空海なら、現代日本で何をする?   作:宝蔵院 胤舜

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救済

空海は、現代日本で何をする?

 

 

救済

 

 

平成二十六年(2014)二月三日。世の中は節分である。

「SE〇YU」バイトが昼番だった俺は、午後七時半を回った所でレジの集計を正従業員であるナカさん(76才女性)に頼むと、仕事終わりを見据えてサッカー台の掃除を始めた。

買った物を袋に詰めるだけの台だが、やはりどうしても汚れが付いたり、ゴミが落ちたりするもので、キッチリ拭き上げようとすると、結構時間も掛かるし力も入る。

一心不乱に台を拭いていると、すぐ横に買い物カゴが置かれた。

「あ、すいません。すぐ済みますので」

そう言って移動しようとした俺に、買い物客が声を掛けて来た。

「大丈夫やで気にしんでも。お仕事続けてや弘史」

「何や空海か」

その客は空海だった。いつものジャージに雪駄、頭に白タオルの出立ちだ。

「あれ、今日は須〇寺バイトやったんちゃうん?えらい遅いやん」

「ちょっと後住さんと話し込んでもおてな」

「53て何や?」

「ゴジュウサン。副住職の事や。あの人、かなりの野心家やな。色んな事を語ってたで」

「お坊さんで野心家て。世界征服でも狙っとぉのか?」

「仏教が世界征服したら平和になりそうやけどな」空海は静かに笑った。「ちょっとちゃうな。でも前向きな考えやと思たで」

「ヘー、確か若いお坊さんやんな。色々考えてはんねんな」

俺はビニール袋のロールを取り換えながら答えた。

「何や、最近は『葬式仏教』いうて、仏教は死んだ人しか相手にせえへん、なんて言われてるらしいな」

「そうやな。結婚式や七五三なんかは神社で、葬式や法事はお寺で、ていうのが今頃の常識やもんな」

「後住さんは、それではアカン、て言うてた。『元々仏教は生きている人々の指針とか目標になる教えなのに、今は小難しい言葉を並べて死者の弔いばかりでお茶を濁している。それではダメだ』て」

「何で標準語なん?」

「後住さん、関東の人やて」

「なるほど」

「ほんで、お寺本来の役割を取り戻したい、ていう事で、手始めに『法話』から始めたんやて」

「ほう」

「ひと月に一度、仏教の言葉を選んで、なるべく平易な言葉で説明するようにした文章を印刷して、皆に配ってるんやって」

「努力してはるんや」

「確かに、仏の教えは表現が複雑になって、解り難くなってるのは事実やからな。一般庶民に判り易く説き聞かせるのは、仏教本来の姿やと思う」

「凄いやん後住さん」

「でも、やはりまだ若い、という事もあって、批判される事もあったらしいわ」

「どこにでも文句言う奴はおるんやな」

俺は溜め息混じりに言った。

「若造が綺麗事を言うな、みたいな事言う輩が必ずおんねんな、いつの時代も」空海は肩をすくめた。「ただ、歴史は若い衆が紡いで行くもんや。それに、大事やねんで綺麗事」

「そうなんか?」

「そりゃあこの世は辛くて厳しくてしんどくて世知辛い、暗くて汚くて恐ろしい所や。だからと言って常に現実的で逃げ道の閉ざされた身も蓋も無い話ばっかり聞かされたって、気が滅入るばかりやろ?」

「確かに救いが無いなぁ」

「考えてみいな。汚れた水でどんだけ洗(あろ)ても、服は綺麗にはならヘんやろ?人の心も同じやねん。綺麗な言葉で清めなんだら、いつまで経っても綺麗にならへんねん」

「なるほどな」

「綺麗事でも絵空事でもええねん。良い事、美しい事、正しい事を真顔で説き続けられるのが宗教のええトコやねん。皆、実践したくてもでけへんけど、普段は真逆の事してるけど、心の中で正しい事を考えてるって事は間違いや無い、と言って欲しいんや」

「ああ、そうかもなぁ」

「そう言うのも、『救い』の一つなんやで」

空海はそう言うと、笑顔を見せた。何となく安心出来る笑顔だ。そして空海はその笑顔で言った。

「もうタイムカードを押さないといけないんちゃうか?」

 

数分遅れでタイムカードを押した俺がスタッフルームから出て来ると、足元の覚束ないじいさんとすれ違った。結構な酒の臭いがした。

そのじいさんは、レジ操作を終えたばかりのナカさんに絡み出した。どうやら節分の豆を探しているらしいが、商品はほとんどが売り切れていて、子供用の鬼の面が一緒になった豆菓子くらいしか残っていなかった。

「わしの孫に買ってってやろう思とったのに、無いてどーゆー事やねん」

「すいませんねぇ。でももう残ってないんです」

ナカさんは何とか取りなそうとしているが、酔っ払いじじいは聞き入れようとしない。

そのうちじじいは激昂して来て、ナカさんに掴み掛からんまでの勢いになって来た。

「こりゃあかんな」

止めに入ろうとした俺を、空海が押さえた。

「あんな乱暴な言葉でも力はあるんや。勿論良い言葉にも力はある。"言霊"は存在するんやで」

空海はそう言うと、大声で喚き続けているじじいに近付いた。

「もしもしおじいさん」

空海は優しく声を掛けた。

「何やお前、何か用か?」

じじいは凄い剣幕で空海を睨みつけた。

「おばちゃんが困ってるやないですか」

空海は動じない。

「うるさいわボケ!わしは孫に豆を買って帰りたいんや」

「あんまり人に迷惑を掛けるのは良くないですよ。人に悪意をぶつけると、それは自分に返って来ますからね」

空海はそう言った後、じじいに近付いて何かを囁いた。俺にはその声は聞こえなかったが、じじいは一発で黙り込んだ。

「せっかく孫の為にしようとしてるのに、そんなんイヤやろ?今日はもう大人しく帰りなさい」

空海にそう言われて、じじいは何か言い返そうと口を開きかけたが結局は何も言わず、鬼の面が一緒になった豆菓子を買って帰って行った。

そんなじじいの背中を見つつ、俺は口を開いた。

「なあ空海、今じじいに何ゆうた?」

「『買ったその豆であんたが外に追い払われるで』って言うてあげた」

「あ、それツラいな」

あの酔っ払いじじいが救われたかどうか、俺には判らない。

 

 

 

20190607

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