咲夜が取り憑かれていることに気づいた一行は助けるべく、紅魔館のどこかに残る咲夜の魂を探していた。
扉を開けた先には、部屋がなかった。
ただ床も壁も何も無い、ドロドロとした黒と白で澱んだ空間が広がっていた。
「こ、これは…」
恐る恐る足を前へ伸ばす。すると床の感触はあり、しっかりと踏み込む事が出来た。
「これが…咲夜の魂なの?」
「いや、これは多分…」
白銀のような輝きと夜空のような漆黒の闇が入り乱れた空間は、ある一点へ動きつつあった。
その事に、美鈴は気を感じて知る。
「真ん中に…このぐちょぐちょした空間が集まってます…」
皆が美鈴の指さす先を見る。確かに白と黒が渦のような紋様を描き、収束していた。
信哉が前へ出る。
彼を止めるものはいなかった。この場において最も状況を理解しているであろう者は、この環境を作り出した人物であると、無意識に考えていたからだ。
渦へ向けて手をかざす。
「ぐ…!」
しかし信哉は途端に顔を歪め、その場に膝を落とした。
「お、怨念…。俺への…怒りの塊か…こりゃ…」
信哉の額からは大量の冷や汗が流れていた。息も荒く、かなりの疲労が一瞬にして溜まる。
「信哉…!」「信哉っ!?」
信哉の元へフランと美鈴が駆け寄ると、二人は信哉を引っ張って渦から離れさせる。
すると後ろから息絶えだえのパチュリーを抱える小悪魔が遅れてやってくる。
「ぱ、パチュリー様ぁ…着きましたぁ…!!」
「助かったわ…ゲホッ!ありがと…」
小悪魔は背負っているパチュリーを慎重に下ろすと、そのまま壁によしかかる。
すると信哉が息を整えて、立ち上がる。
「最後の…大詰めだ。状況を説明する。
この空間は俺への敵意の塊だ…特に濃厚のな。小さく生まれた負の感情は十六夜さんへ取り憑いた魔物によって限界を超えるまで膨張させられた。
そして今やその感情の存在そのものが魔物と言っても等しい…。この空間のほとんどが排除すべき存在だ」
「じゃ、じゃあ…ここでゲホッ?!…浄化させたら…いいのね」
「確かにそうのなのだが、ほぼ完全にに十六夜さんの魂と一体化している…。あの渦の先に残りわずかの魂が残っている…」
「え…?!それって大丈夫なんですかぁ?!」
美鈴は顔を青ざめさせて声を荒らげた。
信哉は一度、深く息を吸った。そして吐いた時に、覚悟を決めた。
「十六夜さんも…恩人の一人だ。絶対に死なせやさせない…!
十六夜さんの魂を100%の状態で助ける!その為にも最初にこの空間に漂う魔物の魂と十六夜さんの魂を分離。その後、魔物の魂だけを切り取って浄化。これでいくしかない」
信哉はフランへと近づいて、しゃがむ。
「フランドール…血を分けてくれ」
「…うん、わかった」
フランは親指の先を噛みちぎり、血を滴らせた。信哉はその滴った血を手で受け止め、口へと運んだ。
その光景を目にしたレミリア達は、驚愕のあまり声を失って呆気に取られていた。
フランの血を摂取した信哉からただならぬ圧が発生する。
「これで…行くぞ…」
信哉は再び渦へ歩み寄り、手をかざす。
すると辺りから叫び声のような奇声が鳴り響く。
『ギョギィィイィイィ!!!』
この世の生物の鳴き声とは思えぬ、憎悪すら感じる声。思わず耳を塞ぎたくなる。
「ぐっ…ぐあぁぁ…!!」
信哉から呻き声が漏れる。足を震わせながらも、必死に歯を食いしばって立ち続ける。
すると白と黒が入り交じった空間の黒が信哉に向かい始める。黒の紋様の移動速度は徐々に加速し、信哉に飲み込まれてゆく。
銀の輝きに等しい眩き白が煌々とし始める。澱んだ黒が急速に減ってわずかな時間で、美しい銀世界とへと変貌する。
変化に驚いている暇もなく、黒を全て取り込んだ信哉が走り出す。
「ぐ…ぁ…ぁ…!!」
呼吸すら忘れるほど信哉はこの場から離れる事に必死であった。しかしだ、取り込む事で体力をほとんど使った信哉はこの空間を出る前に立ち止まってしまう。
「ぐ、ぉ…」
限界がすぐ目の前までやって来ていた。
しかし、誰ひとりとして諦めてはいなかった。
誰よりも早く動き出したのはフランと美鈴であった。
フランはどこからか、先端がスペードの形をした歪んだ棒を取り出して、膝を落としてうずくまる信哉に下から叩きつける。
下から上への軌道で振るわれた棒は信哉の体を浮かし、空間の出口へと吹き飛ばした。
しかし信哉の体から突然黒いモヤで出来た手が飛び出し、出口の縁を掴んで留まっていた。
「そこですっ!!」
そこへ美鈴が掌底を放って、力尽くで信哉を空間外へと吹き飛ばした。
「ぐおあぁぁ?!」
信哉が床に転がった瞬間、黒いモヤが勢いよく飛び出して、美鈴達のいる空間へ戻ろうとする。
しかし、パチュリーが既に待ち構えていた。
「信哉…私はあなたを大きく評価するわ。ありがとう、仲間を救ってくれて…!くらいなさいっ!」
パチュリーの声が弾けると共に、眩い閃光がビームのように前方へ放たれる。
黒いモヤは魔法が放たれる前に察知して、逃げようとしたが、まるでリードが繋がれたかのように移動と共に後ろからの引力で苦しそうにもがいた。
「逃が…さねぇ…!!」
信哉がモヤを素手で掴んで引っ張っていた。
黒いモヤは逃げられない事を悟らせる時間も与えないまま、眩い閃光に飲み込まれてボロボロと朽ちたのだった。
信哉は光に包み込まれ、体がフッと軽くなるのを感じた。
極度に疲労した心身は、信哉を強制的に眠りへと誘った。
(能力…を…解除しなけれ……ば………)
意識が遠のく中、信哉は咄嗟に発動中の能力を解除する。全てをやりとげた信哉は赴くままに意識を鎮めたのだった。
広場にて拘束していた咲夜は気を失っていた。
レミリア達は信哉と咲夜をベッドへと運び、寝かせたのだった。
紅魔館周辺の森はほとんど焼け朽ちて、殺風景となっていた。
また地割れの規模も深刻で、酷い場所では五メートル程の高低差が出来るほど隆起、陥没した所もあった。
しかしそんな事よりもレミリア達はフランへ聞きたい事があった。
「妹様…その。信哉へ血を飲ませていたのは…」
美鈴が途切れ途切れでフランへと問う。
フランはハッキリと言った。
「信哉は吸血鬼かもしれない。始めて会った時に、死にそうだったから血を与えてみたの」
「やっぱり…そうなのね」
レミリアは驚いているような悲しんでいるような、曖昧な表情を浮かべた。
するとパチュリーがフランへ幾つかの質問をしてきた。
「信哉が日光に当たってるところとか見ました?」
「ううん」
「川を避けたりとかは?」
「肌が痛いとか言って雨とか川とか避けてたよ」
「…人間離れした力を得たと思わせる事とかは?」
「ないよ」
パチュリーはいくつかの質問を踏まえた上での結果を想定する。
「信哉は恐らく半人半鬼の状態であることが高そうね…。でも妹様の血を摂取すればするほど鬼化が進むはずだわ」
「…まずは本人の意志を聞いてみましょう…。吸血鬼となってもいいのか…人間でありたいのか…」
重い空気が流れ、沈黙の時がやってくる。誰も喋ろうとはしない。
しかし、その空気が一転する事が起こる。
『ギィィ…』
突然部屋の扉が開かれる。
一体誰が開けたのかと、皆が扉へ視線を向ける。
すると扉から十六夜咲夜がスッと現れた。
「さ、咲夜…?!」
レミリア達は驚いて、一瞬体を硬直させた。
咲夜の以前のような生々しい殺気を放つ面影は嘘のように消えており、凛とした面影が甦っていた。
咲夜はレミリアへと申し訳なさそうに聞いた。
「あの…私は何をしていたのでしょう…。記憶がないんです…」
「もう大丈夫なの…?体に痛い所とかない…?」
レミリアが心配そうに咲夜の体をぺたぺたと押し始める。
状況を理解していない咲夜は困惑してしまう。
「あ、あのお嬢様っ?!」
「何も覚えていないようだから私が教えるわ。まず最後の記憶は何を思い浮かべるの?」
パチュリーの問いに対して咲夜小さく唸ったあと、ハッと思い出す。
「最後……ぁ、妹様が男に連れ去られ……あれ?」
咲夜はフランが信哉に連れ去られた事を思い出すが、フランが目の前に座っているため尚更混乱が生まれる。
「なるほどね。一ヶ月ほど前の事を最後に覚えてるのね。
アナタは今まで妖怪か霊だかに取り憑かれて操られていたの。そして今、アナタに取り憑いた霊だかを取り除いたから助かっ。た。こんな感じね」
「つ、つまりは一ヶ月も寝ていたのですか…?!」
「いえ、取り憑いた奴がアナタになりきって一ヶ月を過ごしていたわ。危うくアナタが取り込まれる所だったけど。
……見た感じ特に問題はなさそうね」
咲夜は難しい表情で自分自身の手を見つめた。
気を引き締め直すように、咲夜はグッと拳を握り締めた。
そしてもう一つ気になっている事を聞こうとする。
「あの、妹様はどうやって帰ってこられたのですか…?」
「信哉と一緒に帰ってきたよ?」
「あ、あの男も?!」
咲夜は声を大きくして驚いた。
するとパチュリーも声を大きくして咲夜を静止させようとする。
「咲夜、落ち着きなさい!」
「す、すいません取り乱しました…。それにしても拐った本人が連れて帰るというのは…?」
「あー…」
咲夜の問いに対し歯切れを悪くするパチュリー。その間に皆の目を見てアイコンタクトを送る仕草をする。
そしてレミリアが口を開く。
「咲夜、確かに信哉はフランを拐ったけど…。自分の能力を制御できるようになって帰ってきたわ。
しかもそれだけじゃないの。帰ってきたと同時に、アナタも助けたの」
「え……」
咲夜の口から声がこぼれる。
呆然とした咲夜の様子を見たレミリアは、咲夜を信哉本人の元へと連れていく事にする。
部屋を出て、客間用に用意してある部屋へと辿り着くと、レミリアは中へと入っていく。
咲夜もレミリアの後に続いて入っていく。
部屋は真っ暗で、隅に設置されたベッドに膨らみがあった。
蝋燭を灯して部屋を照らすと、ベッドに白髪の痩せこけた男性が眠っているのが見えた。
「髪が…?!」
レミリアは信哉の髪を見て、焦りの表情を浮かべる。
呼吸も弱々しく、今にも死ぬのではと思うほどに信哉は衰弱していた。
帰ってくるのが遅いと感じたパチュリー達もやってきて、信哉の姿を見てレミリアと同様の反応を見せる。
「血行も悪そうね…。多分もう待ってられないわ」
パチュリーは信哉の呼吸、肌、心拍状態を見て断言した。
「そ、それって…」
「ええ、妹様の血を摂取させて生命力を強化。かなり強引だけど、体力を殆ど失っている彼に生きる道はそれしかないわ」
その事を聞いたフランは真剣な顔つきで、素早く袖を拭い、腕を出した。
「信哉が死んじゃ嫌だ!早く!」
「待って」
フランが自身の腕に傷をつけようとした時、レミリアが静止させる。
「彼はまだ人間。多量摂取をしてもし肉体が耐えきれなかったら、それで彼は死ぬわよ…!!」
「で、でも…!」
フランは拳を握り締めて体を震わせた。
するとパチュリーは溜め息混じりに言った。
「じゃあ投与回数を決めて投与量を最小限に抑えましょう。一回目の投与と二回目の投与の間に六時間程度を挟むこと。そして、様子を見て日に日に増やしていく事ね。それで耐えられないのなら打つ手無しよ」
「分かった…!!」
フランは力強く頷いて、自身の腕を傷つけようと手に力を込めた。
「待って。今まで一回でどのくらい血を与えていたの?」
「多分…三、四滴ぐらい」
「じゃあ二滴ね。一回の投与量は二滴分」
「分かった」
フランは腕の表面を鋭い爪で小さく切り裂いた。切り口が赤く滲み、そして液体がタラリと流れ出す。
信哉の口元へ目掛けてゆっくりと血の雫が一滴…二滴と落ちたのを確認すると、フランは傷口を手でぐりぐりと擦って直ぐに治癒させた。
フランの血を摂取した信哉は先程よりかは血行が良くなったのか肌に赤みが蘇る。
「…回復しているようね。このままいけば多分大丈夫なんじゃないかしら」
「そう…良かった」
レミリアは胸を撫で下ろし、再び咲夜へ向き直る。
「アナタには約一ヶ月の記憶がないからあまり強要はしないけど…。彼の事を…憎まないであげて…」
「は、はい…」
レミリアのお願いに対し咲夜は少し戸惑いながらも返事をした。
しかし、今の彼女には彼を憎んでいたりはしていなかった。
むしろ、どのようにして助けてくれたのか、不安定であった妹様を安定させたのか、なぜそこまで尽くすのかと興味を持つようになっていた。
レミリア達は信哉を徹底的に献身する事を決めると、信哉の元へ必ず一人は監視として置くようにさせた。
特にフランとパチュリー、咲夜の三人は一日の内に定期的に訪れて、信哉へ血を投与させたり健康状態をこまめに確認する体制を取った。
そうした状況から三日目、深夜から昼まで監視担当となっていた美鈴が信哉の寝ているベッドに違和感を感じ取った。
「……ん?何か…盛り上がってる…?」
信哉の体によってではない事が明らかな毛布の隆起が、ベッドの右端にあった。
少し申し訳なさを感じつつも、美鈴は静かに布団をめくる。
「ふ、袋…?」
布団の下には中身の入ったビニール袋があり、信哉はそれを握っていた。
「い、一体いつからこれを…?」
美鈴は困惑しながらも、袋を握る信哉の手を解いて、袋を回収する。
そして何気なく袋の中を見るとまた更に美鈴は困惑した。
「こ、これは何なんでしょうか…?!」
袋の中から出てきたのは植木鉢、紙パックで包まれたトマトやバジルなどの種だった。
「し、信哉はこれらをどうやって…?……あ」
もう袋の中には何も入っていないかを確認する為に覗いた時、一枚の紙切れが入っている事に気づく。
その紙には信哉の執筆らしき文面が綴らてれいた。
『ありがとうございます』
紙にはお礼の言葉、ただ一言しか書かれていなかった。
美鈴が紙切れと信哉を交互に見ていると、扉が開いて咲夜が入ってくる。
「あ、咲夜さん…これ…」
美鈴は咲夜へとすぐに紙切れ、そして袋に入っていたものを見せた。
咲夜は驚いた表情をしてマジマジと未だ眠っている信哉を見た。
「…本当は起きてるの?」
咲夜はそっと信哉の頬を指先でつついた。しかし反応はない。
すると後ろから美鈴が言った。
「気の流れがあまりにも落ち着いているんで、まだ起きてはいないかと…」
「じゃあ…これは何処から…」
二人が疑問に思っていくら考えようと、解決する事はなかった。
しかし、その日から毎朝信哉の手には袋が握られるようになった。中身は様々で、缶詰や可愛らしい手布、髪留めやリボンが入っている事もあった。そしていずれの袋の中には必ず紙切れが入っており、感謝の言葉が書かれてあった。
そんな日々が一週間と三日ほど続いた時だった。事態は急変する。
『ポタタッ』
今朝もフランは血を投与しに信哉の元へパチュリーと共に赴いていた。
以前の状態と比べると格段に良くなった信哉であるが、問題は目を覚まさないことであった。
血を投与し終え、フランとパチュリーが部屋を出ようとした時だった。
「あ…」
監視の担当であった咲夜が声を漏らしたと同時に、フラン達は背後で何かが動いた気配を感じ、振り返る。
「あっ…」
フラン達も声を漏らした。彼女達の視線の先には、ベッドから状態を起こす信哉の姿があった。
「信哉ぁ!」
フランが弾けるような笑顔になりながら、信哉の元へと駆け寄る。
信哉はフランの顔を確認すると、頭を右手で抑えながら辺りを見回す。
「俺は…」
意識がはっきりしない中、咲夜の存在に気づいて目が合った瞬間であった。
信哉の顔が引き攣ったのだ。
「う…!!」
「あの…その…」
咲夜は口を一瞬こもらせたが、一呼吸して落ち着いた上で信哉の目を見てはっきりと言った。
「助けてくれてありがとうございます」
咲夜はゆっくりと頭を下げた。
信哉は未だに顔を引き攣らせたままだが、小さく頷いた。
「あ、ああ…」
信哉が落ち着いたのを見て、パチュリーが口を開いた。
「体の感覚はどうかしら?」
「む……。特に問題は無さそうだ。強いて言うならとてつもなくお腹が空いたってぐらいだろうか」
「そう…。……血行、呼吸とかに異常はないわ。後は咲夜と妹様に任せるわ…」
パチュリーはそう言うと、背を向けて部屋を後にした。
信哉は布団から出ると、ゆっくりと立ち上がって前を見据えた。
「…かなり寝ていた筈だが衰えてもない…。むしろ以前よりも強靭になっているな」
「あう…」
信哉が不思議そうに手を握ったり開いたりしていると、フランが申し訳なさそうに小さく信哉へと言った。
「その…信哉が寝てる間、フランの血をあげちゃったから…。もう人間じゃ…」
最後は声も掠れ、聞き取れない程にまで小さくなっていた。フランの目に薄く涙がうかぶが、信哉はぽふっとフランの頭に手を置いた。
「フランドール…助かった、ありがとう」
フランはそのまま何も言わずに、信哉へと顔を押し付けた。
信哉はフランの頭をゆっくりと撫でながら、咲夜へと顔を向けた。
「十六夜さん、体に支障とかは…?」
「いえ、何もなかったわ」
「そうか…良かった…」
口が綻ぶような暖かい時間が流れる。
咲夜は薄く微笑み、信哉がフランを撫でる様子を見守った。
すると数秒程してからだった。
「………。なっ…?!」
信哉が突然、辺りを見回したのだ。
咲夜が信哉へ何かあったのか聞こうとする前に、信哉はフランから素早く離れた。
「え…?」
フランが驚いた表情で信哉を見る。彼女の視界に映った信哉は顔を青ざめさせて、とても焦っている様子であった。
「フランドール、十六夜さん!すまない…!!」
「な、何を…?!」
信哉がいきなり咲夜の背後の壁目がけて走り出した事に反応出来ず、咲夜は咄嗟に身構えてしまう。
信哉は咲夜をヒラリと躱して、壁へ直進。
壁にぶつかる手前で信哉は腕を高く上げて振り下ろす。
すると一瞬で壁は壊れ、それどころか全ての階に渡って亀裂が生じ、紅魔館を断頭する裂け目が現れる。
「うおおおおっ!!」
信哉は叫びながら破壊した壁から身を飛び出した。信哉が空中で身をキュッと縮こまると、バネのように勢いよく放たれた脚が空を弾いた。
『パァンッ!』
辺りに破裂音に似た音が響き渡る。その瞬間、信哉は宙を地面と並行に前へ爆発的に加速。
『パァンッ!』
再び空が弾け、信哉は再び急加速。
フランと咲夜が壁から信哉を追おうとした時には既に姿は遠い彼方にあった。
呆気に取られていると、日傘を持ったレミリアが上から降りてくる。
「咲夜、フラン!急いで人里へ行くわよ…!」
レミリアはかなり焦った様子でフランと咲夜へ叫んだ。
フランと咲夜は壊れた壁から飛翔する。
咲夜はどこからともなく日傘を取り出してフランへ日光が当たらないようにする。
信哉が真っ直ぐ跳んで行った先には人里があって、そこへ向かって移動しているというのをレミリア達は直感的に察していた。
人里へ近づくにつれて、異様な光景が露わになる。
辺りには血の匂いが充満し、空気がピリピリとしていた。
レミリア達は自然と気を引き締めて、今まで以上に警戒していた。
「お嬢様、妹様…。これは一体…」
「……天狗共の死体ね。これは」
三人の眼下には、胴体を切り離されたり、潰されたり、無残な姿となった白狼天狗や鴉天狗が点々と見受けられる光景が広がっていた。
「もっと加速するわよ…!!」
レミリアが飛行速度を上げると、フランと咲夜はその後をついて行った。
人里へ行くにつれて増えゆく天狗などの妖怪の死体。
やがて建物が見える程人里に近づくと、黒い煙が各地から上がっているのが見えた。
レミリア達は上空から信哉を探す。
「戦闘があったらしいのですが…この様子からだと既に時間が経っているようですね…」
荒れに荒れた人里に人の姿は見当たらず、火事で焼けた後の煤が宙に舞っていた。
目を凝らして信哉を探していると、突然フランが人里を出てすぐの森へ指をさした。
「多分…あそこ!」
「フラン!」
フランはレミリア達を置いて森へと全速力で向かった。
すると先程フランが指さした方向で突如爆発が発生。日が未だに傾いていて影が伸びていたのだが、眩い閃光が影を一瞬消し去った。
レミリア達はより速度を上げ、爆発地点へと目指した。
「し、信哉…!」
爆発した場所へたどり着くと、立ち上る黒煙のすぐ傍に信哉が膝を落としていた。
フラン達は信哉へ駆け寄るがその最中で、粉々に吹き飛んだ肉片が辺りに散らばっているのに気づく。
信哉もレミリア達に気づいて振り返る。すると彼は目から涙を流していた。
その原因は彼の胸元の存在であった。
「ケホッ…ウゲェ……」
「と、トラぁ…?!」
吐血しながら腹部から大きな出血の見られる明寛がいた。
フラン達は信哉へ声をかけようとしたが、どう声をかければいいのか分からず、その場に立ち尽くす事しかできなかった。
すると信哉が明寛を強く抱きしめながら口を開いた。
「何度…。何度繰り返そうと…トラは死んだ…何故なんだ…。何故俺たちは生きる事が出来ないんだ…!!何故、失っていくんだ…!!」
信哉の悲痛な叫びは木々に吸い込まれ、消えてゆく。
明寛の弱々しい呼吸が二回繰り返された時だった。信哉は咲夜へとお願いをした。
「十六夜さん…ナイフを一本下さい…。トラを…このままには出来ません…」
「…。ええ…わかったわ……」
咲夜はナイフを取り出して、信哉へと渡す。
信哉は受け取ったナイフを地面に一旦置いて、抱いていた明寛を地面へと寝かせる。
そして左手を明寛の心臓があるであろう場所へ乗せ、ナイフを拾い上げる。
「トラ…。ごめんな…」
信哉は明寛へそう言うと、右手に持ったナイフを自身の左手ごと明寛へ突き刺しただった。
「信哉?!」
フランとレミリアが驚いて声を上げたその時だった。
とてつもなく濃密なエネルギーが信哉達を包み込むと、眩い光が発されてレミリア達の視界を奪う。
「あぅっ?!」「なっ?!」「くっ?!」
三人は咄嗟に腕を目元に押し付けて、何とか信哉の様子を探ろうとする。
眩い光の中でうっすらと見えたのは、二人を繋ぐように刺さっているナイフに信哉が溶けていく姿であった。
眩い光と凄まじいエネルギーの収縮は僅か六秒ほどで静まった。
三人の前に居たはずの信哉の姿・瀕死状態であった明寛の姿はなく、血色も良く力強く呼吸している明寛ただ一人しかいなかった。
「な…何が起こったの…?」
「信哉が…ナイフに吸収されたようにも見えたわ…」
「し、しかし…そのナイフがあの子には刺さっていませんよ…?」
三人が困惑していると、明寛の目がゆっくりと開いて、ゆっくりと起き上がった。
「ぐ…ぅ……?ぁれ…信兄ぃ…?」
明寛は不思議そうに辺りをキョロキョロと見回す。
そして咲夜達へと質問した。
「信兄ぃがいたと思ったんだけど…いなかった?」
「え…あ…」
レミリア達は顔を横に振る。状況に追いつけず、言葉が浮かばないのだ。
すると奥の草むらが急に揺れ、何かが飛び出した。
「せめて此奴だけでもっ…!!」
草むらから飛び出したの片腕を失った白狼天狗であった。刀身の大きな刀で明寛を切り殺そうと腕を大きく振り上げていた。
「咲夜っ!」
「はいっ!」
咲夜は即座に時間を止めて、白狼天狗目掛けてナイフを投擲。そして明寛を抱き上げて移動する。
「そして時は動き出す…」
「ぐかっ…」
宙で止まっていたナイフは時間が動き出すと同時に動き出し、白狼天狗の首に突き刺さる。
声にならない悲鳴をあげる白狼天狗は苦しそうにもがいて、やがて動かなくなる。
「怪我は無い…?大丈夫…?」
「え、あ……。はい」
咲夜は優しく明寛へ問いかける。明寛は呆気に取られながらも返事をした。
「人里で何があったのか聞いてもいいかしら…?」
レミリアは明寛へと近寄る。明寛はうーんと唸りがなら言った。
「ごめんね…その、覚えてないんだ…。信兄ぃがいたような気がしたのは覚えてるんだけど…」
「そう…。…?!咲夜…」
「はい…」
再び草むらが揺れだし、警戒する咲夜達。
しかし草むらから出てきた者の姿を見て咲夜達は警戒を解いた。明寛も声を漏らし、その者へと駆け寄る。
「慧音さんっ」
「明寛…!良かった、無事だったか…」
草むらから飛び出したのは、人里で明寛を保護してくれた上白沢慧音であった。
慧音はレミリア達の存在に気づく。
「貴女達は確か紅霧異変の…」
「上白沢慧音…だったかしら?人里で一体何があったの?」
慧音は俯いて顔を横に振った。
「私にも分からない…。急に天狗達が襲撃してきて、人里を隠すことすら間に合わなかったから咄嗟に人々だけを隠したんだ…」
「天狗達が人里を襲撃…?!」
「何がともあれ…明寛を救ってくれてありがとう…。恩に着る…」
慧音は咲夜達へ頭を下げる。
その後は辺りを巡回し、天狗がいないことを確認作業を行って慧音は人々を戻す。
レミリア達は状況をまとめるために紅魔館へと帰って行ったのだった。
この日の出来事は幻想郷の存在を大きく揺るがす事態となる。
人間と妖怪の存在、そして人間側の妖怪への不信感が大きく膨れ上がり、妖怪の山と人里の間で一触即発の状況へと陥ったのだった。
人と妖が住まう世界の均衡が崩れようとしていた…。
この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
中々に寒い日が続くので布団から出れず、小説が進みずらいです。新しいストーブかエアコンが欲しいこの頃。
今回はここまでにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!