クソッタレな御伽噺を覆すために黒兎が頑張るそうです   作:天狼レイン

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 何を血迷ったか、リィンアル小説執筆と相成りました。
 いつも通りの作者、天狼レインです。黒歴史製造機です。
 あらすじやタグで分かる通り、ネタバレご注意な作品となっていることを再三警告致します。

 さて、今作品は閃の軌跡IVノーマルエンド後の話となります。タグで分かる通りの展開が既に予想されていると思いますが、何卒よろしくお願いします。ちなみに私は逆行モノに少々疎いため、アドバイスがほしい有様です。親切に感想欄や評価時に教えてくださると助かります。

 忘れないうちに宣言しておきますが、今作品は伏線を張りながら、それを回収していく流れとなっていますので、ここに至るまでの過去明かしを早々に求める我慢強くない方はブラウザバック推奨です。

 少々登場キャラの魔改造チックな展開もありますが、そこは原作よりも難易度を上げたりして対応しようと考えておりますので悪しからず。タグにてオリキャラとありますが、これは作品の流れの幅を広げるためです。原作キャラのみ投下も考えましたが、少々力量不足を感じましたので、お許しください。




『I』序章
1.Re:start


 

 

 

 

 

 

 

 リィン・シュバルツァーは、呪いの本体———《黒きイシュメルガ》の悪意を抑えることが出来なかった。

 

 その可能性は、残念ながら誰もが絶対に無いとは断言できないものだった。ギリアス・オズボーン———前世では、かの大帝ドライケルス・ライゼ・アルノールであった彼ですら蝕み続けたそれを、未だ若輩の身であるリィンには抑え込むことすら出来なかった。元より〝贄〟として選ばれていたことも原因だったのだろう。

 

 積もりに積もった悪意の化身。それは以前から———《北方戦役》時からリィンの身体を蝕み続けていたこともあり、引き受けた直後その身への侵食はあっという間に加速した。起動者(ライザー)である彼がそれほどの代償を受けた以上、当然彼が駆る他の同類を下した《騎神(エクセリオン)》たるヴァリマールの身体にも、誰の目から見てもその影響が顕著に現れていた。それが最早手遅れであることは、《根源たる虚無の剣》となったミリアム・オライオンは無論、唯一最後まで共に戦った起動者である不死者———クロウ・アームブラストの口から語られた。

 

 誰もがその事実を是としなかった。

 誰もがその真実を信じたくなかった。

 誰もがその絶望を認めたくなかった。

 

 ———けれど、現実は優しくなかった。

 

 リィンは分かっていた。

 こうなる可能性があったことを。

 最後まで諦めないと宣ってみたが、結局妥協しなければならなかったことを。

 己が身に集った絶対悪の結晶。それが放つ呪いが、今こうして背負ったことで、最早地上に残すことすら許されないことを。

 

 残された選択はただ一つ。

 大気圏外へと飛び立つことで、その悪意を地上から遠ざけること。

 そうすることでしか、大切な人達を守れないと分かってしまったから————

 

「そんなの駄目だよ!!」

 

「何か方法はあるはずだ!!」

 

 エリオットさんが叫ぶ。

 ———その選択が如何に残酷な結果を齎すのかを悟ってしまったから。

 マキアスさんが手を伸ばす。

 ———まだ諦めてはいけない。君もそう言っていただろうと。

 

「てめええ!!

 ふざけんじゃねえぞコラアア!!」

 

「教官、嘘ですよね!?」

 

 アッシュさんが咎める。

 ———たった一人で犠牲になろうとしている彼の在り方を。

 ユウナさんが問う。

 ———そんな選択しか選べなくなってしまっていたのかと。

 

 そして———わたしも、何も出来なかった。

 

「い……や……。

 ……嫌です……そんな………」

 

 リィンさんとの思い出が、大切な日々が脳裏に浮かびあがる。〝人造人間(ホムンクルス)〟として生まれて、これまでの人生の大半以上を過ごしてきた大切な人が、手の届かない場所に行ってしまう———。それがどれだけ恐ろしいことか。寂しいことか。悲しいことか。辛いことか。苦しいことか。全て、分かってしまった。

 

 あの夜交わした言葉が、約束が胸の奥で強く痛みを発する。レオノーラさんと話して漸く理解でき始めたこの想いが———彼のことが〝すき〟という〝感情〟が、その切なさを増していく。暖かく、それでいてもやもやするのに、とても嬉しくて、でも泣きたくなるような———この想いが苦しくて仕方がなかった。

 

 ずっと一緒にいると、見届けてほしいと約束したのに———それが叶わなくなる。もう二度とリィンさんの声が、温もりが、優しさが感じられなくなってしまう。その現実がとても怖かった。

 

 他の皆さんの声が聞こえなくなるほどに動揺していた。胸の中で渦巻く〝感情〟に流されそうになる。離れたくない。離れたくない。お願い———わたしを、独りに、しないで………。

 

 その間にも、リィンさんは———ヴァリマールと共に空へと飛び立つ。その後を、クロウさんが、《蒼の騎神》オルディーネと共に舞う。その手には、ミリアムさん———おねえちゃんもいて。

 

『ま、付き合うぜ。

 こっちも予想通りだ。……旅は道連れってな』

 

『ニシシ、ボクもタイムリミットみたいだし』

 

『クロウ、ミリアム……。

 ———ああ、それもそうだな』

 

 二人は既に死者だ。この《黄昏》が終わると同時に消滅してしまう存在。このまま地上にいても、その結末は変わらない。それも、分かってはいた。誰もがそうなることも予想できていた。

 けれど、それでも———

 

「クロウまで……」

 

 エリオットさんが涙ぐむ。

 ———お別れは済んでいたはずだった。でも、やっぱり悲しくて。今度こそ会えなくなるんだと分かっているから。

 

「ミリアム、俺は……!!」

 

 ユーシスさんが手を伸ばす。

 ———ずっと支えてくれた少女が何処かへ行ってしまう。何気ない気遣いをしてくれていた彼女が消えてしまう。

 

「……おねえちゃん……!」

 

 やっと素直に呼べるようになったのに……。リィンさんだけでもなく、彼女も行ってしまう———。

 その事実が、真実が重みとして強くのしかかる。

 

『悪い、抜け駆けするぜ』

 

 こちらに振り返ったまま、クロウさんが告げる。

 

『みんな、元気でねー!』

 

 おねえちゃんがお別れを告げる。

 

 そこでわたしは耐えられなくなった。《クラウ=ソラス》を呼び出し、その腕に乗ってリィンさん達の元へ行こうとした。地面が遠ざかり、三人がいる場所へ飛び立つ。皆さんが驚愕の声を上げ、制止するのも無視して、ただ彼らの元へと———しかし、それは叶わなかった。

 

『アルティナ』

 

 リィンさんがわたしの名を呼んで———行く先を阻むようにヴァリマールの手を伸ばし、制した。それはまるで、()()()()()()()()()()()、と言っているかのように。

 その行動は、言葉となって現れた。

 

『君には、残ってほしいんだ』

 

「……え…………」

 

 訳が分からなかった。どうして。どうして一緒に行かせてくれないのか。わたしはリィンさんと———ずっと一緒にいたいのに。独りになりたくないのに、何故………。

 

「……何故……ですか……。

 わたしは……一緒に行けないんですか……」

 

『……ああ。俺の悪い癖なのは分かっているさ。

 でも、君まで巻き込みたくないんだ。この呪いは、俺がどうにかしなくちゃいけない。だから———ごめん、約束守れなくて』

 

「——————」

 

 いつも……そうだ。

 また、わたしを巻き込まないと。個人的な用事だから、自分のやらなくちゃいけないことだと言って、独りで抱え込もうとする。

 いつかの時のように、また———

 

「———ふざけないでください……!

 わたしは……まだリィンさんに庇われ続けるほど弱いんですか……! これからもずっと……一緒にいたいのに、そんなことすら……許されないのですか……!」

 

 〝感情〟が爆発する。また置いていこうとするリィンさんへの怒りと、一生離別してしまうかもしれない悲しみと、クロウさんとおねえちゃんへの嫉妬と———最早言葉にできないほどのたくさんの想いがせりあがって、制御できないほどに膨れ上がる。怒っているのか悲しいのか苦しいのか辛いのか悔しいのか……もう何が何だか分からないまま、わたしは叫び続けるしかなかった。

 

 そうしなくちゃいけないというリィンさんの言葉も、考えも、想いも本当は分かっている。分かっているのに———わたしは()()()()()()()()()()

 張り裂けそうなこの想いが、〝感情〟が冷静さを失わせているのも分かっていながら、それでも———わたしは……貴方と一緒にいたかった……!

 

「……わたしは……リィンさん……と……いっしょに………」

 

 震える手を伸ばす。———この手を握ってほしくて。

 震える手を伸ばす。———一緒に連れていってほしくて。

 震える手を伸ばす。———これからもずっと一緒にいてほしくて。

 

 けれど———

 

『———ごめんな、アルティナ。やっぱり連れていけない』

 

 申し訳なさそうに、リィンさんはそう告げた。

 その言葉が耳朶を震わせた時には、糸が切れるように身体が崩れ落ちた。腕の上に立ち上がっていた身体を、辛うじて《クラウ=ソラス》が抱き止めるのを理解する。精神的に負担がかかりすぎて限界が近かった身体は、もう一度立ち上がる力も残っていない。

 下降するわたしとは裏腹に上空に佇むリィンさん達を見つめる。ああ……わたしは独りになるんだと、虚ろな瞳で最後の彼の姿を捉えようとする。

 そんなわたしの様子を見ていたのか、リィンさんは優しく安心させるように、今度こそと宣言する。

 

『でも、大丈夫だ。安心してくれ。

 ———いつかきっと()()戻ってくる。だからその時まで、こんな俺の帰りを待っててくれないか?』

 

 とても優しく、蠱惑的な言葉。

 置いていかれるわたしに、わたし達に向けられた次の約束。守れなかった先の約束の代わりに結ばれる、〝今度こそ守ってみせる〟という想いが込められたもの。

 

 ああ———本当にリィンさんは……卑怯です。

 とても不埒で、呆れるくらい朴念仁で、よく子供扱いする———でも、やっぱりわたしはどうしようもないくらいそんな彼のことが〝すき〟なんだと。今の言葉を信じてみたいと、心の底から思ってしまった。

 ヴァリマールの中にいる彼の顔は見えない。見えないというのに———優しくて、不埒で、守りたいリィンさんの笑顔が見えた気がした。

 

 その笑顔に、わたしが返せるものはほとんどない。

 でも、()()()()()()()()()

 だから、わたしは自分にできる最高の笑顔と、今度こそ約束が果たされるようにと、精一杯の言葉を絞り出して———

 

「……はい……待って……います。……ずっと、ずっと……わたしは……待っていますから……。……必ず……帰ってきてください………!」

 

 無事にリィンさんとまた再会できる日を待つことにした。

 彼が残してくれた、新しい約束を胸に———いつか訪れるその日まで生き続けてみせると、返した言葉の言外を自分に言い含めて。

 

『———ああ、必ず帰ってくるよ』

 

 そう言って———リィンさんは、

 

『それじゃあ、また。

 ———ありがとう、楽しかった!』

 

 皆さんの方にも向き、心の底からの感謝の言葉を告げて、大気圏外へと。

 クロウさんとおねえちゃんを連れて———リィンさんは飛び立っていった。

 

 その背を見送ることにして、なおやはりわたしは悲しかった。寂しかった。苦しかった。辛かった。

 けれど、約束をした。リィンさんは、必ず帰ると()()()()()()()

 だから———信じられた。信じて待とうと思えた。帰ってきてくれた時にとびっきりの笑顔を見せられるように。あの夜約束したことを守れるように。リィンさんが〝すき〟なこの想いが変わらないように。彼が帰ってくるその時まで、ずっとずっと待ち続けようと心に決めて———わたしは前を向いて歩き続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————()()()()()()()()()()()()()()………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 その覚醒は、造り上げた者達からしても異常なものだった。本来この時目覚めるのは、ミリアム・オライオンとなる少女だけ。その予定に変更はない。あるはずがなかった。こののち、彼女の記憶消去を行い、かの《鉄血宰相》へと貸与する。その予定だった。それこそが計画された流れの一つであった。

 

 しかし、その予定は明らかに狂った。目覚めるはずのない《Oz74》———のちのアルティナ・オライオンの覚醒。この場にいる誰もが余計なことをしてなどいない。その覚醒は、意図的に目覚めさせられたものとは違う。まさに偶然の産物。女神の嫌がらせかと思えるほどに、彼らは戸惑いを覚えた。それがどれほど、計画を狂わせたのか。その心境はそう理解できるものではない。

 けれど、狂った以上は僅かな誤差と修正を要された。無理やりにでも元に戻す必要があった。

 

 《黒き終焉》のアルベリヒは言う。

 ———もう一度眠らせ、覚醒を予定通りの時期に戻すべきだと。

 

 しかし、かの《鉄血宰相》は言った。

 ———全てが予定調和であることは有り得ない。ならば、私は()()()()()()()()()、と。

 

 下された主の決定に、彼は逆らえなかった。渋々といった様子でそれに従い、しかし、記憶消去だけは滞りなく済ませることだけは確実なものとした。この場所は秘匿されている。この地を知っている者は、それこそ主とそれに従う我ら。そう在るべきと、彼らは躊躇うことなく二人のオライオンに記憶消去の処置を行った。特にアルティナ・オライオンとなる少女には念入りに行った。その異常な覚醒が不安を掻き立てたためだろう。

 

 

 

 そうして———アルティナ・オライオンは、二度目の覚醒の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ん……」

 

 意識が表面へと浮き上がる。

 口許から僅かな息が洩れる。呼吸音が小さく音を出す。

 五感が少しずつ働き始め、始めに聴覚が、嗅覚が、触覚が動き始める。重い瞼の存在を自覚し、それが持ち上がる。飛び込んできた情報の群れに、一度は眼を瞑る。眩しいと感じたのだろう。とはいえ、それは僅かな間だけ。ゆっくりとそれが当然であるかのように慣れていき、しっかりと瞼が持ち上がりきった。視覚が働く。脳が目で捉えた視覚情報を処理していく。

 

 まず、色と運動、輪郭などが抽出される。

 続けて、位置や形がハッキリとなる。

 そして、上下左右の反転などを経て、複雑な情報が目に映る光景と化した。

 

 そこにいたのは、一人の男性だ。持ち得る最低限の知識から、その男性がなかなか高齢であることは分かる。恐らく四十後半か。そうしている間に、その男性はこちらが目覚めたことに気づいた。振り返ったその男は髭を蓄えていた。憮然と、それでいて毅然とした風格ある人物。鍛え上げられた肉体が服の上からでも窺えるのは、彼が元はそうしなければならないような環境に身を置いていた証なのだろうと、〝わたし〟はふと思った。

 

 何処か他人事のようなこの感覚は、仕方がないことだった。〝わたし〟は自分が何なのかすら覚えていないのだから。記憶を消去され、貸与されたことすら〝わたし〟はまだ知らない。本来なら、それを知ることになるのはもっと後のことだ。

 

 だが———

 

「————目覚めた気分はどうだ?

 〝()()()()()()()()()()()〟君」

 

 ()()()()()()()()

 それが———覚醒条件(トリガー)だった。見た目に何らかの変化は無かった。変化があったのは内面だ。何かが間違いなく起きていた。手を頭にやり、響くような頭痛に顔を顰める。歯を食いしばり、その痛みに耐える。その間にも、それは起きていた。

 起きていたのは、()()()()()()。記憶消去によって喪われた、工房での記憶だけではない。〝()()()()()()()()。その全てが取り戻されていく。

 ———否、その全てを()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミリアムさん(おねえちゃん)()()()()()()()()

 

 《()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()()、全てを思い出した。

 

 

 

「——————」

 

 頭痛は止んでいた。もう全くと言っていいほど痛くない。顰めていた顔はすでに無く、手は頭から離れ、先程と同じ体勢へと戻っている。何もかもが元通りのはずだった。

 

 だが、()()()()()()()

 

「————成功、した………?」

 

 第三者から見れば、何故彼女が驚いているのかすら分からない光景がそこにはあった。ただ自分の両手をじっと眺めている。それは全く以て異質だろう。歪であり異常だ。その口から洩れた言葉が、さらに気味の悪さすら感じさせるだろう。

 目の前に自分以外の誰かがいることすら忘れ、()()()は記憶にある思い出を一つ一つ思い返していく。誤認がないか。誤差がないか。違いはないか。全く同じか。おかしな点はないか。全て確かめていく。

 

 そして———確信する。

 ()()()()は、間違いなく成功したのだと。

 それを実感すると、小さくガッツポーズを取りたい思いに駆られた。半ば無意識にその行動を取ろうとして———我に返った。

 

「————あ………」

 

 漸く、わたしは気がついた。

 こちらを見る誰かの目があることを。

 それが、《鉄血宰相》と呼ばれたギリアス・オズボーン———リィンさんの父であることを。

 

 完全な失敗。犯してはならない過ちだった。

 あらゆる手を尽くして繋いだ成功を、たった一瞬で無駄にしてしまったと、わたしは理解した。やってしまったと。やらかしてしまったと。ことこの時だけはおねえちゃんに文句は言えないと思ってしまった。

 

「フム」

 

 焦るこちらに対し、オズボーンは興味深そうに眺めていた。それは、慌てるわたしの様子に人間味を感じたことだけではない。アルベリヒから記憶消去の措置を念入りに行ったという連絡を受けたはずが、それが為されていないような様子を見せるわたしに関心を抱いたからであった。正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうか。

 

 その間にも、わたしは次の行動を考えるしかなかった。ここからすぐさま離脱し何処かに潜伏し機会を待つ方法や、ここで上手く演じる方法など。いくつかの案が出たが、残念ながらそれもほとんど叶いそうにはなかった。

離脱するにしても、目の前に立つ宰相閣下に防がれる可能性が高かった。彼の実力は知っている。それがどれほど高いものか、恐ろしいものかさえも。離脱は不可能。

演じるにしても、先程口にしてしまった失言が明らかな怪しさを生んでしまっている。そもそも、彼に演技が通じるとは思えない。ルーファス卿の策略を見抜くのも造作ではない人物だ。これも不可能だろう。

 

 瞬間的に浮かび上がった策の全てが通じない。意味を為さない。初手を間違えることがどれほど痛いことか、改めて痛感する。このままでは、せっかく予想し対策していた記憶の再構成の意味もなく、わたしは《工房》へと戻され、全てを忘れてしまう。あの約束も、誓いも。何もかも————その事実に恐怖を覚えた。

 

 身体が震えているのを自覚する。目の前に立つ宰相が、より恐ろしい何かに見え始める。これから先に起こるだろう地獄を知りたくない、認めたくないと心が叫ぶ。数分前の自分の愚かさを呪いたくなる。後悔しても遅いのだと分かっていながら、そう思うしかない。きっと、今頃わたしの顔は恐怖に彩られたものに変わってしまっているのだろうと他人事のように感じながら、彼の言葉を待つしか残されていなかった。

 

「確かにこれは異常だ。何も覚えていないはずの者が、記憶を取り戻しているか。その顔が出来るということは、つまり()()()()()()だろう。どうやらアルベリヒは一本取られたらしい。それが君の手によるものか、或いは《結社》どもか、果ては女神によるものか。何にせよ、本来ならば、即座に《工房》へと送り返すのが懸命な判断だろう」

 

 そう言いながら、オズボーンは目を伏せる。考えを纏めているのだろうか。畏れを抱くわたしはふとそんなことを考える。

 僅かな思考時間。それは五秒にも満たなかったが、次にその瞳がこちらを見る頃には、先程とは違うものが浮かんでいた。

 

「————()()()()()()()()異例(イレギュラー)()

 

 何処か愉しそうに、それでいて何処か嬉しそうに、彼はわたしを見てそう告げた。浮かんでいた表情はやはり複雑なものではあったが、そこには確かな柔らかな笑みが含まれている。それは驚くべきことに、リィンさんの浮かべるものとそっくりだった。確かに彼があの人の父親であることを再認識できるほどに、とてもよく似ていて。

 

「アルティナよ」

 

 名前を呼ばれた。それも先程とは明らかに違う。わたしの知らない、しかし、暖かさを感じ取れる優しい声音だ。そこでふと《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》がどういうものかを思い出す。世間的には彼らは彼の子飼いだ。道具であり、手駒であるのは間違いない。反面、そこに属する者達にはそれ以外の関係性を見出していることをわたしは知っていた。ルーファス卿は彼を〝真の父〟と称した。おねえちゃんは〝オジサン〟と称した。どうしてそう感じたのか、そう思えたのか。それが恐らくギリアス・オズボーンという人間が、一人の父親として振る舞えなかったことが所以なのだろうと、わたしは推測していた。つまり、今こうして接してくれたのもまたそういうことなのだろう。

 

 そんな彼がその声音を保ちながら、不敵な笑みを微かに浮かべて、わたしに訊ねた。

 

「嘘偽りなく答えて貰おう。

 ———リィン・シュバルツァーを知っているな?」

 

 瞬間、心臓が直接掴まれたような衝撃が走った。どうして解ったのですか、と訊ね返したくなるくらいだった。心を読まれたと錯覚するほどの———否、もしかしたら、本当に読まれてしまったのではないかと思うほどに、それは間違いなくここにいるわたしを狙って放たれた言葉だった。例えかつてのわたしであっても、動揺を隠すことは出来なかっただろう。向けられた問い掛けは、間違いなく確信から至ったものだ。下手に隠そうものなら見抜かれるのは自明の理。はぐらかすこともできないのは明らかだ。答えなければ、《工房》に引き渡されるかもしれない。仮に答えたとしても、《工房》に引き渡されないとは限らない。完全に詰んでいる。そのことを自覚した事実すら拒絶することも許されない。

 最早、嘘偽りなく答える以外の選択肢が残されていなかった。

 

「………………はい。

 わたしは、リィン・シュバルツァーを———リィンさんを知っています……」

 

 わたしは震える身体を両手で抱き締めて、掠れた音を鳴らす喉から必死に声を絞り出した。それしか残されていないということが、どれほど辛いことかを思い知らされながら。

 対峙する宰相閣下は、わたしの返答に嘘も偽りもないことを見抜きながら、そうか、と何かに納得した様子を見せた。それから、こちらに歩み寄っていく。

 

 ひっ、という悲鳴がわたしの口から洩れた。思えば、こんな声は初めて洩らしたかもしれない。みっともなく後退りをし、彼から距離を取ろうとする。《クラウ=ソラス》をそばに感じない。まだ接続されていないからだろう。ここで捕まってしまえば、()()()()()()()()()()。それどころか、わたしはわたしを喪ってしまう。それが恐ろしかった。怖かった。恐怖に駆られ、後退りを繰り返し———ついに背中は壁を感じ取った。途端に焦燥の色が浮かび、すぐさま背後を振り返る。先程は感じ取った壁が確かにそこにあった。逃げ場はもう無い。追い詰められたことを自覚する。

 

 そして———目前にまで、彼が迫っていたことに気がついた。

 

「……ぁ………」

 

 諦観にも似た声が僅かに口許から零れた。浮かべた表情には絶望のような色合いが見て取れる。初手に起こした致命的な失敗もあったが、恐らく、それが無くとも避けられなかった展開なのだとわたしは再度認識した。やはりこの人と腹の探り合いなどできるはずもなかった。実力ですら圧倒的な差がある。あの時も結局は新旧VII組とクロウさんで漸くといった具合だった。とどのつまり、最初から詰んでいたのだと。わたしは〝あの時〟から成長した。だから何とかなるはずだと甘く見ていたことを痛感した。

 

 鍛え上げられた体躯から伸びる剛腕が迫る。掴まれれば逃げることなど叶わない。退路を失った以上、逃げ出すことも至難だ。迫る凶手を躱せるほどの身体能力は()()()()()()()()。回避は不可能。撤退も不可能。抵抗もまた不可能。何も為さないまま、わたしは終わる。過ぎった絶望と眼前に広がる人の手に怯えて目を瞑った。これが悪い夢でありますようにと、それは奇しくもかつてわたしが制圧したカイエン公と同じように祈りながら————

 

 

 

 ————迫っていたその手が、優しくわたしの頭を撫でている感覚を理解した。

 

「……ぇ………」

 

 訳がわからないといった顔をしたわたしに対し、宰相閣下は何処か申し訳なさそうに、しかし、揶揄い交じりの口調で答えた。

 

「フム、どうやら不安を煽らせたようだ。過度な威圧をしたことを謝罪せねばなるまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。むしろ、今し方の問いで幅が広がったと考えるべきだろう。なに、今更《工房》などには送り返さんよ」

 

 それだけを告げると、酷く不慣れなのか雑ではあったが、彼はわたしの頭を撫でた。リィンさんに撫でられた時とは比べようもないほど下手だ。撫で慣れているか否かの違いが顕著に出ている。

 けれど、酷く安心を覚えたのは嘘ではなかった。撫でるのは下手でも、やはりリィンさんとよく似ている。父親なのだから当然だろうという思いも過ぎっていたが、それだけではない何かをわたしは感じ取っていた。

 

 僅かな間ではあったが、彼がわたしの頭を優しく撫で終えた。それから閉じられていた扉へと向かうと、それに手をかけながら言った。

 

「さて、()()()()()()()()()()()()()()今は君を新たな《子供たち》として迎えよう。まずは彼らから色々学ぶといい。

 ———尤も君のその様子では、学ぶだけでは飽きたるまい」

 

 厳かに押し開けられた扉からは新たな光が差し込むかのように隙間から眩しさを伴った。未だ目覚めたばかりで明るさに慣れない目が反射的に瞑ろうとするが、微かに視界に捉えた小さな黒い影が容赦無くこちらに突進してくるのを映していた。思っていたよりも反応速度が遅いこの身体では対応し切れず、わたしはその黒い影に押し倒された。なかなかの勢いで突っ込んできたことを身体で理解する。何となくこんなことをしそうな人物をピックアップしながら、漸く眩しさに慣れたその眼を開いて———懐かしさが込み上げた。

 

「えへへ〜! 待ちくたびれちゃったよ! はじめましてだね!」

 

「———……はい、はじめましてですね…………」

 

 わたしには聞いていて泣きたくなるような、それでいて嬉しくなるような、そんな元気に満ち溢れた優しい声。間違いない。〝あの時〟喪ってしまった彼女の声だ。無論、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでも、やはり嬉しいことには嬉しかった。また出会えて良かったと心の底から思えるほどには、この気持ちに嘘偽りはない。

 

 わたしと似たような体躯。水色のショートヘアーに、黒い帽子を被り、無邪気で素敵な笑顔を振り撒いている。いつも無茶苦茶で、元気溌剌としていて、みんなを良い意味でも悪い意味でも振り回し———けれど、憎めない。そんな存在を体現した少女は、眩しいくらいの笑顔を見せながら名乗りを上げた。

 

「ボクはミリアム。ミリアム・オライオン。よろしくね!」

 

「……わたしは、アルティナ。アルティナ・オライオン。よろしくお願いしますね、ミリアムさん(おねえちゃん)

 

 

 

 

 

 

 





 注意書き
 あらすじやタグの時点でお分かりかと思いますが、今作品に登場するアルティナは逆行者です。目的は文中でも出ています。
 本来なら出荷後の目覚めは「I」のケルディック前後なのですが、とある理由でそれが早まっています。それこそ、ミリアムとほぼ同タイミングです。まずはそこのあたりを留意下さい。
 他にもネタバレにならない程度であれば、質問返答なども受け付けております。矛盾点や違和感などもあれば、どうぞお書き下さい。確認したのち、修正いたします。

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