翌週、学校気付でわたし宛に手紙が届いた。
差出人はある新聞の文化部の記者。どうせ碁についての質問だろうと思ったけど、違っていた。「作者および作品の紹介に、『2013年度日本オープン碁トーナメント優勝』およびこれに類する文言は決して入れない」という条件を受け入れた上で、わたしの作品を紙面に掲載したいという申し入れ。わたしはよろこんだ。わたしの横で佐為も喜んでいる。
部屋に帰って、パソコンを立ち上げ、保存している作品を呼び出した。1年生の頃のものは別にして、2年の学年末制作から以後の20枚くらいの作品にはそれなりに自信がある。でも、改めてじっくり見返しているうちに、欲が出てきた。もっと素晴らしい作品を掲載したいという欲。「作者および作品の紹介に、『2013年度日本オープン碁トーナメント優勝』およびこれに類する文言は決して入れない」という条件を受け入れたとしても、まだわたしの名前は佐為の名前と結びついて記憶されている。それはどうしようもない。それなら、佐為の名にふさわしい作品を仕上げたい。日本で一番美しい人の名前にふさわしい作品を仕上げたい。そのつもりで見返すと、これらの作品は、佐為の名にふさわしくない。わたしは、作品を表示するパソコンディスプレイを見つめながら、考え込んだ。
《ルミ様、どうされました?》
《・・・・》
《ルミ様、何か悩んでおられるのですか?》
《悩んでるんじゃないの。ちょっと・・・・ちょっと、がっかりしている》
佐為は気遣わしげな眼差しを投げる。
《わたしは自分の作品には、特に今年になってから作ったものには、それなりの自信があった。自信過剰じゃないと思う。学生の制作としては、合格点だと思う。でも、それじゃ足りないの。この程度じゃ、佐為にはふさわしくないの。佐為の名前を背負うことはできないの》
《ルミ様、何もわたしの名前を背負われなくても・・・・》
《背負うのよ。佐為の類い希な美しさを背負うの。佐為の美しさはわたしにしか見えないけど、わたしにしか見えないから、わたしの作品を通して佐為の美しさを感じてほしいの。そんな作品を仕上げたいの》
佐為は、さらに気遣わしげな眼差しでわたしを見る。
《・・・・心配しないで。簡単なことよ。佐為の美しさにふさわしい作品を作ればいい。ただ、それだけのこと》
〔そうよ。作ればいいの。作るのよ。この世の誰より美しい佐為にふさわしい作品を作るの〕
佐為は、黙ってわたしを見つめている。わたしは手紙に記されていたメールアドレスにメールを送った。「時間がほしい」というメール。手元にあるのは学生の制作としては合格でも作品として提出するには足りない。それにふさわしい作品を作るための時間がほしいというメール。折り返し、「いつまで?」という返事が来た。わたしは「年内いっぱい」と返信した。
《佐為、そろそろ対局の時間じゃない?》
《よろしいのですか? ルミ様の作品を作るのに時間が必要なのでは・・・・》
《ただじっと考え込んでればアイデアが湧くってものではないわ。むしろこんな時こそ佐為の対局を見たい。わたしのインスピレーションの元なんだから》
《分かりました。ルミ様の美意識にかなう石の流れを心がけましょう》
と答えながら、実際に対局が始まれば、佐為は勝負に集中する。
〔うん、もちろん、それでいいの。それでいいのよ、佐為〕
翌日、学校に行くとユカが声を掛けてきた。
「ルミ、どうしたの、そんな真剣な顔して。怖いくらい真剣よ」
「あっ、そう。顔の出てるんだ・・・・作品のこと考えてて・・・・」
「えっ、もう卒業制作のこと考えてるの?」
「・・・・うっ、うん」
ユカの誤解は今に始まったことじゃないけど、今回は誤解してくれる方がありがたいかも。
「うん、全力投球するつもりなんだ」
「すごい、ルミは囲碁にも制作にも張り切ってるね。わたしも見習おう」
実際、わたしは真剣だ。まず、盤面の色は藤色で決まり。グラデーションを付けよう。濃淡の差はどれくらいにするか? 濃淡は上から下? 下から上? 右から左? 左から右? 右上から左下? 左上から右下?・・・・いろいろ考えた。このために1週間くらいかけた。そして、ある時ひらめいた。右上隅と左上隅が一番濃くて、そこから同心円状に薄くなって、下辺の中点が一番薄くなるグラデーション。この盤面が決まると、黒石と白石の配置はおもしろいように次々に思いついた。思いつくままにディスプレイ上に配置する。1日で2つ、3つくらいできあがる。なかなかいい。でも、何か足りない。どれも、99点だけど100点じゃない。ここで作業が止まってしまった。まあ、いいや。まだ時間はある。ゆっくりアイデアを温めていよう・・・・。そう思いながら、時間は過ぎていく。11月はまるまるこの状態で過ぎてしまい、12月になった。
12月になると、焦る気持ちが出てくる。どうしようもなければ、今まで作ったもののどれかを送る? でも、そんな安易なことはしたくない・・・・そう思いながら、これまでにできあがっている何十枚のデザインを繰返し見直すけど、どうしても決定的な修正が思いつかない。
こんな時、新聞の担当記者から作品提出の期限を年末(つまり12月31日)から10日早めて12月21日にしてほしいとの要望が送信されてきた。
〔えっ、なんで?・・・・この10日の違いはわたしにとっては大きいのよ〕
わたしは、どうして急に締め切りを早めるのか質問した。返信には、もともとお正月の紙面を飾る予定だったけど、クリスマスの紙面を飾る方がふさわしいだろうという意見が社で出されたからとのこと。
〔そんなこと・・・・〕
「無理です」と返事したら、「どうしてもだめですか?」と押してきたので、「どうしても無理です」と返事した。しばらくして、「それなら最初の予定どおり年末でけっこうです」と回答が送信されてきた。
こんなやりとりをしているうちに12月も下旬になったけど、まだ決定的なアイデアが浮かばない。こんな時にも、こんな時にこそ、佐為の対局はわたしにとって貴重な時間。佐為と相手が黒白模様を織り上げていくプロセスを見るのは、心躍り、心癒やされる。
12月下旬もさらに後半、27日になっていた。その日、中盤の攻防の最中、佐為が右上隅に黒石を打ち込んだ。それを見た瞬間、何かがひらめいた。幸い、相手はちょっと考えているようで、すぐに打ち返してこない。わたしは盤面をじっと見つめている。わたしが何かに心奪われていることに佐為も気づいたらしい。
《ルミ様?》
《佐為、ありがとう。素晴らしいヒントを与えてくれた》
〔そう、ここに黒石を置くといいんだ。ここには黒石こそ置くべきなんだ。これまでのデザインではすべて、左右の上隅、藤色の一番濃い部分には白石を置いていた。その方が色のコントラストがくっきりするから。でも、どちらかを黒石にしたら?〕
わたしは、ちょうど目隠し碁をするように、頭の中でデザインを描いた。
〔うん。これはいける!〕
とはいえ、今は佐為の対局の真っ最中。まずは対局・・・・。こんなことを考えているうちに相手が打ち返してきた。
《ルミ様、よろしいですか? ルミ様がお望みなら、ここでわたしが中押し負けで投了し・・・・》
《何バカなこと言ってるの! 佐為は無敵の棋士じゃないの。佐為は勝ち続けるのよ、強さを示し続けるのよ。でなきゃ、わたしは何のためにトーナメントで優勝したの? 今は対局が優先よ。さあ、対局、対局!》
佐為は笑みを浮かべてうなずく。
《では》
佐為は打つべき場所を扇で示した。それからわたしは、佐為が示す場所をクリックしながら、脳の半分で、いや4分の3くらいで、黒白模様を描いていた。佐為が応手を考える思考と、わたしが模様を考える思考が、コラボしている、シンクロしているみたい。振り向くと、佐為もふだん以上にのっている。
・・・・30分ほどして相手が投了。
《佐為、申し訳ないけど、今日はこれで終わりにして。わたし、作品を仕上げたい》
《もちろん、よろしいですよ》
わたしは、藤色のグラデーションの盤面を表示して、その右上隅に黒石を置いた。そう、この濃い藤色に打たれた黒石・・・・それからは、わたしが考えるまでもなく自然に黒石や白石が盤面に現れ始めた。わたしはただそれを追ってディスプレイ上に表示していくだけ。
〔間違いない。これ最善。・・・・こんな単純なこと・・・・真理は、分ってしまえば単純だわ〕
佐為はそうやって夢中で作業するわたしを見ている。最初は、作品の制作に打ち込むわたしを見守るように優しい眼差しだったけど、やがて盤面に生まれ出てくる黒白模様に心惹かれ、真剣に見つめている。そして、その表情に驚きの色が混じるようになった。・・・・わたしは最後の黒石を描き込む。
《できあがった!》
《ルミ様、なんと素晴らしい》
《佐為も分る? もちろん、分ってくれるよね》
すぐに保存し、そして印刷した。トーナメントの優勝賞金で買った高級プリンター。微細な色の違いもちゃんと印刷できる。ほんの2~3分で刷り上がるのに、それを待つのがもどかしい。そして、刷り上がり。
《佐為、見て!》
2日遅れ、いや3日遅れの佐為へのクリスマスプレゼント。そして、記念すべきわたしの第1作。Composition001とタイトルを付けた。そして、改めて手にとってゆっくり眺める。佐為も脇から見ている。眺めながら、わたしは、このデザインが生まれようとしていたあの30分間、まるで佐為の脳とわたしの脳が合体して、一緒に同時に、碁とデザインを考えているような気になった、あの奇跡のような時間を振り返り、たどりなおす。そうして、高揚感がすこしずつ鎮まり、しっとり落ち着いた満足感が心に広がっていった。
それからわたしは、快い疲労感の中で眠りに落ちた。
翌朝、わたしはさっそくComposition001を添付ファイルとして記者にメールで送った。そして、昨夜の余韻のような軽い酩酊感と満足感の中で、これまで制作したデザインをゆっくり見返した。
それなりの出来だけど、昨日の生まれたComposition001に比べると、これらはやはり習作。でも、わたしがたどった軌跡ではあるから、きちんとナンバリングして保存しておこう。これからも、胸を張って「作品」と呼べるもののほかに、習作もたくさん作るはずだけど、たぶん、これから一生かけて1万枚はつくらないだろうから4桁の番号にしよう。Etude0001から始めて一番新しいのがEtude0089。この中には、Composition001を作るために試作した何十枚かも含まれている。そこで、改めて、Compositionのナンバリングを考えた。昨夜は何も考えずに3桁の番号を付けたけど、よく考えてみても、おそらく作品の名に値する作品は一生かけて1000枚は作らない、作れないだろう。なら、3桁でちょうどいい・・・・。
Composition001を送った後、佐為とのんびりおしゃべりしていた。
《来年、と言ってもあと1週間もないけど、1月4日から7日までヒカルさんのうちに泊まり込んで対局するのよね》
《はい。三賀日はヒカルもいろいろあいさつ回りがあるようですが、4日からしばらく暇のようですし、ルミ様は7日まで冬休みですから》
《その時、Composition001をヒカルさんにも見せてあげよう》
《それはいいですね・・・・でも、ヒカルにこういう芸術が分るでしょうか? 「猫に小判」では?・・・・あっ、いや・・・・ルミ様、こんなことはヒカルに言わないでくださいね》
《もちろん、言わないわ》
というわけで、年が明けた1月4日、わたしたちはヒカルさんの家に出かけた。
ヒカルさんは機嫌が良さそうだった。
「ヒカルさん、どうしたの?」
「うん、昨日、塔矢先生んところに年始のあいさつに行ってきたんだけど、塔矢先生がルミさんを褒めてた」
「ええっ、うれしい。でも、どうして?」
わたしは塔矢先生とは一面識もないけど、佐為が「最高の棋士」と認めているし、ヒカルさんが「先生」と呼んで尊敬しているから、とても立派な人なのだろうと信じている。そんな人から褒められていると聞いて、ちょっと舞い上がりそうになった。
「去年のトーナメント決勝戦の後の記者会見を見ていて、最初のうちは『外連(けれん)味が強いな。佐為らしくもない』って思ったそうだけど、途中からルミさんが自分のことを話していて、『今回のトーナメントでの知名度が消えたところで、わたしの作品を作品として評価していただきたいと思っています』とか、『駄作が作者の虚名のためにもてはやされるのは嫌いです』とか『もしお仕事のオファーがあれば、作者および作品の紹介に、『2013年度日本オープン碁トーナメント優勝』およびこれに類する文言は決して入れないでくださいと申し出るつもりです』とか話しているのを聞いて、なかなか真面目でしっかりした人だと見直したらしい。『佐為の代理人の名に恥じないな』って言ってた」
それを聞いて、わたしはほんとうに舞い上がった。その勢いで、持ってきていたComposition001をヒカルさんに見せた。
「ねっ、いいでしょう?」
ヒカルさんはしばらく見ていて、
「うーん。こんな石の配置はあり得ないなあ」
この言葉を聞いて、がっかりというより脱力し、舞い上がったのが、舞い落ちた。
《ヒカルは、碁のことしか頭にないんです》
《そうみたいね。出会ったばかりの頃の佐為もそうだったけど、ヒカルさんはちゃんと美意識を身につけてくれるかしら》
《それは何とも・・・・》
佐為も、これは自信がなさそう。でも、気を取り直して、対局を始めた。
Composition001は1月4日の新聞にカラーで掲載された。ヒカルさんの家から戻ったら、郵送された掲載紙が郵便受けに入っていた。佐為と一緒に見る。一流のデザイナーが好意的なコメントを載せている。でも、そんなものはどうでもいい。12月27日の夜、Composition001がパソコンディスプレイに現れていく過程を見ていた佐為の表情に浮かんだ驚きを込めた賞賛。できあがった時の感嘆。それがわたしにとって最高の報酬。
〔佐為の美しさを背負える極上の「構成」を制作したの、わたしが・・・・〕
このComposition001はわたしの生涯の最高傑作となるかもしれない。そんな予感が心をよぎる。出世作が最高傑作。ままあることね。それでも構わないと思う。あんな奇跡のような発想の奔出、それこそ全力の2割増し、5割増し、10割増しの集中力とインスピレーション。それが一生で一度のことであっても仕方ない。ただ、この制作の過程でわたしは何かをつかんだ。それは、きっとわたしの中に残っている。
新学期、学校気付でわたし宛に仕事の依頼が届いていた。わたしは「ご存知と思いますが、作者および作品の紹介に、『2013年度日本オープン碁トーナメント優勝』およびこれに類する文言は決して入れないでください。この条件を認めていただけないなら、お引き受けできません」
と返事した。
1週間ほどして、お断りの返事が来た。
それでいい。佐為の美しさを背負う覚悟と、佐為の知名度にただ乗りにして世に出るのとは、まったく別のこと。まるで正反対のこと。わたしは、わたしの作品だけで評価される。わたしの作品が評価に値しないのなら、それはそれで仕方ない。トーナメントでの注目を利用して仕事を取るのは、佐為への裏切り、わたし自身への裏切り、そしてきっと、佐為の力に頼らず自分の力で碁を打ってきたヒカルさんへの裏切りなんだ。
その後も何度か作品依頼の手紙が来た。そのたびにわたしは引き受けの条件をメールで送る。結局、卒業までにこの条件を受け入れてくれた依頼元は1カ所だけだった。
それでいいんだ。