銃を抜き出し、両手でがっちりとグリップして照準をチンピラの右腕に合わせ、ダブルアクションで引き金を絞り落す。

 銃口とシリンダーの隙間から漏れたガスとマズルフラッシュが、一瞬だが路地裏の暗闇を照らした。

 38口径弾は狙った通りチンピラの右前腕に着弾した。

 これで奴は利き手で凶器を使えない。

 チンピラは右腕を撃ち抜かれた衝撃でそのまま尻もちをつき、唖然とした表情のまま俺を見上げる。

「ひぃ……」

 娼婦も呼吸困難を起こしたように息を浅くしながらヘナヘナと座り込んだ。

 こんな街を根城にしていても、目の前で人が撃たれて地面に血が流れる様子を目の当たりにする機会は多くないのだろう。

 酸欠の金魚のようにパクパクと口を動かしながら、俺と撃たれたチンピラを交互に見続けている。

「う……あ…………ぉぐっ!」

 しばらくすると、徐々に状況を理解したチンピラは、撃たれた傷の痛みを思い出したかのように顔を歪めた。

 騒がれたら面倒だ。

 銃声がしたことで近くに居た無法者どもは一旦引いたらしく、今は俺に突き刺さる視線がほとんど無いように思えるが、それでも男が悲鳴を上げれば騒ぎが大きくなって面倒な奴が出てくる可能性がある。

 今ここの縄張りのボスと揉めて時間を浪費するのはご免だ。

 こちらはさっさとジェイクの手下から情報を引き出したいのだ。

 俺は早足で二人に近づくと、這って逃げようとするチンピラの無事な左腕を踏んで動きを封じ、そのまま全体重を掛けた。

 嫌な感触とともに鈍い破砕音がして、男の肘が砕けた。

「ギェ……ごっ!」

 猿顔のチンピラは悲鳴を上げようとしたので、先んじて側頭部を蹴り飛ばして黙らせる。

 ウラジミールを追っていたブラッディマンティスの男のときと違い、今回はうまく気絶させられたな。運よく。

 

 

 気絶させた男が装備していた武器は、ポケットに仕舞われていた粗末なナイフだけだった。

 銃器の類は一切見つからない。

 腰回りや足首だけでなく、袖の折り返しなども調べるが、カミソリの刃を仕込んですらいない。

 どうやら、こちらが撃たれる心配は杞憂だったようだ。

 俺は男の銃創に軽く止血を施すと、手足をワイヤーで拘束する。

「さて……」

「ひっ!」

 再び声にならない悲鳴を上げられたことで、俺は横に座り込んでいる娼婦のことを思い出した。

 俺がそちらに視線をやると、涙で化粧をボロボロにした女の顔が視界に飛び込んでくる。

 股の間の水溜まりの発生源については、俺の口からは語らないでおこう。

「殺さないで! あたいは、何も見てない……っ!」

 耳障りな声で騒ぎ始めたので、俺はその女に銃を向けて黙らせた。

 さて、どうしたものか……?

 確実に口封じをするためには、このまま引き金を引くのが最も効率的な判断だ。

 猿顔のチンピラの仲間が、この女から俺のことを聞いて押し掛けてくる可能性がある。

 最悪の場合、この女の仲間がお礼参りにやって来ることも考えられる。

 チンピラと一緒に娼婦が撃たれたところで、誰も気に留めることなど……いや、ジェイクの手下はともかく、この女は別の勢力の身内であることもあり得るな。

 明確な上役でなくとも、ドヤ街の娼婦が殺されたら、自分の縄張りを荒らされたという理由で、この辺りの顔役は黙っていないかもしれない。

 スームスームで何の基盤も持たない俺がこいつを殺すのは、かなりのリスクが伴う行為となる。

 少し迷った末に、俺はゆっくりと銃を下した。

「失せろ」

 娼婦の女は暗闇で希望の光を見出したかのように顔を輝かせて俺を見上げた。

 あまり調子に乗ってもらっては困る。

「今日のことは忘れろ。俺はもう少しここで仕事がある。もし、お前から情報を得た奴が俺のところに来たら……そいつもお前も、楽には死なせない」

 軽く脅しをかけてみたら、女は可哀想になるくらい怯えた表情で首を縦にガクガクと振った。

 腰が抜けてなかなか立ち上がれないようだが、手を貸す気にはなれない。また騒がれるのがオチだ。

 何とか立ち上がった女がヨタヨタと去っていったのを見送り、俺はもう一度周りを確認した。

 こちらを窺っている者は居ないように思える。

 警戒は続けつつ、俺は拳銃のシリンダーをスイングアウトしてリロードする。

 エジェクターロッドを押して六発の弾丸を浮き上がらせると、先ほど撃発した弾を引き抜いて捨て、バラでポケットに入れていた38口径弾を補弾した。

「よし、行くか」

 拳銃をホルスターに仕舞った俺は、グリップは握ったまま周囲を警戒しつつ、未だに意識を取り戻さないチンピラのベルトを掴んで持ち上げた。

 六十キロに満たない小柄な男なので、片手でも簡単に運べる。

 俺は捕獲したチンピラを手に提げたまま路地裏を歩き続け、ドヤ街のさらに裏へと歩を進めていった。

 

 

 猿顔のチンピラを乱暴に地面に投げ出し、もう一度念入りにボディチェックを済ませた俺は、男の背中を蹴って喝を入れた。

 眉を顰めるように苦悶の表情を浮かべ、やがて男は意識を取り戻した。

「うぐ……ここは……?」

「お前の墓場さ」

 朦朧とする意識の中、必死に状況を把握しようと努めるチンピラに、俺は拳銃をよく見えるように示す。

 視界がはっきりすると、自分の鼻っ面に向けられた鈍く光る金属の塊に、男の表情はみるみる引き攣った。

 次いで、顔は銃口から逃れようとした体勢のまま、目だけを横にやってスームスームの海を見る。

 ここはドヤ街の裏道。中央地区と北地区を繋ぐ橋の下あたりだ。

 ここで男を射殺しても、すぐに死体を海に放り込んで処理できる。

 俺の言葉の意味を理解した猿顔は一気に絶望の表情に覆われた。

「助けて……俺が悪かった……あんたを利用するなんて、オレは反対だったんだ……」

 猿顔に精一杯の媚びる表情を浮かべて、チンピラは命乞いをする。

 その拍子に傷が痛んだのか、男は脂汗を滴らせた。

 どうやら、精神力は強くないようだな。

 これは、もう少し脅せば完璧に従順になるだろう。

「安心しろ。今日の俺はライブが成功して機嫌がいい」

「っ! じゃあ……」

「目を抉るのと皮を剥ぐのは勘弁してやろう。鼻を削ぎ落として歯を引っこ抜くだけだ。その後は、頭を撃ち抜いて楽に死なせてやるよ」

「ひぃ! 許してください。殺さないで……」

 

 

 地面に頭を擦り付けて懇願する男に、俺はさらに冷たく言い放った。

「よく聞け。お前の傷は急所こそ外れているが盲管銃創だ。患部の状態はひでぇもんだったぜ。要は、放っておけば死ぬってことだ。可哀想になぁ。ま、俺は医術にも詳しいナツメッグ博士の助手だから、治そうと思えば治せるがな」

 実際には、銃弾は貫通しており止血くらいは施してあるので、放置しても死ぬ可能性は低い。

 それに、俺に外科手術など不可能だ。

 しかし、猿顔のチンピラに冷静な判断などできるはずもなく、縋るような目で俺を見上げてきた。

「お願いします! 助けてください!」

「何故だ? 放っておいてもお前は死ぬ。切り刻むのは俺の趣味だ。それ以上の労力を掛けて助けろだと? お前はその対価に何を差し出せるんだ?」

 自分で言っておいてなんだが、完全にサイコだな。

 こういうのは、これっきりにしてもらいたい。

「オレの全財産を……」

「チンピラの端金なんぞに用は無ぇよ」

「な、なら……オレの女を自由にしてもらって……」

「おい、まともな材料を出さねぇか」

「ひぃ! すんません!」

 このままでは埒が明かないので、俺の方から攻めることにした。

 俺はベストのポケットからナイフを取り出し、男の目の前でチラつかせる。

 こいつから奪ったものではなく、自前の良質なフォールディングナイフだ。

 ヒルトは小さく上側には付いていないので、コンバット用ではなく作業用や解体用の刃物だが、脅しには十分だ。

「虫の居所が悪くなってきたな。とりあえず、片目いっとくか?」

「ひっ、そんな……」

「だが、俺はまだ機嫌がいいからな。頭の悪いお前さんに救済措置をやろう。俺の質問に正直に答えたら、目ん玉は勘弁してやる」

「な、何でも喋ります」

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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