steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
「ん?」
パーティー会場を少し歩いた俺は、周囲の招待客の視線の行先に些か違和感を覚えた。
この会場で最も男性の目を集めているのはセイボリーのはずだ。
バジルのみならず、あらゆる野郎どもが彼女の虜になっている光景は珍しいものではない。
しかし、今日は意外なことに、セイボリーに匹敵する数の視線を引き寄せる存在があるようだ。
俺も隣の男につられて会場の隅の方を見てみる。
「なるほど……」
そこには上品なドレスに身を包んだ肉感的な美女が居た。
セイボリーとは違うタイプだが、彼女も十二分に野郎どもを引き付ける要素を持っている。
あれは仕方ない。
「(彼女はいったい何者だろう?)」
「(一人でここに来ているということは、グレイ氏の知り合いじゃないか?)」
「(いやぁ、何というか……)」
「(眼福ですな)」
「(美しい……)」
「(お、おい! こっちに来るぞ)」
おっさんどもの視線をまるで気にした様子が無い美女は、俺に気付くとこちらへ寄ってきた。
一瞬、頭にクエスチョンマークが浮かびそうになったが、辛うじて俺は彼女の顔を思い出した。
確かに、周りの連中の言う通り、俺の知り合いだった。
「グレイ、優勝おめでとう」
「ああ、ありがとう(……今日は、どっちだ?)」
「(ビスカスよ。人の目もあるから)」
「(わかった。)ビスカス、よく来てくれた」
サフランだった。
俺のビークルバトルトーナメント一回戦の対戦相手だ。
闘技場では覆面をしているし、外でも分厚い眼鏡と帽子で顔を隠しているので、すぐにはわからなかった。
しかし……いつもとは雰囲気が違うな。
今日のサフランは野暮ったい作業服でもドS女王の衣装でもなく、クラシックなロングドレスに身を包んでいる。
当然、覆面も眼鏡もしていないので素顔だ。
今の彼女を闘技場のサフランだと見破る者は少ないだろうが、それでも豊満なボディラインと整った顔に多くの野郎どものゲス視線が集まる。
間もなく、彼女が俺の知り合いだとわかって納得した野郎どもの目は、徐々に羨望と嫉妬のものへと変わっていった。
面倒な……。
俺とサフランはそういう関係じゃない。
っていうか、あの歯ぎしりしている奴はセントジョーンズ卿の連れじゃないか。
貴族の縁者が何をやっているんだか……。
俺の隣に立ってワインを一口飲んだサフランは口を開いた。
「それにしても……凄いパーティーね」
「そうか? 割と庶民的なものだと思うけどね」
料理のクオリティと量はそれなりのものだと思うが上には上がある。
上流階級のなかでもさらに上層に位置する連中であれば、この辺りならリバーサイドホテルかステーションホテルを貸し切って、高級食材をふんだんに使った料理を並べさせるだろう。
それこそ、Sランクも間近になったサフランであれば、企業やら何やらとの付き合いで、もっとレベルの高いパーティーに出入りしていると思っていた。
しかし、サフランは「そうじゃない」と首を横に振った。
「ビークルバトラー、学者、芸術家、『本物』の貴族……各界のトップクラスの人間が一堂に会するなんて。お金があっても、名が売れていても、この面子は簡単に集められるものではないわ」
トップクラス、ねぇ?
ロックンローラーに人見知り、ガーランド大学のマッドサイエンティスト、トロット楽団、セントジョーンズ卿とその関係者。
色々と残念な部分も多い連中だと思うが……。
「そんなもんかね? 変人と暇人ばかりだから、こんなちっぽけな店の大したことない集まりにも出てくるように思えるが……」
「……そういうスタンスで自然と人が集まるあたり、あなたには人を惹きつける力があるのよ」
それは俺を買い被り過ぎだ。
シュナイダーを呼ぶのは苦労したぞ、マジで。
俺は若干のこそばゆい感覚に苦笑いしながら話題を変えた。
「ところで、体調の方は大丈夫か? 幸い、目立った外傷は無かったようだが……」
「ええ、ちゃんとセントジョーンズ病院にも行ってきた。検査でも異常は無いって」
「そいつはよかった」
一応、サフランは正体を隠しているので、不用意にトーナメントなどの単語は出さないよう注意して話す。
「修理の目処は?」
「ほとんど総取り換えだけど大丈夫よ。あなたのほど一点ものの塊というわけではないし、何とかなるわ」
それでも、耐水ボディMにマスクブレストやウィップアームなど、【スティール・モラル】はかなり珍しいパーツで構成されているので、取り寄せには時間が掛かるだろう。
今更ながら、悪いことをしてしまったな。
「……ねぇ、グレイ」
話の切れ目にサフランは少し迷うような仕草を見せてから口を開いた。
試合前にも何かを言い淀むような様子はあったが、異様に深刻そうな表情を鑑みるに、今度は別件のようだ。
色々と災難続きのようだが、今度は一体どうしたのだろうか?
「(エルダーの……ことなんだけど)」
「(あいつがどうかしたのか?)」
声を潜めるサフランに倣い、俺も周りに聞き取れない小声で囁く。
質問をしつつ、俺はサフランとエルダーの関係について思い出していた。
サフランはエルダーにビークルバトルを仕込まれた。
エルダーことダンディリオンがチャンピオンになったのは約4年前なので、二人はそれほど年も離れておらず、師弟関係が始まったのも大昔のことではないだろう。
だが、その数年の間に二人を取り巻く環境はめまぐるしく変化した。
エルダーはトーナメント連覇とブラッディマンティスの勢力を拡大し、サフランはエルダーから離れてリッキーに依存し始めた。
そして、俺という存在が一石を投じた。
サフランはリッキーの呪縛から解き放たれ、エルダーはチャンピオンの座から陥落した。
サフランがトーナメントに出場したことで、二人は久しぶりにまともに顔を合わせたはずだ。
恐らく、そこで何かがあったのだろう。
サフランがエルダーに取り込まれて俺に敵対することはないと思うが……俺は彼女の言葉に耳を傾けた。
「(……彼は、あなたとまともに戦うつもりはない)」
サフランは悲痛な表情で呟いた。
「(フェンネルやバニラみたいに来年のトーナメントで正々堂々と戦うのは……無理だと思う)」
恐らく、サフランはエルダーが何か良からぬことを企んでいることに勘付いたのだ。
試合を観てエルダーの俺に対する明確な殺意を悟ったのか、エルダーがサフランを通じて俺の弱みでも探りに来たか。
サフランにとってはショックだろう。
たとえエルダーとの溝が深まっていたとしても、兄のように慕っていた師が非道な真似をしている光景には心が痛むはずだ。
この話を教えてくれただけでも十分だ。
だから俺は、詳しい経緯を話し始める前にサフランを遮った。
「(ああ、知ってる)」
「え?」
俺は慎重に言葉を選んだ。
いくらサフランとはいえ、俺が転移者であることやゲームの世界云々は、軽々しく伝えることはできない。
「(まあ、俺にも事情があるんでね。君とエルダーが師弟だったということも、エルダーが裏で色々と動いていることも把握している)」
「(そう……)」
サフランは若干複雑な表情を見せたが、どちらかといえば安堵の雰囲気を醸し出した。
これ以上、何かを伝えようとしてくる様子は無い。
「だが、忠告はありがたく受け取っとく。注意するよ」
「……うん」
俺が礼を言うと、サフランは軽く微笑んだ。
エルダーの話はこれでお終いだ。
あとは、俺とバニラが決着を付けるだけだな。
「それじゃあ、私はこれで……」
「あ、ちょっと待ってくれ」
サフランは踵を返して立ち去ろうとしたが、俺は彼女を呼び止めた。
「これは、断ってもらってもいい話なんだが……」
俺は近いうちに盗賊団のブラッディマンティスが大きく動く情報があること、この街とも派手に衝突する可能性が高いことを伝えた。
エルダーが裏で関わっていることまでは教えない。
「物資の調達、拠点の防衛、そして敵の殲滅……腕利きのビークル乗りが必要な場面は多いと思う。手を貸してもらえないか?」
「そうね……ビークルが直ったら、前向きに検討するわ」
「ああ、無理でなければ頼む」
戦争に引き込むことに若干の申し訳なさは覚えたが、これでサフランがガラガラ砂漠決戦で敵に回る可能性は低くなった。
戦場でエルダーと相まみえる展開にさえならなければ問題ないだろう。
……ならないよな?
付近の招待客に軽く挨拶して愛嬌を振り撒きつつ、俺は一組の夫婦?の近くで脚を止めた。
「よお、シュナイダー。それに、シルヴィアさんも」
「ああ……」
「グレイさん。お招きいただき、ありがとうございます」
「いえいえ」
彼を呼ぶのは苦労した。
いや、引き留めるのに苦労した。
トーナメント終了後、最低限のビークルの修理を終えたシュナイダーは、さっさとコンドル砦方面からネフロに帰ろうとしたのだ。
慌てて引き留めてパーティーへの参加を打診したが、案の定シュナイダーの最初の返答は「結構だ」の一言だった。
そんな他愛も無いことを思い出していると、シュナイダーは俺をじっと見据えながら口を開いた。
「グレイ、一つ聞きたいんだが……」
「ん? 何だ?」
「ウズラ山トンネルの件……お前が片付けるのか?」
「……ああ、そのつもりだ」
シュナイダーを引き留める口実がこの件だった。
何せ、ウズラ山トンネルが通れない今、ハッピーガーランド~ネフロ間の移動手段はガラガラ砂漠をビークルで超えるルートしか無い。
もちろん、トーナメント出場者であるシュナイダーにとっては、その程度は造作も無いことかもしれないが、鉄道が使えるのと使えないのとでは負担は大違いだろう。
特に、同乗するシルヴィアの消耗は大きいはずだ。
だから俺は、ウズラ山トンネルの鉄道が間もなく復旧することを教え、それまではパーティーに参加してシルヴィアとハッピーガーランドを楽しむように伝えたのだ。
文句の一つも言わず【マキシマム】の助手席に座っていたシルヴィアも、都会でのショッピングの誘惑には抗えないらしい。
シュナイダーはめでたく荷物持ちに転職だ。
その件で不満の一つでも言うのかと思ったが、シュナイダーの口から出た言葉は予想外のものだった。
「手伝うか? トンネルの掃討」
意外にも、シュナイダーはこの件に関しては俺に感謝しているようだ。
不愛想で誤解を招きやすい男だが、シルヴィアを大切にするという点に関しては間違いない。
そこまでならともかく、自ら協力を申し出てくるとは……以前より丸くなったか?
さて、トンネルを占拠している盗賊団の討伐だが、シュナイダーの助力が得られるのであれば助かるのは事実だ。
閉所での戦いになる以上、接近戦のエキスパートであるシュナイダーは強力な戦力となる。
だが……。
「いや、気持ちはありがたいが、あんたのビークルは修理が終わったばかりで、まだ本調子じゃないだろう。今回は俺と……バニラで片付けるつもりだ」
「そうか」
シュナイダーはただ一言そう言って沈黙した。
俺はシュナイダーとそれなりに付き合いが長いので、彼が普通に納得しただけだとわかっているが、傍から見れば気を悪くしたかのような振る舞いだ。
シルヴィアもそこら辺に配慮したのか、改めて俺に愛想笑いをしつつ口を開いた。
「グレイさん、わざわざありがとうね。あなたから話を聞かせていただかなかったら、帰りも砂漠を横断する羽目になるところだったわ」
「……別に俺はそれでも問題ない」
「こらっ、あなたもちゃんと感謝なさい」
シュナイダーの奴は口ではこう言っているが、シルヴィアを砂漠の横断に付き合わせないで済むことは喜んでいるし、そのことで俺にも感謝の念を抱いていることはわかる。
……まあ、いいカップルじゃないか。お似合いだよ。
「いやいや、構わんよ。ところで、だ。シュナイダー、トンネルの件の代わりにってわけじゃないんだが、一つ頼みがある。もちろん、断っても構わない」
「何だ?」
これ以上リア充どもの掛け合いを見ていても仕方ないので、サフランのときと同じくこの先のイベントでの協力を要請することにした。
「近いうちに、大規模な盗賊団との衝突が起こる可能性がある。場所はガラガラ砂漠だ」
「……あのデザートホーネット団とかいう奴らか? お前と同じような武器を使う」
「いや、別の奴らだ」
砂漠を超えてネフロからやって来たシュナイダーなら、デザートホーネット団のことを知っているのも当然か。
「奴らとの決戦のときに、手を貸してもらえないか? もちろん、暇だったらでいい」
「わかった。覚えておく」
シュナイダーは即答こそしなかったが、この様子ならほぼ確実に協力は得られそうだ。
こうして、俺はまた強力なビークル乗りを一人スカウトすることに成功した。
「やあ、グレイ君。トーナメント優勝おめでとう。それと、今日は素晴らしい宴に招いてくれた。感謝するよ」
「ありがとうございます。個人的な祝い事にご足労いただいて恐縮ですが、楽しんでください」
シュナイダーと話し終わったタイミングで俺に声を掛けてきたのはセントジョーンズ卿だった。
祝勝会の招待客の中では一番の大物だ。
自然と周囲の視線は俺たちに注がれる。
「やはりエルダーの不敗伝説に終止符を打つのは君だったか。優勝の最有力候補というのは間違いではなかったね」
「ええ、エルダー以外にも強敵は居ましたが、どうにか勝てました。今年はビークルの調子も良かったんですよ」
ここで、俺はセントジョーンズ卿にあることを伝え忘れていたことに気付いた。
「ああ、そうだ。この後なんですが、俺とバニラは少しハッピーガーランドに留まることになりそうです。ウズラ山トンネルの件で……」
「ふむ……なるほど、な」
警察ビークル隊がウズラ山トンネルで壊滅したことは既に新聞にも載っている。
ここまで事態が表に出てくれば、警察や軍事行動に関わる機密を理由に俺たちがシャットアウトされるということは無いだろう。
公的機関の部隊がやられた以上、次に投入されるのは民間から募ったビークル乗りだ。
この世界のシステムやシナリオ的に、恐らくバニラや俺が関わらない限り、原作と同じ事件が解決する可能性は低い。
放置すれば、時間が経てば経つほど、被害は大きくなるだろう。
俺が自らトンネルの件を片付けようとしていることは、セントジョーンズ卿も悟っているようで、納得の表情を見せた。
「それが片付きましたら、改めて俺もバニラと一緒にスームスームへ行きますので」
「わかった。では、私も君たちと一緒に行こう。その時になったら声を掛けてくれ」
それではセントジョーンズ卿を待たせてしまう。
盗賊団の討伐自体には、それほど時間は掛からないだろう。
俺たちの役割は、トロッコに乗って、敵を殲滅して、そのままハッピーガーランド駅に帰ってくるだけだ。
しかし、手続きから戦闘の準備、報告と事後処理のことも含めれば、ゲームのように朝出発して昼には開通といった具合に片付けるのは無理だ。
ハッピーガーランド~ネフロ間の鉄道を復旧させるためには、俺もそれなりの時間と根回しの労力を割かなければならないだろう。
だが、当のセントジョーンズ卿はまるで気にした様子が無く笑顔で答えた。
「なに、構わんさ。君とバニラ君には本当に感謝しているのだ。それに、ウズラ山トンネルの復旧に関しては、ハッピーガーランド全体にとっても大事なことだ。私も見届けたい。それに……」
セントジョーンズ卿は一拍置いて続けた。
「私の口添えもあった方が、その後の手続きと復旧作業への移行もスムーズだろう。そのくらいの協力はさせてもらうよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて……」
俺とセントジョーンズ卿が話し終わると、付近に居た招待客の連中が続々と俺やセントジョーンズ卿のもとへ殺到した。
どうやら、俺たちが話し終わるのを待っていたらしい。
こういったパーティーの場では、よほど親しい間柄を除いて、挨拶は一番地位の高い人間が話し終ってから、という暗黙の了解らしいが……。
セントジョーンズ卿の縁者や何故か来ている新聞記者などのほぼ仕事で訪れている人間はともかく、普段は傍若無人な印象を受ける大学の教授までこの慣習に従うとは滑稽だ。
貴族制度が表面上は廃止されても、やはりこういう部分に上流階級のしきたりは色濃く残っているのか。
俺はアーバン新聞社の記者を軽くあしらい、大学の連中にはロバートの件とポールの件で少し話をして、俺はようやく解放された……と思いきや、そうは問屋が卸さない。
「あ、グレイ。ちょっといいかな? 相談したいことが……」
バニラだった。
彼は真っ直ぐ俺に向かって近づき、僅かに周りを気にしながら声を潜めて囁いた。
「(実は、ブラッディマンティスのことなんだ)」
とびきりの爆弾に、俺は顔が強張るのを隠せなかった。
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。