steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
ガーランド闘技場の選手控室で、バニラは一人深刻な表情で佇んでいた。
周りのことなど目に入らない様子で、自然と拳を強く握り、目の前の愛機【カモミール・タイプⅡ】を見上げている。
「おい」
「…………」
「おい! バニラ!」
「っ! ……ああ、フェンネル」
若干、音量を上げたフェンネルの声で、バニラは弾かれたように反応した。
バニラは取り繕うように疑問を発する。
「えっと……どうしてここに?」
「お前にぶっ壊されて【ブルー・サンダー】は修理中なんでな。どこかに行くにも遠出はできねぇ」
「あ、ごめん……」
「冗談だ。元々、トーナメントは最後まで見る予定だ。もちろん、お前の試合もな」
ぎこちない表情を浮かべるバニラを尻目に、フェンネルは近くの壁に背中を預けて寛いだ。
「一体どうしたってんだ? 俺に勝ったんだ。もっと自慢気でも……ああ、そうか。次の相手はグレイだったな」
「うん……」
俯くバニラから視線を外したフェンネルは、軽く天井を見上げて、バニラの心情を代弁するように呟いた。
「相手が悪いな」
「…………」
あらためて言葉にされると、バニラも自身の考えをより明確に認識することとなる。
初めて出会ったときから、バニラにとってグレイは圧倒的な強者だった。
何度も救われ、そして何度も彼の強さを目の当たりにしてきた。
シラサギ河での『ドン・エレファント』戦、ネフロの野外ライブ襲撃、レイブン砦のヒンヤリ遺跡の探索。
ビークル戦だけに限っても、グレイは最も心強い味方で、最も高みに居る存在だった。
そんな人物が、今はライバルとして自分の前に立ちはだかっている。
「さっきのグレイの相手……シュナイダーはネフロのチャンピオンだ。この地方ではグレイ以外の唯一のSランクで、毎年決勝に進出してエルダーに挑んでいる。だが……」
フェンネルは一拍置いてから続けた。
「圧勝だったそうだ。グレイのな」
「圧勝……」
バニラもそっと噛み締めるようにフェンネルの言葉を繰り返す。
「接近戦でも子ども扱いってのは、さすがに言い過ぎだと思うが……少なくとも、ほぼノーダメージでシュナイダーに勝ったのは事実だ。前に対戦したときもグレイが勝ったらしいが……あのシュナイダーを完封とは、凄いとか何とかそんなもんじゃねぇ。シャレにならねぇ強さだぜ」
バニラはごくりと喉を鳴らして生唾を呑み込んだ。
しかし、驚愕の情報はこれだけに留まらない。
「俺もいつかは追いついてやりてぇと思っているが、グレイの奴は正真正銘の化け物だ。知ってるか? あいつ、ビークルの経験は俺より短いんだぜ。聞けば、初めてビークルに乗ったのはナツメッグ博士の助手になる少し前だってんだ。精々が二、三年ってとこだろう」
「……そうなんだ」
数か月前にビークルに乗り始めたバニラに比べれば長いが、それでも驚異的なビークル歴の短さだ。
キャリアが短いということは、当然ながらまだ成長の可能性が残っているということになる。
事実、グレイ自身もバニラの成長を目の当たりにしたことで、今まで以上にビークルの腕を磨こうと試みている。
バニラの気分はさらにナーバスに傾くが……フェンネルはゆっくりと顔を上げると、はっきりとした口調で呟いた。
「バニラ、勝ちに行けよ」
「え?」
思わず、バニラもフェンネルの顔を間の抜けた表情で見返す。
「確かに、グレイはトーナメント参加者の中でも群を抜いた規格外だ。だが、あいつに勝てるんなら、マジでトーナメント制覇も夢じゃねぇ。グレイはトーナメント外でエルダーに勝ってる。なら、グレイに勝てるビークル乗りがエルダーに敵わないなんて道理は無ぇ。それに……」
「それに?」
「多分、あいつはお前に期待している。なんつうか……俺たちとは接し方が違うんだ。うまく言えねぇが、お前のことを自分と同じレベルで戦える人間だと思ってるんじゃねぇか?」
「いや、僕は……」
首を横に振りつつも、フェンネル言葉にはバニラにとっても思い当たる節があった。
記憶を失った状態でウミネコ海岸に流れ着いたバニラが、最初に知己を得たのはコニーとトロット楽団のメンバーたちだったが、その中でもグレイは特にバニラのことを気に掛けていた。
ナツメッグ博士やジンジャーと引き合わせ、ネフロでの生活とビークル技術の習得を手助けしてくれた。
危険な敵や状況から助けられたことは、バニラ本人が認識しているだけでも一度や二度ではない。
縁もゆかりもない自分に何故グレイがここまでしてくれるのか謎だった。
グレイ自身も自らの意図を語らなければ、バニラも彼の思惑を詳細に察することはできない。
しかし、フェンネルの発した『期待』という一言は、思いのほかバニラにとってしっくりとくるものであった。
思い返すのは、レイブン砦のヒンヤリ遺跡での会話だ。
コニーの理解者になってくれ、味方で居てくれ。
グレイは真剣な面持ちでバニラにそう告げた。
漠然とした表現で言葉を濁されても、グレイに何かしらのビジョンがあることはバニラ本人も朧げに気付いている。
少なくとも、この対戦の場で自身の鍛錬の成果を示すことは、最低限グレイに対して必要な姿勢のように思えた。
「ちょっと喋り過ぎた。ま、頑張れよ」
フェンネルは踵を返して立ち去った。
残されたバニラはフェンネルを見送ると、再び自分の愛機を見上げて向き合う。
バニラの拳は相変わらず強く握られたままだが、その表情には数分前ほどの焦りは無かった。
ビークルバトルトーナメント準決勝。
この試合で、前年度チャンピオンであるエルダーに挑む選手が決まる。
決勝進出を賭けて戦うのは、俺とバニラだ。
このマッチメイクを予想していた人間はきっと少ないに違いない。
トーナメントが開催される前は、多くのビークルバトルファンが俺とシュナイダーの対決を期待していたようだ。
しかし、トーナメント表のブロックの関係上、俺とシュナイダーは二回戦で当たることとなった。
当然ながら、準決勝に進出するのはどちらか一人。
今回は、俺がシュナイダーを下す結果となったので、毎年決勝に進出しているシュナイダーは二回戦で敗退だ。
「グレェェイ! やっちまえー!!」
「ルーキーもここまでだろ!」
「今度こそ当てる……」
声援は圧倒的に俺に対するものが多い。
これは人気不人気の差ではなく、ランクと実績を鑑みての賭けによるものだろう。
さすがに俺とバニラのマッチメイクでは、ほとんどのギャンブラーが俺に賭ける。
最近ではバニラも名が売れてきているが、それでもビークルバトラーとしての評価は俺の方が圧倒的に上だ。
フェンネルに勝ったことで実力は証明したので、バニラを試合の組み合わせとツキだけで準決勝まで勝ち上がった三流と見る者は多くないだろう。
だが、金を賭けるとなれば、大多数の観客は堅実に勝つつもりで俺を選ぶ。
人間誰しも損はしたくない。
そうして、多くの人間の夢と希望と掛け金を背負った俺は、リフトに押し上げられて試合会場へとビークルを乗り入れ、原作主人公と対峙することとなった。
“ナツメッグ博士の右腕” グレイ 【ジャガーノート】
vs
“?????” バニラ 【カモミール・タイプⅡ】
「っ!」
「むっ」
開幕、バニラはスラスターを起動してビークルを横にダッシュ移動させながら、左のガトリングアームを発砲した。
人間が携行する銃器に比べると遥かに重厚な射撃音を発し、大口径の弾丸が闘技場内にばら撒かれる。
俺はバニラとは反対方向に【ジャガーノート】を横移動で滑らせ、【カモミール・タイプⅡ】の射撃を躱しながら、チェーンガンアームを上げてこちらも発砲した。
大きく外れたガトリングアームの弾丸に対し、俺のチェーンガンの弾丸によって穿たれた壁の弾痕の場所は、モロに先ほどまでバニラのビークルが居た位置だ。
しかし、お互いにダメージは受けず。
俺が射撃体勢を解いてバスの陰に隠れるのと同時に、バニラも間一髪ビークルを岩陰に滑り込ませた。
「まだまだっ!」
「ぉう!」
そのまま遮蔽物越しの睨み合いになるかと思いきや、バニラは息もつかせぬ連続攻撃を仕掛けてきた。
ビークルを反転させて大岩の陰から飛び出すと、バスの側面をガトリングアームの銃口でなぞる様に横薙ぎにし、次々と弾丸をぶち込んで制圧射撃をかましてくる。
しかし、決して長時間ビークル全体を晒しての乱射は行わず、不規則なリズムで射撃を中断しては、スラスターでビークルを滑らせて遮蔽物の陰に身を潜めている。
挙動は少し大きく無駄な動きもあるが、なかなかにスムーズな射撃だな。
察するに、俺のシューティングフォームを少し真似しているようだ。
さらに、俺のチェーンガンよりも命中精度と集弾性に劣るガトリングアームの欠点を補うために、一回の点射で俺よりも長めにトリガーを引いて弾数がカバーしている。
バニラの奴はいつの間にか射撃武器の扱いも人並み以上になっていた。
さすがに原作主人公は一筋縄ではいかないな。
それに、バニラの使うガトリングアームの弾薬は、俺のチェーンガンと同じ規格だ。
ビークルの搭載火器は総じてサイズの割に精度が低く、貫通力も地球の同じサイズの火砲に比べれば非力だが、それでも機関砲の火力は侮れない。
装甲を貫通するほどではないが、何発かの弾丸は【ジャガーノート】に到達して硬質な金属音とそこそこの衝撃を齎した。
粉砕されたバスの窓からもガラス片が飛んできてビークルのボディを打った。
ビークルの稼働音を聞いているのか、バニラの天性の感覚なのかは不明だが、こちらの位置もある程度把握されている。
並のビークル乗りなら、釘づけにされたまま封殺されて、そのまま止めを刺されてお終いの状況だろう。
「っ! く……」
そして、バニラはやはり驚異的なビークルバトルのセンスを持っている。
ガトリングアームの制圧射撃の隙を突いて、俺もバスのスクラップの隙間からチェーンガンで撃ち返すが、バニラはすぐに遮蔽物の奥へ引っ込んでしまった。
俺はさらに別の岩陰から回り込んでバニラを捉えようと試みるが、向こうもこちらの進路と動きは把握しているので、【カモミール・タイプⅡ】の姿はすぐに闘技場に設置されているオブジェクトを盾にできる位置まで移動してしまう。
そうして、しばらく銃撃の応酬を繰り返している内に、俺の【ジャガーノート】の装甲ブレストは端の方を数か所の弾丸に穿たれて凹み、バニラの【カモミール・タイプⅡ】もボディの一部が吹き飛びバックパーツのキャリアーが大破する程度の損害を受けた。
「お、おい……ヤバいんじゃないか?」
「グレェェェイ!! 何やってやがる!?」
「まさか、あのルーキー……勝っちまわないよな?」
「頼む……もう、軍資金が……」
俺とバニラが撃ち合いを続けるに従い、観客席からの声にも徐々に戸惑いや野次が混じるようになってきた。
その多くは、俺に対する不安や罵倒だ。
確かに、傍から見ればほぼ互角の射撃戦だ。
俺の勝利を確信して金を賭けた連中にとっては、ありがたくない展開だろう。
実際は、ダメージも残りの弾薬もともにバニラの方が余裕は無い。
まあ、機体のダメージは装甲の性能の差もあるし、残弾数に関してはそもそもこちらが倍の弾数を携行しており武器の精度も高いので発砲数も少なくて済むという根本的な差があるが……。
このまま続けていれば、どちらにせよバニラの負けだ。
蓄積されたダメージに【カモミール・タイプⅡ】の機体が耐えられなくなるか、弾切れで終わりだ。
向こうもそれはわかっているので、バニラの攻撃はより小細工を弄するものへと変化し、ガトリングの掃射も多少距離を詰めながら行ってくる。
早めに決着を付けようとしているようだな。
腹の内を読まれているようではまだまだ……いや、俺とこれだけ長く戦えるだけでも凄いことか。
「だが、甘い」
「っ!」
景気良く撃ちまくるバニラを尻目に、俺は先ほどから準備していた次の一手に移った。
遮蔽物を越すようにバニラの方へ投げたのは樽だった。
闘技場の試合会場の隅の方に転がっているものだ。
バニラの射撃を躱しつつ、【ジャガーノート】のアームで手繰り寄せておいたのだ。
しかも、ただの木の樽ではない。
中には火薬がぎっしりと詰まっている。
もちろん、高性能爆薬の類ではなく演出用の火薬だが、それでも火種があれば景気よく爆発するので、コクピットの操縦手にとってはそれなりに脅威である。
整備スタッフのために火薬入りの樽にはマークが書いてあるので、俺たちバトラーにとっても空樽と火薬入りの樽の区別は容易だ。
バニラも自分の近くに投げられた樽が火薬入りのものであることを悟り、とっさに【カモミール・タイプⅡ】を翻す。
しかし、ビークルの挙動を仕切りなおしてその場から離脱するのに比べれば、アームを上げて発砲する方が早い。
俺が放った弾丸は正確に火薬樽を撃ち抜き、バニラの【カモミール・タイプⅡ】の周辺を眩い爆炎に続いて煤と濃い煙が包んだ。
「うわ! ……くっ……どこに……?」
バニラは周囲の視界をほとんど塞がれた。
さすがに火薬樽一つでこうはならないが、俺は投げ込む場所も考えていた。
火薬樽の爆発は、バニラの背後にあった他の火薬樽も巻き込んで誘爆したのだ。
濃い煙と煤埃に囲まれたバニラは、先ほどまで俺が居た方向にガトリングを乱射した。
だが、それは悪手だ。
「おいおい……それじゃあ、当たるものも当たらんぜ」
「っ!」
黒色火薬の爆発は俺の目からもバニラを隠したが、ガトリングアームのマズルフラッシュはバニラの場所を特定するのに一役買ってしまった。
バニラは背後から掛けられた声に驚愕しながら振り向いたが、その時には既に俺は強化ブレードアームを【カモミール・タイプⅡ】に向かって振り下ろしていた。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。