steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

76 / 168
76話 マルガリータの居る日常

 翌日、俺の姿はまたしてもナツメッグ邸の厨房にあった。

 コンロもオーブンもフル稼働で、俺は先ほど完成して粗熱を取ったトマトソースを瓶に詰めている。

 もう少しすれば、また俺はハッピーガーランドへ向かうことになるので、その前に家事を片付けなければならないのだ。

 洗濯と掃除はぼちぼち済ませているが、特に重要なのは料理である。

 今日の三食だけでなく、消費された分の保存食なども同時並行で作っておき補充しておく必要がある。

 さすがに燻製やソーセージを作っているほどの暇は無いので、瓶詰や焼き菓子のストックしか手を付けていないが、まあ次はそれほど長くは掛からないだろう。

 うちの保存食が尽きるくらいの期間、俺が留守にしなければならない場合は……残念ながら、博士にはまたハードチーズと市販の干し肉の生活に戻ってもらうことになるな。

 それに、何だかんだ言って、留守にする期間のストックよりも、俺が居る間に出す作り立ての料理の方が重要だ。

 ナツメッグ博士だけでなく、今のうちにはマルガリータも来ているからな。

 今日も数時間前には家の前に彼女の【クラフトマンシップ】が停まる音がした。

 俺への挨拶もそこそこに、マルガリータは工房の方へ向かい、博士と何やら作業をしている。

 俺の【ジャガーノート】が魔改造されているのか、それとも妙な発明品を作っているのか……。

 少なくとも、日々【ジャガーノート】のメンテナンスというか改良が進んでいるのは確実だ。

 それに関しては本当にありがたいと思っている。

 

 

 俺の保存食作りも一段落して、オーブンの様子を眺めながら一息入れていたところで、マルガリータとナツメッグ博士は工房から出てきた。

 そろそろおやつの時間かな。

 当然、準備はしてある。

 俺はテーブルに置いてあった皿から虫よけの蓋を外し、冷蔵庫から冷やした紅茶を出してコップに注いだ。

 そろそろ暑くなってきたので、飲み物は冷たい方がいいだろう。

「お疲れ様です、二人とも。お茶の用意が出来ていますよ」

「うむ、すぐ行く。マルガリータは先に食べてなさい」

「はい!」

 マルガリータはうきうきとした足取りでやって来た。

 アイスティーのコップを置いた席へ促し、大皿の中身を彼女の皿に取り分けて渡す。

 ご機嫌なマルガリータはキラキラした目で皿を覗き込んでいる。

「うわぁ! これも美味しそうだね」

「クロワッサンザマンドでございます。お嬢様のお口に合えばよろしいのですが」

「あはは! お嬢様って何さ」

 余り物とか言うなよ。

 良質なバターと厳選した薄力粉で伸ばしてリキュールを加えたアーモンドプードル、これをたっぷりと塗って焼いたクロワッサンに、おまけでカスタードクリームも注入してある。

 まあ、専門店のアマンドクロワッサンなら、カスタードなどかえってアーモンドの風味の邪魔になるかもしれないが、俺のような素人が手作りするとなればこんなものだ。

 それなりに食える程度には仕上がったと思うが……マルガリータの表情を見る限り問題は無さそうだな。

 大きめに切り分けたアマンドクロワッサンを次々と口に運び、幸せそうな顔で頬張っている。

「んん! 甘くてバターの香りがふわっと鼻に……こんなに美味しいお菓子、食べたこと無いよ」

「そうか、気に入ってくれたか」

「うん! これなら毎日でも……」

 さすがに毎日はカロリーオーバーかな?

 いや、マルガリータは動くから大丈夫か。

 整備士の仕事は長時間やるとなると結構な重労働だ。

 むしろ、移動も何も全てビークルに頼っている俺の方がヤバいか。

 ……射撃訓練のついでに、筋トレの強度も上げるかな。

「あんたって凄いんだね。一流のビークル乗りで、楽器も演奏できて、料理も上手なんて……本当、何でもできちゃうじゃない」

「いやいや、何でもは無理さ。現に、ビークルの整備や工作技術に関しては、君の足元にも及ばない」

 事実、ナツメッグ博士からそう言われてますからね。

「だから、俺に無いものを持っている君のことは尊敬している。来てくれて本当に助かっているよ」

「そ、そう?」

 少し照れ臭そうだが、マルガリータは満更でもない表情だ。

 別にお世辞というわけではない。

 実際に、彼女が来てから【ジャガーノート】のメンテナンスが捗っているのだ。

 ビークルの基礎知識に関しては未だに俺より一歩劣るというのに、感覚で駆動部の手入れをしてしまうのだから恐れ入る。

 

 

「ところで、ここの設備にはもう慣れたか? 使えそうかな?」

「うん、もちろん。最高だよ、ここの工房は。ミームー村の作業場とは比較にならないね。整備場全体がトロットビークルの整備に最適な形で設計されてる。一人でもビークルの全ての箇所をメンテナンスできるように、アームやクレーンなんかの機材はもちろん、人間が立つ場所まで考えられてるんだ。本当に天才だよ。あれを作ったナツメッグ先生は」

 ほう、俺はそこまで見てなかったな。

 さすがに本職の整備士は着眼点が違う。

「それにビークルのパーツや素材も大量にあるし……あ、そういえば、あの資材はあんたが盗賊から分捕ってきたって聞いたけど?」

「ああ、ほとんどはそうだな。傷が少ない状態で鹵獲できたビークルと、本拠地を襲撃して奪った整備用の物資が多い」

 懐かしいな。

 最初は盗賊団のボスのビークルを奪ってアジトの奴らを殲滅し、鹵獲したビークルを連結させて引っ張ってきたのだ。

 あれ以来、俺は何度か近隣の盗賊を始末して物資を奪った。

 ピジョン牧場周辺の治安もよくなるし、なかなか割のいい商売だった。

 しかし、マルガリータの表情が妙に曇っているのが気になる。

 目の前にはまだアマンドクロワッサンが残っているのに、彼女の手も止まっている。

「どうした?」

「ううん……ただ、ちょっと危ないかなって……」

 そういえば、マルガリータの居たミームー村の周辺に盗賊団は居ない。

 まあ、地理状況を考えれば当然か。

 鉄道の話が出る前のミームー村は、本当に物好きな商人が山を越えて来るくらいだと言っていた。

 俺たちビークル乗りは盗賊と戦闘になることなど珍しくも無いが、荒事に縁の無い一般人にとっては恐ろしい話だろう。

 コニーも長年ネフロに住んでいたはずだが、最近までキラーエレファント団を直接見たことは無かったそうだからな。

「そうだな。実際に盗賊と戦闘になれば、こちらが命を落とす可能性もある。ただ、やはり盗賊討伐は必要でね。牧場の安全を守るためには、俺や戦える人間がちょくちょく見回るしかないし、その気が無くても盗賊と遭遇したら倒さなければならない」

「…………」

 マルガリータの表情はさらに沈んでしまった。

 あれ、これは……ひょっとして俺のこと心配してる?

「……まあ、今後はほどほどにしておくさ。元々、資材の略奪が目的というより、ピジョン牧場周辺の治安維持が目的だったんだ」

「そう……」

「ああ、それに美女が心配してくれるとあっては、無茶はできないからな」

「ほぇ!?」

 少し軽口を叩いてみただけだったが、マルガリータは真っ赤になってしまった。

「美女って……あ、あたしぃ!?」

「他に誰が居るよ?」

 声が裏返り、喘息の発作を起こしたように言葉を詰まらせるマルガリータ。

 あれ、さすがに反応が激しすぎるな。

「バ、どど、どうかしてるんじゃないの!? あたしなんて……ガサツで、デカくて、ゴツゴツしてて……。コニーなんかと比べたら全然……。それに……(料理もできないし)」

 ようやく絞り出したマルガリータの声は、普段のサバッとした佇まいからも、口いっぱいに料理を頬張って幸せそうな表情をする姿からも、想像がつかないものだった。

 これはこれで可愛いが……ちょっと失敗したな。

 村のアイドル的な人物なら、このくらいのセリフは聞き飽きていると思ったのだが……。

 思ったより初心というか、免疫が無いようだ。

「あ~、その……」

「グレイ、この改良型の内燃機関なんじゃが……む! お前さん、マルガリータに何をした?」

 タイミングの悪いことに、マルガリータが言葉を失って沸騰しているまさにその時、ナツメッグ博士がダイニングに入ってきてしまった。

 蔑みと呆れの表情で俺を見据える博士への言い訳はなかなかに苦労した。

 

 

 マルガリータが回復するまでに少し時間が掛かったが、夕食のラムのローストが焼き上がると、彼女も意識を料理の方へ集中させた。

 メリー乳業に潰してもらった上質なラムチョップに下味をつけてオーブンで焼き、ワインとバルサミコにミツバチ園のハチミツを加えたソースを添えたものだ。

 難しい技術が必要な調理法でもなければ、ソースもそれほど複雑なものじゃない。

 素材も良いので、不味いわけがない。

 当然、博士にもお客様にも満足していただけましたとも。

 そして、夕食を食べ終えたマルガリータは、そろそろお暇すると言って、表に停めてある【クラフトマンシップ】へと向かった。

 今日は少し話し込んでしまったので、日は完全に落ちている。

 話の内容は、つい先日に目処が立った、ビークルのエンジンの出力を改良するシステムについてだ。

 普段から博士がコツコツと研究を続けている案件で、現行の汎用ビークルのエンジンの稼働をパワーアップする代物だ。

 もちろん、劇的な大発見などではないので、俺の【ジャガーノート】のエンジンと比べれば、その性能の上げ幅など誤差のようなものだ。

 ただ、この機関の設計図に関しては、一つ面倒事が存在する。

 ノーマルルートでは話題に上ることすら無いが、この設計図はブラッディマンティスに狙われる。

 ブラッディマンティスルートに進んだ場合、プレイヤーが設計図を盗み出すことになるのだ。

 現実では、たとえバニラがノーマルルートに進んだとしても、誰か他のブラッディマンティスの構成員が盗みに来る可能性がある。

 マルガリータの手前、あまり詳しく脅威に関してベラベラ喋りはしなかったが、とりあえずそれとなく盗人のことを伝えて、強盗への対策を強化することで話はまとまった。

「もう遅いけど、駅までで大丈夫なのか?」

「へーきへーき。ここまで来れば、あとは汽車に乗って帰るだけだから。村の駅から家までで事故ったりしないよ」

 そうして、俺はいつも通りマルガリータをピジョン牧場駅まで送る。

 彼女の【クラフトマンシップ】と並んで、【ジャガーノート】をゆっくりと歩かせた。

 駆動部の調子がどんどん良くなっている。

 これもマルガリータにビークルを見てもらってからだ。

 やはり、彼女をうちへ招いて正解だったな。

 そんなことを考えていると、もう駅に着いてしまった。

「それじゃあ、気を付けて。これからは、遅くなった日くらい、うちに泊まっても構わないから」

「なっ……」

 マルガリータはまたしても顔を真っ赤にして茹で上がってしまった。

「あ、あんた! いきなり何言ってるの!?」

 今回のはさらにリアクションが激しい。

 わたわたと振り払うような動作をして、自分の体を庇うように……あ、なるほど……。

 そういう意味で受け取ったのか。

「いや、その……」

「ま、まだ早いよ!」

「す、すまん!」

 反射的に謝ってしまったが、別にうちに連れ込んでどうこうするとか、そういう意図で言ったわけじゃないんだけどな……。

 ナツメッグ邸には空き部屋がある。

 増築する前は、俺もそちらの部屋を一つ借りて住んでいたのだ。

 予備のシーツは洗濯してあるので、空き部屋を臨時の客間として、彼女を泊めることはできるという話だったのだが……。

 まあ、誤解を招くような言い方をしてしまったのは事実だ。

 しかし、「無理」とか「嫌」じゃなくて「まだ早い」ってのは……。

「その……そういうのは、もう少し、お互いのことをよく知ってから……」

「え……」

「っ! 何でもない! じゃあね!」

 マルガリータは逃げるようにホームへ走り去ってしまった。

 俺はポツンと残され、彼女の姿を見送るしかなかった。

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。