ネット碁は毎日打っている。これまで負けなし。どこまで連勝記録を伸ばすんだろう。最初のうちは対局を申し込んで拒否されることもあったけど、しだいにそれはなくなった。それどころか、対局を申し込まれるようになった。佐為、いやネット碁ではF.saiだけど、その強さが広く認識されるようになったんだろう。わたしは自分のことのようにうれしい。
ある日、ネット碁対局を終えた後、佐為が尋ねた。
《今さらながらですが、このF.sai、アルファベットともうす見知らぬ文字の連なり、これには何か意味があるのでしょうか?》
《ああ、これはエフ・サイと読むの。Fエフは藤原Fujiwaraの頭文字。それを佐為saiの前につけたの》
《なるほど、そのような意味があるのですね》
また別のある日、佐為がネット碁を始めて1ヶ月くらいした頃、打つ場所を指示しながら佐為が苦笑いしている。
《どうしたの?》
《ルミ様はお分かりにならないかもしれませんが、この対局すでに勝負がついています》
《佐為の勝ちね》
《圧倒的に、と申し上げてよいでしょう》
《どうして、相手は投了しないの?》
《悔しいんでしょうね。負けを認めるのがいやで、ひたすら意味のない手を打ち続けています》
《佐為がやめることはできないの?》
《わたしが負けることにして投了すれば、やめられます》
《そんな・・・・そうか、それを狙ってるのね。佐為が根負けして投了したら自分が勝てるという魂胆ね》
《そうかもしれませんね》
《続ける?》
《このような輩に勝ち星を進呈するのも、癪に障ります》
《確かに・・・・》
わたしはふと、あることを思いついた。
《ねえ、それなら、わたしに遊ばせてくれない? わたしに打たせてくれない? いや、「打つ」という言い方は正しくない。好きなところに石を置かせて》
《かまいませんが、どうして?》
《佐為も知ってのとおり、わたしは碁のことは何も分からない。ただ、黒石と白石が作り上げる模様を美しいと思って眺めているだけ。今、この模様が、わたしの美意識でもっと美しくなるよう、石を置かせてほしいの。といっても、白石だけだけどね。黒石は相手が打つから》
佐為はわたしの突拍子もない申し出に一瞬戸惑ったけど、わたしの意図を理解してほほえんでくれた。
《いいですよ。ルミ様がどのような打ち方をなさろうと、今から形勢が逆転するはずはないと思います。万が一、そうなりそうな時にはわたしが声をかけます》
《ありがとう》
わたしは盤面の黒白模様を眺め、「ここ」と思う場所をクリックする。そこに白石が1個置かれた。それからしばらく、相手は打ってこない。
《どうしたの?》
《長考しているのでしょう》
《えっ、わたし、相手を長考させるような、そんなすごい手を打ったの?》
《そうではありません》
佐為は扇で口元を隠してそっと笑う。
《ルミ様があまりに突拍子もないところに石を打つものだから、相手が不気味に思っているのです。相手はわたしの力量を知っています。それほどの力量のある者の打ち込みとして、きっと深い意味があると思い込んで、その意味を懸命に考えているのですよ》
わたしは思わず吹き出しそうになり、小さな声で
「バカ!」
とつぶやいた。そうしているうちに、相手はやっと黒石を打ち込んできた。石が1つ置かれるごとに模様は微妙に変わる。微妙に変わった模様をより美しいものにするために白石をどこに置くのが最適か、それを考えてわたしは次の白石を置く。相手はまた考え込んだけど、先ほどのような長考はせずに打ち込んできた。それにわたしが白石を打ち返す・・・・10手ずつくらい打った後、わたしは後ろを振り返って佐為に語りかける。
《大丈夫? 形勢が悪くなっていない?》
《大丈夫ですよ。先ほどから形勢は悪くなってはいません。ルミ様、しっかり形勢を守っておられますよ》
《それは意外・・・・》
佐為とわたしは互いを見合いながらフッと笑った。こうして、結局最後までわたしが打ち続け、途中の優勢を保ったまま佐為F.saiの勝ちとなった。わたしはすべての石を打ち終えた碁盤の黒白模様を眺めている。
〔うん、悪くない・・・・〕
そこには、美しい模様を作れた満足感だけでなく、底意地の悪い相手を逆にからかってやった満足感もある。
《ああ、おもしろかった・・・・ねえ、佐為、しょっちゅうとは言わないけど、たまに、この相手と対局してくれない? わたしも楽しめるから》
《ルミ様も意外と人が悪い・・・・まあ、たまになら、よろしいですよ》
というわけで、2週間ほどしてその相手に対局を申し込んだら、拒否された。
《なんで?》
《前回、わたしたちがあまりに非常識な碁を打ったからでしょう》
「非常識はそっちの方じゃない!」
怒った口調でパソコンディスプレイに話しかけるわたしを見て、佐為は笑った。声を出して笑った。ふだん、佐為は笑う時も上品に扇で口元を隠して声を出さないように笑うのだけど、この時は声を出して笑った。初めてのことかも。
《佐為、そんなにおかしい?》
《いえ、失礼しました。申し訳ありません》
《別に、謝らなくてもいいんだけど・・・・》
こんなことがあってから間もない頃、ついにあの出来事が再来した。囲われた石が剥がされる、その後の方が剥がされる前より美しいと思った出来事、幼年時代、たった1度だけ遭遇した出来事、それに再び遭遇した。その瞬間、わたしはディスプレイに見とれた。ふだんと違うわたしの様子を佐為も感じ取ったらしい。
《ルミ様、どうなさいました?》
《美しい・・・・》
《えっ?》
わたしは、その黒白模様をずっと眺めていたかった。だけど、石を取られた相手はそんなわたしの思いなどお構いなしに次の手を打ってきた。一瞬生まれた美は、一瞬のうちに変形してしまった。
対局が終わって、わたしは佐為に話しかける。
《さっき、ついにあの出来事が起きたの。囲われた石が剥がされた後の方が剥がされる前より美しかった、あの出来事》
《それは、すばらしい》
《うん・・・・でも、すぐに相手が打ってきた。わたしたちが石を取られたのなら、佐為に待ってもらうことができるけど、相手の石を取った場面だと、相手に待ってもらうことはできないのよね。はかない美だったわ》
佐為はしばらく考え込んで、わたしに語りかける。
《ルミ様、それほど美しいと思われたのでしたら、その模様をちゃんと覚えておられますね?》
《うん。今も印象に残っている》
《ご自身の記憶力を信じてくださいませ。ほんとうに心から美しいと思ったものであれば、たとえ一瞬にして消え去ったとしても、その美の印象はこれからずっと何年も何十年もルミ様の心に留まっているはずです》
わたしは佐為の言葉を心の中で反芻する。
〔そうね・・・・もし、忘れてしまうとしたら、しょせん忘れてしまう程度の美だったということね・・・・佐為、ありがとう。わたし、自分の記憶力を信じることにする。ほんとうに心に焼き付いた美は、忘れはしないはずね〕
佐為と出会い、佐為の対局を目の前で見るようになって、わたしの黒白模様の探求は一歩深まった。それまでも、機会あるごとに黒白模様は作っていた。だからこそ、ユカがWorldGoのサイトを教えてくれた。でも、佐為との出会いはわたしの探求をより深く、広いものにした。
佐為の代わりに石を置く中で、黒白模様の成長を体感できる。できあがった棋譜を見るだけでは実感できない、模様が複雑な結晶のように成長していくプロセス。それは数多くのインスピレーションのもとになった。
そして、形式を広げることも思いついた。たとえば、碁盤は正方形だけど、デザインを作るキャンバスはほかの形でもいいかも。縦長の長方形、横長の長方形、三角形、六角形・・・・。石の形を変えてもいい、円形だけじゃなくて、方形、三角形、六角形・・・・。石の大きさを変えてもいい。ほかの石より大きな石を何個か置いてもいい。そして、碁盤の色も木地色に限らなくてもいい。石を置き終わったら格子線を消してもいいかも・・・・。
わたしは思いつくいろんなバリエーションを試みた。その果てに、わたしになじむ形式、制約が分かってきた。無制約の自由は美を生まない。それは、直感的に分かっていた。芸術が美を生むには形式という名の制約が要る。俳句なら五七五、短歌なら五七五七七という文字数の制約。音楽なら和声や対位法の規則、そしてソナタ形式のような楽章展開のルールなど。形式を守ることで高められる美。わたしにとってどんな形式が最適なのか、この試みの中から少しずつ見えてきた。
キャンバスの形はやはり正方形に落ち着いた。石の形も円形が一番しっくりいく。
石の大きさを変えるのはおもしろい発想だと思えた。ただし、あまりいろんなサイズの石が混じるのは均衡に欠けて美しくない。結局、サイズは2種類。基本のサイズと、それより何倍か大きいサイズの2種類に限り、大型の石は黒白それぞれ5個まで、かつ黒白同数にした。それがわたしのシンメトリー感覚にかなう。
碁盤の色は、さまざまな色を使える。濃淡さまざまな青や赤や黄色、その他・・・・。ただ、わたしが好んで使う色はいくつかに絞られた。まず、自分でも意外だったのが灰色。灰色の盤面に黒白の石。まさにモノトーンの世界だけど、決まればとても美しい。この灰色のほかに、何よりのお気に入りは藤色。もともと好きな色だったけど、黒白模様の背景としてこれほど映えるとは、実際に試してみるまで分からなかった。さらに、色の濃さのグラデーションを付けてもいい。上から下に向かって、右から左に向かって、あるいは斜め方向に、色の濃さを変化させるのもおもしろい。
格子線は、できあがった模様によって、残す方が良い場合と消す方が良い場合がある。最初からどちらかに決める必要はないという結論になった。コンピューターグラフィックスなら、黒白模様を作った後に格子線を消すくらい何でもないから、初めに決めておく必要はない。
わたしがパソコンのディスプレイで作業している時、佐為は背後から、あるいは脇からそれを眺めている。最初のうちは、囲碁の石の配置としてあり得ない配置を見ると、気持ち悪がった。頭痛がする時のような、親指と中指でこめかみを挟むような仕草をすることもあった。
《ルミ様、そのような石の配置はあり得ません・・・・》
《だから、これは棋譜じゃないの。デザインなの》
《それは分かっておりますが、それでもわたしはどうしても棋譜に見えてしまって、そのような石の配置は気持ち悪いのです》
佐為がわたしの作る黒白模様の美しさを理解しないことが残念だった。美しい人は美意識も優れているとは限らない、それはわたしがこれまでの人生で何度か経験したことだけど、佐為もそのような人たちの仲間だとしたら、残念で仕方ない。でも、
《佐為はやっぱり碁バカなのかしら・・・・》
という心配は、ありがたいことに1~2ヶ月で薄らいだ。その頃になると、佐為もわたしが作る黒白模様を棋譜としてでなくデザインとして見るこつをつかんだらしい。そして、たまに的確な批評をするようにさえなった。
〔やっぱり、佐為は美意識も高いんだ〕
わたしはうれしかった。
わたしはもとからインドア派だけど、外の景色を眺めるのも好き。だからこそ、北千住の学校から電車で20分以上かかる我孫子に住んでいる。10分も歩けば手賀沼の岸辺、自転車で10分くらい行けば利根川の河原。ディスプレイを見つめる室内作業に疲れると、その景色を見に外に出る。佐為も一緒に。
初めて手賀沼を見た時は、
《巨椋池(おぐらいけ)みたいですね。》
と印象を述べた。巨椋池、高校の古文で習った、京都の南にあった湖。今は干拓で消えてしまったらしい。巨椋池でも手賀沼でも、昔も今も、水面に日が差せば光が反射する。風が吹くと立つさざ波が立ち、陽光が砕ける。
《金波、銀波って、ほんとうにあるのね。今はまだ日が高いから銀波でしょう。もうちょっと日が傾いて陽光が赤みを帯びると金波になるのよね》
《そうですね。そのありさまを歌に詠んだりしたものでした・・・・》
《・・・・そういえば佐為、こんなこと、したことある? 瞼を狭めていくの。そうすると視野が暗くなるでしょう。やがて背景の物の形が識別できなくなってしまうの。その暗い背景に光の粒だけが明るく輝いている・・・・やってごらん》
佐為はわたしの言うとおりにした。
《ほんとうに、ほの暗い世界に光の粒が踊っているようです》
利根川の河原を見た時は、
《大きな川ですねえ。鴨川の何倍も広い》
と驚いていた。平安時代の貴族の例に漏れず、佐為も都の外にはほとんど出たことがなかったようだ。
《わたしの故郷には筑後川という大きな川があったの。だから、ここに来ると懐かしい気がするの》
《筑後川・・・・ああ、ルミ様は筑紫の国で生まれ育ったのですね。大人になって都に出てこられた。玉鬘(たまかずら)のようですね》
〔えっ・・・・、いや、わたし、そんな美人じゃない・・・・〕
ちょっと気持ちが混乱しかけた。こういう時は話題を変えよう。
《・・・・子供の頃、よく堤防の上から景色を眺めていた。河原の向こうの平野に田んぼが広がっていて、その向こうに薄い山並みが見えるの・・・・》
そして、わたしは、子供の頃思っていたことを佐為に語る。
《どんなにうまく描いても、絵よりも実物の風景の方がきれい。それなら、絵を描くより風景を眺めている方が楽しいじゃない。どんなにうまく描いても、絵よりもほんものの人の方がきれい。だったら、絵を描くよりその人と会う方が素敵じゃない》
わたしは佐為を見つめる。佐為は恥じらうように目をそらした。
こんなふうに、佐為がネット碁で連勝を続け、わたしが黒白模様のさまざまなバリエーションを試み、時おりは外に散歩に出かけたりしていた頃、ネット碁の世界だけでなくリアルの碁の世界でも、F.saiの存在が波紋を広げつつあったとは、うかつにも思い及ばなかった。
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佐為がネット碁に再生して1~2ヶ月もすると、無敵のF.saiはネット碁の世界に知れ渡った。saiが消えて10年、すでにsaiを知らないネット碁ユーザーも多く、最初は「無敵」ということで話題になったのだが、いずれsaiと対局経験のある参加者の目に留まることになる。彼らにとって、F.saiとsaiの類似は明白すぎるほどだった。単にアカウント名が似ていて同じくらい強いというのではなく、その手筋、打ち方が瓜二つなのだ。
「saiが復活した。saiがネット碁に戻ってきた」
「でも、どうしてsaiの名前じゃないんだ? F.には何の意味があるんだ? まさかFalseじゃあるまいし」
こんな噂が飛び交った。その噂に敏感に反応したのは、アマチュアよりもむしろプロの棋士たち。
「F.saiはsaiの再来なのか。ならばぜひ打ってみたい。10年前のように突然消えてしまう前に」
この年の7月頃から、F.saiにプロからの対局申込みが増え始めた。もちろん、F.saiは相手がプロかどうか分らない。ただ、これまで自分に対局を申し込んできた者たちより明らかに強い相手からの申込みが増えたと感じる。それは、神の一手の探求のためには望ましいことである。そして、いずれの対局者もF.saiに敗れ去った。
緒方は塔矢邸で自分がF.saiと対局した棋譜を塔矢行洋に見せている。
「先生、これは明らかにsaiの手筋ではありませんか? わたしは棋譜を見るだけでsaiと実際に対局したことはありません。先生は一度だけsaiと対局されました。先生がご覧になって、いかがですか? saiに間違いありませんか?」
行洋は差し出された棋譜を見つめる。確かに、それは10年前ネットを通して対局したsaiの手筋そのものに思える。しかし、
「もし、このF.saiがsaiであるのなら、なぜ名前を変えたのだ? 確かに、saiはみごとな打ち手であった。単に強いというだけでなく、美しい碁を打つ。彼との対局はわたしにとっても最良の思い出の一つだ。しかし、それでも、ネット碁しか打たない、現実の棋界にいっさい現れようとしないことに、一抹のいかがわしさを覚えざるを得ないのだ。まして、今度は名前を変えるとは。なぜ、目の前に現れない? なぜ名前を変える? 世をはばかるやむを得ない事情があるのかも知れないが、それでも、どうしても疑念が残るのだ」
「では、先生はF.saiと対局なさるつもりはない?」
行洋は腕を組んで考え込んだ。
棋院で、院生時代からの友人である和谷に棋譜を見せられた進藤ヒカルは、青ざめた表情を悟られないようにうつむいている。そんなヒカルに構うことなく、和谷は熱心に話す。
「進藤、これぜったいsaiだぜ。間違いない。オレ、昨日対局したんだ。圧倒的な強さだぜ。まさに12年前にオレが対局して粉砕されたsaiそのもの。強さだけじゃない。打ち方がそっくりなんだ。saiがネット碁に戻ってきたんだ。名前を変えた理由は分んないけど」
ヒカルには和谷の言葉はほとんど耳に入らない。ただ心の中でつぶやく。
〔佐為、どうしてほかの人なんだ? どうして、オレのところに戻ってこなかったんだ? なぜなんだ? 今、どこにいるんだ?・・・・〕
ヒカルには、saiが名前を変えた理由も分る。
〔アカウントのパスワードが分んなかったんだ。だから、新しい名前で新しいアカウントを作ったんだ。F.はフジワラの頭文字だ〕