steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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63話 再会 前編

 俺が闘技場から出てしばらく歩くと、ちょうど曲がり角からバニラがやって来た。

 彼は先に出たので、真っ直ぐホテルに帰ったのかと思ったが……。

「バニラ、どうした? ビークルは?」

「ああ、グレイ。ビークルは駅前に停めてきたよ」

 バニラは明らかに俺と話すために戻ってきた感じなので、既に売り場が撤収している市場の片隅に寄って場所を確保し、俺たちは話を続ける。

「きちんとお礼を言ってなかったからね。本当に助かったよ。ありがとう」

「おいおい……そんなことのために、わざわざ戻ってきたのか」

「……今回は、本当に危ないところだったから。グレイが居なかったら、どうなっていたことか……」

 まあ、原作通りにいかない部分で、色々と危ない橋を渡ったのは事実だ。

 律儀なことだが、礼は受け取っておこう。

「……ジェイクは、どうなるのかな?」

「さあな」

 ジェイクの手下は本気でドン・スミスの暗殺未遂をやらかした。

 ジェイク自身に本気で親殺しをするつもりが無かったとしても、部下の不始末によるものだったとしても、責任の追及は避けられない。

 対外的には八百長の話だけで終わりそうだが、ファミリーにとって奴の罪は原作よりも遥かに重いのだ。

 あれを赦しては示しがつかない。

 さすがに、ジェイクが生きて戻ってくることは無いと思うが……。

 ただ、この時代のマフィアの大物の思考など俺には読めない。

 最悪の場合、ジェイクが俺やバニラを逆恨みしてくる可能性もあるが、それに関しては今ここで悩んでも仕方のないことだ。

 少なくとも、俺にとって最も重要なキャラクターであるバニラと、この街の均衡を保つために必要なドン・スミスファミリーが、現時点で守られたことは事実だ。

 イベントへの介入としては及第点ではないだろうか。

 

 

「あ、そうだ。もう一つ……」

 一通り話し終えたところで、バニラは何かを思い出したように話題を変えてきた。

「ちょっと、気になることがあって。闘技場へ行く途中で見たんだけど……あそこの家にあるビークル、どこかで見たような……」

 バニラが示す先に視線をやると、そこには薄汚いボロ小屋があった。

 ドヤ街の中なら目立たなかったかもしれないが、どちらかというとポートモーターズや倉庫に隣接した位置にあるので、かなり悪目立ちしている。

 しかし、それ以上に特徴的なのは、レッグパーツが破損したまま小屋の傍に放置されているビークルだった。

 まず、ボディパーツが耐水ボディMだ。

 俺の【ジャガーノート】が装備するナツメッグ博士謹製のオリジナルパーツ耐水ボディLと違い、耐水ボディMは原作にも登場する純正品の規格だが、この国では珍しいパーツだ。

 スームスームではそれなりに見るかもしれないが、ハッピーガーランドやネフロではほとんど見かけない。

 俺の知り合いで使っているのは、ガーランド闘技場のAランクバトラーのサフランくらいか。

 彼女が搭乗する【スティール・モラル】はビジュアル面を重視しているので、敢えて珍しいパーツを使っている可能性もあるが……。

 さらに、ボロ小屋のビークルは水中機動を可能にするフロートバックパーツを装備しており、完全に海上戦に適応させたカスタムとなっている。

 原作を知っている人間ならすぐにピンと来るだろう。

 この小屋は、バニラが乗っていたジュニパーベリー号の船長キャプテン・シブレットの潜伏場所だ。

 怪我を負ったマーシュもここで療養している。

 置いてあるビークルはシブレットの愛機【グレートセーリング】だ。

 どうやら、バニラのこのイベントに対するアプローチは、彼女のビークルを朧げに覚えていたことからのようだ。

「あの小屋に住んでいる人のビークルなのかな?」

「直接、聞いてみよう」

「え!? グレイ!?」

 バニラは俺の唐突は行動に驚いているようだが、俺は遠慮なく小屋の前まで足を進めた。

 このイベントはバニラにとって重要だ。

 何せ、シブレットやマーシュとの再会を通して、バニラは記憶を取り戻すのだから。

 ここで立ち去る選択肢は無い。

 慌てて付いてきたバニラを尻目に、俺はボロ小屋のドアをノックする。

 しかし、返答は無かった。

 小屋の中からは物音一つ聞こえない。

「どうやら留守のようだな。バニラ、出直すとしようか……」

「貴様ら、そこで何をしている?」

 

 

 原作通りの遭遇だった。

 俺たちに声を掛けてきた男言葉の女性。

 彼女こそ、ジュニパーベリー号の船長キャプテン・シブレットその人である。

 ピンクのシャツと赤茶のロングスカートの上に白いエプロンと、服装はごく普通の町娘のものだが、肩にオウムを乗せているのですぐにわかる。

 姿勢には軍人っぽい矜持が滲み出ているが、顔は可愛い系なのがギャップだな。

 身長は一般的な女性より僅かに高く見えるが、細身だからそう感じるだけであって、肩幅などはむしろ華奢だ。

「っ! お前は……バニラ……! 無事だったのか!?」

 シブレットはバニラの方を見て息を呑んだ。

 しかし、バニラにはシブレットの記憶が無いようで首をかしげている。

「……失礼ですが、どちら様ですか?」

「あ、……ああ。こんな格好では、わからんのも無理はないか。……私だ。キャプテン・シブレットだ。そんなことより、奥の部屋にマーシュが居る。早く顔を見せてやれ」

「っ! マーシュ……」

 バニラはマーシュと聞いて驚いて俺の方に視線を向けてきた。

 セントジョーンズ卿と話してから、まだそんなに時間が経っていない。

 いやはや……偶然とは恐ろしいものですな~。

「友人との再会だろ。行ってこい」

「……うん」

 バニラはあまり驚いていない俺を怪訝そうに見つめているが、俺がドアの方を促すと、頷いて小屋に入っていった。

「それで、貴様は何者だ?」

 バニラが小屋の中へ去った後、シブレットは俺を鋭く見据えて詰問してきた。

 船乗りの作法などわからないので、気楽な感じで挨拶しておく。

「初めまして、キャプテン・シブレット。俺はナツメッグ博士の助手のグレイ。バニラと同じトロット楽団のメンバーだ」

「トロット楽団? ……そういえば、噂で聞いたな。バニラというトランペット奏者が、新しくメンバーに加入したと。あいつのことだったのか……」

 シブレットも街で色々と情報を集めているのだろう。

 ……本当に、花を売って船の再建費用を稼いでいるのかな?

 まあ、今はそれよりも重要な話がある。

「キャプテン・シブレット。ジュニパーベリー号の件は俺も少し聞いている。話しておきたいこともあるので、とりあえず中に入れていただけるかな? ここだと人目が、ね……」

「いいだろう」

 マーシュの居場所をセイボリーやブラッディマンティスの息が掛かった者に知られるわけにはいかない。

 俺は軽く小屋の周囲を見回し、シブレットに続いてボロ小屋に足を踏み入れた。

 

 

「(今まで、どうしていたんだい……?)」

「(わからない……砂浜で目を覚ましたら、記憶を失っていたんだ)」

 隣の部屋から二人の話し声が聞こえる。

 聞き覚えの無い方がマーシュの声だ。

 扉の建てつけが悪く壁も薄いので、二人の会話はかなり明瞭に聞こえる。

 立ち聞きをしてしまっている状況に若干バツの悪い顔をしながらも、シブレットは俺に尋ねてきた。

「バニラは、記憶を?」

「ああ。ジュニパーベリー号が沈没した際、バニラは海に投げ出されてウミネコ海岸に漂着した。その時のショックで、彼は記憶を失っているようだな」

「そうか……」

「因みに、砂浜で倒れていたバニラを助けたのが、俺の友人でトロット楽団のボーカリストのコニーだ。俺たちはその縁で知り合った」

 異様に事情に詳しい俺をシブレットが疑う前に予防線を張っておく。

 セントジョーンズ卿にもバニラとの出会いなどは話しているので、経緯の説明も慣れたものだ。

「ジュニパーベリー号のことを、バニラは覚えていたのか?」

「いや、記憶はかなり曖昧な部分が多い。ジュニパーベリー号の件を知っているのは、マーシュの父親のセントジョーンズ卿から話を聞いたことも理由の一つだろうな」

「なるほど、マーシュの父親か。やはり、息子のことを探しておられるのか」

 シブレットは納得がいったように頷いた。

 長い航海の間に、マーシュから父親のことが話題に上ったことくらいはあるだろう。

 それに、マーシュはジュニパーベリー号で海外留学から帰るという手紙をセントジョーンズ卿に出している。

 恐らく、手紙はジュニパーベリー号に乗ることが決まった後に、別の貨物船で送られたものなので、シブレットも承知しているはずだ。

 彼女がセントジョーンズ卿を間接的に知っていてもおかしくはない。

「俺とバニラはセントジョーンズ卿からも依頼を受けている。彼もジュニパーベリー号が難破した情報は掴んでおり、我々もマーシュの捜索に協力することになった、というわけだ」

「ふむ、そうか。心配を掛けさせてしまったようだな……」

「今回のトロット楽団の公演場所がスームスームだったので、俺たちは運よくこの街に居合わせた。明日にはハッピーガーランドに戻るので、セントジョーンズ卿にはその時に報告しようと思っている。ただ、それまでこの街でマーシュや君たちが待機するのに……っと。バニラ、もう終わったのか」

 ここで、マーシュと話し終えたバニラが部屋から出てきた。

 

 

 思ったよりも早かったが、マーシュの消耗が激しく、長話ができないそうだ。

 記憶の無いバニラのために、シブレットはジュニパーベリー号の事故当日の様子を語って聞かせた。

 彼女が把握している内容も凡そ原作通りだ。

 つまり、シブレットたちにとって事故の原因は全く不明というわけである。

 クルーたちの状況も原作と変わりない。

 マーシュは怪我の治療に専念し、ほかの連中も船の資材などを集めに奔走している。

「私もこうして、柄にも無い花売りをして、その資金を稼いでいる、というわけだ」

 ……それでどのくらい稼げるのだろうか?

 花っていかがわしい意味では……ないよな?

 まあ、シブレットなりに金策は色々とあるのだろう。色々と。

「グレイからも聞いたが、お前は今トロット楽団に居るらしいな。……人の運命など、わからんものだな」

 シブレットは自嘲するように呟いた。

 船とクルーを失ったことは、彼女のメンタルにとっても相当なダメージだろう。

 それでもシブレットの表情には僅かな安堵が見える。

 バニラが無事だったことを知れたことが、前を向くための大きな活力になったようだ。

 強いな、この女キャプテンは。

「キャプテン・シブレット。先ほど、原因は不明と言っていたが、状況についてもう少し詳しくわからないか?」

「……何か、気になることでもあるのか?」

「ああ、バニラから聞いた話だと、座礁したジュニパーベリー号は船体のど真ん中に大穴が空いていたとか?」

「ふむ……ジュニパーベリー号は帆船だが、補助動力として簡易的な内燃機関も搭載していた。燃料の積載量の問題で、メイン動力としては運用できないがな。異国では、常に石炭を用いた蒸気機関で駆動する蒸気船もあると聞くが……。機関室で大規模な爆発が起こったことを鑑みれば、そのような損傷具合でも何らおかしなことは無い」

 シブレットは座礁したジュニパーベリー号を見ていないので、冷静に分析して、俺に続きを促した。

 バニラは俺の言わんとしていることに察しがついたようだ。

 セントジョーンズ卿と会ったときにも説明したからな。

「ジュニパーベリー号は何者かの攻撃を受けた可能性がある。炸薬量を考えると、撃ち込まれたのは最低でもビークル搭載サイズの火砲だろうな」

「ほう……」

 ジュニパーベリー号の沈没が人為的なものである可能性は、シブレットも多少なりとも考えていたようでそれほど驚かなかった。

 しかし、冷静な表情とは裏腹に、シブレットは明らかに殺気を醸し出し始めた。

 バニラはこの話を聞くのが二度目なので、真剣な表情で頷いてはいるが、取り乱した様子は無い。

 俺はまだブラッディマンティスのことを口に出さなかった。

 一瞬だけ迷ったが、今はまだバニラに彼らのことを伝えるのは早い。

 彼らを明らかに悪党だと断じておけば、バニラが向こうに付く可能性が減るかとも思ったが、逆に潜入を試みるなどの軽率な真似をされて、かえって危険なことになるかもしれない。

 そんなことを考えていると、シブレットは顔を上げて、鋭い目で俺を見据えて質問してきた。

「グレイ、参考までに聞くが……白いトロットビークルに心当たりはあるか?」

 そういえば、ゲームでも船長室の航海日誌にこのことが書いてあったな。

 事故の直前、海に浮かぶトロットビークルを見たと。

 白いビークルということは、間違いなくエルダーことダンディリオンの【ホワイトレクイエム】だな。

 だが、俺が原作から事情を知っているとはいえ、エルダーがジュニパーベリー号の撃沈に係わった証拠など無い。

 シブレットや部下たちが下手なことをしないとも限らないので、悪いがこのことは話せないな。

「白のビークル? それだけだと厳しいな。特に珍しくもないカラーリングだ。ビークルバトラーだと、有名どころでハッピーガーランドのジーニアスが乗る【クレバー・ブレット】とエルダーの【ホワイトレクイエム】。警察ビークルもこの国の標準型はホワイトグレーだし、高機動型の塗装も真っ白なものが多い」

「……そうか」

 シブレットは納得したのか、再び目を伏せた。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

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