steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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75話 ナツメッグ邸にご招待

 

 翌日、ミームー村の船大工マルガリータを我が家へ招待することに決まり、俺とバニラとコニーの一行は、一名の同行者を増やしてピジョン牧場へ向かうこととなった。

 俺の【ジャガーノート】とバニラの【カモミール・タイプⅡ】に続き、マルガリータの【クラフトマンシップ】が汽車の貨物車に積み込まれる。

 ここまで来て離れた席に座るのも変なので、俺たちはまた同じコンパートメントに腰を下ろした。

 バニラとコニーも昨日の段階でマルガリータと会っているので、既に初対面のぎこちない感じは無い。

「ええ!? そうなの!? あの村の船、全部マルガリータが造ったんだ。結構な数があったと思うけど……」

「うん、何年か前は死んだ父さんのものもあったけど、それも二年前の巨大魚の件で全滅。現役の船はほとんどがあたしのお手製だよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ、私たちが昨日ご馳走になった魚も、マルガリータの船で獲ったものなんだね」

「そうなるかな。まあ、実際に漁に出るのはマッカートニーとかの男衆だけどね」

 特にコニーはすっかり打ち解けて、マルガリータと仲良く話している。

「でも、凄いなぁ。女の人で船大工、しかもビークルの整備もお手のものなんでしょ? 格好良いよねぇ……憧れちゃう」

「いや……それを言うなら、コニーの方こそ人気の歌手なんだから、世の女性の憧れの的でしょ。あたしみたいなガサツな女と違って、その……可愛いし……」

「ええ~!? そんなことないよぉ。マルガリータこそ美人じゃない。スタイルだっていいし、セイボリーにも負けてないよ」

「な、何言ってんのさ!?」

 さすがにあの女子トークには入れないな。

 肩身の狭い俺とバニラは、おとなしく野郎どもだけで話すことにした。

「バニラ、この後はどうするんだ?」

「一度、ネフロに戻るよ。コニーのお母さんとお隣さんにお土産を持って行くから」

 今回のミームー村への旅行で、バニラとコニーは山羊のチーズを買っていた。

 俺のおすすめのペコリーノ・サルドに似たチーズだ。

 比較的、塩気が薄いので、ローズマリーの体調でも余程大量に摂取しなければ大丈夫だろう。

 チーズ自体は消化がいいので、病人にも向いている。

「もう特に急ぐような用事も無いし、また少しネフロでのんびりするよ。コニーもその方がいいだろうから」

「わかった。出発前の集合はコニーの家の近くでな。君はジンジャーの所で過ごすのか?」

「そのつもりだよ。……はぁ、ビークルバトルトーナメントか……。ジンジャーにも相談しないと……」

 バニラはハッピーガーランドに到着した後のことを思い出して、またナーバスになってしまった。

 まあ、ジンジャーのアジトで過ごすのなら、彼もバニラに何かしらの配慮はしてくれるだろう。

 そういえば、俺は帰ってきてからまだジンジャーに会っていないな。

 一度くらい顔を出さないと。

 

 

 俺はネフロ方面のワグテール渓谷の入口でバニラとコニーを見送り、マルガリータを連れて自宅に向かった。

 マルガリータの運転する【クラフトマンシップ】と連れ立って、俺は【ジャガーノート】を丘の上へ進める。

 そして、いざ家まで来てみれば、工房の前には怪訝な表情をするナツメッグ博士が居た。

「……ミームー村から若い娘を攫ってきたのか?」

「何でそうなるんすか!?」

 縛り上げて俺の【ジャガーノート】に括りつけているならまだしも、マルガリータは自分のビークルのコクピットだ。

 冗談にしてもひでぇものだ。

「マルガリータにはここの設備を使って【ジャガーノート】を見てもらいたいと思いましてね」

「ほう?」

 俺はドヤ顔でナツメッグ博士に説明する。

「昨日、ミームー村で軽く【ジャガーノート】のエンジンを見てもらったのですが、彼女が僅かなバリを発見して取り除いてくれましてね。駆動にそれほど影響のあるものではなかったのですが、エンジン音は明らかに違います。博士の言った通りでした。マルガリータは間違いなく超一流の整備士です」

「ちょっと! 持ち上げすぎだよ……」

 俺のシャツを指で摘まんで引っ張るマルガリータを横目で見ると、赤面しながら俯いていた。

 ふむ……このアングル、いと素晴らしきかな。

 気の強そうな大柄な美人が照れる姿は、いくら見ても飽きない。

「ただ、ミームー村の設備は貧弱ですからね。まあ、今まで車の一台すら無く木造船しか造ってなかった村で、あれだけビークルの整備ができる時点で大したものだとは思いますが……。せっかく一流の技術者に会えたことですし、もう少しいい環境で細かい整備をしてもらえたらと思って、ここまで連れてきたんです。幸い、本人も乗り気ですしね」

 ナツメッグ博士は俺の言葉を聞いてしばらく考え込んだ後、顔を上げてマルガリータに笑顔を向けた。

 初対面だと分かりにくいが、口角が上がっているので間違いない

「よかろう。ちょうど、わしの研究も一段落しておる。ついでにマルガリータにはもっと色々と教えてやろうかの。先日の簡単な講座だけでは、ビークルに関して余さず伝授したとは言い難いからな」

「え!? いいんですか!?」

 マルガリータは食い気味に反応した。

 まあ、確かにナツメッグ博士の教えを直接受けられるということは、このネットの無い時代においては相当に贅沢な勉強だからな。

「ああ、もちろんじゃ。今後はミームー村でもビークルを整備する機会が増えるじゃろう。何より、お前さんには生来の器用さと丁寧さがある。グレイと違ってな。埋もれさせるには惜しい才能じゃ」

 悪かったな。

 どうせ、俺は整備士としては並以下ですよ。

 楽器や銃の扱いには不自由しないので、俺が特別に不器用というわけでもないだろうが、やはりエンジンルームの配線を弄るような細かい作業は苦手だ。

 対象が【ジャガーノート】ならある程度の修理もチェーンガンの手入れも問題ないが、他のビークルだと応急修理が精一杯だ。

 そういう意味では、俺に工作系の才能はあまり無いのだろうな。

 少なくとも、天才クラスのマルガリータやナツメッグ博士には遠く及ばない。

「教材はまず鹵獲品のビークル、次に【ジャガーノート】じゃ。一応、わしも後ろで見ておくが、まずは好きにエンジンを調整してみなさい」

「はい!」

 当然のように、俺が分捕ってきた盗賊ビークルのへそくりパーツは、湯水のように使い倒される。

 まあ、貴重な品でもないし、いいんだけどさ……。

「グレイ、お前さんはここでは役立たずじゃ。飯でも作っとれ」

「へいへい。それじゃ、マルガリータ。【ジャガーノート】をよろしく頼むよ。君に任せれば安心だ。バリを見逃す博士よりもな」

「さ、最善を尽くすよ」

「ふん! お前さんもあと数年して老眼になればわかるわい」

 俺はナツメッグ博士の嫌味を軽く流して踵を返し、早速キッチンへ向かった。

 

 

「……とは言ったものの、まだ夕食の準備には早いよな」

 既に昼は回っているがまだ日は高い。

 ナツメッグ博士とマルガリータがどれだけ工房に籠るかは知らないが、今からガチャガチャとやるからには、二人が腹を空かして出てきた頃には晩飯の時間帯だ。

 俺はそれまで特に用事も無いので、数時間は暇になるわけだが……。

「しゃーない。色々と作るか」

 昨日はミームー村に行ってしまい、一昨日は簡単にステーキを焼いただけで済ませたので、今日は少し時間を掛けてでも手の込んだ料理を作ることにしよう。

 それに、今日は客(マルガリータ)も居る。

 伝統あるナツメッグ邸のシェフ長として、俺はお客様を満足させられる料理を提供しなければならない。

「牛肉は半分以上余っているな」

 普通なら、この時代背景の世界で生肉など何日も置いておけるものではないが、我がナツメッグ邸には冷蔵庫がある。

 二十世紀版の三種の神器に数えられた家電製品だ。

 おかげで慌てて買い物に行かなくても、こうして客をもてなす料理の材料を確保しておける。

 だが、今の食料事情は完璧とは言い難い。

「チーズと加工肉、瓶詰は在庫がどっさり。卵は昨日買った。香辛料と調味料は変わらず。ハーブは日持ちのする乾燥粉末のストックだけ。果物と生野菜は俺が居ない間も補充済み。根菜類は……お裾分けがあるな」

 一昨日、牛肉を買ったときに他の食材も少し補充すればよかったな。

 冷蔵庫があるとはいえ、今回は一か月ほど家を空けたので、博士一人で調理できない食材は基本的に残っていない。

 だが、昨日のうちに卵を近くの農家から補充したので、俺が帰ってきたことを知ったピジョン牧場の連中が、ついでに野菜類を分けてくれた。

 状況は多少マシと言える。

「……ま、やってやれないことは無いか」

 俺は早速、夕食の準備に取り掛かった。

 

 

 まずは手間というか時間が掛かる煮込み料理から……と行きたいところだが、肉を切らないことには何も進められない。

 俺は残りの一キロ余りの牛肉を前にしばし考え込んだが、大体の大きさの配分を確認すると包丁を握る。

 一昨日のステーキよりは薄めの厚切りが三枚、残りは全て一口大に牛肉を切り分けた。

 厚切りの切れには軽く塩コショウして味を馴染ませておく。

「さて、始めるとするかな」

 早速、細かい切れの牛肉をフライパンでざっと炒める。

 全体的に肉の周りから赤みが無くなったら、取り出して鍋の方に投入した。

 さらに、少し大きめにカットした人参と玉ねぎも鍋に入れ、水を満たして火にかける。

 ここまでは日本に居た頃に何度も繰り返した手順だ。

 当時の俺が使っていた肉は、こんな良質なブロック肉をカットしたものではなく、特売の切り落としか豚肉だったが……。

 何はともあれ、勘のいい人ならもうお気づきだろう。

 俺が作っているのは日本人の国民食カレーだ。

 日本では、レトルトや市販のルーという偉大な発明により、カレーライスは身近でリーズナブルな料理という印象が強いが、この世界ではそこまで普及している家庭料理ではない。

 かなり辛めの本格的なスープカレーっぽい料理は、レイブン砦周辺などの砂漠地帯では普通にあるけどな。

 少なくとも、今ならまだ俺のビーフカレーはおもてなし料理として通用するのだ。

「よし、次だ」

 今度はフライパンに玉ねぎを投入した。

 そのまま時間をかけて飴色になるまでじっくりと火を通し、これも炒めておいたバターと薄力粉に合わせる。

 続けざまの作業でなかなかに面倒だが、市販のルーが無い以上は仕方ない。

 これが手作りカレールーのベースとなるのだ。

 次は、バターのコクとじっくり炒めた玉ねぎの甘味が合わさったルーのベースに、あらかじめ作っておいたカレーパウダーを投入する。

 レイブン砦から仕入れた香辛料で、既にカレー粉は完成させている。

「お、いい感じだ」

 トロミのあるカレールーがほぼ出来上がると、懐かしい食欲をそそる香りがキッチン全体に広がり、暴力的な香りが俺の鼻腔をくすぐった。

 この香りは凶悪だ。

 恐らく、すぐに工房の方まで届く。

 もしかしたら、博士とマルガリータも匂いにやられて、早めに切り上げてくるかもしれない。

「少し、急ぐか」

 鍋に浮いてきた灰汁を掬い取った俺は、手早くカレールーを流し込み、次の料理の準備へと移った。

 大振りに切った方の牛肉は、既に塩味が馴染みコショウによって臭みが抑えられている。

 急いで小麦粉と卵とパン粉を用意し、深めのフライパンに油をたっぷりと注いで火にかけた。

 そして、どうにか工房の二人が出てくるまでに、ビーフカツの方も完成した。

 

 

「グレイ! まったく、貴様という奴は……」

「いい匂い……」

 ナツメッグ博士はいつも通りの夕食の時間にマルガリータを連れてダイニングへやって来た。

 まあ、あのカレーの芳香に中てられて、よく我慢した方ではないかね。

 博士は忌々し気に文句を言っているが、あのまま作業に熱中させていたら、一時間単位で夕食を摂るのが遅れていてもおかしくなかった。

 飯が冷めるのを防いでやったのだから、むしろ感謝してもらいたい。

 マルガリータの視線はもう料理に釘付けだ。

 俺は急いでサラダをテーブルに並べ、二人を椅子へ促した。

「ほら、早く席について召し上がれ。今日はお客様が居るので、豪華に牛肉祭りですよ」

 残り物の処分とか言ってはいけない。

 新鮮な牛肉は、少なくとも鶏や羊より高価で、うちの食料事情だと猪や鹿よりも貴重なのだ。

「ふむ、コートレットに……砂漠の香辛料を使ったスープか。なかなか美味い。香辛料の組み合わせの完成度が異様に高いの……」

 ナツメッグ博士もパンに浸けたカレーを口に入れると、すぐに機嫌を直して料理に集中した。

 即座にカレーのスパイスの使い方のレベルが高いことに気付く辺り、博士も大分グルメになってきている。

 もう乾きものばかりの生活には戻れないだろうな。

 そして、マルガリータはといえば……。

「美味しい……」

 どうやら、かなり気に入ってくれたようだ。

 しばらくの間、マルガリータは食欲をそそる香りの元であるカレーを味わっていたが、やがてナイフとフォークを手に取ってビーフカツの方も口に入れた。

「っ! 何これ!? 濃厚で、でもベチャっとしてなくてサクサクで……凄く美味しい!」

 そうか……。

 ミームー村も大分豊かになったとはいえ、少し前まではトロットビークルの情報すら入らないような僻地の貧乏集落だったのだ。

 魚のムニエルくらいはあったとしても、植物油を大量に使う揚げ物など縁の無い代物だったことだろう。

 パン粉を使って衣を作る調理法も向こうには無さそうだ。

 最近はトリュフの輸出などでミームー村の財政は潤っているが、それでも異質の文化が浸透するのには時間が掛かる。

「気に入ったかい? そいつは卵とパン粉を使った揚げ物だよ」

「へぇ、そうなんだ……。不思議だね、パンが肉みたいな味になるなんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい?」

 マルガリータは何やら信じられないことを言い放った。

 パンが、肉の味?

 ビーフカツ全体がパンで出来ていると思ったのか?

「ぁ……ち、違う! これだね! この周りのサクサクがパン!」

「正解……」

「わかるから! パンで包んで……えと……油で焼いて……」

 慌ててビーフカツの断面を確認したマルガリータは、取り繕うように調理法を予想し始めたが……まあ、パンで包むとか油で焼くとか言っている時点でお察しだ。

 味音痴というわけではないようだが、彼女が料理のりの字も知らないことは明らかになったな。

「なるほど……マルガリータは器用だが料理は苦手、と」

「に、苦手なわけじゃない! 普段やらないだけで……」

 はい、出ました。

 メシマズ系女子がよく言うセリフですね。

「ふむ、コニーも昔そのようなことを言っておったな」

「ああ、そういえばそんな設定も……」

 公式設定だな。

 奇しくも、コニーの件も揚げ物絡みだ。

 初期のコニーは『煮る』と『焼く』しか調理スキルを所持しておらず、料理本を渡すと『揚げる』スキルを習得するという、何とも皮肉なシステムだった。

 マルガリータにも料理本をプレゼントした方がいいか?

 まあ、彼女には工作と整備の腕があるから、別にいいのではないかね。

 博士の不用意な一言が追い打ちとなって、さらにヒートアップしているが。

「あ、あたしだって! やろうと思えば料理くらい……」

「うん、大丈夫だよ。うちに来れば飯くらい食わせてあげるから」

「だ、だから!」

「カレーはまだあるよ。おかわり要る?」

「うぅ……要る」

 うん、赤面する美人というのはいいものだ。

 それにしても、今日はマルガリータの少し意外な一面が見えた一日だった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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