steam and gunpowder smoke chronicles 作:張り子のキメラ
会談を終えた俺たちはマーシュが療養しているアジトにやって来た。
闘技場からそう遠くない街外れにある何の変哲も無い建物だが、ドン・スミスファミリーの構成員が所々に立ち周囲を警戒している。
少々、物々しい雰囲気だが、悪くないセンスだ。
既にマーシュと面会しているセントジョーンズ卿の案内で、俺とバニラはマーシュの部屋に足を踏み入れる。
「ん? お父さん……」
ベッドから半身を起こしたマーシュがこちらを向いた。
「ああ、調子はどうだ? マーシュ」
「大分いいよ。バニラも来てくれたんだね。……えっと、グレイさん?」
各々の面子と言葉を交わしつつ、マーシュは俺を見て僅かに戸惑った。
そういえば、俺ときちんと顔を合わせるのは初めてか。
「ああ、俺がグレイだ。バニラの友人で、セントジョーンズ卿とも取引がある」
「うん、お父さんから聞きました。色々とお世話になったみたいで、ありがとうございます」
ほぼ初対面だが、普通に礼を言えるじゃないか。
もちろん、ゲームの方でマーシュが猛省していることは知っていたが……。
「えっと、今日は……?」
「さっき、ドン・スミスたちと会合があってな。今後のお前さんの予定に関して話してきたところだ。ついでに、バニラが回収した渡航許可証も引き渡しが済んだ。無事にキャプテン・シブレットへ渡ったぞ」
「本当ですか!? よかった……。これでキャプテンたち、国に帰れる……」
落ち着かない様子で俺に疑問の表情を向けるマーシュに状況を説明すると、彼は安堵の表情を浮かべた。
そして、セントジョーンズ卿は先ほどの会談の内容をマーシュに説明した。
マーシュを当分スームスームで保護する計画を、ほぼ俺の立案として語っているところが若干アレだが……まあ、最初に俺がゴールドーンへの移送を却下したことに端を発しているあたり、間違いではないか。
話を聞き終えたマーシュは、ゆっくりと口を開いた。
「そっか……バニラも、皆も……凄く頑張っていたんだね。ボクが寝込んでいる間に……」
一言目から随分とネガティブな感じだが、マーシュは言葉を続けた。
「……ボクは、本当にダメな奴だね。皆に迷惑かけて、こんなときも役に立たなくて……」
「マーシュ、今は怪我を直すことを考えなくちゃ」
「そうだ、マーシュ。お前を心配する皆さんのためにも、今はとにかく早く回復に努めるのだ」
バニラとセントジョーンズ卿が各々の言葉で激励するが、響いた様子は無い。
マーシュは二人の言葉が聞こえていない様子でポツポツと語り始めた。
「僕は、調子に乗ってた。お父さんがお金持ちだから、自分は特別だって……。でも、全然そんなことなくて……」
恐らく、ガーランド大学時代のことだろうな。
マーシュは大学の音楽家に入学したが、そこでダンディリオン兄弟との実力の差を思い知らされ、彼らを僻んで嫌がらせをするようになった。
きっかけが何かはわからないが、少なくとも今のマーシュは自分の分というものを理解している。
「皆には、本当に悪いと思っている。謝りたい……。でも、ダンディリオンとチコリには、何て謝ったらいいか……」
バニラとセントジョーンズ卿が口を噤むなか、マーシュは俺に向き直った。
「グレイさん。お父さんから聞きました。あなたがナツメッグ博士の助手だって……。何故、僕を助けてくれるんですか?」
このことは、以前セントジョーンズ卿にも聞かれたな。
俺はダンディリオンと同じナツメッグ博士の弟子。
普通に考えれば、セントジョーンズ一族には思うところがあるはずの存在だ。
……ここがバンピートロットの世界だと知ったとき、俺は何を思ったか?
正直、自分が生き延びるのに精一杯で、ナツメッグ博士の元に身を寄せてからも、武力と財力を確保することに明け暮れていた気がする。
確かに、何度もプレイした原作のストーリーで、俺は双方の事情を知っている。
だが、いざ自分がこの人間関係の渦中に存在して見れば、客観的に見ることなどできない。
深く関わり過ぎた。
俺はナツメッグ博士の側の人間だ。
「悪いが、同情しているわけでも仁義のために助けるわけでもない。個人的な感覚でベストな展開を語るなら、お前さんがどこかで野垂れ死んでいた方がよかったかもな」
「ちょ、グレイ!」
バニラは俺の物言いに突っ込むが、俺は構わず続けた。
「俺にとって、ナツメッグ博士は恩人だ。今の俺はSランク……Kランクのビークルバトラーで、セントジョーンズ病院とも大口の取引があって、ビジネスもそれなりに手広くやって成功しているが……俺が今こうして生きていられるのは、ナツメッグ博士のおかげだ」
思えば、博士はよく俺のような怪しい男を助けてくれたものだ。
あの人にはいくら感謝しても足りない。
「博士に出会わなかったら、俺はどこかでヘマをして、くたばっていたかもしれない。もっと貧しく惨めな生活を送る羽目になっていたかもしれない。そして……」
俺はさらに言葉を続ける。
「ナツメッグ博士に救われたのは、ダンディリオン兄弟も同じだ。年下だが、ダンディリオンは俺の兄弟子になるわけだ」
「……だったら、何故……?」
「もう、そんな次元で済む話じゃなくなっているんだよ」
俺はベストの襟を軽く開き、ショルダーホルスターの拳銃を示しつつ言った。
「俺がこいつでお前さんの頭を吹っ飛ばして、それで解決する話じゃないんだ」
ブラッディマンティスの存在については、マーシュもある程度セントジョーンズ卿やシブレットから聞いているはずだ。
自分を狙う組織……構成員に自分を恨む人間が居るにしろ、誰かから頼まれているにしろ、心当たりはあり過ぎるだろう。
少なくとも、そいつらのせいでジュニパーベリー号が沈み友人のバニラが記憶を失った。
たとえ悪いのが船を沈めた連中だとしても、自分が周りの人間を困難に巻き込む発端となったことはマーシュ自身も嫌と言うほど認識しており、彼は唇を噛んで目を伏せた。
「目を背けるか? まあ、それもよかろう。セントジョーンズ卿の名前の効果は絶大だ。自身で何か言わなくても、ガーランド警察や周囲の取り巻きが忖度する。お前さんが何もしなくても、奴らと戦ってくれる連中は居る」
「っ! ボクは……!」
「だが、これ以上逃げるのが嫌なら……向き合え。自分のしてきたこと、これから自分の周りで起こること……その全てと、向き合え」
「…………」
それだけ言うと、俺はバニラを促して部屋を退出した。
部屋を出ると、セントジョーンズ卿が俺を呼び止めた。
「グレイ君、ありがとう」
「? 何がです?」
「君が、言ってくれた。本来なら私が言うべきことを、私が言ってやれなかったことを……」
未成年の少年に結構冷たく突き放すことを言った気もするが、セントジョーンズ卿に俺を責める様子は無く感謝を述べてきた。
そして、セントジョーンズ卿はゆっくりと噛み締めるように語り始めた。
「この地域は……元々は独立国だった。ネフロ卿を始めそれぞれの街に統治者が居たが、やがて現在の王国に併合され一つの国に統一された」
そういえば、そんな話もどこかで読んだか。
原作には……どうだったかな?
「名家と言われるその多くは、小国が乱立していた時代の領主一族の流れを汲む。別の見方をすれば、大国に征服され呑み込まれる過程で、偶然生き残ってしまった恥さらしでしかない」
セントジョーンズ卿は言葉を続けた。
「旧貴族制の廃止は、ある意味で我々のような人間にとってチャンスだったわけだ。家名の権威に依らない実力を証明する機会となったからな。だから、たとえ旧貴族の血筋の者であっても、今は滅多に貴族などと名乗らない。現在でも貴族を名乗るのは……王都に住まう生粋の王国貴族か、貴族時代以上に稼いで名声を得た者だけだ」
そういう意味では、セントジョーンズ卿は名実ともに貴族なわけか。
出自がはっきりしており且つ病院を経営するハッピーガーランドの名士だ。
しかし、セントジョーンズ卿は自嘲気味に笑った。
「私はマーシュに貴族の血筋であることを誇るのは愚か者だと教えた。自ら家族や下の者を養う力を持ってこそだと……。だが、それも歪んで伝わってしまったようだ。金持ちであることを誇る息子を、私は諫められなかった……」
セントジョーンズ卿の言葉が途切れたので、俺はふと気になったことを質問してみた。
「セントジョーンズ卿、医療を生業にしていることを鑑みても、あなたはかなり高貴な義務(ノブレス・オブリージュ)を体現する方のようだ。こう言ってはなんですが、長男のマーシュに何故それが継承されなかったのです? セントジョーンズ卿ご自身が言えなくても、奥さんも口を出しそうなものですが……」
「妻は……マーシュを生んですぐに亡くなった」
「あぁ、そいつは失礼を……」
「いや、いいんだ。言い訳にはならんからな。だが……私もどこかでマーシュに負い目を感じていたのかもしれない。マーシュが母親の愛を受けられないことに……」
それでも金持ちの家に生まれた以上、恵まれた環境の気はするけどな。
レベルの高い衣食住が確保され、一流の教育が効率よく受けられ、そのまま長期的に不労所得を得られる環境が整備されている。
生まれたときから勝ち組だ。
まあ、所詮は外野でしかない俺に全ての事情がわかる訳もないか。
「ダンディリオン君とチコリ君が亡くなったときも、私はマーシュの目を塞ぐことしか考えていなかった。だから、早急にマーシュを海外へ……。正直なところ、警察や司法が忖度するであろうことにも考えは及んでいたのだ。目を背けていたのは、私の方だ」
セントジョーンズ卿は俺の肩に手を置いてじっと見据えてきた。
「私は、父親として失格なのかもしれない。だから……私の代わりに必要なことを言ってくれた君には、本当に感謝している」
「よしてください。そんなロクなもんじゃないですよ」
俺は手を振りながら否定した。
「セントジョーンズ卿……俺にもね、事情ってもんがあるんです。俺は何としてもブラッディマンティスをぶっちめなければならない」
「うむ」
「そのためには、あらゆる手段を講じるつもりです。言っては悪いが、俺にとってマーシュはトロット楽団の面々やナツメッグ博士より優先順位は低い。最悪、囮にすることも視野に入れています」
「……ふふっ」
自分の都合をはっきりと伝えたはずだが、セントジョーンズ卿は僅かに含み笑いした。
「何です?」
「そうは、ならんさ」
首を横に振ったセントジョーンズ卿はさらに言葉を続ける。
「マーシュを囮にするのは、君の最後の手段なのだろう? ならば、そのような状況には、まずならんな」
「……随分な信用じゃないですか?」
「ああ、君が有能な人材であることは十分証明されているからね。それに、本当に悪意のある人間は、そのようなことを自分から言わぬものだ」
お気楽なことだ……。
まあ、下手に不信感を持たれるよりはマシか。
……さて、ここでの話は全て終わった。
少し話についていけなくなっているバニラを促し、俺はマーシュの隠れ家を後にした。
「グレイ」
「ん?」
セントジョーンズ卿と別れハッピーガーランドへと向かう汽車の中で、バニラは俺に声を掛けてきた。
「マーシュは……大丈夫だよね?」
「……ああ、最善を尽くした」
一瞬、知ったことじゃないとも思ったが、できるかぎりの対策はした。
あれで『グランドフィナーレ』へ攫われたら、もうどうしようもない。
「マーシュのことは心配ない。ドン・スミスは約束を果たす男だ」
「うん」
「だが……注意したいのはコニーのことだ」
「っ!」
バニラは俺の言葉に顔を強張らせた。
緊張感を漂わせるバニラに、俺はゆっくりと噛み締めるように説明する。
「主にビークルバトルトーナメントを通してだが、ブラッディマンティスは既にバニラのビークル乗りとしての有能さに目を付けている。君がこちら側に付いている以上、敵はバニラを相当な脅威と見なすだろう」
「一番の脅威はグレイじゃないかな?」
「そうかもしれんが、俺の方は身内も皆それなりに戦えるからな。」
ナツメッグ博士はビークル開発者だけあって、高ランクバトラーとの一騎打ちはともかく、並の腕自慢など工房ビークルで一捻りだ。
マルガリータもそれなりにビークルで戦えるし、ジンジャーに至っては元チャンピオンだ。
「バニラと最も親しい人間で、唯一まともな戦闘能力を持たないのはコニーだ。狙われる可能性は一番高いと思う」
少し苦しいこじ付けだが、バニラもいざ事が起こったときの重大さは実感できているらしく、自然と拳を握り締めていた。
「きちんと守ってやれよ」
「ああ、もちろん」
力強く頷くバニラの肩を叩き、俺は再び車窓に視線を移した。
……今更だが、ゴールドーン行きが亡くなった以上、しばらく時間は空くな。
ブラッディマンティスの油田の占拠は避けられないだろうし、それまで何をしようか……?
まあ、ハッピーガーランドのロブスター亭に戻ってから色々と考えるか。
そろそろ鉄道も復旧するし、意外とやることはあるかもしれない。
「グレイ」
「ん?」
「マーシュ、一体誰に狙われているのかな?」
「……さあな」
第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。
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是非、読みたい! 早く晒せ!
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要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
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そんなことよりお腹が減ったよ。