steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
翌日、工房で砂漠の砂嵐と戦闘でくたびれた【ジャガーノート】のメンテナンスをしていると、ナツメッグ邸にバニラとコニーがやって来た。
「あ、グレイ。帰ってたんだね」
「こんにちは。グレイ、ナツメッグ博士」
一旦、作業を中断して、俺とナツメッグ博士は二人の方へ歩み寄る。
「やあ、お二人さん。ビークルの具合はどうだ? 転覆しなかったか?」
「ああ、もちろんさ」
「うん、難破船もちゃんと調べてきたよ」
「そうか、それは何よりじゃな」
どうやら無事に渡航許可証を手に入れられたようだ。
しかし、今ジュニパーベリー号の調査を終えて戻ってきたところか。
俺より一週間近く先にハッピーガーランドを出たにしては、少し行動が遅いか?
しかし、それよりも気になるのがバニラの愛機【カモミール・タイプⅡ】だ。
「そのガトリングアームは……」
「あ、これ。ノーラが売ってくれたんだ。デザートホーネット団の砦で、またコニーが歌ったときにさ」
「何だって?」
バニラのビークルには、間違いなく純正品のガトリングアームが装備されていた。
俺のチェーンガンと比べれば、精度と装弾数で劣り無駄に重量がある武器だが、ゲームでは間違いなく最強の遠距離武器だった。
それにしても……二人はもう一度デザートホーネット団のアジトへ赴き、演奏を披露したのか。
ゲームではそんなイベントも無かったが……。
ガトリングアームを貰うには、ゲームに登場する全てのダンジョンの全ての宝石、12種類をノーラにプレゼントしなければならない。
レイブン砦のヒンヤリ遺跡とゴールドーン廃鉱はともかく、ア・マモール神殿はスキトール湖に入口があるので、そこへ行けるのは耐水ボディMを手に入れた後だ。
そういったプロセスをすっ飛ばして、普通に売ってもらえるとは……。
やはり、色々と変わるものだな。
しかし、バニラは少し気を付けた方がいい。
今はまだ大丈夫そうだが、他の女性の話題に関しては、一歩間違えればコニーの機嫌が急降下するぞ。
ゲームの方でノーラの宝石イベントを進めると、彼女は本当にバニラに惚れ込むからな。
「グレイ? どうかした?」
「あぁ、いや……砂漠では襲ってくるのに砦に着いた瞬間に友好的か、って思ってな」
「襲われなかったよ」
「え? マジ?」
またしても驚きの事実が発覚した。
ゲームでは、コニーを乗せていても、砂漠では普通に襲撃されたけどな……。
何より、俺は現実でもしつこく襲われた。
まったく、不条理な話だ。
「まあ、何だ。それなら少し時間が掛かったのも納得だ。今後の予定に響くほどでもないし、問題ないだろう」
「うん……でも、その後ネフロでは少しのんびりし過ぎちゃったかも。ごめんね、バニラも色々と忙しいのに」
「それはいいさ。コニーはしばらくローズマリーさんと会ってなかったんだから。帰省したときくらい、顔を見せてあげないと」
「うん。ありがとう、バニラ」
なるほど、コニーの家にも行っていたのか。
二人の仲は既にローズマリー公認ですかな。
「ところで、今日はどうしたんだ? ビークルは問題ないなら……何か忘れ物か?」
「あ、それもあるんだけど……これを見てもらいたくて」
バニラは【カモミール・タイプⅡ】のバックパーツを示した。
よく見ると、そこには少しだけ錆が浮いたビークルのアームパーツが積まれている。
ただのアームパーツではない。
トライデントアームだった。
ポセイドンが使うような三又の槍を高速で突き出す、強力な刺突タイプの近距離武器だ。
前チャンピオンのジンジャーが搭乗する【ブラックオデッセイ】も装備している。
「トライデントアームか。こいつはジュニパーベリー号から?」
「うん、船の残骸の中に放置されていたんだ。僕が使ってもいいかな?」
プレイヤーにとっても、こいつはありがたい武器だ。
ソード系とは挙動が違って慣れないうちは戦闘で使いにくい――特にフィールド戦――が、敵の動きを止めながら連続で刺突をぶち込み高DPSを叩き出せるので、タイマンのビークルバトルでは重宝する。
ゲームでもジュニパーベリー号の宝箱からタダで入手できるので、ミームー村のイベントをこのタイミングでクリアしないプレイヤーであれば、確実にビークルバトルトーナメントに持ち込むだろう。
俺もこの武器をエンディングまで愛用していたことがある。
何にせよ、こいつをバニラが使うのならば、彼の戦力を大幅にアップすることができるはずだ。
ガトリングアームとトライデントアーム。
公式が薦めるデスマッチの組み合わせだ。
「そうだな、問題ないだろう。だが、一応パーツの稼働に問題が無いか調べて調整した方がいいかもしれない。博士、お願いできますか?」
「うむ、任せておけ」
「ありがとうございます」
バニラのビークルについては方針が決まったので、俺はもう一つの懸念事項へ水を向けた。
「ところで、忘れ物ってのは?」
「あ、そうだった。砂漠から戻って来たときに、ピジョン牧場へはすぐ寄ったんだけど、その時エリッヒにピートの手紙を渡すのを忘れていて……」
バニラは予想外に重大な要件を忘れていた。
スームスームへ向かうときに通るヒバリ田園地帯で、プレイヤーはそこの農家に住む少年ピートからピジョン牧場のエリッヒに宛てた手紙を預かることになる。
これは一見ただのお使いイベントだが、この少年二人の文通を手助けすることが、ノーマルルートの最終決戦で非常に重要なフラグとなるのだ。
端的に言えば、エリッヒがピートから貰う紙トンビ――どう見ても紙飛行機――を見たナツメッグ博士が飛行ビークルを完成させて、敵の飛行船へと乗り込む準備が整う。
今回は俺が居るので、紙飛行機くらいの着想は博士に与えられると思っていたのだが……事前にオットーとウィリーの【フラップフライヤー】の改良案として話してみたところ、反応はそれほど芳しいものではなかった。
もちろん、揚力に関しても図に描いて説明してみた。
世紀の天才ナツメッグ博士がこれでも動けないということは、このイベントは先回りすること自体が難しいのだろう。
それこそ、実際に飛行船『グランドフィナーレ』が飛んでいる姿を目の当たりにするとかな。
そうなると、ピートとエリッヒのイベントはしっかりこなしておいた方がいい。
まったく、やはりバニラは少し抜けているな。
「今ならエリッヒは牧草地に居るはずだ。行ってみるか」
「そうだね。あ、コニーはどうする?」
「一緒に行く」
うん、知ってる。
あなたが意味も無くバニラの傍を離れるわけが無いよね。
「じゃあ、博士。先にトライデントアームの点検をお願いします。換装の方は戻ってきたら俺がやりますので」
「ああ、任せるぞ」
博士に仕事を押し付けたわけではない。
部品の擦り合わせの確認などの細かい作業は博士が担当し、ビークルのパーツ交換などの力仕事は俺が片付ける。
役割分担だ。
メリー乳業の羊が思い思いに草を食む牧草地に、オットーとウィリーの弟で三男のエリッヒは佇んでいた。
彼は兄たちと違いビークルにはあまり興味を示さず、牧場の仕事を積極的に手伝っている。
年齢からは想像もつかないほど礼儀正しく、言葉遣いもそつが無い。
エリッヒの振る舞いが男の子として健全な状態かはともかくとして、三人の母親がそれを喜んでいるのは確かだ。
「あ、グレイさん。いらっしゃいませ。ミルクですか?」
エリッヒはいつも通り丁寧に対応してくる。
相変わらず、エリッヒとは近所のおっさんと少年の間柄とは思えない堅苦しい商売の会話から始まるが、まあ俺が直接この子に頼むことといえば、搾りたてのミルクの調達くらいだ。
チーズはエリッヒたちの父親が管理しているし、羊を潰して肉を売ってもらうときも当然ながら年配組に声を掛ける。
「いや、今日は君に届け物があってね」
「届け物……僕に、ですか?」
「うん、これだよ」
エリッヒの前に進み出たバニラは、ピートに一通の手紙を渡した。
便箋の裏側を見ると、エリッヒにも差出人がわかったようだ。
「あ! ピートからだ!」
エリッヒは数少ない年の近い友人の手紙に、顔いっぱいに喜色を浮かべながら慌ただしい手つきで便箋を開く。
珍しく年相応の表情だ。
エリッヒは広げた手紙を一度斜めに速読し、二回ほど最初から読み返したようだ。
読み終えた手紙から顔を上げたエリッヒは、改めてバニラへ向き直った。
「お兄さん、あなたがピートから手紙を預かって来てくれたんですね?」
「うん、前にヒバリ田園地帯の農家に寄ることがあったからね」
「そうでしたか。本当にありがとうございます。離れた場所に住んでいるので、ピートとはこうして手紙をやり取りできる機会も少ないんです」
確かに、この世界には伝書鳩と鉄道郵便くらいしか手紙の輸送手段が無い。
エリッヒが正規のルートでピートに手紙を出そうとすると、ハッピーガーランド駅までの郵送料にプラスしてヒバリ田園地帯までビークル運送料が掛かることになる。
数年前までは、ここからネフロ駅までの運送料も必要だったはずだ。
まあ、ピジョン牧場駅が完成してからは、牧場からハッピーガーランドまで直通で鉄道郵便が使えるので、少しはマシになったかもしれないが、それでも子どもの小遣いでそう頻繁に遠くへ手紙など送れるものではない。
そのことに考えが及んだコニーは、遠慮がちにバニラへ声を掛けた。
「ねぇ、バニラ。私たちはもう少ししたらハッピーガーランドに行くでしょ。どうせなら、エリッヒのお返事も届けてあげてくれない?」
「そうだね。僕は一旦スームスームの方へ行かないといけないし。エリッヒ、ついでに君の手紙も運んであげるよ」
「う~ん、お返しには僕からも手紙を書くというのもいいんですけど……」
エリッヒは少し考えこんでから、閃いたとばかりの表情でバニラを見上げた。
「そうだ! どうせなら僕が作ったチーズをピートに送りたいです。お兄さん、また頼んで申し訳ないのですが、ピートの家まで届けてくれませんか?」
この少年、なかなかに遠慮が無いな。
まあ、原作通りではあるか。
ピートの手紙を渡したエリッヒから預かるのは、これまた大切なイベントアイテム『エリッヒのチーズ』だ。
お使いイベントは健在だな。
しかし、やはり現実ではゲームと同様には片付かない問題がある。
それは輸送の時間と経路の問題だ。
今ここでエリッヒのチーズを預かった場合、俺たちはそれを担いでガラガラ砂漠を渡らなければならない。
未だハッピーガーランドまでの鉄道は復旧していないのだ。
チーズが保存食とはいえ、この世界ではまともな密封などできないことには変わりなく、さすがに食い物をガラガラ砂漠を超えてさらにヒバリ田園地帯まで運ぶのは遠慮したいところだ。
運送のプロであるデルロッチ貿易のビークルをまた雇うことも考えたが、チーズ一つのために大騒ぎするのもな……。
この世界でも大切なイベントになる可能性が高いとはいえ、そこまで急ぐほどのことではない。
まあ、俺が先んじて博士に紙飛行機を見せて揚力について説明しても進展がなかったことから、紙トンビに対して懐疑的なのもあるが……。
「エリッヒ、さすがに今チーズを預かるのは無理だ。俺たちはビークルバトルトーナメントに合わせてハッピーガーランドへ戻る予定だからな。すぐにヒバリ田園地帯へ向かうことはできない」
「そうですか……」
「ただ、もうすぐペンシル鉄道が復旧すると思う。恐らくトーナメント後になるだろうが、その時なら鉄道便で荷物を送れるはず……」
「わかりました! じゃあ、早速準備してきます」
エリッヒは最後まで聞かずに家の方へと走り去っていった。
「あの……グレイ」
「ん? どうした?」
後ろから遠慮がちに掛けられた声に振り返ると、頭に疑問符を浮かべたバニラの顔が目に入った。
「ビークルバトルトーナメント、って?」
「ああ、毎年開催される大規模なビークルバトルのイベントだ。全国から集めた8人のビークル乗りをトーナメント形式でぶつけ、勝った奴が前年度チャンピオンと対決する。まあ、距離の関係上、集まる奴はほとんどがこの地方のビークル乗りだが……。それよりも特筆すべきは、現ランクだけでなく最近の活躍や知名度にも重点を置いて出場者を選んでいる点だな。だから、新進気鋭のDランクやCランクが上位に行く可能性も大いにあり得る。トーナメントチャンピオンにはSランクのさらに上のKランクが授与されるから、一攫千金も夢じゃない。因みに、今年は俺も出場する予定だ」
「うわぁ、それは凄いね……」
バニラは完全に他人事のような反応だが、そうは問屋が卸さない。
「多分、君も出れるぞ。っていうか、空きが無くても俺とフェンネルが推薦すれば捻じ込める」
「え?」
「言ってなかったか? 君の出場は決定事項だ」
「聞いてないよ!」
バニラは大声を出して慌てているが、まあ彼が出場するのは恐らく確定した運命だ。
俺は不安そうに顔面を蒼白にするバニラを尻目に、悠々と工房に戻っていった。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。