steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「さすがはグレイだな。負けるのは仕方ねぇ」
フェンネルはそれだけ言うと選手控室を後にした。
多くを語らず、バニラの返答も待たずに踵を返して階段を下ってゆく。
残されたバニラはしばし唖然とするも、やがて緩慢な動作でビークルの駐機スペースに視線をやった。
「はぁ……」
当然ながら、そこには愛機の【カモミール・タイプⅡ】は無い。
先ほどのバトルで大破したので、整備場に即入院だ。
準決勝のグレイ対バニラ戦は、今季トーナメントで最大の激戦だった。
一歩及ばず勝利を逃したバニラだが、怪我が無く五体満足なだけでも儲けものだろう。
しかし……。
「負け、か……」
負けても仕方ない。
フェンネルの言葉がバニラにとっても納得できるものだったことは事実だ。
グレイの強さは嫌というほど理解している。
武勇伝を人伝に聞いて、間近で見て、そしてバニラ自身がそれなりのレベルのビークル乗りになったことで、グレイの強さをはっきりと認識してきた。
実際に試合をしてみれば、やはり今の自分の力では及ばなかった。
いつかは追いついてやると語ったフェンネルと同じく、バニラにとっても改めて間近の目標を意識する機会になったことは事実だろう。
しかし、先ほどのバトルを思い返せば、何か釈然としないしこりのようなものが、バニラの胸には確かに存在した。
「…………」
勝てる見込みは薄かった。
最後は半ば特攻のような攻撃を仕掛けて、それでも負けた。
だが、ジンジャーとの修行も含め、色々と研鑽を積んだことで、確実にグレイとの差は縮まっている。
それが決して驕りでないことは、グレイ自身も認めてくれた。
必死にやって来たことが認められれば、普通の人間なら誰しもが嬉しく思うだろう。
試合が終わってグレイと言葉を交わした直後は、バニラにも少々こみ上げるものがあった。
しかし、今のバニラの心境の多くを占めるのは、決して前向きな感情ばかりではない。
「悔しい、のかな?」
実際に言葉にしてみると、自分でも理解できない燻りのようなものの本質により近づいた気がする。
いざ敗北してみれば、「あの時こうしていれば」や「もっと食い下がれたのではないか」などの考えが脳裏を過る。
勝てっこないなどと思いながら、頭の片隅では本気でグレイを攻略するための方策を検討していた。
準決勝の直前にフェンネルと話したこともあるが、バニラは自分自身でも確かにグレイに勝てる可能性を見出していたのだ。
「僕は……」
いつしか俯きながら考えに耽っていたバニラは、顔を上げて再び駐機場に視線をやった。
相変わらず、そこには愛機の姿が無い。
ウミネコ海岸に流れ着いてから、常にバニラと共にあり、苦楽を共にしてきた愛用ビークル。
ビークルが無かったら、今の自分は無い。
波打ち際で【カモミール・タイプⅡ】を拾わなかったら、こうして幾度も苦難を乗り越えて生き抜くことは難しかった。
そんな頼りになる相棒と共に全力で挑んだ。
最後はレッグパーツがボロボロになるほど無理をさせた。
勝つつもりでいた。
そして、敵わなかった。
どれほど言い繕おうと、バニラの試みが挫かれたことは確かだ。
おまけにビークルは大破した。
愛機の姿がそこに無いことが、そんなバニラの喪失感を増大させた。
しかし……。
「バニラ!」
振り向いたバニラの目に飛び込んできたのはコニーだった。
「コニー……」
「ねぇ、大丈夫? 凄い戦いだったから、心配になって……」
思いがけないタイミングでコニーが現れ、バニラは些か慌てた表情を浮かべた。
そんなバニラの様子には構うことなく、コニーは彼に詰め寄って体の隅々までをマジマジと見つめる。
「怪我とか、無い?」
「うん、僕は大丈夫。ビークルは酷い有様だけどね」
「よかった……」
コニーはほっと胸をなで下ろした。
ビークルのくだりは耳に入っていないようだが、その程度のことはバニラも気にならない。
心配を掛けたことは悪いと思いつつも、コニーが自分のために観客席を飛び出して控室までやって来たことには、若干の嬉しさを感じて頬が緩む。
「あの、さ……かっこよかったよ」
「え?」
唐突なコニーの言葉に、バニラは唖然として顔を上げた。
「私は、正直ビークルバトルのこととかよくわからないけど……それでも、君が凄く一生懸命で、凄い試合をしたのはわかる。観客席から見てて、とても感動したよ」
コニーは真っ直ぐにバニラを見据えたまま続ける。
「ビークルバトルが危ないことには変わりないけど……でも、それが君のやりたいことなら、私は応援するから」
「……うん。ありがとう、コニー」
何だかんだで、大切な人の声援は一番の原動力だ。
深くは突っ込まず「応援する」の一言だけ。
しかし、友人以上の感情を抱いている異性の肯定的な言葉で、単純にもバニラは敗北によるショックを頭の隅へ追いやった。
「ねぇ、次が最後の試合らしいけど、バニラも見るよね?」
「あ、うん。決勝戦だね」
「そうそう。凄いよねぇ、グレイ。次の相手って、この国のチャンピオンなんだって。あ、君の席は確保してあるから。行こう」
「……ああ」
そうして、コニーの掌で転がされるように、バニラは観客席の方へ誘導される。
しかし、コニーと連れ立って選手控室を後にしようとしたバニラに、横合いから声が掛けられた。
「もしもし、バニラさんですね?」
バニラを呼び止めたのは、仕立てのいい黒のスーツに片メガネを掛けた男だった。
見知った顔ではないが、装いや立ち振る舞いは、ハッピーガーランドのエリートビジネスマンや富裕層を連想させるものだ。
グレイに言わせれば、高そうな生地のマフラーや黒の手袋も相まって、完全にマフィアファッションだろうが……。
「申し訳ありませんが、少々お時間を頂けますか?」
男は一瞬だけコニーに視線をやりながら言った。
傍から見れば異様な光景だ。
人気バンドのボーカリストであるコニーに全く興味を示さず、剰え席を外してほしいと頼むなど。
バニラも最近ではそれなりに有名人とはいえ、まだまだコニーの方が知名度は高くスター扱いだ。
しかし、それも全くあり得ない話ではない。
例えば、目の前の男性がビークルバトルやビークルパーツ関連の企業の人間であれば、用があるのはほぼバニラだけだろう。
何せ、バニラはビークルバトルトーナメント初出場で準決勝まで勝ち進んだ有望なビークル乗りだ。
「コニー、先に行っててくれない? すぐに追いかけるから」
「うん、わかったよ」
コニーも何となくビークル関係の話だとあたりを付けたのか、バニラに席の場所を伝えると、あっさりと彼を解放した。
「えっと……」
「なかなか見事なバトルでした。あなたの通り名は聞いたことがあります」
そして、コニーが去ると黒ずくめの男は早速とばかりに話し始めた。
バニラは些か戸惑った表情を浮かべているが、そんなことはお構いなしに男は続ける。
「どうでしょう、我々の仲間になりませんか? 我々はあなたのような人材を求めているのです」
何の説明も無しに掛けられたのは勧誘の言葉だ。
落ち着いた口調とは裏腹に、男の話の展開は早い。
一拍置いたバニラは、まずは一番気掛かりな疑問を投げかけてみることにした。
「……あなたは、誰ですか?」
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は秘密結社ブラッディマンティスの参謀、コンフリーという者です」
「っ!」
バニラは息を呑んだ。
ブラッディマンディスに関しては、バニラは既に原作よりも深く知っている。
スームスームから帰ってきたときにグレイに連れられてセントジョーンズ卿と面会し、その時にグレイの口から聞いたのだ。
さり気なく仄めかすというには無理がある、グレイにしてはヤケにはっきりとした犯人扱い。
ほぼ断定に近い確信を持っているのだろうことは、あの時のバニラにも容易に想像がついた。
これもグレイの狙い通りだが、ブラッディマンティスがマーシュを狙っている裏組織だということを、バニラはインパクトの強さゆえにすぐに思い出した。
「どうやら、我々のことは聞いたことがあるようですね。我々には崇高な目的があります。その実現のためには、あなたのような有能な人材が必要なのです」
コンフリーは相変わらず冷静に諭すように言葉を続けるが、バニラは黙って聞くのが精一杯だ。
今、彼らが自分に接触する目的は何か?
マーシュのことを既に嗅ぎつけているのか?
グレイのことは何か関係があるのか?
必死に頭を働かせつつ可能な限り表情を動かさないようにして、バニラはコンフリーの言葉に耳を傾け続ける。
「興味がありましたら、中央通りの『ファッション・キドリ屋』に来てください。そこの試着室が、我々のアジトの入口になっています。……それでは失礼。必ず来てくれると信じていますよ」
しかし、コンフリーはバニラの様子には構わず、言うだけ言って踵を返した。
バニラの心情には全く気付いていないかのような振る舞いだ。
一方的な話の展開だったが、今のバニラにとっては解放感の方が大きい。
バニラは自然と握り締めていた拳から力を抜き、ほっとため息をつきかけた。
「ああ、ところで……」
「っ……何ですか?」
急に立ち止まり、振り返らぬまま口を開いたコンフリーに、バニラは息を詰まらせながらも反応を返す。
「あなたは……コニーと親しいのですか?」
「っ!」
コンフリーの投げかけた疑問は、バニラにとって予想外のものだった。
確かに、先ほどまでコニーが一緒に居たこともある。
普通なら他愛のない世間話の類で済む内容だろう。
だが、バニラにはブラッディマンティスに対する先入観と警戒がある。
コンフリーの言葉を軽く捉えることなどできなかった。
バニラは相手の意図を少しでも見抜こうと、緊張した面持ちでコンフリーの後ろ姿を見据える。
「……そうでした。あなたもトロット楽団の一員でしたね」
「…………」
しかし、コンフリーは自分で納得するとあっさり話を打ち切った。
あまりの反応の軽さに、逆にバニラはどう反応していいのか戸惑ってしまう。
「(さて……エルダー様の方はどうなることやら……)」
「え?」
「いえ、何でもありません。それでは」
コンフリーは唖然とするバニラに構わず、その場を後にした。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。