実は、「空海は―」の内容だったのです。
月下の拳士
俺はこの所、二、三日に一度は夜の散歩に出ている。位置情報を活用したスマホゲームで、モンスターを集めているのだ。
満月の明るい午後十一時頃、いつものサッカー場の前まで来ると、昨日までは居なかった人影があった。何やら踊っているようにも見える。
近付いてみると、どうやら踊りではなく、拳法の練習っぽかった。よく知らないが、太極拳みたいな型をやっている。俺は、モンスター集めの事など忘れて、その型に見入ってしまった。
月明かりの下、強い踏み込みや鋭い突きを操り返す姿は、何やら神々しさすら感じた。
彼が練習を終え、立ち去って行く後ろ姿を見送って、そこで初めて自分が彼を見続けていた事に気付いた。
翌日の夜も、俺はサッカー場へやって来た。月光に照らされた彼の姿が瞼から離れなかったのだ。
彼は今日も練習をしていた。今日はスキンヘッドの男と一緒だった。スキンヘッドの男は弟子なのか、何やら技を教えているらしかった。しかし、そこへ周りから半グレっぽい男どもが十人ほど駆け寄って来て、彼らを取り囲んだ。手に手に金属バットや鉄パイプを持っている。
何かヤバい所に出くわしてしまった。
関わり合いになりたくない、という思いより、彼がどうするか、という興味の方が勝った。
俺は、その一部始終を見る事になった。
「おい、お前、昼間は随分と世話になったなぁ」
半グレの一人が大声で言った。
「お前らが街の中で他の人達に迷惑をかけてただけやろ」
「うるせえ!お前のせいで、俺達は面目丸潰れなんや」
「それはお前らの問題やろ?俺の知ったこっちゃない」
「ぶっ殺す!」
半グレはそれぞれの武器を振りかざしたが、彼は涼しい顔だ。
「先生、この場合、どうしたらエエやろか?」
スキンヘッドが彼に尋ねた。
「助さん、懲らしめてやりなさい」
彼は笑いながら言った。
「ふざけんな!」
半グレが雄叫びを上げ、バットを振り上げた。
その後の事は、まるで現実感のない、夢の中の出来事のようだった。
彼とスキンヘッドは、それこそ踊るような動きで次々と半グレ連中を打ち倒して行く。結構殺伐とした光景なのにも関わらず、青白い月の光の下では何かしら美しい映画のワンシーンのように見えた。
十人の半グレはあっと言う間に全員が打ち倒され、地面でのたうち回っていた。呆然と見ていた俺の横を、警官が通り抜けて行った。サッカー場入口にある交番の警官だろう。
彼とスキンヘッドの二人は、お互い頷き合うと、正反対の方向に走り出した。
その後、パトカーや救急車がやって来て、現場は騒然となったが、半グレが昼間にも騒ぎを起こしていた事、そして自分達を外傷させた相手を訴えない、とした事で、今回の件は半グレ同士の人騒がせなケンカ騒動という事で決着がついた。
それ以来、あの拳士の姿は見ていない。
終
20190905
ちなみに「俺」は、弘史ではありません。念の為。