steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「架空の存在、じゃと?」
「はい、俺の世界のゲーム……映画と同じような、娯楽作品の物語に登場する架空の人物や舞台として描かれていたのです。俺の居た世界にはネフロもピジョン牧場も実在しません」
ナツメッグ博士は顎に指を当てて考え込んだ。
「わしらが架空の存在じゃと……?」
「いえ、そうとは限らないでしょう。俺は博士やこの地のことを架空の存在だと思っていましたが、今や俺自身がこうしてピジョン牧場に居て、博士と言葉を交わしています。俺が夢を見ているか、どこかで頭を打って元の世界こそ本物と妄想しているのでなければの話ですが」
博士はまたしばらく眉間にしわを寄せて唸りながら口を開いた。
「むぅ……わしとしてはお前さんの頭がどうかしている場合の方が楽に説明がつくが、それにも反論できるのじゃろ?」
「ええ、そうですね。この服と靴だけなら異国や未来の品ということで納得できたかもしれませんが、俺はこの世界の出来事を一部ですが詳しく知っています。それこそ、遠く離れた地や後世に伝えられるほどではない話まで、ね」
「一部?」
「ゲーム……映画を見たのは何年も前なので忘れかけのこともありますし、俺が目覚めた東の森は原作には登場しなかったエリアです。全てが原作の通り進むわけではない。しかし、ある程度のイベントは同じだと思うのですよ」
俺は部屋の棚の上に視線をやった。
そこには一つの古びた写真が飾られてあった。
ゲームでは主人公がウミネコ海岸に漂着したときに小屋で手に入れられる、コニーとダンディリオンとチコリの写った写真だ。
「博士、あの写真の男の子二人はダンディリオンとチコリの兄弟ですね。博士が引き取って援助した」
「……うむ、そうじゃ」
「最初にお聞きしたいのですが……チコリ君はもう亡くなっていますか?」
「……ああ、三年前にな」
ゲーム開始時点ではチコリが死んでから五年だった。
では、今は本編開始の二年前ということか。
「確か、チコリ君の死因は……コニーとの待ち合わせで彼女の乗った汽車が遅れ、ハッピーガーランド駅前で待っていたときに、街の有力者セントジョーンズ卿の息子マーシュが持ち物を取り上げてからかっていたところ、あやまって車道に飛び出して車に撥ねられた。街の人間はセントジョーンズ卿の不興を買うことを恐れ、チコリ君を助けることなく放置し、警察もまともな捜査をしなかった。トロット楽団のリーダーだったダンディリオン氏も、楽団から身を引いてしまった。コニーも未だにそのことを引き摺って……」
「もうよい!」
ナツメッグ博士の身体から尋常でない怒気が溢れ出ている。
今までの冷静な態度とは打って変わった態度だ。
ゲームの主要人物の中では年配のキャラだったこともあり、原作ではこのように声を荒げるシーンは無かったが、どこの馬の骨ともわからない人間にトラウマを掘り返されればいい気はしないだろう。
博士だって、息子か孫のように可愛がっていたチコリを喪い、愛弟子のダンディリオンの人生を滅茶苦茶にされたのだ。
「失礼しました。ですが、俺も彼らの事情は理解しています。そのことを伝えておきたかったので」
未来に関しては、残念ながらそれほど衝撃的なことは言えなかった。
ピジョン牧場に鉄道が通ることは既に話には上がっており、主人公の話も二年後に彼らの運命を大きく変える少年が現れるなどと言ったところで実感は湧かないだろう。
飛行ビークルに関しても成功することも一応言ってみたが、博士の返答は「頭の片隅に置いておこう」だった。
まあ、原作でも実際に飛行しているグランドフィナーレ(敵の飛行船)を見たうえで、紙飛行機――ゲーム中では紙トンビ――を見て飛行ビークルを開発したのだ。
俺が紙飛行機を作って見せただけでは厳しいだろう。
「ふむ……まあ、お前さんがただのほら吹きでないことは何となくわかったわい。詐欺師ならこんな回りくどいことをせんじゃろう。異国風を装ったり、ダンディリオンの事情に妙に詳しかったり……。お前さんがこの世界の運命を知っているということは話半分に理解しておこう」
「ええ、そうしてください。我ながら、自分で言ってて自信が無い部分もありますから。既に原作と違うところで実害を受けて、死にかけていますからね。俺もゲームの知識を盲信するつもりはありません」
原作ではダンディリオンによるチコリの復讐がストーリーの肝になってくるのだが、こちらの世界ではダンディリオンにまだ会っていないからな。
ゲームと全く同じルートを辿ると決めつけるのは早計だ。
「それで、グレイ。お前さんはこれからどうするつもりじゃ?」
「元の世界に戻る方法……はわかりませんよね」
「当たり前じゃ。自分が行ったことの無い並行世界への行き方なんぞ知らんわい」
やはり、ナツメッグ博士に頼っても無理か。
そうなると、期間がどれくらいになるにしろ、身の振り方を考えないとな。
ゲームの主人公が来て物語が動き出すまで二年。
俺ができることは何だろうか?
既にチコリの事故が起こってしまった以上、そこから阻止することは不可能だ。
砂漠の盗賊デザートホーネット団はゲームの三年前にブラッディマンティス—―ダンディリオンが復讐のために作った、最終局面で主人公陣営と対立する秘密結社――に警察の討伐から助けられたことで縁を結ぶ。
これを別ルートで処理すれば、デザートホーネット団の協力によるブラッディマンティスへの情報提供を阻止することができると思ったが、この討伐作戦は今から一年前の出来事だ。
既に手遅れである。
そうなると、俺にできるのは主人公には出来る限り原作の善人ルート――ゲームで主人公はルート選択でブラッディマンティス側に付くこともできる――を進んでもらい、俺も影ながらその活躍を手助けすることだ。
失敗はできない。
ここがバンピートロット世界とはいえ、さすがにゲームオーバーになってもリトライができるということは無いだろう。
盗賊が血を撒き散らしながら死んだように、俺も一歩間違えば挽き肉だ。
主人公が悪人ルートへ行ったり、負けたりするようなことがあれば、この世界はヤバいことになる。
しかし、世界の心配の前に自分のことをどうにかしないとな。
「グレイ、物は相談なんじゃが……お前さん、わしの弟子にならんか?」
悩む俺に、ナツメッグ博士から突拍子もない提案が来た。
正直、この世界では原作の知識があるだけで身分も後ろ盾も無いので願っても無いことなのだが……。
「……何故、俺を?」
正直、先ほどの拙い説明と到底足りない説明材料で信用してもらえる理由が分からない。
詐欺師になるほど弁が立つわけではないことは理解してもらえたかもしれないが、それでも俺が得体の知れない怪しい男なのは間違いないだろう。
「お前さんの人となりは何となくわかった。とりあえず、わしらを騙したり陥れたりするつもりは無さそうじゃ。まあ、完全な善人かと言われれば、そんなこともなさそうじゃがのう……」
まあ、確かに。
この世界に来て早々に人殺しもしていますからね。
「何となくじゃが、お前さんは手元に置いておいた方がいい気がするんじゃよ。味方にするという意味でも、下手に一人で行動させて、何かとんでもないことを引き起こすのを抑止するという意味でものう」
返す言葉もございません。
盗賊の時点で、俺は現代人にあるまじきとんでもないことをやらかしているのは確実だ。
「お前さんの未来の知識にも興味はあるしのう。あと、楽器のことがわかるのもよい。どうじゃ? その物語が動き始めるとかいう二年後のためにも、わしのところで色々と準備をした方が、お前さんにとっても都合がいいじゃろうて。もちろん、わしの仕事も手伝ってもらうが」
確かに、知識や製造チートをやるのならばナツメッグ博士の協力は必要不可欠だ。
俺が自分のビークルの改良をしたり力を付けたりするうえでも、ナツメッグ博士は強力な味方になってくれるだろう。
断る理由など無い。
「博士、感謝します。これからよろしくお願いします」
「うむ」
ここに相談に来てよかった。
早くも、俺はこの世界における何よりも強力な後ろ盾を手に入れたわけだ。
「あ、そうだ。博士、ちょっと聞いておきたいことがあるのですが……」
「ん? 何じゃ?」
俺は戦利品として分捕ってきた盗賊団のビークルと財宝、それに死体の扱いに関してナツメッグ博士に聞いてみた。
「そういえば、表にはお前さんが引き摺ってきたものが山と積みあげてあったの。あれが、盗賊討伐の戦利品か……」
「ええ、この国の盗賊の討伐の確認方法と略奪品の扱いがわかりませんので、とりあえず全て持ってきました」
ネット小説にありがちな中世の冒険者ならば、盗賊狩りの戦利品は自分のもので、盗賊の首を持って行けば賞金が貰えたりする。
しかし、原作のバンピートロットでは普段の戦闘がそんなにダークでシリアスな路線ではないので、死体や戦利品に関しては全く描写が無い。
盗賊のビークルを破壊すれば金と燃料がドロップし、搭乗していた盗賊は逃げて行くだけで終わりだ。
しかし、現実では都合よく金とアイテムがドロップしたりしない。
そのあたりの扱いが現実では全く不明だったのだ。
「死体まで持ってきよったか……。お前さんの故郷は随分と野蛮な国なんじゃな」
「いや、日本では一般人が盗賊を殺すなんてこと滅多にありませんから」
一応、言い訳しておこう。
「生け捕りにできず死んだ盗賊は、盗賊団のマークや持ち物でも持って行けば大丈夫じゃ。戦利品は基本的に討伐したビークル乗りのものじゃが、美術品や一点ものの宝飾品は持ち主に渡して謝礼を貰うのが一般的じゃな。ネフロの警察署に行けば手配してくれるじゃろう。さほど珍しくもない貴金属や宝石も業者価格で引き取ってもらえるぞ。ビークルのパーツはうちの工房の裏にでも保管して、お前さんが使ったらどうじゃ?」
どうやら、それほど理不尽な目に遭わなくて済みそうだな。
奪った銀貨百枚、10万URは俺のものにして良さそうだ。
宝飾品はそれほど高そうなものは無いが、適正価格で買い取ってもらえるのならば小遣いの足しにはなるだろう。
「じゃあ、近いうちにネフロに行きます」
「……わしも行くぞ」
「え? 博士も?」
思いがけない言葉に俺は驚くが、博士は何故か呆れ顔だ。
「はぁ……お前さん、そんな珍妙な恰好で街をぶらつく気か? 案内してやるよって、まずは仕立屋に寄ってからじゃ」
「あぁ」
言われてみれば、俺はスウェットとパーカーのままだった。
「出発は明日の朝じゃ。お前さんのビークルで行くから、運転は任せるぞ」
「わかりました」
泊めてもらったナツメッグ博士の家では、久しぶりに石鹸つきのシャワーを堪能した。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。