空海なら、現代日本で何をする?   作:宝蔵院 胤舜

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三月二十一日(前編)

空海は、現代日本で何をする?

 

 

三月二十一日(前編)

 

 

平成二十六年(2014)四月中ば頃。桜も大かた終わりかけて、日向(ひなた)は陽差しが強いが、陽陰や屋形(やかた)の中はちょっと肌寒い、そんな気候である。

俺がバイトから帰って来ると、空海は既に台所に立って何やら料理をしていた。

「ただいま」

「おお、お帰り弘史。お疲れさんやったな」

空海はそう言ったが、何やらいつもの元気さが無い気がする。

「どうした空海、どっか調子でも悪いんか?」

俺は何げなく尋ねたのだが、空海の反応は少々変だった。

「いや全然何ともないで。めっちゃ元気やで」

「その返し方は、明らかに調子悪いって事やな」

俺は言いつつ、空海の額に手を当てた。普段はむしろ冷たいくらいに感じる彼の額は、少し温かかった。

「何や、熱があるんか」

「大した事ないわ」

「普段元気な人に限って、体調をこじらせるまでガンバってまうねんで。ほれ、綿入れでも着て座っとき」

俺は空海を台所から追い出すと、コタツに座らせた。

コンロの上では、お湯の中で野菜がグツグツと煮立っている。既にブイヨンが投入され、流しの横にハ〇スのシチューの箱が置いてあった。

「シチューか。今日はちょっと冷えたもんなあ。完成させたるから待っとってな」

俺は言いつつ、シチューのルウの箱を開けた。二人分だから、半分あれば十分だ。少しアクを掬ってから火を止め、ルウを割り入れ、溶けるまで少し時間を置く。

「そう言えば、今日な、『SE〇YU』でな…」

振り返って空海に声を掛けようとしたが、空海はコタツにうずまって舟をこいでいた。

珍しい事もあるもんやなあ。

俺は台所を離れると、押し入れから肌掛けを引っ張り出して、空海の肩に掛けてやった。

何か疲れてるんやろうな。とりあえず、シチューが出来上がるまでは寝かしといてやろか。

俺はそう考えながら、冷凍庫からジップ〇ックのタッパーを二つ取り出すと、電子レンジに入れた。冷凍しておいたご飯だ。

空海は、シチューが出来上がるまで目を覚まさなかった。

 

次の日、俺はバイトが無かったので、目覚ましもかけず、自然に起きた。スマホを引き寄せて時間を確認すると、午前九時を回っていた。その割には暗いな、と思って部屋を見回すと、窓のカーテンが閉じたままだった。いつもは大体は空海が早く起きていて、カーテン類は開けてくれているのだが。

今日は暗いうちにどこか出掛けたのかな、などと思いつつ体を起こすと、隣の布団に人の気配があった。

ギョッとなって覗き込むと、空海が横になっていた。それも、何だか苦しそうだ。

額を触ってみると、かなり熱い。

「空海、大丈夫か?けっこう熱あるで」

俺の問い掛けに、空海は薄目を開けた。

「大丈夫や。もう起きるわ」

空海は弱々しい声で言った。

「全然大丈夫ちゃうやん。ええから、そのまま寝とき」

俺は台所に行くと、薬箱をあさって病院で貰った抗生物質の残りを取り出し、冷蔵庫の中の「蒟〇畑」とコップの水を持って、空海の所へ戻った。

「まず蒟蒻食べて、次に薬呑み。呑んだらまた横になるんやで」

俺は言いつつ、空海が上半身を起こすのを助けてやった。ここまで弱った空海を見るのは、彼と出会ってから初めての事だった。

空海は蒟〇畑を何とか食べ、薬を水で流し込んで、大人しくもう一度横になった。

「済まんな。何か体がだるいねん」

空海はか細い声で言った。

「そりゃあ、調子悪い時もあるわいや。ゆっくりしとき」

「ありがとな」

空海はそう答えると、そのまま眠ってしまった。

俺は水を絞ったタオルを空海の額に乗せると、コタツに潜り込んだ。

考えてみりゃあ、けっこう大変な事だぞこりゃあ。

俺は顎をコタツの上に置き、溜め息をついた。この一年、何だか当たり前のように空海と過ごして来たが、これまで彼は体調を崩した事も無かったし、そんな事は無いものだと勝手に思い込んでいた。

すっかり忘れていたが、空海は今だ正体不明なのである。

免許も保険証もマイナンバーもパスポートも持っていない。医者に行く事も出来ないのである。

寝てたら治るような病気ならまだ良いのだが。

明日バイト、しかも早番が入っているが、空海一人で大丈夫だろうか?

そんな事を考えていると、布団のから空海が何とか聞き取れるくらいの声で言った。

「一人で大丈夫や。心配せんでバイト行ってや」

「何で考える事判ったん?」

「お前は良い漢やからな。そんな事気にしてくれてる思ただけや」

「ホンマに行けるか?何やったら休み取るで」

「仕事場も大変やろ。そっちこそ無理したらあかんで」

空海に逆に心配されてしまった。

「人の心配なんかせんと、しっかり寝とき」俺は苦笑しながら言った。「一応この間のシチューをお椀に入れとくさかい、お腹空いたらチンして食べるんやで。あかんくても、蒟蒻枕元に置いとくし、それ食べて、薬は呑んどきよ」

俺は立ち上がると、空海の額のタオルを交換した。タオルはすっかりぬるくなっていた。

薬効いたらええけどな。

俺はしんどそうな空海の顔を見下ろしつつ、小さく息をついた。

 

 

つづく

 

 

 

20191130

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