steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
スームスームでの公演が終わり、土産物を買い漁り、ハッピーガーランドに戻ってきた日の夜。
俺は休憩もそこそこにバニラをロブスター亭から連れ出した。
行き先は当然セントジョーンズ病院だ。
バニラは荷物の整理を終えたばかりで面食らっていたが、マーシュの件はさっさとセントジョーンズ卿に伝えた方がいい。
原作では、ここでマーシュの件に関してできることは、病院の受付看護師にマーシュを発見した旨を院長に伝えてくれるよう言付けるだけだ。
言付けを頼むか頼まないかで、後日セントジョーンズ卿と顔を合わせたときのセリフが多少変化したりするが、ストーリーには全く影響が無い。
原作で次に彼と会えるのは、どちらにせよビークルバトルトーナメントの試合の合間なのだ。
正直なところ、この時期に報告したとしても、現実なら情報漏洩のリスクを高めるだけの行為だ。
だが、今回はハッピーガーランドをできるだけ留守にしないようセントジョーンズ卿に伝えているので、この段階でも直接会って話すことができるかもしれない。
不在なら、看護師には何も伝えず院長とのアポイントだけ取る予定だ。
その場合も、ビークルバトルトーナメント前にセントジョーンズ卿が帰ってくれば、早めに面会できる。
多少、セントジョーンズ卿への連絡が遅れたところで、マーシュのことはドン・スミスに任せているので安全上の問題は無いが、あくまでも依頼を受けた者としての姿勢の話だ。
前回と同様、バニラと連れ立って病院の入り口を潜り、一階の受付に近づく。
「あ、グレイ様にバニラ様」
偶然にも、カウンターに居た看護師は前に来たときと同じ人物だった。
俺たちの身分は滞りなく把握された。
バニラが重要な客であることは、既にセントジョーンズ卿から通達されているのだろう。
今回はバニラが無視されることは無い。
「セントジョーンズ卿にお会いしたい。今、大丈夫ですか?」
「もちろんです。三階の院長室までお願いいたします」
向こうは俺たちがスームスームから帰るのを心待ちにしていたようだ。
ハッピーガーランド駅で出待ちしていなかっただけでも、セントジョーンズ卿にしてみれば控えている方か。
早めに来て正解だったな。
「ほ、本当かね!? この短時間で息子の居場所がわかったとは……」
「ええ、運が良かったのもありますがバニラのお手柄ですよ。彼がジュニパーベリー号の船長のビークルを覚えてなかったら、確実に見逃していたでしょうね」
院長室に通された俺たちがスームスームでマーシュを発見したことを伝えると、セントジョーンズ卿は俺たちに椅子を進めるのも忘れて鼻息荒く顔を近づけてくる。
今回ばかりは、彼も態度を取り繕う余裕は無いようだ。
まあ、ずっと行方不明になっていた息子の消息をようやく掴めたのだから仕方ないだろう。
俺に持ち上げられたバニラは少し居心地が悪そうだが、今回の件は間違いなく彼の功績だ。
無論、バニラがシブレットのビークルをスルーしてハッピーガーランドに戻りそうだったら、どうにか理由をつけて一緒にボロ小屋を訪ねるつもりではあったが、その手間も省くことができた。
俺がシブレットのビークルやジュニパーベリー号の面々の所在を明確に知っているのは辻褄が合わない。
この件に関しては、バニラの記憶が手掛かりになったということで押し通すのだ。
「そ、それで! マーシュはどこに!?」
「今はドン・スミスのもとで静養しています。ジュニパーベリー号のクルーたちは、彼の庇護を受けることになりましたので」
「ドン・スミスの?」
俺は頭に疑問符を浮かべるセントジョーンズ卿に、スームスームでの出来事を語って聞かせた。
もちろん、部下のチンピラが暗殺を謀ったことなどはボカした。
セントジョーンズ卿もドン・スミスがスームスームを裏から支配するマフィアのボスだということは知っているが、さすがに俺が内情を勝手に喋るのは憚られる。
外部の人間に謀反や暗殺者のことを知られるのは、裏社会の連中にとってはこの上ない屈辱かもしれないからな。
「平たく言えば、八百長事件やら何やら色々とゴタゴタがありまして、俺がちょっとドン・スミスに協力することになったんですよ。その縁で、ジュニパーベリー号の連中に便宜を図ってくれるよう頼みまして」
「ふむ、なるほど……君にも色々と手間を掛けさせてしまったみたいだね。ドン・スミスがそこまで肩入れしてくるとは……」
セントジョーンズ卿はそれ以上の詮索はしてこなかったが、俺とドン・スミスがそれなりに重大な事件で関わったことは勘付いたようだ。
「何はともあれ、本当に助かったよ。バニラ君、グレイ君。君たちにはいくら感謝しても足りない」
セントジョーンズ卿はスケジュール帳のようなものを軽く一瞥すると、すぐさま踵を返した。
間近の予定は全てキャンセルか。
「それでは、私は早速スームスームに……」
「ちょっと、お待ちください」
俺は慌ててセントジョーンズ卿を止めた。
「ん? 何かね? ああ、そういえば報酬がまだだった……」
「いや、それは後でも構いません。それよりも、ご子息の保護に関してです」
セントジョーンズ卿は俺の雰囲気から深刻な内容だと見て取ったのか、表情を引き締めて俺に向き直る。
「あなたのことは既にドン・スミスにもジュニパーベリー号の船長キャプテン・シブレットにも伝えてあります。ご子息に会いに行かれるのは問題ありません。しかし、ご子息をどこかに移動させようと考えているのであれば、少し待っていただきたい」
「……む」
セントジョーンズ卿は一瞬だけ呆けた顔をしたが、すぐに話を聞く態勢に切り替えて俺の顔を見てきた。
先ほどまでは、一刻も早くマーシュに会いに行くことしか考えていなかったようだが、言われてみればマーシュを避難させることに思い至ったらしい。
このままセントジョーンズ卿がスームスームに行き、マーシュと対面して少し落ち着けば、彼は間違いなくマーシュをゴールドーンに隠すことを思いつくはずだ。
それは避けなければ。
「参考までにお聞きしますが、どこか当てが?」
俺はゲームの知識があるので知っているが、そこまで見抜いているのは不自然なので質問してみる。
セントジョーンズ卿はしばしの逡巡の後に顔を上げて答えた。
「……すぐに思いつくのはゴールドーンだね。昔、私が建てさせた学校があるのだ。今は廃校になっていて誰も使っていない。マーシュを匿うのにうってつけだと思うが?」
やはり、俺の記憶通りだ。
原作でこの話を聞けるのはもう少し後になる。
渡航許可証をシブレットのところへ持って行ったときに、ちょうどセントジョーンズ卿もボロ小屋にやって来て、マーシュと再会した直後に出る案だ。
結論から言うと、最終的にゴールドーン村がマーシュの潜伏先であることはブラッディマンティスに割れてしまい、ストーリー終盤でマーシュはコニーと一緒に攫われる。
敵の捜索範囲内であることがわかっている場所にマーシュを行かせるのは得策ではないだろう。
「何か、問題がありそうかね?」
咄嗟のことだったが、俺はそれらしい言い訳を考えついた。
「セントジョーンズ卿。ご子息を狙う勢力に関して、俺も少し調べてみました。まだ推測の段階ですが、ドン・スミスから得た情報などと照らし合わせると……疑わしい組織が一つ」
「何と! もうそこまで……!」
ドン・スミスは驚愕に目を見張った。
バニラも同様に凄まじい勢いで俺の方へ振り向いた。
まあ、この短期間で手掛かりが無い状態から突き止めたわけではないけどな。
「そちらでは、まだ何も?」
「マーシュを狙っている輩の存在が居るらしきことは私も確認した。ジュニパーベリー号を沈めたのも、その連中の仕業である可能性が高いこともわかった。だが、それが何者かは判明していない」
続きを促すセントジョーンズ卿に俺は結論を告げた。
「俺が睨んでいるのは、ブラッディマンティスです」
「ブラッディ、マンティス? 名前はどこかで聞いたことがあるが……」
「まあ、一般人にはあまり知られていませんか。ハッピーガーランド近郊の盗賊団ですが、代紋を掲げて略奪に勤しんでいる連中とは少し毛色が違いますからね。強力なビークルを保有していますが、最近は専ら地下に潜ってハッピーガーランド全域に情報網を張ることに注力しているようです。盗賊というより、裏組織や秘密結社の類ですね」
「むぅ……そんなことに……」
唸るセントジョーンズ卿を尻目に、俺は本題を告げた。
「ハッピーガーランドの郊外も、恐らく北と東方面は奴らの勢力下です。ブラッディマンティスの機動ビークル『デリンジャー』をイワツバメの滝方面で見たことがありますし、ホトトギスの森の奥にも、森林の盗賊団のものとは違うタイプのビークルが展開しています。ゴールドーンにも奴らの目はあるでしょう」
原作では、何故かデザートホーネット団がゴールドーンにマーシュが居ることを突き止めていた。
ブラッディマンティスルートだと、プレイヤーはデザートホーネット団にアジトに赴き、頭領のノーラからマーシュの情報を受け取るという任務をこなすことになる。
砂漠の外で活動しない彼らが何故ハッピーガーランドの北を調べていたのか謎だが、何はともあれ、ゴールドーンは役に立たない。
セントジョーンズ卿の計画は破棄してもらわなければ。
「ゴールドーン村は、はっきり言って寂れています。最近では旅好きな連中が温泉を目当てに訪れることもあるようですが、モッカラン鉱山の職員以外にほとんど住民も居ません。この状況はかなり都合が悪い。あれだけ規模が小さい村だと、少年一人を匿ってもらう動きだけでも相当な悪目立ちをします。逆に、ご子息の存在をゴールドーン村の連中にも気取られないよう潜伏させるのであれば、それこそ護衛すら配置できない」
「なるほど。それで、マーシュをゴールドーンへ逃がすのは得策ではないというわけか」
セントジョーンズ卿の言葉に俺は頷いた。
「ええ、スームスームに居る方が遥かに安全でしょう。あそこはドン・スミスファミリーの影響力が強い地域です。ブラッディマンティスも迂闊には手が出せないはず。しばらくは、彼のもとでジュニパーベリー号のクルーと一緒に保護してもらった方がいい」
セントジョーンズ卿はしばしの逡巡の後、顔を上げて答えた。
「グレイ君の言うことはもっともだ。今すぐにマーシュをゴールドーンへ送るのはやめておこう。しかし……いずれはそのことも考えなければなるまい。ドン・スミスやジュニパーベリー号の方々に迷惑を掛け続けるわけにもいかないからな」
確かに、このままではいつまでもマーシュの保護をドン・スミスに押し付けることになってしまう。
それはお互いによろしくない話だろう。
セントジョーンズ卿の足を引っ張りたい連中は、彼を自分の息子すら守れない腰抜けと煽り始める。
ドン・スミスにしても、あまりマーシュを囲い込みすぎると、人質のように扱っていると見られかねない。
こういう憶測を並べ立てる連中は、数が少なくても声が大きい。
そうなったら、二人を引き合わせるために動いた俺の計らいが水の泡だ。
ドン・スミスがマーシュを預かる期限は決めておいた方がいい。
とはいえ、ブラッディマンティスが壊滅するまでというのも無理な話か。
俺はバンピートロットの物語の本編が終了するまでに、近いうちにブラッディマンティスが崩壊することを知っているが、さすがにこれを根拠にはできない。
「ええ、それは俺も理解しています。ですから、例えば……ジュニパーベリー号Ⅱ世の完成まで、ご子息はクルーたちと行動を共にする、というのはいかがでしょう? 今のご子息はただ船を失った船員の一人です。同僚と同じくドン・スミスの庇護下に居るのはおかしくないでしょう。建前としては」
「……ふむ、それなら問題ないだろう」
セントジョーンズ卿は一瞬だけ顎に手をやって何かを考えたが、俺の案を承諾してくれた。
これなら、しばらくの間マーシュはドン・スミスのもとに留まるので安全だ。
ジュニパーベリー号の再建にドン・スミスの協力を取り付けたことで、船の完成が早まっている可能性はあるけどな。
まあ、その時はその時だ。
「ビークルバトルトーナメントの後になるかもしれませんが、俺たちも近いうちにジュニパーベリー号の連中のところへ顔を出します。ご子息のことに関しては、またその時に話しましょう」
「うむ、わかった。よろしく頼む。それでは、私は明日にでもスームスームへ向かわせてもらうよ」
セントジョーンズ卿はやはりすぐにスームスームへ向かうようだ。
感動の再会に立ち会えないのは、バニラにとっては残念なことかもしれないが、こちらの都合で延期しろなどとは言えないので仕方ない。
原作と違うのは、ドン・スミスがジュニパーベリー号のクルーたちと深く関わったことと、セントジョーンズ卿とマーシュの再会の予定を早めたことか……。
これだけなら特に影響など無さそうだが、この世界のトラブルの種は予想だにしないところに転がっているから油断できない。
まあ、何にせよ、渡航許可証を入手して再びスームスームに戻れば確認できる話だ。
今は、目の前の雑用を片付けていこう。
「あぁ、ところで……ポールの件はどうなりました?」
「おお、そうだったな。君から聞いていた通り、ポール教授に贋作の作製疑惑を掛けようとした連中が居た。ちょうど昨日のことだが、奴らに協力した大学関係者もろとも警察に拘束された。もう少し詳しく聞きたいのであれば、秘書を呼ぶが?」
「いえ、それには及びません。この件に関しては、セントジョーンズ卿の手腕を信用していますから」
必要なことは聞いたので、俺はバニラを促して院長室を退出した。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。