steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
マルガリータがうちに出入りするようになって数日。
先日はあんなこともあったが、次の日には彼女は特に気にした様子も無くうちの工房を訪れた。
マルガリータは午前中に工房へやって来て、ナツメッグ博士にビークルや工学を教わり、俺の【ジャガーノート】やビークルパーツを弄り、一緒に食事をして帰ってゆく。
これもいつも通りだ。
偶に目が合うと慌てて視線を逸らされるが、まあ俺が変なことを言ってしまった結果なので仕方ないか……。
さて、ナツメッグ邸の食卓にも彼女の姿は大分馴染んできた頃だが……残念ながら、俺はもう発たなければならない。
そろそろビークルバトルトーナメントが始まる。
バニラたちと約束した出発の日は今日だ。
「じゃあ、そろそろ俺は行きますので」
真っ先に朝食を終えた俺は、博士とマルガリータに声を掛けて席を立つ。
ブルーベリージャムを乗せたリコッタチーズを味わっていたマルガリータは、一瞬だけ動きを止めたが、ふいっと顔を逸らして食事を再開した。
「そう……」
「すまないな。もう少し【ジャガーノート】を見てもらいたいのはやまやまだが、今年はビークルバトルトーナメントに出ないといけないのでね」
「…………」
ん? そんなに【ジャガーノート】に触れないのが残念か?
まあ、俺としてもマルガリータに整備をしてもらうようになってから、エンジンの調子がめちゃくちゃいいので、可能ならば付いてきてもらいたいが……。
しかし、俺の用事はビークルバトルトーナメントだけでは終わらない。
原作と同じ進み方なら、その後にウズラ山トンネルへ盗賊討伐に行き、スームスームまでジュニパーベリー号の渡航許可証を届けなければならない。
さすがに出会ったばかりの若い女性を、ガラガラ砂漠を渡ってスームスームまで連れ回すのは……。
それに、【ジャガーノート】が無くても、うちの工房には俺が鹵獲した盗賊ビークルとパーツが山積みだ。
当然のように、ナツメッグ博士は勝手に使い、マルガリータもそれに従う。
まあ、他に用途も無いし、いいんだけどさ……。
何はともあれ、二人が何やら怪しげな研究を続けるにしても、資材には事欠かないだろう。
【ジャガーノート】の不在はそんなに落ち込むほどのことではないと思うけどな……。
「(こやつは……)まあ、何じゃ。また砂漠行きとは大変じゃな。お前さんもコニーとバニラも」
「そうですね……。でも、それに関しては仕方ないですよ。トンネルの開通までトーナメントを延期することは無理ですし、キャプテン・シブレットが首を長くして渡航許可証の到着を待っています」
ゲームではスキトール湖からイワツバメの滝を飛び降りてハッピーガーランドへ向かうことも可能だが、現実でビークルに乗って滝壺に飛び込むなど正気の沙汰ではない。
そろそろ本格的に暑くなってきた時期なので、度々の砂漠行きはご勘弁願いたいところだが……仕方ないな。
他にルートがあるわけでもなし。
「じゃ、博士。食糧庫は前と同じように手配しておきましたので、適当に食べ繋いでください(あと、研究室の例の設計図には注意を)」
「うむ、気を付けるんじゃぞ」
設計図とは、先日も話したが、ブラッディマンティスルートの任務で盗み出すことになる新型機関のあれだ。
バニラがノーマルルートに進んだ場合、この話はまったく出てこないが、その場合は別のブラッディマンティス構成員が盗みに来ることもあり得る。
警戒は促しておいた方がいいだろう。
念のため、実験工房の機動戦闘モードのメンテナンスも済ませてもらっている。
そして、俺は踵を返して工房に停めてある【ジャガーノート】のもとへ向かい……向かおうとした。
「ねぇ……」
後ろから掛けられたマルガリータの声に振り向く。
やけに鋭く底冷えのする声だ。
あれ、デジャヴ……。
「シブレットって誰さ?」
何故か、マルガリータへの釈明でかなりの時間を食ってしまった。
出発直前に消耗したな……。
ピジョン牧場を出て一旦ネフロへやって来た俺は、久しぶりに駅近くの地下道へ赴いた。
原作より複雑な通路を進み、奥まった場所にある元は資材置き場と思わしきスペースまで辿り着いた。
元トーナメントチャンピオン・ジンジャーのアジトで、ネフロにおけるバニラのねぐらだ。
何だかんだで、今は下手な宿より快適な空間になっているので、バニラもここで生活を続けているようだ。
「ジンジャー、居ますか?」
「む、グレイか? こっちだ」
ジンジャーは居住空間よりさらに奥の方で、愛機【ブラックオデッセイ】の整備をしていた。
【ブラックオデッセイ】には真新しい傷跡がいくつか増えている。
「どうも、ご無沙汰です。バニラは?」
「ついさっき出たぞ」
バニラは留守だった。
どうやら、俺と合流する前にコニーを迎えに行ったようだ。
まあ、俺が出るのが遅かったからな。
マルガリータのせいで。
「いよいよか……」
「ええ」
ジンジャーが言うのは、当然ビークルバトルトーナメントのことだ。
はっきり言って、俺はストーリーの先を知っているので、このイベントが本当の最終決戦にならないことは知っているが、ジンジャーにとっては違う。
ジンジャー自身が王者として君臨し、地位を譲ることとなったビークルバトルトーナメント。
この大会でエルダーに勝つことに、ジンジャーは俺やバニラとは比べ物にならないほどの意味を見出していることだろう。
「君もバニラも、今や私を優に超える強さを身に着けている。どちらがエルダーと戦うことになったとしても、勝てる見込みは十分にあるはずだ」
ジンジャーはこのトーナメント直前でバニラのトレーニングに付き合わされたらしい。
あの【ブラックオデッセイ】につけられた傷はそれが原因か。
「君はさらに先を見据えているようだが、今年のトーナメントでエルダーを倒せば、それがターニングポイントとなることは間違いないだろう」
「そうですね。少なくとも、奴がチャンピオンから陥落することには、大きな意味があるでしょう」
ダンディリオンはエルダーとしてビークルバトルトーナメントチャンピオンに君臨することで、ブラッディマンティスを運営し力を蓄えていた。
エルダーとしての知名度と地位を活用し、あらゆる人脈やスポンサーとなる企業と繋がりを持ち、資金や資材を調達していたのだ。
その結果が、原作の描写にもあった、あの小国に匹敵する軍事力と、大国にすら大打撃を与えられる兵器を開発する組織基盤だ。
少なくとも、飛行ビークルを開発して飛行船『グランドフィナーレ』に対処することができなければ、この国は一方的に高高度爆撃を受けて焼き尽くされることになる。
俺がこの世界に転移してハッピーガーランドで活動する基盤を手に入れた時点で、ブラッディマンティスは既に俺や警察の情報網の外に居た。
絡め手は通用しない。
悲劇的な結末を回避するためには、エルダーの悪事を明るみに出し、『グランドフィナーレ』を叩き落として、正面からブラッディマンティスを潰すしかない。
その第一歩として、エルダーをチャンピオンの座から引きずり下ろすのだ。
「ジンジャー、トーナメントが終わって、スームスームでの野暮用が済んだらまた顔を出します」
「ああ」
「それで……俺は砂漠を渡ってハッピーガーランドへ行き、スームスームにも寄るわけですから、またしばらくの間ピジョン牧場を留守にすることになります」
「…………」
回りくどい言い方になってしまった俺を、ジンジャーは黙って見つめて続きを促した。
「申し訳ないのですが……その間、メリー乳業とナツメッグ博士の周辺を少し警戒していただけませんか?」
「……エルダーに狙われているのか?」
「ええ、ブラッディマンティスの奴らが盗みに入る可能性があります」
ブラッディマンティスルートの場合、プレイヤーがこの任務をこなすことになる。
メリー乳業から羊をかっぱらい、ナツメッグ邸から最新の高出力内燃機関の設計図を盗み出す。
正直、どちらもレベルが低い犯罪だ。
羊泥棒に関しては言うまでもなく、設計図の方も博士の研究の進捗のまとめみたいなもので、それほど劇的な発見があるわけではない。
「奴の……エルダーの指示か?」
「いえ、恐らく現場単位の事情でしょう。メリー乳業の方はやっていること自体がただのコソ泥ですし、ナツメッグ博士の方も狙われているのは少し効率を上げた内燃機関の設計図です。そこまで軍事的な意図は無いと思われます」
所詮はちょっと改良したビークルのエンジン。
【ジャガーノート】のエンジンに遥かに及ばないパーツの情報で、ブラッディマンティスの戦力が大きく上昇するわけではない。
それよりも注意しなければならないのは、砂漠の決戦で使われる陸上戦艦『エビルタローン』と飛行船『グランドフィナーレ』だ。
この二つは別格である。
とはいえ、ブラッディマンティスのコソ泥を放置して好き勝手させては、ナツメッグ博士が危険に晒されることになる。
一応、博士には研究室の設計図を狙う者が居ることを伝えており、実験工房の戦闘モードも準備してもらってはいるが、これだけでは万全の対策とは言えない。
やはり、それなりの戦力を用意して迎え撃ちたい。
ジンジャーが守ってくれれば、ブラッディマンティスの下っ端くらい簡単に倒せるはずだが……。
「……私が奴らの前に姿を現すのは危険だ」
問題はこれだ。
元々が、ジンジャーはブラッディマンティスに狙われているから地下に潜っているのだ。
他に頼れる腕利きと言えば、ネフロ闘技場の高ランクバトラーだが……無理だな。
「わかっています。ですが、他に頼める人間も居ません。トーナメントの時期は腕利きがハッピーガーランドへ行ってしまいますので」
この時期でなければシュナイダーに頼むのも手だが、彼はビークルバトルトーナメントに出場する。
キラーエレファント団の親分に金を積むことも考えたが、親分本人はともかくあの盗賊団と俺の関係は良くない。
それに、今うちにはマルガリータも出入りしていることだし、やはり一番信頼できる人間に頼みたいのだ。
「あなたに絶対の安全を保障することなど俺にはできません。ですが、エルダーとブラッディマンティスはもうすぐ大きく動きます。少なくとも、今年中には全ての決着がつくでしょう。奴らとの戦闘の局面として、この件はそれほど重要度が高くありませんが、今が踏ん張り時なんです。手を貸してもらえませんか?」
「……わかった。引き受けよう」
「ありがとうございます」
何とか、ジンジャーは俺の依頼を引き受けてくれた。
これで恐らくピジョン牧場は安全だ。
俺は安心してビークルバトルトーナメントとスームスームに向かうことができる。
しかし、キラーエレファント団のネフロ占領のときはともかく、今回の件を引き受けてくれたのは完全に俺を信頼してのことだ。
近々起こるブラッディマンティスとのガラガラ砂漠決戦、『グランドフィナーレ』の撃墜、エルダーことダンディリオンとの対峙。
最終決戦に向けてしっかりと備えていかなければ。
俺が介入したことで色々と変化はあるかもしれないが、この辺のブラッディマンティスの活動に関しては、今まで特に破壊工作をしてきたわけではないので、原作通り起こるとみていいだろう。
「こちらから危険に近づくよう頼んでおいてなんですが、やはりジンジャーのことを相手に知られないに越したことはありません。情報を持ち帰らせてはならない。ピジョン牧場に来たブラッディマンティスの連中は……皆殺しでお願いします」
「……ああ、言われるまでも無い」
そして、ジンジャーのもとを辞した俺は、約束通りバニラたちとコニーの家の近くで合流し、そのまま街の北西出口を出てガラガラ砂漠へと向かった。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。