クソッタレな御伽噺を覆すために黒兎が頑張るそうです   作:天狼レイン

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 あまりにも昨日投稿した第三話が酷すぎたので書き直しました。読み直した際にも「んんん???」ってなるレベルって投稿しちゃダメなものと何ら変わりませんからね……ホントあれを投稿した自分の頭がどうかしてたんじゃないかと思いましたよ、ええ。
 そんな訳で、後半だけ完全にリテイクしました。多分きっと微笑ましくなれると思います。前回のあれはマジで忘れてくださいホントにすみませんでしたァッ!




3.初めまして、リィンさん

 

 

 

 

 

 

「……やはりこの季節のユミルは冷えますね………」

 

 七耀歴1202年、11月上旬。

 宰相ギリアス・オズボーンから直々に〝要請(オーダー)〟を受けたアルティナは、目的の地であるユミル———その付近にある渓谷道の奥地に降り立っていた。辺りはすでに雪が積もり、素肌を刺すような肌寒さが感じられる。任務時の特務服は機能性としては優れているが、これから一年間も滞在するのだからその格好からして適していないのは明らかだった。そのため、彼女が身に纏っているのは全く別のもの。少し気は早いかもしれないが、厚手の黒コートに黒マフラー、その下は年相応ではあるものの落ち着いた色合いの私服という構成だ。細かいチョイスに関しては、クレア少尉によるもので、曰く「アルティナちゃんは女の子ですから、任務とはいえ一年間も滞在するのでしたらお洒落は大事です!」とのこと……らしい。着せ替え人形になった本人からすれば、何やら彼女が少々暴走しているようにしか見えなかったのだが。

 

 とはいえ、これだけ対策をしてきてそれでもほんの少し寒い。それもそのはずで、この地の気温はアルティナが降り立った奥地に存在する大きな滝ですら、ものの見事に凍らされてしまっており、今では巨大な氷の彫像と化していた。大自然が齎す絶景と言うべきそれは正しく圧巻の一言に尽きる。〝あの未来〟においてもリィンや新旧VII組の人達と共に各地を回っていたが、こと寒冷地ではこれほどの景色を見たことがなかった。

 

 ユミルという土地は、こうした大自然の中に存在する集落だ。人が存在し住んでいる場所としても稀有なもので、人々はこの気候に適応して生きている。未だ本番を迎えていない状況下でこのような景色を拝むことができるというのだから、いざその時が来れば辺りがどうなってしまうのか想像に難くない。そんな環境の変化に屈することなく、こうして人々が住むことができるのは、それ相応の知識があるということを明らかなものとしている。特にユミルと言えば、真っ先に思い浮かぶものがある。それは温泉だ。

 

 こと温泉郷において帝国内でユミルの右に出る場所はない。帝国内に限れば、温泉と言えばユミル、ユミルと言えば温泉と豪語しても問題ではない。大陸全土に広げれば対抗馬としてリベールにあるツァイス郊外のエルモ村が出てくるだろう。あちらも評判の良い温泉宿がある場所で、アルティナも()()()()訪れたことがあった。それも修行を兼ねた温泉巡りの一環としてである。曲がりなりにも彼女は温泉マニアであるリィンのパートナーだったのだから、温泉に興味を持つようになってもおかしくない。むしろ、彼の影響もあって趣味の一つとなってしまったくらいだった。

 

「……懐かしいですね」

 

 白い息を吐きながら、アルティナはそっと呟く。

 初めてこの地を訪れたのは、ルーファス卿から命を受け、保護という名目の元、アルフィン・ライゼ・アルノール殿下とその友人エリゼ・シュバルツァー嬢を攫った時である。思えばそれが最初にリィンと出会った時であり、全く相手を知らない者同士の出会いとしては最悪のスタートと言えた。なにせ彼からすれば殿下や妹を連れ去った相手であり、そもそも敵の一人であったのだから超弩級のシスコンである点から見れば恨むに値する相手である。そんな少女を一度だけ怒り、それから許し、その後は共に〝要請〟を達するパートナーとして歩み、教官と生徒という不思議な関係になり、お互いに支え合うようになり、あの夜大切な約束を交わし、あの時約束が果たせなくなり、代わりにもう一度別の約束を交わした。

 

 そして————

 

「っ………」

 

 グッと拳を握り、唇を噛む。頭を左右に振り、過ぎった()()を必死に振り払う。考えてはいけない。諦めてはいけない。そう自分に言い聞かせながら何とかそれらを思考から放り出すと、少しずつ寒さで(かじか)んできた両手の指先をじっと見つめてから吐息を吐き掛ける。厚手の手袋などで耐寒対策を取ろうかと考えたが、この手に握ることになる()()のことを考えると繊細な指先の感覚が少しでも遠退いてしまうそれを着けることはできなかった。尤も寒さで悴んでしまうのもまた問題であることをアルティナは忘れ気味になってしまっていたのだが、それに彼女自身が気付けなかったのはかなり浮かれてしまっていたからなのだろう。

 

「リィンさんが、ユミルにいるんですね……」

 

 アルティナにとって、リィン・シュバルツァーという人物はかなり特別なヒトだ。パートナーであり、教官でもあり、支えてあげたい人でもあり、そして何より掛け替えのない大切な人でもある。とても不埒で、それでいてかなり致命的な自己犠牲癖があるのが玉に瑕だが、そんなところも彼女にとっては愛しく、何より守りたいと思える点でもあった。抱いた〝感情〟の名前を知らなかった頃でも、そこは変わっていない。むしろ、彼と共に過ごしてきたことが萌芽となったのだろう。強く、けれど脆い。堅実なようで、しかし危うい。そんな姿をそばで見てきたからこそ、芽生えたのだと今のアルティナには確信に近いものがあった。

 

 だからこそなのだろう。

 この胸に燻る〝感情〟が、想いが、願いが———最後に見たリィンよりも遥かに弱々しい〝かつての彼〟を守りたいと切に願っていた。それはかつてそうしてもらったからという、恩返しのような義務的なものではない。ただ自分がそうしたいという気持ちが溢れんばかりに強まっていたからだった。

 

 〝要請(オーダー)〟を達成するにも一先ずはユミルへと向かうことが先決だ。不思議とこの足が生き急ぐように早まっていく。外気に触れ冷たくなっていくはずの素肌が熱を帯びる。心臓が早鐘を打ちつつも、それが心地良いとすら感じる。会いたい。逢いたい。再会し(あい)たい。〝あの時〟喪ってから一度として見ることが叶わなかった大切な人の顔を見たい。言葉を交わしたい。もう一度名前を呼んでほしい。パートナーとして接してほしい反面、生徒として接してくれても悪くはない気がしていた。ただ、そばにいたかったのだ。それだけに尽きる。たったそれだけのためにアルティナは旅をしてきたようなものだった。その旅は決して長いものではない。

 けれど、その旅が間違いなく彼女の想いを強めたのは事実だ。勿論、時を遡ってまで戻ってきた目的はそれだけではない。彼女はもう一度彼の顔を見ることができたら満足できてしまうようなもの者ではない。〝ずっと見守っていてほしい〟と約束した者なのだ。

 だからこそ、それが果たせなくなってしまった原因であり、元凶を———《黒きイシュメルガ》を決して許さないと誓った。

 

「邪魔をしないでください———!」

 

 ユミルへと向かう渓谷道を中程に過ぎた辺りで、アルティナの行く道を阻むかの如く魔物達が姿を現した。雪飛び猫にスノーウィスプ、ニクスクリオンといったこの渓谷道では珍しくないそれらは、総じて〝個〟としての強さは大したものではない。そうは言っても武の心得を持たない一般人からすれば脅威足り得る存在であることは確かだ。

 そして、その数は十。無視して突破できるほどの数ではなく、《クラウ=ソラス》で空中から押し通る方法も考えられた。

 

 しかし、渓谷道を半分以上踏破した以上、下手に頼ろうものなら偶然空を見上げていた誰かさんに見つかって、〝謎の飛行物体がユミルで発見!〟……などと帝国時報に載りかねない。〝あの未来〟において、ミリアムが同じようなことを起こしてしまった話を聞いていたからだ。またステルスモードを行使するのも選択肢にあったが、リィンにまた会えることで頭がいっぱいになっていた彼女は、焦燥感に苛まれてそこまで知恵が回らなかった。

 そうなれば、次にどの行動を取るかなど考えるまでもない。ものの見事に道を塞いだ隊列に彼女はついに得物を抜いた。

 

 その手に握られた得物は、黒塗りの拳銃。それも二丁。実弾を装填・発砲できることは無論、戦術オーブメントさえあれば連動させ、発動中の〝導力魔法(アーツ)〟の威力・効果を内包した特殊弾丸を精製・発砲できる、物理と魔法の両方を兼ね備えた特殊な武装であり、その特殊性は大陸各地に存在するどのメイカーにも登場していないものだ。これが以前、アルティナが宰相ギリアス・オズボーンに用意してもらった《()()()()()()()()()()である。無論、発注者の名前は彼女ではない。下手な愚は起こしまいと少し手を入れている。

 

「やぁぁぁぁぁ————!」

 

 立ちはだかる魔物達に、アルティナは容赦なくトリガーを引いていく。その弾丸一つ一つが()()()()()()()()脳天を穿つ。それはまぐれではない。こと戦闘を《クラウ=ソラス》とアーツに絞っていた彼女だったが、リィンを喪って以降それだけでは何も為さないと判断。この時間軸に遡るまで、二丁拳銃を扱えるように特訓していたのである。期間はそう長いものではないが、学習・成長の余地がある点において、彼女の右に出る者はいない。元より己が身で戦うといったことをしていなかったせいか、彼女は正しく真っ白なキャンバスに等しかった。それこそ、もし仮にユン・カーフェイ老師と出会うことができていたならば———もし仮にその際彼に才有りと判断されてさえいれば、その身に彼と同じ《八葉一刀流》を叩き込まれていたやもしれないほどにだ。

 

 とはいえ、アルティナはそれほど近接戦闘に向いた者ではない。その事実は、彼女自身が何らかの武器を手に取ることを選んだ際に自覚している。そういう意味では、結局大切な人と同じ得物を取ることはできなかっただろう。元よりその小さな体躯では、それほど重いものを持てるもの道理はなかった。それこそ扱うことができる者の服の下はきっと筋肉が見て取れるほどに浮かび上がっているくらいだろうが、せいぜい40アージュとちょっとほどしか泳げなかったことを考えると、そこまで彼女が己が肉体を魔改造するのもなかなかどうして無理があった。

 そういった観点から彼女が選び取ったのが、〝二丁拳銃〟と言われるものである。

 

 勿論、二丁拳銃もなかなかに重い武器だ。そもそも拳銃自体が金属の塊のようなものであり、それを片方ずつとはいえ二つも持つのだからアルティナには厳しい時期があった。そこまで非力ではないと思っていた矢先である。戦闘中はずっと持ち続けるだけではない。トリガーを引き、弾丸を装填(リロード)し直し、走り回る。強者と戦うならば尚更だ。純粋に体力不足も響いてくる。たかだか40アージュとちょっとしか泳げないという状況ではまるで駄目だということを認識し、集中的に体力増強に努めた時期も短くはない。血の滲むような努力もしてきた。そんな努力も時間を遡ったこともあり、せっかくの体力はかつてのものに戻っていた。当然、せいぜい数ヶ月程度では逆行前までの体力・筋力を取り戻せるはずもない。少なくとも、40アージュとちょっとほど泳げるようになった頃よりは体力がある程度だし、筋力も鍛える前に比べればそこそこという程度に過ぎない。つまるところ、彼女が二丁拳銃を扱って戦える時間は限られているということになる。

 

 しかし、いくら戦闘続行可能時間があるとはいえ、この程度の相手に苦戦を強いられるほど、アルティナ・オライオンという少女は弱くはなかった。いつの間にやら銃声を聞きつけ、闘気を感じ取った魔物達がさらに群れを成して駆け付けようと、彼女は忽ち葬り去っていく。一度としてヘッドショットを外すことなく、一発の弾丸でその背後の敵まで撃ち抜くという所業まで他の魔物達へと見せつけた。〝かつて〟の練度には及びはしないが、それでもある程度実戦には使えることを再認識すると同時に、さらにその妙技を苛烈なモノへと変化させ、無慈悲な弾雨を降り注がせた。名にして『バレットダンサー』。〝弾丸の踊り手〟と揶揄されるその戦技(クラフト)は、自身を中心とした全方向、周囲一帯の敵対エネミーに向けて的確に弾丸を叩き込んでいくというモノであり、その姿が踊り子のようであることからその名がつけられたのだが、勿論アルティナが意図してつけたものではない。

 

 けれど、その命名は決して間違ってはいない。今この時、彼女は正しく踊り子のようであり、その動きに無駄はない。弾丸は的確に脳天のみを穿ち、貫通力は彼女の意志に応えるように増していく。続々と増えたはずの敵対勢力がみるみるうちに減らされている状況に、ついには本能が危険を察知したのか魔物達の中には戦意喪失して逃亡という選択肢を迷いなく選び始め、全力で逃げようとするところにまでなっていた。その行動は伝染していき、彼女の前から敵対行動を取った魔物達は残らず姿を消していた。戦闘開始から追加で現れた援軍の掃討・戦意喪失まで僅か三分ほどのことであったが、辺りには倒した魔物の屍山血河が成されている。

 

 だが、数ヶ月の間を必死に体力増強に努めていたとはいえ、アルティナの疲労は顕著に表れていた。的確に脳天を穿つという神業は当然脳への負担が重かったし、集中力を酷使し続けていた影響か本人が思っていたよりも体力が消耗している。肩で息をしていることからもそれが真実であることは明らかだ。自覚せざるを得ない。ゆっくりと呼吸を整えながら、彼女は自身の現状を把握して悔しそうに顔を歪めた。

 

「……体力が……まだまだ、足りま……せんね……」

 

 未だ体力の足りない己の未熟さを痛感する。

 しかし、それと同時に逆行前にも確信したことを再認識する。

 

「———いえ、やはり……それだけでは、なさそう……です……。そもそも……前に出て戦う……そのこと自体……わたし達には……()()()()()()………」

 

 《Oz》———それは造られたヒト。俗に〝人造人間(ホムンクルス)〟と表現するに値する存在。それこそがアルティナやミリアムが如何なる生まれかを指し示すモノだ。製造された目的の一端を担う戦術殻と完全同期することを除けば、何らヒトと変わらない彼女達の身体はそれこそ同じ耐久性を持つ。当たり前のように傷を負えば血を流し、命だって簡単に落とすこともある。生身の肉体は当然のように脆い。その弱点を補うように用意されたモノが戦術殻であり、それは脆いヒトと相反するようにその身は硬いが、しかし金属のような質感からは想像できない柔らかさを兼ね備えている。いとも容易く敵を屠ることができるほど強力な武器であり、化け物と呼ぶに値する外敵を除けば、完全に攻撃を防いでみせる盾すら保有するそれは、正しく攻防一体と謳うに値する武装であろう。人智を超えた技術を誇る《黒の工房》だからこそ成せたそれは、条件を満たして製造目的を果たすべきその時を迎えるまで死なせる訳にはいかない彼女達素体が持つには打ってつけのモノだろう。

 

 ことアルティナの場合では《クラウ=ソラス》がそうだ。戦うにしても、守るにしても、常に前線に立つのは脆く柔い肉体を持つ彼女ではなく、硬く耐久性で勝る戦術殻であり、己は後衛としてその背後でアーツを使い援護することが当然とすら思えるほどに、与えられた武装は強力なモノだった。せっかくそんなモノがあるというのに、ヒトと同じく簡単に傷を負い血を流すその肉体をわざわざ前衛に躍り出してまで近接戦闘をするのかと問われれば、効率とリスクをそれぞれ天秤にかけて聡明な彼女達は即座に否と答えてしまうだろう。死の危険性を冒してまで前に出る必要はないと、戦いは自分達ではなく戦術殻が担うべきモノなのだと次第にその考えが定着し、いつの間にか自分達の戦い方はこう在るべきだと思い込んでしまう。もし仮にそれではいけないと考えることがあるかもしれないが、その考えはあっという間に駆逐される。なにせこうして与えられた(ぶき)は自分自身が前に出て戦って得た戦果と比べてしまうと圧倒的に差が出てしまうほどに優れている。わざわざ迷う必要などありはしないのだと暗に問われているかのような無言の圧力がそこにはあるのだ。

 

 そして、それ以前にこの身体は酷く貧弱だ。ヒトと同じこの身体は決して戦術殻のそれとは比べるまでもないほどの耐久性しかない。それどころか向こうは体力などという概念が存在せず、こちらは体力という概念が存在してしまうのだから、その時点でどうしようもない差がある。アルティナが逆行してから鍛え上げようと努めた期間はそう長くないとはいえ、遡る以前は必死に体力増強に邁進した時期が今以上にあった。にも関わらず、それでも最低限前衛に立つ者としては体力が不足していたと断言できる。真に強者と戦うのなら、先程の戦闘時間程度で呼吸が乱れることはあってはならないし、僅か三分程度で尽きる体力などそれこそ無いに等しい。逆行前とは明らかに体力に差があるとはいえ、以前の体力ならどれほど戦えるのかと問われれば、それでも圧倒的に足りないと頷かざるを得ない。身体能力の成長速度はヒトそれぞれではあるが、アルティナは比較的遅い分類であるのだろう。逆行以前ですら体力不足を痛感せざるを得なかったというのだから、その可能性は非常に高いと見て間違いない。

 

 その一方で、彼女は〝人造人間(ホムンクルス)〟。酷い話は天然物であるヒトのように必死に鍛え上げれば、戦闘続行可能時間が明確に増え続けるとは限らないかもしれないのだ。そう思ってしまうのは、製造時に限界を決めつけられていないとは断言できないことにある。無論、造られたヒトにおける体力増強の限界を突き止められた訳ではない。そればかりは造り出した者である《黒の工房》に———《黒》のアルベリヒにしか分からないだろうが、もしかしたら制限されてしまっているという可能性がない訳ではない。

 

 けれど、アルティナの身体にその制限さえ無ければ、身体能力の成長の可能性は大きく広がることだろう。そもそも《Oz》とは技術の粋を集めたモノだ。時にクロスベルの錬金術師———恐らくクロイス家から〝人造人間〟の技術を盗み。時に暗黒時代の魔導師達に魔煌兵の技術を与えて発展させ。時に超一流の猟兵達に武器を渡してその戦闘データを取り込み。時に技術力の最高峰と言うべき《結社》が誇る《十三工房》に参画し、かの《導力革命》を起こした天才エプスタインの高弟に取り入り。時に大陸最大の重工業メイカーとなったラインフォルトの力を利用してきたと、あの男は宣言した。言葉として羅列されたそれらは、それなりに〝裏の世界〟を知っている者が聞けば、忽ち度肝を抜かれることだろう。よもやそこまで妄執に囚われていようとは思いもしないはずだ。クロイス家も相当だったが、900年もの間をかけて準備をしてきた《黒》のアルベリヒもまたなかなかどうして執念深い人物だったことがよく分かる。

 

 故にこそ、アルティナには確信に近い推測があった。それは、あの男が果たして計画に必要ない余剰なモノを本当に付け加えるのかという疑念である。今や僅かにしか残されていないだろうフランツ・ラインフォルトとしての面が表出しているなら兎も角、全てを《黒きイシュメルガ》のための〝贄〟としか考えていない状態ならば、死ぬことが前提の道具に無駄なモノは必要ないと断ずるだろう。妄執に囚われ、妄執に生きるあの男にとって、不確定要素ほど恐れるものは存在しない。彼からすれば《Oz》など、目的が果たされる時まで生きて〝感情〟を育んで死んでくれればそれで良いのだから、必要以上に与える必要など何処にもありはしない。むしろ、余剰な性能を付け加えて、いざ死んでほしい時に死なないようなしぶとさを発揮されては敵わないだろう。そう、あの男の考え方や宿願に則って客観的に考えてみれば簡単に分かることなのだ。

 

 だからこそだろうか。

 

「……それ、でも……わたしは……()()()()()()……()()()()()()………」

 

 アルティナは———意固地になっていた。《黒》のアルベリヒの———奴らの思惑通りになって堪るものかと言わんばかりにその手の中にある二丁の拳銃を強く握り締める。今の戦闘もそうだ。本来のように《クラウ=ソラス》メインで立ち回れば、疲れる要素も無かったはずだった。そうだというのに、彼女は二丁拳銃のみでの戦闘行動へと走った。製造され覚醒を経て、常にそばにいたはずの戦術殻の使用を拒むようにすら思える様子は、ハッキリ言って異常だろう。その姿を仮にこれまでの彼女を知る者達が知れば、きっと見ていられない。そんな心配とは裏腹に、彼女は自分が近接戦闘に向いていなくとも構わないからと逆行以前においても技を磨き上げてきた。必死に、直向(ひたむ)きに、愚直なまでに。例え不向きだろうが無茶だろうが、それでもきっとその可能性を信じていたかった。身体能力にまだまだ成長の余地が残されているんだと。限界なんて何処にも無いのだと信じたくて。戦術殻だけに頼っているだけではいけないと、自分自身にも出来ることがあるはずだと二丁拳銃を握り続けた。どれだけ自らが傷付こうとも、誰かをこの手で守れるほどに強くなろうと足掻きに足掻いている。奇しくもそれは酷く似ていて———

 

「……心拍安定。疲労()()。ユミルまではあと半分もありませんし、問題なさそうですね……」

 

 冷たい空気を吸い込みながら、アルティナは自身の状況を把握し、その手に握られた得物を仕舞う。それからもう一度だけ念入りに呼吸を整えるために深呼吸を図る———

 

 

 

 

 

「———驚いたな。まさか君が全部やったのか?」

 

 

 

 

 

 そのはずが、ユミル方面の警告道から聞き慣れた声が耳朶を震わせた。突然のことに過剰反応を示したその身体は、流れるような動きで先程仕舞ったばかりの二丁拳銃を声がした方向へと構えた———次の瞬間

 

「———ぇ……」

 

 アルティナは、言葉を失っていた。息を吸い吐くことを忘れ、ただただ息を呑んだ。そこにいたのが、半ば強制的にそうせざるを得ないような絶世の美少年だとか美少女だったという訳では決してない。無論、そこにいた人物は同年代の者達と比べれば、それこそ上位に食い込むだろう容姿をしていた。言葉を交わせば為人(ひととなり)は良いものだと理解できるし、自らの姓を鼻に掛けるようなことは決してしない。明確な問題点を一つあげるとすれば、アッシュ曰く「一番質の悪い天然タラシ野郎」になってしまう———というより既になっているかもしれないということだけだろうか。

 

 けれど、それだけではアルティナが言葉を失っていた理由にはならない。そうなってしまったのは、(ひとえ)にそこにいた人物が時を遡ってでも彼女がずっと会いたかった人であり、救いたかった人であるということだ。温泉郷ユミル領主テオ・シュバルツァー男爵が養子リィン・シュバルツァー。〝あの未来〟において、アルティナが喪った大切な人、その人である。

 

「……リィン……さん………」

 

 喉元で詰まりかけた言葉を辛うじて音にして、アルティナはそこにいる人物の名前を呼ぶ。視界に映る彼の表情が驚きに満ちたものへと変わる。その反応もやはり変わっていない。例え何年前の彼だとしても、彼は彼なのだと心から安堵する。きっとこの頃から不埒な人なんだと何処か複雑な心境と共に考える冷静な自分を置き去りにして、身体は愚直なまでに動いていた。手に握られた二丁の得物を雪の上に落としたことさえ気にすることなく、先程まで息が上がってしまっていたことも忘れたまま、昂ぶった〝感情〟を抑えることすらできない。目尻からは次々と涙が零れ落ち、止めどなく嗚咽が洩れる。何度も目の周りを手で拭うも、それは止まらない。そんな自分の様子に面白可笑しさを感じてしまったのか、クスリと小さく笑って———ただ真っ直ぐに、そこにいる()耀()()1()2()0()2()()()()()()()へとタックルを仕掛けた。

 

 突然のことに対応し切れず、彼はアルティナに押し倒された。〝かつて〟は勇気が必要だった行動だったが、今この時に至っては自然と行えた。半ば無意識に、タックルとは嬉しさを表現する行為ではないか?という明らかにズレた議題が彼女の脳裏に浮かんでいたが、それも今は詮無きことだ。すぐそこにある彼の胸板に顔を何度も擦り付け、ぎゅっと抱き締め、触れられなかった数年もの間を埋めてしまおうと言わんばかりに続けた。第三者から見れば多少なりとも不思議な光景だが、上に跨る少女の姿から察するに義理の妹なのではないか?という疑問が浮かぶ程度にしか見えないだろう。無論、そもそも武を嗜まない一般人はこんな渓谷道にわざわざ足を踏み入れるような真似はそうしまい。

 

 数分間たっぷりと昂ぶった〝感情〟の赴くままに身を任せたアルティナは次第に冷静さを取り戻していく。ゴシゴシと目元を擦り、真っ赤に泣き腫らした顔で、まだあんまり上手ではない———と本人は思っている笑顔を見せる。驚きの連続に晒されていた彼が、ついには(ほう)けた顔をする。突然自身を押し倒した少女が浮かべた表情にだ。そんな彼の慌てふためく姿すら彼女には心地良かったし、嬉しかった。もう少し揶揄ってみたいとも思う。もし目の前にいる彼が数年後の彼ならば、きっとミュゼに似てきたんじゃないか?と言うに違いない。そこへ何処からともなく風の噂を聞きつけたクルトさんやユウナさん、アッシュさんやミュゼさんも続々と集まってくる。そんな当たり前の優しい日常。わたしには勿体無いくらいの暖かい日々。そんな世界に入ることができた切っ掛けとなった人の上でアルティナは懐かしんだ。胸の奥に暖かいものが広がっていくのを感じて。

 

「……すまない、喜んでくれているところ悪いんだが………」

 

 ()()()()()()()リィンが、申し訳なさそうに口を開く。

 

「———君は、誰なんだ?」

 

 その言葉でふと忘れかかっていたことを思い出した。

 

「(そういえば、そうでしたね)」

 

 今は七耀歴1202年の11月。アルティナが初めてリィンと出会ったのは七耀歴1204年の内戦中だ。当然、彼が自分のことを知っている訳がない。相手からすれば全く知らない少女に押し倒され、泣かれたりしている訳だからさぞ困惑していることだろう。時を遡ったのは彼女ただ一人である以上、あくまでこちらが一方的に知っているだけに過ぎないということを彼女はすっかり忘れてしまっていた。

 

 すぐにリィンの上から移動すると、アルティナは手を差し出す。押し倒してしまったことへのお詫びと言わんばかりのその行動に未だ困惑気味の彼だったが、素直にその手を取って立ち上がった。手早く服についた雪を払うと、ぺこりと頭を下げた。

 

「すみません、探していた人とよく似ていたので勘違いしてしまいました」

 

 ちくりと胸が痛む。それを堪えて嘘を悟らせないように、逆行以前に会得した技術で見抜くことがなかなか難しいほどに表情を取り繕う。すると、彼は納得がいったらしい少しばかり苦笑いのようなものを含んだ表情を浮かべた。

 

「そうだったのか。まさか名前まで同じなんて思っていなかったよ」

 

「そうでしたか。それは偶然でしたね」

 

 決して偶然ではない。けれど、今は偶然だと言おう。特別、情報を洩らしてはならないという条件のない〝要請(オーダー)〟だが、伏せておいた方が良い情報をアルティナは知り過ぎている。ここにいるのは貴方の父親からの命です……などと言えるはずもないのだし、これを引き受けている間は彼のそばに居られると分かっている以上、下手なことをする必要もない。

 

 取り敢えず、今は———

 

「わたしはアルティナ。アルティナ・オライオンです。

 ———貴方の名前を聞かせてもらってもいいでしょうか?」

 

 半ば〝要請(オーダー)〟そっちのけな感じが否めないことを自覚しつつも、彼のそばに居られるよう想定した遣り取りに持ち込むしかないと考えたアルティナは、何処か某宰相じみた策略を脳裏で巡らせる。一先ず余計な警戒心を二段階に分けて完全に削いでおこうとする辺り、念入りに対策を講じていることが分かるが、実際は余程彼が余程怪しまずにはいられないような相手や敵対心剥き出しではない限り対策を練る必要は全くなかったりする。むしろ、対策が必要なのは別の箇所で———

 

「俺はリィン。リィン・シュバルツァーだ。君の探している人と同じ名前みたいだし、少し紛らわしいかもしれないな」

 

 わたしが探していた人は貴方ですよ、リィンさん。

 ———などと言う訳にもいかないため、アルティナはこくりと頷いた。お互い自己紹介を終えたところで、先程から気になっていたらしいことを聞きやすいように導く。

 

「先程の質問ですが———」

 

「ああ、そうだったな。これは君がやったのか?」

 

「そうですね。野宿する場所を探していたところに囲まれてしまったので」

 

「そうだったのか。それは災難だった———ん? ちょっと待ってくれ。えっと、アルティナ? 今なんて言ったのかもう一度教えてくれないか?」

 

「野宿する場所を探していたことでしょうか?」

 

「出来れば聞き間違いであってほしかった……。もうすぐ本格的に冬になる。雪も降り積もったりしてもっと寒くなるんだ。俺達でさえ気をつけなきゃいけなくなるぐらいなんだから、野宿なんて危ないに決まっているだろう? それに君は女の子じゃないか」

 

「……ですが、実は何処かでお財布を落としてしまったので、宿に泊まるお金も無いのですが……」

 

「それは災難だったな……。

 ———ところで、どれくらいユミルに滞在するつもりだったんだ?」

 

「一年です。どうやら探している人がユミルに訪れたことがあるようなので、ここで張っていようかと」

 

「一年!? 一年も滞在する予定だったのか!? ……それは参ったな。数日程度ならどうにか『鳳翼館』に泊めてもらえるよう頼もうかと思ったんだが……」

 

 参ったな……と唸るリィンとは裏腹に、アルティナは内心で謝罪する。言うまでもないが、ここまでほぼ全て嘘である。元からユミルにある宿『鳳翼館』に泊まる予定はない。そもそも一年間護衛の任に就くのだから、そんなことをすれば出費は馬鹿にならないし、流石に政府からの任で一年中一部屋貸切……なんてことにする訳にもいかない。そんなことをすれば、きっと男爵家にも話が伝わることだろう。問答無用で怪しまれるに違いない。そういう点からも、彼女は最初から何処へ泊まるか。どうすればそこに泊まれるかという作戦を立てていた。これはその作戦遂行の一環であった。言ってしまえば、わたしの知っているリィンさんの性格なら、きっと……という形の、最早希望的観測に近いものである。

 とはいえ、それもなかなか馬鹿にはできないようで———

 

「———仕方ない。少し父さん達と話をしてくるよ。一旦ユミルまで一緒に戻らないか?」

 

 目的通りの答えが彼の口から飛び出したことで、危うく小さくガッツポーズを取りかけてしまいそうになった。それを何とか耐えると、アルティナは彼の顔を見る。

 

「もしかして泊めていただけるのでしょうか?」

 

「女の子を野宿させる訳にもいかないからな。まだ話をつけてないけど、うちはいくつか部屋が空いてるし、父さん達も事情を知れば泊めてくれると思う。もし無理だったとしても、他のみんなに泊めてあげられないか聞いてみるよ」

 

 そう言って、リィンはアルティナの頭に手を置いて優しく撫でた。とても久しぶりなせいかとても懐かしくて思っていたよりも心が落ち着いているのだと自覚できた。もしかすると、わたしはこの人に撫でられることが好きになってしまったのかもしれないと思う反面、以前から彼が女性の頭を撫でることが癖になってしまっているのだということを情報だけでなく、この目と頭で確認する。

 やはり、この人は変わらない。優しくて、格好良くて、それでいて———

 

「聞いていただけるだけでも、とてもありがたいです。

 ———ところで、この行為に何らかの不埒な意味は?」

 

「ありません」

 

 

 

 

 

 

 





 懐かしき閃の軌跡II幕間の会話から最後のセリフを拝借しました。やっぱりアルティナといったらこれだよなぁ!?とかいう謎テンションで書きました。……昨日投稿したアレの方が謎テンションでしたけどね。ホントあれ何だったんだ……。ついてしまった無言低評価爆弾は、その報いかな!?(白目)


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