クソッタレな御伽噺を覆すために黒兎が頑張るそうです   作:天狼レイン

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 一週間に一つのペースという、レゾデトを知っている方からすれば早いのか遅いのか分からない微妙な速度で頑張ってます。
 そんな訳で前回の大修正を経て、今回の話となりました。まあ、相変わらずアルティナの危うさはすごいですが、それでも多少なりとも今後はほのぼのしていけるのではないかと。
 今回の話は前回の続きですね。ちょいと展開早いかもしれませんが。




4.繋がりは確かなもの

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、アルティナ・オライオンです。これからよろしくお願いします」

 

 その日の夜。アルティナは歓迎パーティーと称した、質素を心掛けるシュバルツァー男爵家では珍しい豪華な夕食が並べられた場で舌鼓を打つ前にもう一度礼を述べることにした。

 

 

 

 

 

 時は夕刻。渓谷道でリィンと再会し(出会っ)た彼女は、彼に連れられて温泉郷ユミルへと向かうこととなった。その道中で何度か魔物とは遭遇したものの、アルティナの素早い対応と長年住んでいることでこの地に慣れているリィンが見せた《八葉一刀流》の妙技により危なげなく辿り着いた。彼の故郷に足を踏み入れたのは七耀歴1204年の内戦中でアルフィン殿下とエリゼ嬢を攫った際だけだった。いくらそのことを自分以外の誰も知らないとはいえ、足を踏み入れてもいいのかという多少の迷いがそこにはあったのだろう彼女は申し訳なさを感じていた。

 

 その反面、祝賀会の際にリィンと彼女から歓迎させてもらうとの言葉を貰っていたことを思い出して懐かしさを覚えたのも確かだ。結局〝あの未来〟ではその約束()果たされることはなかったが、今こうして果たされているのではないかと考えると心なしか嬉しくもあった。因果は巡るということかもしれないと、そんなことを考えながら、申し訳なさを感じる心はそのままに、先を行くリィンの後をしっかりと付いて歩くことにした。

 

 渓谷道から出て右手にあり、そこに建つ大きな屋敷が彼の住む男爵家屋敷である。外観からして一般的な貴族のイメージとは違った民に寄り添った質素さが見て取れるものであり、むしろ飾り付けるだけの者達と比べれば、それだけで違った風格・味があるというべきそれはユミルの地にあって当然とすら思える。

 無論、この地を治める領主テオ・シュバルツァー卿も民に慕われるほどの人格者であり、実力もまたかの《北の猟兵》を数人同時に相手取ることが出来るほどであった。リィンさんから聞いた話では、彼はオズボーン宰相とは幼少期を共に過ごした仲だと言うのだから、世間は広いようで狭いのかもしれないと、アルティナは思う。

 

「ただいま。渓谷道で聞こえていた銃声の件を確かめてきたよ」

 

 そういってリィンが屋敷の扉を開けて中へと入る。それに続くようにアルティナもまたお邪魔すると、彼の声を聞きつけてちょうど玄関先に集まっていたらしい三人と目があった。テオ・シュバルツァー男爵とルシア・シュバルツァー男爵夫人、そして———彼らの子女であるエリゼ・シュバルツァー嬢だ。

 

「おかえりなさいませ、兄様———あら?」

 

 リィンの義妹である彼女が、彼を出迎えに来たと同時に背後にいたアルティナに気付く。ユミルでは見たことがない少女の姿に、観光客かと考えるが、すぐその考えは消える。何故なら自分の兄は手当たり次第に屋敷に客人を迎える人でもないことを知っているからだ。それでは、何か困ったことがあるのではないか?と思考がそちらへと向かった彼女は、自らの兄へと問う。

 

「兄様、その子は?」

 

「ああ。さっき向かった渓谷道の方で会ったんだ。どうやら人を探しているらしくてさ。遠くから来たそうなんだが、財布を落としてしまったらしい」

 

「……それは困りましたね」

 

 連れてきた事情の一端を知り、エリゼは納得する。

 しかし、まだ気になることはあった。

 

「それで兄様は、この子をどうなさるおつもりなのですか?」

 

「そのことに関してなんだが———みんなに話があるんだ」

 

 そう言うとリィンは横に退いてアルティナの方へと向き直った。

 

「改めてここにきた経緯や理由を話してくれないか?」

 

「分かりました」

 

 こくりと頷き、アルティナは巻いていたマフラーを取ると、それを手に持ってから話し始める。

 

「———わたしはこの地に人を探しに来ました」

 

 彼女の口から語られたのは、遠方の土地からやってきたことから始まり、義理の兄であるリィンという人物を探しに来たということ———ただし、ここにいる彼ではない———やその彼がこの地に訪れたことがあること。財布を落としてしまったこと、そして一年ほどこの地に滞在して張ってみるつもりだったことなど、情報としては多いながらもとても纏まったものだった。

 無論、ほぼ全て嘘だ。遠方の土地とは言ったが帝都から来た程度であり、彼女の探していた人はそこにいるリィンで間違いない。探していた人がこの地を訪れたといったが、その人は元々この地に住んでいる人である。財布はそもそも持ってきていなかった。

 

 唯一真実があったとすれば、ユミルに一年ほど滞在するということだけだ。なかなかどうして理由としては苦しいような気もしなくはないが、アルティナは身につけた技術でそれら全てを嘘だと見抜かれないよう、表情などに工夫を凝らすことしかできない。元々〝感情〟が乏しかった時期もあったせいか、この手の演技はそれこそ超一流とは言えないが、レクター少佐———この時は少尉だったが———やオズボーン宰相ほどの難敵でない限りはどうにかなることは理解していた。

 

 そして何より、アルティナには嘘をついてまで悪さをしようという気持ちは微塵もない。例え悪意に敏感であろうとも、こればかりは問題ないだろうと確信していた。最後にリィンに言っていなかった他にも色んな土地を回ったことがあることも追加で話し終えると彼女は一礼する。

 

「———わたし自身、一年は流石に長すぎると思っています。だから、せめてこの冬を越すまでで構いません。料理も手伝えますし、裁縫や狩りも一通りこなせます。

 どうか泊めて頂けないでしょうか———」

 

 アルティナは心からそう願う。これだけは嘘偽りのない本心であった。彼女にとってリィンを守ることは絶対の目的であり、例え〝要請(オーダー)〟が無くともこの地に駆けつけるつもりだった。滞在するに差し当たって異様に目立つ特務服を持ってきていない以上、彼の言う通り現地民であるユミルの民ですら危機を感じるここの冬を越すことはできないだろう。体力も余程激しい戦闘をしなければ暫くは持つだろうが、いずれ食料が尽きるのは目に見えているし、この地で自給自足の生活を送ることも不可能ではない。とはいえ、現実的ではないことも事実だ。そういう意味では、せめて冬だけは越さなければならない。果たしてその願いが叶うか否か———

 

「そうか……なるほど。アルティナ君だったな。遠方から遥々ユミルに良く来てくれた。滞在期間は一年ほどだったか。

 ———空いている部屋がいくつかあるはずだ。そこを使ってくれて構わない。私も以前義理の兄がいたのでな。その気持ちはよく分かる。どうか気が済むまで滞在してくれ」

 

 その言葉を聞いて、アルティナは頭をあげた。浮かんでいたのは、驚きの色。まさか好きに滞在してくれて構わないとの返事が貰えるとは思っていなかったと言わんばかりの顔だった。

 

「本当にいいのでしょうか……?」

 

 恐る恐る彼女は聞き返す。泊めてもらおうという算段であったが、本当にいざ泊めてもらえるとなると戸惑ってしまっていたせいか、途中から演じることなど忘れていたのだ。

 そんなアルティナに対して、ルシア夫人は笑顔で答えた。

 

「ええ、良いんですよ。出会ったばかりですが、不思議と貴方は放っておけないと感じてしまいましてね。それに、私達の息子が泊めてあげたいと頼んできてくれたのは、今回が初めてだったのですよ?」

 

 男爵共々優しく微笑む姿に、アルティナはリィンの優しさが生まれた理由を知ったような気がした。きっと彼はこの二人の元で育ったからこそ、わたしの知るリィン・シュバルツァーに成れたのだろうと。

 

 そして———

 

「私もですよ、アルティナさん。貴女と同じように私も兄を持つ身です。もしも兄様が行方知れずとなってしまったらと思うと胸が引き裂かれる思いになるでしょう。ですから、是非協力させてください」

 

 エリゼもまた自分がその立場だったら?という視点から考え、アルティナの置かれている状況に納得し、躊躇うことなくそう答える。そこに利があるとか無いとかいう損得勘定はまるでない。ただ同じ境遇にあるだろう少女の苦労を自身に重ねて心から心配しただけに過ぎない。その純粋な思い遣りの言葉と精神に、彼らを騙している状態にある彼女は胸の奥でズキリと痛むのを堪えながら、もう一度一礼する。

 

「……ありがとう、ございます。これからお世話になります」

 

 頭を下げ、お礼を告げながらアルティナは、いつか嘘を()いてしまったことを———本当の理由を告げる日が来るようにと願うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 

「……ルシアさんのご飯、美味しかったですね………」

 

 これから一年ほど自分のものとなる借り部屋で、アルティナはベッドに腰掛けながら夕食で食べた料理を思い出す。精がつくということで用意されたキジ肉のシチューを筆頭に、自家製のハーブを使った料理の数々は、〝あの未来〟において、いつの日かリィンに手料理を振る舞えるようになりたいと特訓してきた彼女が問答無用で白旗を上げなければならないほどの練度の差が感じられた。食べながらおいしいと感じる反面、今の自分の料理ではこのレベルの料理を食べ慣れている、及び帝国男子の中では作り慣れている彼の舌を唸らせることが出来そうにないと悔しさもあった。戻ってきた彼の驚く顔が見てみたいと思い、料理を含めた様々なことにも挑戦してみたが、もっと精進しなければという決心を改めて固め直す。

 

「《クラウ=ソラス》」

 

『Х・VкёёГ』

 

 渓谷道に降り立った後はステルスモードで待機させ続けていた黒い戦術殻の名を告げ、呼び出す。応じたそれが鳴らしたのは、目覚めてまだそう長くはないがしかし時を遡ってきた彼女には聞き慣れた電子音。耳に届いたことに謎の安心感を覚えながら、そのボディの表面を撫でる。

 

「……やはり、わたしは貴方に頼るべきなんでしょうね……」

 

 触った質感は凡そ金属とは思えないモノ。されど、その身は遥かにヒトのそれより強固で、生半可な得物では傷一つ付かない堅実な盾。そこにバリアなんて機能もついているのだから、その安心感は凄まじいものだろう。なにせいざとなれば、()()()()()()()()()()()。自分は安全圏から援護をし続けるだけで敵が倒せるのだから御の字と言える。危険を冒さなくてもお前には強靭な武器があり、それを手足のように使えるのだから他の者より恵まれているのだぞ?と言外にそう告げられている。前衛に出なくとも役には立てるはず———

 

「……ふざけないでください……」

 

 脳裏に僅かに巡った甘えに揺れてしまった弱い自分に、アルティナは〝甘えるな〟と一蹴する。〝かつて〟のわたしならそれを甘んじたことだろう。納得し、安堵し、それ以上考えることも無かったはずだ。自分の持つ可能性を探すこともせず、与えられた力に満足し、それを引き出せればこれから先もやっていけるのだと本気で信じていることができた。それで彼の隣に立ち、背中を預け合い、共に在れると()()()した。忘れるなと彼女は自身に戒める。思い出せと自身に告げる。自分が何者であるかなど、〝あの日〟知ったはずだろうと。わたしはホムンクルス。《黒の工房》が———《黒》のアルベリヒが900年かけて造り出した〝人造人間(ヒトならざるヒト)〟であり、もし本当に制限されていなければ()()()()()なのだと言い聞かせる。

 

 ふと渓谷道での戦闘を思い返してみる。体力不足の課題がまだ深刻に残っているとアルティナは再認識した。

 しかし、それは反面、この身体はまだ下地が出来切っていないのだということの証明でもあった。逆行以前も体力不足を感じていたのだから、つまるところその時もまだまだ鍛錬が足りなかったのだと改めて考え直してみる。

 

「……もう少しメニューを増やしてみましょうか」

 

 正直なところを言えば、ここに来る以前に数ヶ月間で体力を戻そうと立てた現時点で設定したメニュー全てをやり終えた後は疲労困憊ではあった。初めの頃は立てなくなったこともあったし、今でも筋肉痛に悩まされることが無い訳ではない。その鍛錬の様子を見に来たクレア少尉から何度も止められたこともあったし、代わりに見に来たレクター少尉からも本気で大丈夫か?といった顔をされたが、それでも()()()()()()()()。鍛える環境がしっかり整っている帝都ほどではないが、ここ温泉郷ユミルは自然環境に直接曝されることもあって有効な手だ。むしろ、普段なら鍛えることができない直感などもここでなら育てることも出来る。滞在する一年ほどの間に、護衛の任に付きながらもしっかり頑張れば、きっとリィンさんと同じように強くなれるはずだとアルティナは確信する。

 

『Ё・VЯжёйа?』

 

「……それは無茶ではないのか……ですか?

 ———いえ、これではまだ足りないんです。わたしはもっと強くならなくちゃいけませんから」

 

 わたしは強くなかったから失敗した。言外にそう告げながら、アルティナはベッドから立ち上がり、()()自分の得物である二丁拳銃に手を伸ばす。黒塗りのそれはヒトを殺せる武器らしく冷たくて、温かみなど何処にも感じられない。まるで彼と出会う前のわたしのようだと思う。そんなわたしがここまで変われた切っ掛けとなった人物が近くにいる。()()()()()。守らなきゃと(わたし)が告げて、強くならなきゃと(わたし)が責め立てる。もう喪いたくない。奪われたくない。その想いが強く膨れ上がる。その気持ちに押し潰されてしまわないよう、ぎゅっと鉄の塊を胸に抱いて目を伏せた。静かに息を整える音だけが静まり返った部屋に残る。その間に《クラウ=ソラス》は気を遣ってくれたのかステルスモードへと移行し姿を消す。

 

 それからどれだけそうしていたのだろうか。漸く心が落ち着きを取り戻した頃には、時計の針が思っていたよりも進んでいた。流石に一時間は経っていなかったが、それでも時間をかけていたことは間違いない。胸に抱いたその得物を机の上に置いて、持ってきた荷物に手をつけた。中には替えの衣服や下着、弾薬にメモ、何冊かのノートなど、一年間滞在する上で必要だろうと思われたものがほとんど入っている。それらを丁寧にベッドの上に並べて効率よく仕舞えるようにそれぞれを分類分けしてから、借りることになった部屋の机や棚、引き出しにタンスの中へと仕舞っていく。

 

 量はなかなかに多かったが、分類別に分けていたこともあって特別重たいものは弾薬ぐらいしかないせいか作業は思っていた以上にすぐ片付いた。

 

「こんなところでしょうか」

 

 ざっと自分の部屋を見渡してみる。元々空き部屋だったことも相まって、ほんの少し物が増えた程度だからか寂しい感じもする。第II分校時代に使っていた自室のように置き物や飾りを添えてみれば変わるだろうか。

 

「……ぬいぐるみを作ってもいいかもしれませんね」

 

 そういえばミリアムさんがよくぬいぐるみを部屋に飾っていたという話を耳にしたことがあるとアルティナは思い出した。実際ぬいぐるみというのは女の子らしさを異性に感じさせるものだと聞く。まあ、自分達の容姿ではせいぜい子供らしさが際立つかもしれないが、それでも部屋に飾るものとしては十分すぎるだろう。幸い彼女は、料理以外にも裁縫の腕もある。これまた必死に練習したものだが、良いタイミングでそれを活かす時が来たと言える。

 

「そうと決まれば早速棉と布を用意しましょう。糸や針はルシアさんにお願いすれば借りることができるかもしれませんし」

 

 そうと決まったら早速行動を起こそう。そんな意気込みと共に部屋から出ようとドアノブに手をかける———ところで、コンコンと扉がノックされた音が聞こえた。続けて聞き覚えのある声が響く。

 

『アルティナ。少し話があるんだが、今大丈夫か?』

 

 扉の向こう側にいるのはリィンのようだ。何か話があるらしい。アルティナの中でルシアさんから糸と針を借りてもいいかという許可を得ることと、リィンさんと話をすることの二つが天秤に掛けられる。僅か一秒にも満たない間ののち後者に天秤が傾いたことで、彼女はドアノブを回して、扉を開けた。

 

「構いませんよ。立ち話もなんですからどうぞ入ってください。特別これといったものは置いてませんが」

 

 そう言ってアルティナはリィンを自室に案内しながら、ふと気付く。

 

「(……いくらリィンさんだからとはいえ、自室を見せるというのはなかなか〝恥ずかしい〟ことなのでは……?)」

 

 特に何も置けていない状態だが、それでも自室は自室だ。今回ばかりは借りたばかりというレンズがセットされているお蔭で何もなくてもおかしくないという結論に至れるだろうが、それでもやはりというべきか一度でも異性に自室を見せたというのは、それこそ他者からすれば驚かれることだろうと思っていると、アルティナはあることを思い出した。

 

「(以前パンタグリュエル艦内でも似たようなことがあったので今更でしょうか……)」

 

 あの時はリィンさんが寝ているわたしの部屋に無断で入ってきていましたね、と振り返る。理由がどうあれ許可なく異性の部屋に立ち入った挙句、それもその人物が寝入っている状態でと考えれば、かなりとんでもないことをしでかしているような気もしなくはないが、まあそれは不埒なリィンさんなら普通ですし、と大雑把に納得だけしておくことにする。その納得の仕方が大いに不味いことに全く気付いていなかったが。

 

 アルティナに案内された室内でリィンは立ったままで話をしようとするも、彼女がせっかく善意で持ってきてくれた椅子を拒む訳にもいかないため、大人しくそれを受け取って腰掛ける。対する彼女の方はと言えばベッドの上に腰掛けて向き合う形を取っていた。

 

「……さて、要件というのは?」

 

「ああ、実は気になったことがあってさ。それを訊ねに来たんだ」

 

「気になること、ですか?」

 

「アルティナが探しに来た人———義理のお兄さんだったか。その件で気になることがあったんだ」

 

 その言葉を聞いてどきりとする。やはり設定に無茶があったのかもしれないと内心焦る自分がいることをアルティナは自覚しつつも、動揺を表に出すことなく耳を傾ける。騙し続けることには胸が痛いが、それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければいけない。きっと糸口は彼が作り出してくれるはずだと希望的観測と共に待ち構えた。

 

「俺に似てるって言ってたよな。君のお兄さんと俺は」

 

「そうですね。確かによく似ています。他人の空似と言っても過言ではないかと」

 

「そんなに似てるのか……。それなら君があんなことをしてきたのも確かにおかしくないよな……」

 

 うーん……と腕を組んで考え込むリィンに、アルティナは《八葉》を受け継いだ者達が持つ驚異的な〝直感〟が芽生えているのではないかと焦りを覚える。もしかすると、わたしがこの時間軸に遡行し、ここに現れてしまったことで彼の能力が開花したのではないかという疑念が脳裏を過ぎる。

 

 そこへ改めて何か聞くことを思い付いたらしいリィンが再度質問を投げかける。

 

「そういえば名前も同じなんだよな?」

 

「そうですね。本当に同じだとは思いも寄りませんでしたが」

 

「………………」

 

「……もしかしてですが、わたしのことを疑ってますか?」

 

「……いや、そういう訳じゃないんだが……」

 

 そこでまたリィンが考え込んでしまった。どういう狙いがあって尋ねに来たんだろうかとアルティナは思考する。どうやらわたしを貶めるためではなさそうですしとまず始めに見抜かれたという可能性を排除する。先程はその可能性を怪しんでいたが、どうやらそうではないらしい。こうして目に映る彼の姿や反応から察するに、疑ってかかっているのとは縁遠いことが判明していた。そうなると、他には何が考えられるだろうか。もう一度思考の海に身を沈める。次に考えたのは、彼自身が一度出会っていたりしないかと記憶を探っている状態なのかもしれないということだ。無論、彼女の探していた人物は目の前にいる訳で、何処を探せども見つかるはずもない……と思う。それこそ真に他人の空似と言える人がいれば話は別だが、アルティナが知るリィンは一人だけだ。そう考えるとこのまま行けば、やはり疑われてしまうのではないかという気がしてくる。聞くところに寄ると、《怪盗紳士》も何度も見抜かれてしまっているようだから、一度疑われてしまうとなかなかどうして厄介であり、今後にも支障が出かねない。そうなると、せっかくのユミル滞在交渉が無駄に———

 

「———アルティナ?」

 

 どうしたんだ?とこちらに顔を近づけていたリィンに、漸くアルティナは気付く。顔が近い、そんな思考が脳裏を過ぎってしまったせいか顔が熱を帯び始めているような気がしてくる。どうしてこの人はこういうことも平気で行えるんだろうかと思う一方で、何とかそれを悟られないよう冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら返答する。

 

「すみません、少し考え事をしていました。

 ———あの、リィンさん」

 

「ん? どうかしたのか、アルティナ?」

 

「先程の質問ですが、どういった意図で投げられたものなのか教えてもらっても構いませんか? いまいちリィンさんの考えていることが分からなかったので」

 

「……ああ、そうだよな。突然質問ばっかりしてごめんな」

 

「いえ、特に気にしてませんから」

 

 その言葉を聞き、リィンは安堵する。機嫌を損ねてしまったのではないかという懸念があったのだろう。それから数秒ほど悩みに悩んでから———彼は口を開いた。

 

 

 

「———実はさ、小さい頃の記憶がないんだ」

 

 

 

 それは、リィンがリィン・シュバルツァーとなった日の話だった。吹雪の中で雪道に捨てられていた浮浪児が義父となったテオ・シュバルツァー男爵によって拾われ、養子となったことが滔々(とうとう)と語られた。既にその過去を知っていたアルティナだったが、いざ本人から———まだその事実と向き合い切れていない頃の彼の口から聞いてみると、重く感じられた。当然当事者ではない彼女には、その心境を深く推し量ることなど出来はしない。

 

 しかし、どうして彼がこのタイミングでそのことを話してくれたのかだけは何となく分かる気がしていた。

 

「だから、今日君に出会って名前を呼ばれた時にさ。もしかしたら、記憶を喪う前の俺のことを知っているんじゃないかって思ったんだ。……いや、それだけじゃないな。あの時出会った君が———」

 

 一拍が置かれ、そしてその続きが言葉となる。

 

「———記憶を喪う前の俺の妹だったんじゃないか……って。そう……思ってしまったんだ」

 

 そこには、もしかしたら……というIF(イフ)が込められていて。彼からすればそれに値する存在であるアルティナは何とも言えない複雑な気持ちを抱いた。

 

(そういう関係もきっとあったんでしょうね)

 

 静かに、優しく、彼女は呟く。その声は彼には辛うじて届くことはなかったが、それでも何かを呟いた少女の浮かべた表情に何かしらの影を落としていることを悟らせた。慌てて余計なことを言ったことを謝罪しようとリィンが言葉を発する———

 

「リィンさん」

 

 その前に、アルティナがそれを制した。決してそれはピシャリと言葉を断つようなものではなかったが、それでも言外に謝らなくても構いませんよという言葉が含まれていた。ただ、代わりに彼女の口からは別のものが飛び出した。

 

「仮にわたしが貴方の妹だったなら———また会えたことを一先ず嬉しいと思います。勿論、一緒に過ごした記憶があるならそれに越したことはありませんし、当時のことを覚えていたなら更に嬉しいです。なにせ、その場合は〝はじめまして〟ではありませんから」

 

 それは、アルティナの心境そのものと言っても過言ではない。時間を遡行しやってきた彼女には、周りの誰もが知っている人であることが多い。関わりがあった人の中には親友と呼べる者もいたし、姉と呼んだ人もいた。他の誰よりも大切に感じた人だってここにいる。

 

 けれど、その人達はまるでアルティナを知らないのだ。まだ出会っていないはずである以上、それは当然のことではあるが、〝かつて〟はずっとそばにいた大切な人にも〝はじめまして〟と言わなければならないのはハッキリ言って苦痛だ。重く辛く痛くて哀しい。その痛みと嘆き、苦しみと哀しみは、一度でも当事者とならなければ推し量れるものではない。忘れられてしまったという体験は早々出来るものではないし、体験するべきではないだろう。故に彼女の言葉は、経験から生じた重みあるものだ。例え相手が知らなくとも、突き付けられるそれらには決してそれを嘘だと断ずることのできない深みが存在している。今こうしている間も聞かされているリィンにはそれを聞き入るしかない。

 

 そして今、アルティナは語りながら再考する。もしもわたしが貴方の妹だったら———それはどれほど甘美な響きだろう。〝人造人間(ホムンクルス)〟である以上、父も母もいない身。製造順の最後であるが故に姉こそいたが、兄も弟もいなかった。その片方だけでもいてくれるのなら、きっともう少し家族というものを知ることができたのかもしれない。リィン・シュバルツァーの妹としての人生。少し考えてみるだけでも胸が温かくなる。ほぼ確実にエリゼと同じように悶々とした日々を送ることになるのは間違いないだろうが、それでもきっとその日常は優しくて温かくて幸せに満ちたものになるだろう。

 

 しかし、だからこそだろうか。アルティナはそんなIF(もしも)を享受したいとは思わなかった。何故ならそれは———

 

「(わたしはリィンさんの妹でいることに満足できないでしょうね)」

 

 ———()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アルティナは知っている。

 ———複雑な想いが渦巻いた胸の切なさを。

 アルティナは知っている。

 ———背中を預け合い、支え合った日々を。

 アルティナは知っている。

 ———強いあの人でも弱い部分があることを。

 

 きっとそれら全てが、彼の妹としてそこにいたなら味わえないものだと分かっていたから。彼のシスコンぶりはそれこそ剣聖クラスだ。もし妹という立場であろうものなら同じ場所で戦うことすら叶わないかもしれない。

 

 リィン・シュバルツァーは不埒な人だ。強くて優しくて、誰よりも大切な人だ。そばにいるだけで安心させてくれる人だ。

 それと同じくらい、一人にしておくことができないくらい危うい人だ。自己犠牲が極まっていることもそう珍しくない。そうでなければ、〝あの時〟も自分一人で背負いこもうとしなかったはずだから。

 

 だから、今こうして彼が話してくれたことは嬉しかった。それが例え偶然だったとしても、ちょっとしたきっかけで繋がりを深めることができたのだ。既に知っていたとはいえ、いざそれを耳にしたせいかアルティナは改めて強く思った。支えてあげたい。守ってあげたい。その想いは〝かつて〟リィンが抱いたものと同じものであり、いつの間にか彼女自身が思うようになっていたもの。遡行を果たしてから胸の奥に燻っていたものに大きく火が着いたような気すらした。

 

 その勢いのまま、アルティナは彼のためになるようにと言葉を続けた。

 

「———ですが、それはあくまでも〝IF(もしも)〟に過ぎません。実際にわたしは貴方の妹ではありませんし、今後そういう人が現れるかもしれません」

 

 だから聞かせてください、リィンさん。

 そう告げて、アルティナは意地悪な質問を問いかける。

 

「本当に〝かつて〟の妹さんがやってきたとして、彼女が実家に戻って一緒に暮らしたいと言われたとしましょう。リィンさんはここでの暮らしを———テオさんやルシアさん、エリゼさんを、()()()を捨てて、その人に付いていきますか?」

 

「——————」

 

 あまりにもぶっ飛んではいるが、しかし、有り得ない訳ではないその質問にリィンは面食らう。確かにそういうこともないとは限らない。記憶を喪う前の家族であった妹が迎えに来たとして、その彼女が今の彼の家族を是とするとは断言できない。むしろ、もしも彼が高潔な生まれで、当然その妹である彼女はプライドが高いかもしれない。挙句の果てには、高々男爵程度では認められないと傲慢にも言い放つような輩ではないと言い切れない。そうなったら———本当に付いていくのか?

 

「———付いては……いけないな。どれだけその子が俺のことを兄だと思ってくれても付いていけないと思う」

 

 だってそうだろう?とリィンは続ける。

 

「俺にはその頃の記憶がないんだ。……いや、例えあったとしても、ここで過ごした日々は掛け替えのないものだった。凍死しかけていた俺を救ってくれた父さんや、今まで育ててくれた母さん。それにずっと一緒にいてくれたエリゼだっている。みんなにもずっと助けてもらっていた。そんなみんなを———ユミルを捨てて、またやり直そうっていうのは流石に都合が良すぎるし、()()()()()()

 

 最後に紡がれたその言葉に理屈なんてない。最早気持ちの問題でしかない。けれど、ヒトが何かを決める際には最も重要なものだ。それだけで明確な答え足り得る。

 それに、と彼は続けて———

 

「俺が他の誰でもない、父さん達の息子でエリゼの兄の———リィン・シュバルツァーだから、かな」

 

 気恥ずかしそうにリィンは言い切った。そこに揺らぎも迷いもない。その答えに嘘は無く、偽りも無い。紛れもなく彼自身が今ここで出した答えなのだと真偽を見抜くまでもなく分かる。返ってきた答えにアルティナは心から安堵する。

 

「安心しました。もしもリィンさんがここで付いていくと答えた場合、徹底的に性根を叩き直さければいけないと判断せざるを得ませんでしたから」

 

「え゛」

 

「冗談です。せいぜい色々と悟りを開いてもらう程度ですので」

 

「いやちょっと待ってくれアルティナ。それかなり洒落にならないものなんじゃないか……?」

 

「それは……そうかもしれませんね」

 

 命拾いをしたような心地を味わうリィンに対し、アルティナは目の前にいる彼が自分の知っている彼と根本から違わないことを再確認する。自分が遡行したことで発生するかもしれない〝予想外の何か〟。もしかしたらと思い、それがリィン・シュバルツァーという存在に致命的な影響を与えたりしないかと心配だったのが、漸く払拭できた気がした。このまま筋書きが覆ることがなければ、きっとわたしの知っているリィンさんになるのだろうと思う反面で、やはり何処か寂しさを覚えた。チクリと胸が痛むのを感じながら、ふと彼女は気になったことがあったことを思い出す。

 

「そういえば、リィンさん」

 

「ん? どうかしたのか? アルティナ」

 

「大したことではないのですが……どうして、初めて会ったばかりのわたしにそんな大事なことを?」

 

「………………」

 

 訊ねた途端にリィンが何処か言いづらそうな顔をするが、先程と違い、話すのにそこまでの間は開かなかった。

 

「俺も少し変だとは思うんだけどさ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。妹じゃないにしても()()()()()()()()()()()()()って……」

 

「——————」

 

 今度はアルティナが面食らう番だった。凡そそんな言葉が飛び出すと思っていなかったのもあるが、今の彼女にとってそれは嬉しさを通り越していた。呆気にとられて物も言えないまま、まるで別の生き物のように冷静だった脳裏に〝やはりリィンさんは不埒ですね〟とだけ浮かび上がっていた。

 僅か十秒弱ほどだったが、たっぷりと再起動に時間をかけてから、アルティナは大きく溜息を吐いてからジト目で———

 

 

 

 

 

「やはりリィンさんは不埒ですね」

 

 

 

 

 

「どうして今の話から俺が不埒だってことになるんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 





 やっぱりリィンは不埒だよなぁっ!?という謎テンションで最後書きました。いやホント、〝君とは初めて出会った気がしない〟とかいうセリフはどう考えても不埒ですね(アルティナ基準)
 そんな不埒なリィンとの本編開始前の序章段階ですが、皆さんはお忘れではありませんよね? ユミルには何がありますか? まあ、まずスノーボードありますし、雪ありますし、釣りがありますよね? そして定番のアレもありますよね? 書くことありすぎて次回はどれとどれをピックアップするか悩みそうです。というか〝鬼の力〟の話を少し繰り上げてもいい気がしてきました。

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