steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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70話 砂塵のキャンバス 後編

 ポールの発見は予想以上に早かった。

 戦闘終了直後は真っ青になって助手席から身を乗り出し吐いていたテオドールが、数十分後には回復してポールの影を探し始めたことも大きい。

 思ったより役立たずではない。

 テオドールは地形から絵になる風景を割り出してポールが通ったルートを予想し、俺は彼の言う通りに【ジャガーノート】を走らせる。

 そして、砂漠の中心に位置するカワセミオアシスのすぐ近く、オアシスの全容が見える砂丘の上で、俺たちは倒れ伏すポールを発見した。

 まだ夜が明ける前の出来事だった。

「ポール!」

 俺がビークルを停めると、テオドールは助手席から飛び出してポールに駆け寄っていく。

 周囲に敵影が無いかざっと確認し、俺も水筒を持ってテオドールに続いた。

「っ! まだ、息があります!」

「よし」

 テオドールの言葉に、俺も思わず安堵の表情を浮かべながらポールに近づく。

 少し顔が火ぶくれしているが、間違いなくポール本人だ。

 俺は歩いて反対側に回り、テオドールが抱きかかえるようにしているポールの口に、静かに水筒の中身を注いだ。

 中身は経口補水液――いわゆるORS――だ。

 分量は水1リットルに対して砂糖を大匙4杯半と塩を小さじ半分。

 以前、ネットで調べた作り方なので、これで問題ないだろう。

 現代の市販のスポーツドリンクより糖濃度が低く電解質濃度が高いので、ポ〇リやアク〇リアスに比べるとかなり不味いが、本格的な脱水にはこの本物の経口補水液が適しているはずだ。

「ん……ぐ…………」

 いくらか口の端から溢したものの、ポールはしっかりと経口補水液を飲み込んだ。

 上着を脱がせて軽く体を見てみるが、細かい切り傷や痣だけで、それほど深刻な外傷は無い。

 まあ、この状態でも手当てせず放置したら、破傷風や感染症にかかるかもしれないけどな。

 後で傷口の洗浄と消毒をしておこう。

 とにかく、俺たちはポールを救出することに成功した。

「テオドールさん。オアシスはすぐそこです。一旦、日陰までポールを運びましょう」

「わかりました。よろしくお願いします」

 ポールはテオドールが担いで【ジャガーノート】に乗せ、俺たちはオアシスで一夜を明かすこととなった。

 しかし、二人乗りのビークルに三人はキツいな……。

 

 

 

 

「っ……ここは……?」

 オアシスに到着し、テオドールと交代で仮眠を取った俺が食事の用意をしていると、ポールは目を覚ました。

 ポールの手当ては既に手持ちの救急箱と煮沸したオアシスの湧き水で済ませているが、長時間に渡って砂漠を彷徨い負傷した彼の消耗は激しい。

 今日いっぱいは起きないかと思っていたが……スープの匂いで覚醒したかな?

 ポールは未だはっきりとしない頭を回し、身じろぎするように俺たちの方を向いた。

「テオドールさん……それに、グレイさん……」

「ポール! 良かった……一時はどうなることかと……」

「おはようさん。業火には焼かれたみたいだが、地獄行きは免れたな」

 俺の冗談は全くウケず、ポールは体を起こそうとした。

 はずみで額に置いていた水で濡らした布が落ちる。

「う、つ……」

「おい、無理するな。今のお前さんは、脱水と怪我で全身ミイラだぞ」

 まともな準備もせず無計画に日中の砂漠を歩き続けたのだから、こうなるのも当然だ。

 現代人の俺だったら、確実に体を壊しているだろう。

 俺もある程度はこの時代に適応してきたとはいえ、砂漠は人間には過酷すぎる場所だ。

「ほら、こいつを飲め」

「……はい」

 俺が経口補水液の入った水筒を渡すと、ポールは緩慢な動作で飲み始めた。

「ORSはまだあるからな」

 ポールが経口補水液を飲み終え、俺は再び彼を寝かせた。

 テオドールが汲んできてくれた水で別の布を濡らし、少し火膨れしたポールの顔を拭いてやる。

 俺たちにできるのはこれくらいだ。

 ハッピーガーランドに戻ったらセントジョーンズ病院へ直行だな。

「落ち着いたらスープを食え。夕食じゃなくて朝食になっちまったが」

「……すみません、グレイさん」

「気にするな……と言いたいが、後でお説教だな。君の無謀な行いで迷惑を被った連中は大勢居る。少なくとも、ご両親には謝りに行くことだ」

 

 

 俺が作ったスープをゆっくりと食べ終えたポールは、このような無謀な行いをした理由をポツポツと語り始めた。

 今回のポールは地位も名誉も失って絶望した原作とは違う。

 魑魅魍魎の薄汚い権力闘争に巻き込まれて神経を擦り減らしたとはいえ、ポールの名誉はセントジョーンズ卿の部下たちによって守られた。

 しばらくはガーランド大学の美術科の教授として安泰だったはずだ。

 それにもかかわらず、ポールは単身砂漠に向かい、オアシスをキャンバスに収めるための無謀な旅を試みたのだ。

 俺もポールの言い分は気になるので、彼の言葉に耳を傾ける。

「あなたに……失望されるのが怖かったんです」

「え? 俺?」

 ポールの言葉は思いがけないものだったが、彼の母親の言葉を思い出すと、妙に納得してしまった。

 ポールは、今の自分では俺を満足させる絵が描けないと思っていた。

 画家として自分を鍛えなおそうと思っていた。

 そして、俺のために絵を描き続けようと思っていた。

 これだけ聞くと、俺はポールを恩で縛って利用し尽くそうとするクズだな。

 俺の意図はともかく、結果的にそうなってしまったのだ。

「あなたは……グレイさんは、僕への評価が一貫していたから……」

 確かに、俺はポールの絵を彼が無名の頃から高い値段で買った。

 しかし、それは原作を知っていたからだ。

 高騰したらすぐに売り飛ばすことは考えていなかったものの、本当に俺がポールの絵を評価していたかといえば怪しい。

 いや、ぶっちゃけ価値などわかっていない。

 精々、家の玄関に飾るくらいしか考えていなかった。

 俺が買ったポールの絵は、全てロブスター亭の部屋か自宅の物置に放置されている。

「ポール、この際だから正直に言ってしまうが……俺は絵画の良し悪しなどわからん。ナツメッグ博士じゃないが、まさに天は二物を与えずってやつだな。俺は……音楽以外の芸術はからっきしだ」

 

 

「俺は君の絵を見て評価したわけじゃない。君が評価されて出世することが、俺にはわかっていたんだよ」

「…………」

 俺は自然とポールに色々と打ち明けていた。

 こういう話はナツメッグ博士以外にはしたことが無い。

 まあ、普通は未来や運命がわかるなんて話をしたところで、頭を心配されるのがオチだ。

 案の定、テオドールは首をかしげている。

 しかし、どうにも俺はここでポールと向き合うのを避ける気にはなれなかったのだ。

 端的に言ってしまえば自己満足だな。

「軽蔑したか? もっと言うとな……君が砂漠で危険な目に遭うのもわかっていた。死ぬ可能性が高いことを知っていた。それなのに、万全の対策を取らなかったんだ。贋作の容疑を掛けようとした連中を排除すれば、全てが丸く収まると思っていた……いや、言い訳だな。結局のところ、俺は救世主を気取って身勝手に君の命や運命を弄んでいただけだ。その結果がこのザマさ」

 ポールは一切表情を動かさない。

 怒っているのか、呆れているのか、とうとう俺の気がふれたと思っているのか。

 だが、どう言い繕おうと、俺がポールの人生を狂わせたことに変わりはない。

 全ては俺がポールのサブイベントに介入したことで始まった。

 そして、絵画に精通している風を装って振り回した挙句、精神的に追い詰めてしまった。

 色々と失敗した。

 もう少し上手くやれば、最低限ポールが砂漠でぶっ倒れることは防げたはずだ。

 それこそ、予め俺が砂漠行きのことを話題にしておけばよかったのだ。

 危険だから一人で突っ走らないよう言い含めておけば、ポールが一人で無謀な挑戦に及ぶことはなかっただろう。

 死にかけたのは勝手に砂漠へ出ていったポールの自業自得の部分があるとはいえ、俺が彼の人生の根本を歪めてしまったことは事実だ。

 

 

「軽蔑、するわけがない」

 顔を上げたポールは強い目で俺を見返しながら口を開いた。

「僕は……あなたに何度も救われました。覚えていますか? ネフロで初めて会ったとき、僕はパンを買うこともできなかったんです」

 ネフロ公演の日の頬がこけたポールの姿は、今でも鮮明に思い出せる。

 明らかに食えなくて痩せ細っていたポールは、自画像とネフロの風景画を数百円で売ろうとしていたのだ。

 それでも、足を止めて彼の絵を購入する者は居なかった。

 俺は二つの絵に1万と1000UR――11万円相当――を払った。

 この世界の俺は結構な金持ちだ。

 あの時、ポールに払った金額など、大したものじゃない。

 しかし、ポールにとっては、比喩ではなく本当に救いの手だったことだろう。

 底辺の貧乏人だったポールにとって、あの金額は夢のような大金だったはずだ。

「たとえ、グレイさんが僕の絵を転売して儲けるつもりだったとしても、あなたが無名の頃の僕を評価してくれたことには変わりない。僕が危機に陥る未来がわかっていたとか、そんな怪しい話は知ったことじゃない! あなたは……恩人です」

「……君が愚直なまでに義理堅いのはわかった。しかし、今回の件は俺のミスでもある。上手く説明できないが……俺は君の行動を知っていて、その結果が齎す運命を正確に把握していた。君を支援すると決めていた俺がこの件を放置するのは、さすがに君の自己責任の範疇を超えている。どうにかして止めるべきだったんだ」

「舐めないでください! 僕は画家だ! たとえ命を落とす可能性があったとしても、心に焼き付いたこの地の風景を描くためなら、迷わず砂漠に足を踏み入れる。思い立ったその時に。気力が充実している瞬間を逃すことなどしない。グレイさんが止められたとしても、きっと手を振り払って来ていたはずです」

 ポールは頑固だった。

 いい年をした大人だからとか、芸術家のパトロンがどこまで深く面倒を見るかとか、そういった次元の話ではない。

 単純に、ポールを突き動かす画家の(ソウル)の問題だ。

「だから……グレイさんはまた僕を助けてくれた。それだけなんですよ」

 ポールは強引に話を打ち切ると、俺に背を向けて自分の荷物を探った。

 ロクに食糧も水も無いポールの手荷物は、俺がビークルに乗せて一緒に運んである。

 ポールはすぐに目当ての物を探し当てたようで、大きな絵画を取り出して簡単な梱包を解いた。

「オアシスの絵です。買っていただけますか?」

 砂丘の上から見たカワセミオアシスの絵だ。

 原作では、この絵はポールの遺作となり、題名も『最期』などというものだった気がする。

「完成していたのか?」

「はい。最後の力を振り絞って描き上げましたから」

 絵には空白など一か所も無く、オアシス自体の描写もさることながら、どこまでも続く黄金色の砂地が、遠近法で見事に描き上げられている。

「……そんな力があるなら水辺まで行けよ」

「いやぁ……絵を描き上げて歩き出そうとしたら、もう限界だったみたいでそのまま倒れちゃって……」

 せめて、この額縁に絵をはめ込む分の労力を、這う方に回せばよかったのに。

 いや、ポールは絵を完成させるまで止まらないか。

 何とも……。

「間抜けな話だ」

「まったくです」

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

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