steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
闘技場を後にした俺は、マーシュの居るボロ小屋へ戻り、バニラと合流した。
「グレイ、どうなったの?」
「ああ、無事に済んだ。マーシュとジュニパーベリー号の面々は、ドン・スミスが保護してくれる。船の再建にも協力してくれるそうだ。俺たちは帰るとす「おお! 本当にバニラじゃねぇか! 生きてたんだな!」るか……」
俺と一緒に来たシブレットの部下の一人が、窮屈そうに小屋の扉を潜るや否や大声で叫んだ。
ミゲールという船員で、原作にも登場したな。
確か、ジュニパーベリー号の副長あたりだったか?
チュートリアルステージでは、ジュニパーベリー号に忍び込んだバニラとマーシュをとっ捕まえ、ストーリーでもシブレットと会った直後にスームスームの闘技場に出場し始める。
「心配したんだぜ! マーシュはあの通り重症、お前ぇは海に投げ出されて行方不明になっちまうんだからな! ま、何はともあれ、生きててよかった!」
「うん、心配かけたね。……あの、マーシュがまだ寝てるから……」
「おっと、すまねぇ」
さすがのミゲールもマーシュの体調のことには考えが及ぶようだ。
……できればもう少し早く声のトーンを落としてほしかった。
マーシュの名前を誰かに聞かれて、それがセイボリーやブラッディマンティスの耳に入りでもしたら最悪だ。
シブレットの側近にしては無神経に過ぎると思ったが、あの船では船長のシブレットが厳格さと冷徹さを担当しているのだろう。
ミゲールは気さくさや豪快さでクルーの息が詰まらないようにするタイプの副官のようだ。
まあ、ドン・スミスに保護を頼んだ以上、少し情報が漏れた程度では、マーシュも滅多なことにはならないだろう。
「それじゃ、グレイの旦那。俺たちは行くぜ。色々と世話になったな」
「ああ」
ミゲールやシブレットの部下たちがマーシュを連れていくのを見送り、俺たちも小屋を出た。
「っと、帰る前に【グレートセーリング】のパーツを回収しないとな」
「あ、そうだったね。僕も手伝うよ」
「ああ、頼む。俺も初めて触るパーツだから、少し手間取るかもしれない」
「あれ、初めて? でもグレイの【ジャガーノート】も耐水ボディじゃ……」
「俺の耐水ボディLはナツメッグ博士のオリジナルパーツだ。耐水ボディMは純正品にもかかわらず内陸では珍しい品だ。俺も触るのは初めてだよ」
「へぇ、そうなんだ」
現実でボディパーツを取り換えるとなると、ゲームのようにはいかない。
ガワだけ被せなおせばいいというわけではないのだ。
エンジン系統や連結系まで壊さずに取り外さなければならないのだから、なかなか神経を使う作業だ。
ゲームでは、ボディパーツの種類どころかサイズが違っても機動力自体に差は無かったが、現実では重量の違いとエンジンの性質によって、ビークルの挙動は大きく異なる。
できればバニラには新品の耐水ボディMを用意してやりたかったが、俺もこのことまで意識が及ばなかったので仕方ない。
いきなりボディパーツとエンジンの性質が変わってバニラも戸惑うだろうが、そこはぼちぼち慣れてもらうしかないな。
何とか耐水ボディMとフロートを外した俺は、バニラに自分のビークルを取りに行かせ、【カモミール・タイプⅡ】のバックパーツに耐水仕様セットを固定した。
「今日はもう遅いから、ボディの換装は明日以降だな。ハッピーガーランドに戻ってからでもいいだろう。シティモーターズなら対応してくれるはずだ」
「そうだね。今日はもうホテルに帰ろう。コニーたちも心配しているだろうし」
俺も自分の【ジャガーノート】を取ってきてコクピットに搭乗しエンジンを起動する。
交通量の少なくなった港町に、高出力エンジンの音が響き渡った。
「ようやく帰れるな」
「うん。長い一日だった……」
俺たちは今夜の宿泊先であるホテルブルーマーリンへビークルを走らせた。
富裕層が暮らす中央地区に入ると、薄暗いドヤ街の裏道とは比べ物にならない眩い街頭と窓から漏れる照明が目に飛び込んでくる。
高級物件の立ち並ぶ地区のど真ん中まで進むと、ホテルブルーマーリンの看板が見えた。
駐機場にビークルを停め、着替えなど最低限の荷物を下ろしてホテルの正面口へ向かう。
そして、ホテルのロビーに入る直前、俺はバニラに質問した。
「記憶、戻ったのか?」
「あ、うん。自分のことは、ある程度……」
どうやら、航海中のことなど、一部にまだ戻らない記憶があるようだ。
外国や船の上でマーシュと話した内容など、覚えているものの方が少ない事柄もあるらしい。
難儀な話だが、これは地道にやっていくしかないな。
事故当時の状況に関しては、戻らない方が精神衛生上いいかもしれないが……。
「マーシュのことは、皆にはまだ伏せておこう。あの怪我だ。コニーたちと話すのはまた今度でもいい」
「そうだね」
本当は、セイボリーに知られたくないからですけどね。
マーシュの件については、いずれセントジョーンズ卿とも話さないとな。
当然、ドン・スミスも交えて、彼の今後の保護に関して協議する必要がある。
……まあ、原作のようにゴールドーンの廃校に隠すのは却下だ。
あの場所は完全にブラッディマンティスに割れており、ストーリー終盤でマーシュはコニーと一緒にまとめて攫われてしまう。
可能ならば、俺はコニーの方に集中して、マーシュはブラッディマンティスの件が片付くまでドン・スミスの所で保護してもらいたいのだが……。
それも、セントジョーンズ卿とのお話次第だな。
「あっ、帰ってきたね」
俺たちがホテルブルーマーリンのエントランスを潜ると、出迎えた楽団メンバーを代表してマジョラムが声を掛けてきた。
本当に待たせてしまったな。
既に、日付が変わっている。
「すまんな、遅くなった」
「本当にごめん」
「いや、大丈夫だよ。皆、思ったより目が冴えちゃってるみたいだからね」
「そうそう! 僕なんてまだライブの興奮が冷めないよ」
俺とバニラの謝罪を軽く流したマジョラムは、バジル以外のメンバーもこの場に揃っているのを確認し、俺とバニラに向かった言葉を続けた。
「僕らは明日の朝ハッピーガーランドに戻ろうと思うんだ。次の公演はまだずっと先だし……なんだったら、しばらく自由にしてていいよ。グレイはナツメッグ博士のところに戻るのかな?」
「そうだな。ハッピーガーランドで少し野暮用もあるが、その後はピジョン牧場に向かう」
「また砂漠か~。大変だねぇ」
呑気に他人事感を出すバジルの声に続いて、バニラが口を開いた。
「じゃあ、僕は用事が出来たから別行動するよ」
「そうか、わかったよ。僕らはハッピーガーランドのロブスター亭に居るからね」
バニラの用事とは、ウミネコ海岸でジュニパーベリー号を調べることだ。
原作なら、ここでコニーかセイボリーを遠出に誘うことができる。
コンプリート勢であれば、ここでしか行動を共にできないセイボリーを選ぶだろう。
だが、現実のバニラにそれをやらせるわけにはいかない。
道中、セイボリーに妙なことを吹き込まれて、バニラがブラッディマンティス側に付いたら元も子もない。
おとなしくコニーと……と思っていたら、バニラは真っ先に俺に声を掛けてきた。
「グレイもネフロまでは同じ方向だよね。それに、僕もピートの手紙を届けにピジョン牧場には顔を出すし……一緒に行く?」
どうやらバニラ君はグレイルートを選んだようだ……って、馬鹿か!?
お前さんには助手席に乗るべきヒロインが居るだろう。
「いや、俺はハッピーガーランドでちょいとやることがあるからな。すぐに帰れるわけじゃない」
「そうなんだ。何か手伝うことはある?」
「いや、ほとんど俺の私用で……ああ、セントジョーンズ卿に会うときは一緒に来てくれ。マーシュの件を伝えに行くからな」
「あ、そうだったね。わかったよ」
「コニーを誘ったらどうだ? 時間はあることだし、ついでに二人で遠出をするのもいいだろう。ちょうどミームー村の駅も完成している頃だろうから、見物に行ってきたらどうだ?」
「うん、そうだね。そうするよ。コニー!」
バニラはコニーのところに浮かれた足取りで近づいて行った。
しばらく遠目に二人の様子を見ていたが、どうやら原作通りコニーはバニラの誘いを快諾したようだ。
安心した俺は、そのまま階段を上がって寝室に向かおうとするが……。
「(あ、ジュウタン工場にも寄ってお姉さんの図面を渡さないと……)」
「(……お姉さん? 誰なの?)」
「(ひっ……こ、コニー? どう、したの?)」
不穏な空気に振り返ってみると、刺すような雰囲気を纏い目からハイライトを無くしたコニーと、そんな彼女に気圧されて脂汗を流すバニラが目に入った。
後ろに聞こえていた声で状況は把握している
バニラの言う図面とは、イベントアイテム『自動機織機の図面』だ。
こいつをハヤブサジュウタン工場に持っていくと、今まで職人の手で操作されていたミシンが機械化を遂げる。
その後は解雇された職人たちが各地に登場したりと……まさしくザ・産業革命のサブイベントである。
そういえば、バニラは闘技場に入る前にポートモーターズに寄っていたな。
原作でも、徒歩でポートモーターズの奥に入り、倉庫の隅に隠れている女性と話すと、この図面を貰うことができるので、そこら辺の状況はゲームと一緒か。
しかし、この件が原因で修羅場とは……。
やはり、思いがけないところにトラブルは潜んでいるものだな。
「(ねぇ、バニラ? お姉さんって……誰?)」
「(っ! い、いやその……)」
くっ……丸腰の非力な少女とは思えない迫力だ。
チコリの件から内向的な印象のあるコニーだが、バニラが絡むと相当アグレッシブになるな。
これは……俺が外堀を埋めてきたことが原因だったりするのか?
さて、この修羅場においては他のメンバーも頼りにならない。
マジョラムはただの痴話喧嘩に苦笑いしながら我関せずの態度を貫き、バジルはコニーの豹変ぶりに口を開けて固まっている。
セイボリーは……完全に気付かないフリをしてやがるな。
このままではコニーのヤンデレ化が待ったなしなので、俺は助け船を出すことにした。
「そうだ! 忘れるところだった。バニラ、例の自動機織機の図面、俺にも見せてくれるか?」
「あ、えっ? ……うん。これだよ」
コニーはかつて無いほど剣吞な雰囲気で俺を見ているが、ここで逃げ出すわけにはいかない。
俺はそれっぽい雰囲気を装ってバニラの差し出した図面に目を落とし……なるほど、確かにわかりやすいな。
素人が見ても蒸気機関と機織機の設計図であることがわかる。
仕掛け自体も大して難しくない。
技術者に見せればすぐに組んでくれるだろう。
バニラが何の図面かすぐに理解したのも納得だ。
「……別に変なものじゃないな。異国で普及している全自動の機織機だ。構造はかなり単純だから、まとまった数の配備を前提としている品だろう。まあ、この国の中小企業に売り込めば、それなりの額で買い取ってもらえるんじゃないか」
「う、うん……」
当然ながら、図面の内容を説明したところでコニーの殺気は収まらない。
話を逸らすこともままならず、むしろ苛立ちが募っているようだ。
さっさと話を進めよう。
「確か、バニラにこいつを渡したのは、倉庫に潜伏していた怪しい女だったな?」
「そ、そうそう! ビークルの整備のために寄った、ポートモーターズで……。この図面をあげるから、自分がここに居るのを内緒にしてくれって……」
事情を知り、コニーの殺気はようやく密度が薄くなってきた。
もう一押しだな。
「恐らく、その女は密入国者だろうな。祖国では特に戦略的な価値が無くありふれた物、それでいて外国なら価値が付きそうな物を持ち込んだのだろう」
「そっか……。そんな大変な状況の人なら、申し訳ないことをしたかな。弱みに付け込んで巻き上げるみたいに……」
「別にいいんじゃないか? 恐らく、そういった手合いは価値があって且つ軽い物を大量に持ち込んでいる。くれると言うなら貰っておけばいいさ。使い道もバニラの思う通りにすればいい。その女と二度と会うことも無いだろうし」
二度と会うことは無い。
この部分にピクリと反応したコニーは、見る見る機嫌が良くなった。
先ほどまでの物騒な空気は霧散し、艶のある笑顔をバニラに向けている。
「なあんだ。そういうことなら、早く言ってくれればよかったのに」
「う、うん。ごめん?」
弁解の暇を与えなかったのは、どこのどいつだか……。
何とか、修羅場ルートからのヤンデレ殺害エンドを回避した俺は、さっさと部屋に引き上げることにした。
今日はもう休ませてくれ、本当に……。
これでスーム編は終了となります。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
-
是非、読みたい! 早く晒せ!
-
要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
-
そんなことよりお腹が減ったよ。