空海は、現代日本で何をする?
買い物
平成二十六年(2014)一月の最後の火曜日。
俺がバイトから帰ると、部屋では空海が何だか難しい顔をしてテーブルの前に座っている。
「おお、ええにおいや。炊き込みごはんやな」
俺がうれしげに言っても、空海は反応しない。
「どしたん、空海。えらい難しい顔しよおな」
俺が思わず心配してしまうほどのコワい表情をしていたが、声を掛けるとその表情はスッと消えた。
「お帰り弘史」空海は淡々と応えた。「いや。別に何でもないで」
「『別に』ちゃうで。何か悩み事でもあるんか?」
「悩みってほどやないんやけどな」
「ふん」
「買い物ってムツカしいなぁ」
「はあ?」
「今日、火曜日やろ?」
「そやな」
「大抵のスーパーは割引の日なんや」
「そやったかな」
「で、先ずマルハチへ行ったんや。そこでバナメイエビが百グラム九十五円やったんや。で、十尾で大体百五十グラムで三百三十三円税別やな。玉子Lサイズ十個一パックで百二十八円。ソースもイカリのウスターソースとお好み焼きソースで各八十八円一人二本までやったんで、二本買うたった。で、豚肉は百グラム九十五円やったんやけど、メキシコ産やったから、やめといたんや」
「なるほど」
「で、次にマルアイに行ったら、国内産豚肉が三百四十グラム五百円やったんや。国内産のが欲しかったからそれはええんやけど、こっちでは五百円以上買ったら、玉子一人一パック限定で百円やったんや。何か損した気分やろ?」
「確かに何か凄い損した気分やな」
「しかも、イカリソースとハインツのケチャップ各九十五円一人二本までやったんや。それやったらソース二本も買わんでも良かったなて」
「中々ムツカしいな」
「結局ハインツ一本九十五円で買うてもたわ」
「空海て、結構細かいんやな?」
「どうせなら、安く済んだ方がうれしいやろ」
「そやけどな」俺は笑いながら言った。「一ヶ所で買い物済んだら、それでええかなぁ思うけどな」
「そうなんや」
「あくまで俺の場合やけどな。俺は、手間や時間を金で買うタイプやねん」
「どういう事や?」
「俺な、例えばマルハチに入ってグリラベ買って、ハーゲンダッツも欲しなったら、マルアイの方が安くてもマルハチで買い物済ましてまうねん」
「ほう」
「次の店に移動する手間賃を
「なるほどな」空海は笑った。「そやから弘史はお金が貯まらへんのやな」
「放っといて」
「別に、買い物に正解不正解なんてあらへんのやろうけどな」
「そらそうや」
「でもな、上手にお金使えば、より多く色んなモン買えるで」
「そうなんやけどな~」俺は肩をすくめた。「メンド臭いが先に立ってまうねんな~」
「あと、弘史、新商品とか期間限定とか好きやんか」
空海は笑いながら台所横の段ボール箱を指差した。それは、俺が見付けるたびに買って来るカップめんやスナック菓子で一杯である。
「そういうのに弱いねんなー」俺は笑うしかなかった。「特に"期間限定"ってのはあかんな。つい買うてまうんや」
「気持ちは判るけどな。でも言うほど食ベへんから、なかなか減らへんよなあ」
「むしろ増えてく気ぃするな」
「せっかく買うても、早う食べんと味変わってまうで」
「ホンマやな。なるべく気ぃ付けるわ」
俺はちょっとだけしゅんとした。
「まあ、人間が生きて行く上で、好奇心って大事やけどな」
「何や、フォローしてくれはるんか?」
「好奇心って言い換えれば向上心やしな。新しい知識を手に入れて、自分を成長させたいってのは、誰でも持ってる欲求やもんな」
「そうやろ。空海やってそうやんな?」
「ああ。俺も人一倍好奇心旺盛やで。あれも見たいこれも知りたい。この世界は謎と不思議で一杯や」
「そうやろ?やっぱり新しい物とか珍しい物って気になるやんな?それが目の前にあったら、買うてまうよなあ」
「好奇心は大事やな」空海は笑って言った。「でもな弘史、"好奇心猫を殺す"とも言うで」
「何や、上げたり下げたり忙しいな」
俺は大袈裟に舌打ちをした。空海は笑いながら立ち上がった。
「とりあえず、晩ご飯食べようや」
翌日、俺が買って来たコンビニの袋を見て、空海は薄く笑った。
「何や、やっぱり改めてへんのやな」
「でもな空海、このカップめん見てみ、こんな味の奴、今まで見た事ないで」
俺は、自分のスタイルを貫く事にした。
20190513