steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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ポール編です。


68話 砂塵のキャンバス 前編

 数日間ジョージのエレキ開発に付き合い、電源系統の設計が一通り終わった次の日。

 今日の俺はハッピーガーランドの東門を出てイワツバメの滝方面へ来ていた。

 目的地はイワツバメの滝の中流辺り、モズ川染草農家だ。

 この農家はポールの実家である。

 贋作疑惑にまつわる騒動で、ポールは一時的に実家に帰省しているのだ。

 セントジョーンズ卿に聞いた通り、ポールを陥れようとした連中は、俺がスームスームへ行っている間に軒並み逮捕されている。

 予想通り、ガーランド大学の美術科の教授に就任したポールを快く思わない連中は、ポールを贋作画家に仕立て上げようとした。

 原作では、ポールはそのまま教授を解任され、疑いが晴れるのは死んだ後というなかなかに報われない結末だったが、今回は大学の不正に気を配るようセントジョーンズ卿に頼んでおいたので助かった。

 騒動がポールを巻き込んで大きくなる前に、贋作事件の意図を引いていた連中は一網打尽にされたのだ。

 ナツメッグ博士の関係者として後ろ盾がある俺がポールを推薦していたということも、彼が即解任という事態にならなかったことに一役買っているかもしれない。

 セントジョーンズ卿の部下は新聞社にも手を回していたらしく、妙な憶測が飛び交う前に、ポールは完全な被害者として街の住民に認識された。

 因みに、記事は写真付きだ。

 アーバン新聞社は、ポールのオリジナルの精巧な絵と、過去の有名画家の贋作としてポールが作成したことにされた絵を比べ、犯人たちの稚拙さを面白おかしく書き立てた。

 この一件は、ある意味でポールの画家としての才覚をより一層ハッピーガーランドの住民に周知させることに役立ったと言える。

 事件後のガーランド大学のポールの授業は、教室に収まりきらないほどの学生が受講希望を出したらしい。

 しかし、そんなポールは先日ガーランド大学の仕事を休み、忽然と姿を消した。

 知名度が一気に上がり、一躍時の人となった直後の出来事だけに、大学側はそれなりの衝撃を受けたようだが、このポールの休職自体は正式に休暇を申請してのことだったうえに行き先も告げていたので、学生たちはそれほど動揺していない。

 元より、ガーランド大学の美術科が、前任の教授が蒸発するような、ぶっ飛んだ場所だという理由もあるかもしれないが。

 贋作騒動で色々と消耗したので少し休むだけ、リフレッシュしたらすぐ大学に戻ってくるだろう、といった程度の認識だ。

 ポールのように優秀で学生から人気のある教授を解雇することは、大学側も考えていない。

 学生たちの言う通り、俺も最初は休暇が終われば帰って来るだろうと思っていたので、敢えてポールを探しに行くことはしなかった。

 今日の俺もピジョン牧場へ帰る前にちょっと顔を見せるつもりで、気楽にポールを訪ねる感覚で染草農家へ向かっていただけだ。

 既に彼を陥れようとする脅威は排除されたのだ。

 今後のポールは、誰にも邪魔されること無く、素晴らしい芸術品を生み出し続けるだろう、と。

 この時は、俺もそう信じて疑わなかった。

 

 

 染草農家を訪ねると、家の中から少しやつれた中年女性が俺を出迎えた。

 俺が名乗ると少し驚いたような表情を見せたが、彼女はすぐに俺を家の中へ通した。

 この人がポールの母親だな。

 しばらくするとポールの父親と思わしき男もやって来たが、ポールは留守のようだ。

 やがて、俺にお茶を出したポールの母親は静かに口を開いた。

「あなたのことは息子からよく聞いています」

「ほう? 彼は何と?」

「返しきれない恩のある方、自分の才能を見出してくれた恩人だと」

 ポールは実家に帰ってから、家族に俺のことを子細に語って聞かせたようだ。

 ネフロで会ったときのことから、レイブン砦まで乗せたこと。

 ポールが砂漠を渡るときに駱駝を回してやったことも、どうやら勘付いていたみたいだな。

 当然、ガーランド大学の教授に推薦された背景に俺の働きかけがあったことも、本人には直接伝えていないにもかかわらず、ポールは知っていた。

「私たちからもお礼を。あなたにはいくら感謝しても足りません」

「妻の言う通りです。我々では、画家になりたいというポールの夢を支援するどころか、大学すらまともに通わせてやれず……」

「あぁ、いや……俺の方にもポールの絵が欲しかったという事情もありますので。そんなに感謝されることでは……」

 二人して頭を下げるものだから、かえって居心地が悪い。

 そういえば、ポールは金が無くて大学を中退したのだったな。

 それが飛ぶ鳥を落とす勢いで出世し、今では一流の有名画家で大学教授。

 数年に渡る長いスパンではないとはいえ、俺はネフロの無名時代からポールを支援し続けた。

 この夫婦にとっても俺は恩人か。

 まあ、正直なところ、彼らの経済状況で子どもを育てようとしたこと自体、現代の感覚からすると間違いだったと思われる部分もあるが。

 そんなことを考えていると、ポールの母親は唐突に立ち上がった。

「グレイさん。息子からあなたに渡すよう言われている物があります」

 

 

 ポールの母親が家の奥から出してきたのは、二枚の絵だった。

 一つは原作にも登場した実家の風景を描いた『故郷』だ。

 もう一つは……見たことが無い禍々しい絵だった。

 時期的に、ガーランド大学を解雇された直後に失意の中で描き上げた『絶望』か?

 原作では、地位も名誉も金も失ったポールが、オイルモーレ工場のスクラップ置き場で飲んだくれているところで買い上げる品だ。

 今回のポールは職を追われていないので、『絶望』は存在しないはずだが。

「この絵の題名は……『怪物』だそうです」

「怪物?」

 俺が首を捻りながら絵を見ていたら、ポールの母親は説明してくれた

「今までのポールの絵とはまるで違うでしょう?」

「ええ、確かに」

「この絵は……ポールがうちに帰ってきた直後に描いた絵です。こんな場所に住んでいることもあって、私たちはポールが有名画家になっていることも大学の教授になっていることも知りませんでした。それがフラっと帰ってきたと思ったら、一心不乱にこの絵を描き始めて……」

 聞けば、実家に戻ってきたときのポールの様相は酷いものだったらしい。

 頬はさらにこけ、幽霊のように生気を無くして、一瞬ポールだとわからなかったほどだったそうな。

 そんなことになっていたとは……。

 教授になって金はあるはずなのに、前に見てから数週間しか経っていないのにその有様とは、よほど贋作騒動の件が堪えたか。

「この『怪物』は、ハッピーガーランドと……そして、ハッピーガーランドの人々を描いたものだそうです」

「……なるほど。そいつは傑作ですな」

 嫉妬と陰謀、権力と金、さらには周囲の人間の手のひら返しと、ポールはなかなかに嫌なものを見る羽目になったようだ。

 俺の名前による推薦とセントジョーンズ卿の勢力による援護があったから、彼は排斥されずに済んだ。

 薄汚い争いに勝つことができた。

 しかし、それでも純粋な芸術家に過ぎないポールにとっては、色々と堪えるものがあったらしい。

 この一枚の絵だけで、それは十分に伝わってくる。

「ということは……ポールはもう大学に戻る気は無いと?」

「いえ……息子は言ってました。数十枚の失敗作を積み上げて描き切ったこの絵に、ハッピーガーランドや大学で味わった汚いものは全て投げ込んだ。グレイさんの恩に報いるためにも、これを最後の作品にするわけにはいかない、と」

「そうですか……」

 はっきり言って、そこまで自分を追い詰めてまで絵と向き合うことがポールにとって良いのか悪いのか、俺にはわからない。

 ちょいと失敗したかな?

 俺の目的は、非業の死を遂げた愛着のある登場人物を僅かでも救うことだ。

 ポールを恩で縛って扱き使ってまで、彼の絵が欲しいわけではないのだ。

「それと、もう一つ重要なことを言っておりました」

 一旦、思考を中断してポールの母親の言葉に顔を上げると、彼女はもう一枚の絵『故郷』を示していた。

「淀みを絵に持ち込むのは『怪物』で最後にする。しかし、今の自分にはグレイさんを満足させる絵をこれ以上描くことができない。もう一度、画家として奮い立つためには、一から自分を鍛えなおす必要がある。この『故郷』で初心は取り戻した。次は最も心揺さぶられた情景をもう一度描きに行こうと思う。だそうです」

 

 

「胸騒ぎがするのです。この絵を見ていると……」

「え?」

 視線を『怪物』の方に戻すと、ポールの母親はさらに言葉を続けた。

「ポールは二度と帰ってこないんじゃないかって……」

「おい、母さん! 滅多なことを……」

「だって! あんな姿になって戻ってきたのよ!」

 ポールの父親は妻を宥めようとするが、かえって逆鱗に触れてしまったようだ。

「あなたなんて! 帰ってきたポールとほとんど口を利いていないじゃない!」

「それは……」

 見たところ、ポールの父親は口下手な男だ。

 きっと、謀略に巻き込まれて疲弊しきったポールに掛ける言葉が見つからなかったのだろう。

 しばらくすると、ポールの母親も俺の存在を思い出したのか、取り繕うような表情で俺に向き直った。

「グレイさん。情けない話ですが、私たちには息子が最も感動した情景が何かすらわかりません。でも、ポールの画家としての軌跡を近くで見てきたグレイさんなら……」

 確かに、俺はポールの目的地を知っている。

 彼が最も感銘を受けた風景といえば、砂漠しかない。

 原作でも、最後にポールが訪れた場所は灼熱のガラガラ砂漠だ。

 しかし、両親にも行き先を告げずにガラガラ砂漠へ向かうとは……やはり俺が介入した影響はあるようだな。

 今回の件は、どうにも悪い方向へ傾いてしまった気がする。

 セントジョーンズ卿への根回しでポールの立場と名誉を守ったにもかかわらず、ポール自身のメンタルはズタボロだ。

「グレイさん。息子を……ポールを助けてください」

 俺は彼女の言葉にすぐに返答することができなかった。

 ポールは既に砂漠へ向かってしまった。

 何をどう言い訳しようと俺にミスだ。

 ロクデナシの魔の手から救ったつもりで、結局は同じ運命を辿っている。

 ここまで原作と同じなら、今から砂漠に向かったところでポールは……。

「お願いします……」

「わ、私からもお願いします」

 ポールの母親に続き、父親までもがひれ伏すように頭を下げてしまった。

 さすがに行っても無駄とは言えないよな……。

 この段になって、まだ体裁を取り繕うことしか考えられないのが自分でも苛立たしい。

 まったく、これだから日本人は……。

「……確約はできません。ですが、全力を尽くします」

 俺は二人を立たせて農家を出ると、すぐに【ジャガーノート】のエンジンを起動してハッピーガーランドへと進路を取った。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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