steam and gunpowder smoke chronicles   作:張り子のキメラ

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96話 ナツメッグ邸の一コマ

 

 翌日、ネフロ駅に集合した俺たちは、下りの汽車に乗ってピジョン牧場へとやって来た。

 お世辞にも大きいとは言えないピジョン牧場駅のホームから、辺り一面を覆う牧草地へゾロゾロとビークルを進める。

「うわぁ、ピジョン牧場ってこんなだったか。懐かしいなぁ。いつ以来だろう?」

「博士に作ってもらったステージ装備、あれを最後にメンテナンスしてもらって以来じゃないかな」

「げっ! こんなボロボロになる前に、もっと早く見せに来いって、怒られるかも……」

「ははっ、違いないね」

 バジルとマジョラムの言う通り、彼らがナツメッグ博士に会うのは、本当に久しぶりだろう。

「随分、ご無沙汰しちゃったわね。博士、元気かしら?」

「きっと、ご飯が不味い不味いってブーブー言ってるよ。行き倒れてたりして!?」

「こらこら。でも、確かに……最近、グレイがちょくちょく空けてたし、冗談抜きで困ってるかも」

 セイボリーに反応したバジルとマジョラムが好き勝手に言っているが……まあ、俺と出会う前の博士のさもしい食料事情は、楽団メンバーたち全員が知るところとなっていたからな。

 だが、博士一人でも切って焼くだけの食材なら扱えるし、最悪は以前の食生活に戻ってもらうことも……何だか、本当に孤独死しそうで心配になってきた。

 まあ、ピジョン牧場にはメリー乳業の連中なんかも居るから大丈夫だと思うが……。

 そんな会話をしながらナツメッグ邸へと至る丘に差し掛かると、ふとセイボリーが横に視線を向けた。

「? あれは……?」

 つられて俺も顔を向けると、ピジョン牧場名物のおなじみの面子が居た。

 

 

「オットー兄さん、今度こそ成功しそうですか?」

「もちろんだ、我が弟よ! 今度の【フラップフライヤー】は空中制御に重点を置いた……らしい。ビークルを正しい姿勢に保つことができれば、間違いなくいける……ってウィリーが言ってるぞ」

「うん、まあ……兄さんはそれだけ覚えておけばいいよ」

 オットーとウィリー……何だか、ピジョン牧場に帰ってくるたびに彼らを見ている気がするな。

 珍しく三男のエリッヒも居るが、今は休憩中かな?

「さあ! 俺たちの雄姿を、その目に焼き付けるがいい! 行くぞっ、とうっ! って、のぁ! 前に羊が……ぶべっ!!!!」

「ああっ、兄さん!?」

 勢いよく【フラップフライヤー】を加速させたオットーは、跳び上がる直前に急ハンドルを切った。

 彼らの実験場は牧場のナツメッグ邸前の丘の傾斜だが、湖沿いは低めの柵があるだけの切り立った崖だ。

 当然、あの場所でバランスを崩せば、柵を突き破って……後はお察しだ。

「のおおおぉぉおおおおおぉぉぉぉぉおおぉ!!」

 【フラップフライヤー】は見事に崖下へ落下した。

 スクラップをぶちまける音に次いで、間抜けな噴出音とともに黒煙が上がるが……まあ、オットーがビークルの下敷きになっているわけでもなし、池ポチャもしていないので特に問題は無いだろう。

 あいつならすぐに復活する。

「前にも増して、凄い人たちだね……」

 マジョラムの一言が全てを物語っているな。

 あの兄弟がテストを繰り返すようになったのはそれほど前のことではないので、ご無沙汰の楽団メンバーとはそれほど面識が無いか。

「あれは、一体……?」

「大道芸人さ」

「……そう」

 セイボリーは再び怪訝な表情を見せたが、俺はとくに気にした様子もないように装い、そのまま皆を促して丘を登った。

 そして、俺たちは丘の上に佇む特徴的なフォルムの工房を隣接したナツメッグ邸へと到着した。

 

 

 俺はナツメッグ邸の正面玄関の扉を開き、トロット楽団の面々を家に招き入れる。

 そのまま家の中へと足を進めると、ちょうど休憩中らしきナツメッグ博士が目に入ったので声を掛けた。

「博士、ただいま戻りました」

「む、グレイ、帰って……おお、何じゃ!? お前さんたちも来たのか!」

 俺の後ろのトロット楽団の面々を視認した博士は目を丸くした。

 バニラとコニーはトーナメント前にも顔を合わせているが、バジルとマジョラムとセイボリーは懐かしい顔ぶれだろう

「へへっ、今回はサプライズだよ」

「どうも、ご無沙汰してます」

「お久しぶりです、ナツメッグ博士」

「おお、よく来たな。バニラとコニーも。まあ、座りなさい」

 楽団メンバーがゾロゾロと部屋に入りテーブルを囲み始めるなか、俺はキッチンスペースに移動して飲み物を用意する。

 帰ってきて早々に忙しないが、ここのキッチンは完全に俺のテリトリーだからな。

 濃いめに淹れた紅茶を耐熱ピッチャーに移し、氷を満たしたコップに注いでゆく。

 少し強引にアイスティーを作りながら、俺は窓の外に見える【クラフトマンシップ】を示して尋ねた。

「マルガリータ、来てるんですか?」

「ああ、来ておるぞ」

 何故か眼鏡の奥にニマニマとした笑みを浮かべているが、気にしないことにしよう。

 そして、ダイニングに居る人数より一つ多くアイスティーを用意したところで、工房と繋がる扉が開いた。

「ナツメッグ先生、お客ですか……あ、コニー!」

「マルガリータ! お邪魔してま~す」

「あら、あなたがマルガリータね。コニーから聞いてるわ。よろしく、セイボリーよ」

「あ、初めまして……うわぁ、噂通り凄い美人さんだね」

「やだもう! あなただって素敵よ」

 以前と変わらないマルガリータの姿があった。

 洗いざらしのシャツに作業用の前掛け、飾りっ気の無い髪もいつも通りだ。

 にこやかに挨拶を交わす女子たちに少しほっこりしつつ、俺はアイスティーを配った。

 ちょうど人数分ぴったりだ。

 そして、マルガリータの前にコップを置くとき、彼女は若干ぎこちない動作で俺を見上げてきた。

「……お帰り」

「ああ、ただいま」

 俺が返答すると、マルガリータはフイっと顔を背けてしまった。

 何か言いたげな表情だが……。

 しかし、俺が口を開く前に、マジョラムがミームー村での公演の話を始めた。

 マルガリータも自分の故郷の名前が出たことで、そちらの話に耳を傾ける。

 そして、ナツメッグ博士も招待する旨が伝えられると、博士は嬉しそうに頷いた。

「そうかそうか。せっかくの誘いじゃ。わしも見物させてもらうとするかの」

「やった! 大歓迎だよ、博士」

 バジルが喜びの声を上げるなか、コニーはマルガリータに向き直った。

「マルガリータも見に来るよね?」

「うん、そうだね。コニーの歌、あたしも聞かせてもらおうかな」

 こうして、ナツメッグ博士とマルガリータはミームー村駅の開通記念コンサートに参加することが決まった。

 あとは……メリー乳業はじめピジョン牧場の連中も暇な奴らを誘うか。

 さっきは声を掛けそびれたが、ピートから預かった紙トンビをエリッヒに渡すついでに話しに行けばいい。

「…………」

「ん?」

 ふとマルガリータを見ると、彼女は再び俺の顔をジッと凝視していた。

「もちろん、俺も出るぞ。サックスで全曲乗る予定だ」

「べ、別に! そんなの、聞いてないし……」

 マルガリータは口を尖らせて再びそっぽを向いてしまった。

 どうやら、見当違いだったらしい。

 やけに冷たいが、何か気に障ることしたかな……?

 俺とマルガリータが微妙な空気になるなか、ナツメッグ博士が何かを思い出したような様子で口を開いた。

「おお、そうじゃ。お前さんたち、ビークルの手入れはちゃんとしとるか? 久々に調子をみてやろう」

 ステージバックやステージシールドアームはナツメッグ博士謹製のパーツだ。

 街のビークル修理場ではオリジナルパーツの細かい部分は見てもらえないので、博士にメンテナンスをしてもらった方がいいだろう。

「バニラ、お前さんも色々とビークルを酷使しているだろう。ついでにそっちもメンテナンスしてやる」

「お願いします」

「うむ。ただ、今は工房の方がとっ散らかっておるのでな。ビークルは裏の資材置き場の方に回してくれ」

 

 

 楽団メンバーの皆がビークルを移動させるため外へ向かうなか、マルガリータは俺の手を掴んで工房の方へと誘った。

「来て」

「どうした?」

 何の気なしに、トラブルの有無を聞いた程度の感覚だったが、マルガリータは形のいい眉を顰めて険しい表情を浮かべた。

「……用が無きゃ、あたしと居るの嫌なの?」

「っ!」

 根は理知的な彼女にしては、ヤケに感情的に突っかかる物言いだが……彼女の顔を直視した俺は、思わず固まってしまう。

 マルガリータの顔に浮かんでいたのは、苛立ちとも嫌悪感とも悲しみともつかない複雑な表情だった。

 吐き捨てるような声とは裏腹に、俺の腕を固く握り締めるマルガリータの手からは、彼女の本心が一瞬だけ垣間見えた気がした。

 今日は結構なツンツンモードだったが、俺が知っているマルガリータの気質といえば……気が強くて、どこか抜けていて、斜に構えていて、素直じゃなくて……。

 思えば、コニーやナツメッグ博士に対してはともかく、俺に対してだけはちょいちょいキツく当たってくる気がしていた。

 本心とは裏返しの行動をとってしまうとは何ともベタだが、さすがにこの状況で気付かないほど鈍感ではない。

 本人はあまり意識していないようにも見えるが……マルガリータが放った一言は、俺が彼女の気持ちを理解するのに十分なものだった。

「まあ、いいよ。ほら、ビークル見せて」

 しかし、俺がフリーズしている間に業を煮やしたマルガリータは、俺からキーを引ったくって家を出ていってしまう。

 追いかけようか迷っている内に、マルガリータは工房の整備スペースへ【ジャガーノート】を乗り入れてきた。

 どうすべきか戸惑ったが、とりあえずは俺もマルガリータが居る工房へ向かう。

「大分、酷使したね。ミスリル装甲とはいえ、メンテナンスはしっかりしないと。駆動系もこの前調整したけど、念のため見ておくよ」

 どうやら、【ジャガーノート】は博士ではなくマルガリータが診てくれるようだ。

 よく見ると、工房には組み立て途中のビークルパーツやエンジンなど機器類が散乱している。

 それほど珍しいものではないあたり、博士の研究に直接関わるものではなさそうだが……なるほど、そういうことか。

 工房が散らかっている理由とは、マルガリータの勉強のためだったか。

 俺が居ない間も、マルガリータはナツメッグ博士の教えを受けて研鑽を積んでいたようだ。

 

 

 俺は気まずい沈黙に居心地が悪くなってきたが、マルガリータは黙々と作業を進めている。

 スペースを確保した工房に【ジャガーノート】を搬入すると、脚立に登ってボディ周りとエンジン系統をチェックし始めた。

 流れるようにエンジンの各部を調整していくあたり、もう完全に整備士としての技術や知識でも抜かれたな。

 そうこうしている内に、マルガリータは【ジャガーノート】の調整を終えた。

 あっさりしたものだが、一台のビークルの修理や調整に掛ける時間などこんなものだ。

 特に、優秀な整備士が慣れた機体の手入れをする場合など、要する時間は一瞬だ。

「終わったのか?」

「あ、うん。一応ね……」

「そうか」

 マルガリータの返答を聞いた俺は、立ち上がって彼女を真っ直ぐに見据える。

 彼女は脚立の上なので、俺よりも若干目線が高い。

「あの、さ……」

「っ! と、とりあえず応急的には……えっと……」

 しかし、俺が口を開くとマルガリータは逃げるように捲し立て始めた。

 慌てて顔を逸らすようにして【ジャガーノート】に向き直る。

「あ~、武装の方は……チェーンガンには問題なさそうだね。軽い分解掃除と組みなおしだけでいいかもね」

「なあ」

「ブレードは本格的な打ち直しが必要だね。これは博士に頼んでもらってもいい? あたしじゃ手も足も出ないよ。あと……」

「マルガリータ」

「…………………………………………何?」

 距離を詰めて食い下がる俺に、マルガリータは面倒くさそうに顔を上げた。

 話を遮られて機嫌を損ねたというより、取り繕っているような表情だった。

 そして、彼女が黙々と作業をしている間に、居心地の悪い状態で待っている間に、俺の腹も決まっていた。

「君と居るの、嫌じゃないさ。できればずっと、傍に居てほしい」

「っ!」

 迷った末に俺が選んだセリフがこれだ。

 我ながら、過ぎた会話の内容を掘り起こして、随分とコミュ力が落ちている気もするが……極度の緊張状態においては、誰しもこんなものだろう。

 だが、大切なことは、きちんと伝えた。

 そして、息を呑んだマルガリータは、一瞬だけ不機嫌そうな表情を浮かべたものの、はっきりと答えた。

「……うん。あたしも、あんたと一緒がいい」

 目を逸らしたマルガリータの顔がみるみる赤くなっていく。

 だが、彼女の声ははっきりと俺の耳に届いた。

 はぐらかさず真剣に向き合ってくれた。

 横目で俺の方を窺う彼女の顔は、何とも美しく可愛らしくそそられる。

 ……これ、そういう意味と捉えて大丈夫だよな?

 気まぐれとか、冗談とかじゃ……いや、不器用なマルガリータに限ってそれはないか。

「って! 何言ってるのさ! 馬鹿じゃないの!」

 そんなことを考えていると、マルガリータは俺を振り払うようにして捲し立てた。

 何とも短いデレだったな。

「なし! 今のなし! 大体、あんたは……っ!」

「危ない!」

 次の瞬間、マルガリータは脚立の上でバランスを崩した。

 俺を蹴飛ばそうとした動きが原因のようだが、だからと言って無視するわけにはいかない。

 俺は慌てて転倒しかけた彼女を支えようと手を伸ばした。

 

 

 いい香りがする。

 オイルと煙の匂いに混じって、微かにシャンプーの香りが俺の鼻腔をくすぐった。

 目の前には顔を赤らめる絶世の美女。

 腕を回して体を密着させている姿勢……前世の満員電車だったら、絶対に言い訳ができない状況だ。

 そして、俺の左手には固めのシャツの生地越しにフニョンフニョンの感触が……。

「っ…………」

「す、すまん! その……っ!」

 俺は慌てて手を離した。

 しかし、次の瞬間、俺は更なる強烈な出来事に脳みその回線がショートしかける。

 マルガリータの顔が……とても、近い。

 そして、俺の口元に柔らかく燃えるように熱い物体が押し付けられた。

「んんっ……」

「ぅ、む……」

 夢、じゃないよな?

 マルガリータの方から、口づけを……。

 唇に感じる柔らかさと熱は何とも強烈で、脳内の官能系が一気に刺激される。

「んっ……」

「…………」

 数十秒、いや数分はそうしていたか?

 マルガリータはようやく俺から顔を離した。

 情熱的なキスだったが、技術など欠片も無かった。

 唇を貪るように合わせただけで、歯も当たった。

 しかし……最高に幸せな感覚だ。

 目の前の美しい女性の潤んだ瞳が、スッと通った鼻筋が、真っ赤に上気した頬が、軽くウェーブがかかった髪が、オイルが付着し少し荒れた手が……ぽってりとした唇が、とても愛しい。

 しかし、マルガリータは限界をばかりに目を逸らすと、俺を突き飛ばすようにして体を離した。

「ほら! 邪魔だよ! あんたは整備じゃ役に立たないんだから……さっさと出ていきな」

 俺は成すすべなくマルガリータに工房を追い出された。

 もちろん、腕力や体重の差からすれば抵抗はできたが、そんな気は起きなかった。

 背中で扉が閉まり、内側からガチャっとカギがかけられた音を聞きつつ、俺は自分の唇を指先でなぞる。

「今の……」

 何とも、現実感が無い出来事だった。

 それから俺は、楽団メンバーと合流しミームー村に向かいライブの準備をしたわけだが、メンバーやミームー村の住民とどのような会話をしたのかよく覚えていない。

 そして……翌日のミームー村での駅開通記念コンサートは、全く演奏に集中できなかった。

 

 

第二章『ポンコツ浪漫大活劇バンピートロット2』の二次創作について。

  • 是非、読みたい! 早く晒せ!
  • 要らねぇわ、ボケ。シャシャんな!
  • そんなことよりお腹が減ったよ。
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