信哉が目覚めて、消えた日の夜。
咲夜は夢を見た。
「……ここは」
彼女は真っ白の何も無い空間にただ一人立っていた。
「夢…ね……」
夢と自覚できる夢を見たのは久しかった。咲夜は何も無い空間を取り敢えず歩く。足音も何も無く、無音の時間が続く。
「不思議ね…。こういうのって。………何?!」
ボーッと何も無い空間を眺めていると、目の前に真っ黒の渦が現れる。
咲夜は反射的に後ろへ下がった。
渦は最初三メートル程の大きさだったが、瞬間的に圧縮、そして弾けた。
黒い渦が弾けると、前に姿を現したのは信哉であった。
「あ、貴方は…」
「十六夜さん、夢の中失礼します。能力を使ってお邪魔させてもらった」
「え、ええ…」
咲夜は戸惑いながらも頷くと、信哉は頭を掻きながらため息混じりに言った。
「ぁ〜…。敬語とか少し苦手なんだ。タメ口で話させてもらう……いいか?」
「大丈夫よ。それよりも今どこに居るのよ…。妹様やお嬢様が心配していたわよ」
「俺は明寛の中で生きている状態だ。あの時借りたナイフ、無くして済まなかった…」
信哉は頭を下げる。咲夜が別にいいわと優しく言うと、信哉は顔をあげた。
「俺が十六夜さんの夢に来たのは、俺の今までとこれからを話す為だ。聞いてくれるか…?」
「いいわ。聞きましょう」
「ん。まず俺達は一ヶ月半前ぐらいにこの世界へやってきた。当時は父もいたが、妖精や妖怪に襲われて離れ離れになり、命からがら辿り着いたのが紅魔館だ」
「それは何となく察していたわ。よく見つけたわね」
「もちろん一回目で見つけれた訳じゃない。だいたい…三回目か?紅魔館に辿り着いたのは…」
「三回目…?」
「この世界には能力が存在するのだろう?この世界に来た事で俺達にも能力が備わったんだ。俺が『共鳴する程度の能力』を持っていることは知ってるよな?」
「ええ。その能力のお陰で私も助かったし…」
「明寛にも能力があったんだ。それは明寛自身にそんな得のあるような能力じゃない。むしろ呪いのような能力だったんだ」
「呪い…?」
「明寛の能力は『王と家臣の程度の能力』。いまいちよく分からないような感じだが、簡単に言えば永久の側近契約。明寛が王で、俺が家臣。家臣は王を守る為にペナルティが課せられる。それが呪いだったんだ…」
「王…。絶対的命令に逆らえないの?」
「命令に逆らえないとかじゃないんだ。家臣が死んだ時、時間は巻き戻り死んだことが無かったことになる」
「時間の巻き戻り…」
「俺は死ねないのさ。これから先も死を味わって生き返る。…一度限りの死が無限に増えたんだ…精神面でいずれ追いつかなくなる」
信哉はそういうと、俯いてギリリッと歯軋りを鳴らした。だがすぐ前を向いて話を続けた。
「その呪いのお陰でフランドールや十六夜さんを助けれたんだけどな…。まぁこれが俺の今までだ」
「そう…」
咲夜は何も言わなった。信哉の目を見て、じっと話を聞き続ける。
「そしてこれからの事なんだが…。きっと明寛は近いうちに俺を探しに幻想郷のあちこちをまわる筈だ。周りから反対されようとも、俺の事になれば行ってしまう。トラはそんな奴だから、せめて十六夜さん達だけでも明寛の味方になって欲しい」
「それは別にいいのだけど…。本当の事をあの子に言うのは嫌なの?」
信哉は上を向いて、小さく微笑んだ。
「はははっ。俺は明寛に自由に生きてほしい。その為にも沢山の経験をするのは重要なんだ」
「だから敢えてどこに探してもいない貴方を探させるの?終わりがないじゃない」
「絶対に本当の事を知る機会は訪れる。とてつもなく遠い時かもしれないし、実は今直ぐにだったりもな」
「はぁ…」
咲夜は頭を抱えてため息を吐いた。しかし、その手の奥では微笑んでいるように見えた。
「いいわ。助けてくれたお礼も兼ねて、私が貴方の弟を助けるわ」
「ありがとう。恩に着る」
話終わると、辺りの空間が徐々に薄くなっていく。
どうやら夢が覚めるらしい。
「話す事はこれで全部だったか…?何か残っていたような…」
咲夜には既に信哉の姿がぼやけていて、声も途切れ途切れであった。
「あっ…!?何よりも伝えなくちゃいけない事を忘れてた!十六夜さ」
声が聞こえなくなると同時に辺りが真っ白に包まれる。
浮遊感すら感じる。ふわりふわり。
長いような短いような浮遊感が消えると、咲夜はベッドの上にいた。
「…。まずはお嬢様に伝えますか…」
咲夜はベッドを出て、素早く身を整えて部屋を出たのであった。
咲夜は朝食時、夢での事を早速レミリアへと伝えた。
レミリアは話を聞くと、小さく頷いてそのまま皆へと今後の趣旨を伝えた。
「近々、信哉の弟…明寛が信哉を探す為に行動を起こすらしいわ。もしその時が来たら私達総出で明寛を見守るわよ!」
「弟…あの子ですね!わかりました」
美鈴はグッと拳を握って嬉しそうに言った。
すると美鈴が何かを思い出したように、声を上げた。
「あっ!そうだお嬢様に伝えなきゃいけない事が私にもあるんです!」
「何かあったの?」
「昨日の夜、射命丸という鴉天狗がやってきたんです」
「鴉天狗が…?」
「はい。そして口頭で伝えてくれと頼まれたのですが、現在、天狗社会が二つに断裂していて、今回の人里の件は片方の集まりらしいです」
「断裂ねぇ…。どうしてそんな事になったのかしら」
レミリアは呆れながらため息を吐いと、皿に盛られた料理を口へ運ばせた。
「変死体事件が続いている時に、あんな事が起きちゃったら人間であろうと野良妖怪だろうと皆警戒するわ。その状態だとほんの些細な事で暴動が起きやすいから動きずらいわぁ…」
レミリアはうう〜と唸りながら、両手で頭を抱えて蹲った。
しかし、明寛の様子を常時監視しないと行動が把握出来ないので、とりあえず美鈴を人里へ向かわせる事を決めて、その日の朝食は終えたのだった。
太陽が頭上に上がる頃には美鈴は人里へとたどり着いていた。
そして常人離れな身体能力で少し遠くから明寛を監視し、ひっそりと見守っていた。
(それにしても…やはり弟という事もあって目元とか信哉に似てますねぇ…)
明寛は今、人里をグルグルと歩き回っていた。信哉を探しているらしく、すれ違う人達に尋ねている。
(ふーむ…。本当の事を言ってしまいたいのですが…信哉のお願いですしここは耐えなければ…)
数時間ほど人里を歩き回った後、明寛は一度、居候している上白沢慧音の宅へと帰って行った。
数分後に明寛が姿を現すが、小さな背中には信哉が持っていたリュックが背負われていた。
(なかなか重装備ですね…。どこか遠出するのかな…?)
明寛は慧音の宅を出ると、人里のはずれへと歩き出す。
歩き続ける明寛の先には、妖怪奇襲対策用の防護柵と見張り人がいた。
見張り人が明寛の存在に気づくと、明寛へ近寄って話をし始める。
見張り人は明寛の話に対して、手や顔を横へ降って拒否の仕草をする。
終いには見張り人は明寛を抱き上げて、人里の方へと無理やり方向転換させられていた。
(まさかもう人里の外へ出ようとしたんでふか…?!兄弟揃って行動力が漲ってますね…)
美鈴は明寛に感心しながら監視を続ける。
追い返された明寛は、その場で地団駄を踏むとすぐに移動し始める。
明寛が次に向かった場所は、木々が生い茂って森と人里がくっついた場所であった。
木々が鬱蒼としているため、バリケードも先程の場所よりかは薄く、子供であれば通り抜けることができる隙間は多く存在した。
明寛は隙間から防護柵を掻い潜り、そのまま人里から外へ出た。
(ほ、ホントに人里を出ちゃいましたよ?!)
明寛が人里を抜け出したのを確認すると、美鈴は明寛へと約七メートルほどの距離まで近づいて、いざという時に対応出来るようにする。
明寛がガサガサと野草を掻い潜って向かっていた場所は、最後に信哉と出会った場所……つまりは、天狗達に襲われた場所であった。
「信兄ぃ…どこに行っちゃったの…」
明寛は辺りを彷徨って信哉を探す。
戦闘の激しさを物語るものは未だに残っており、微かに腐臭が漂う。
明寛はそれでもなお、周辺を探し回る。
林の中に明寛の信哉を呼ぶ声が響く。
「信にぃー!!」
明寛の呼び声が林に溶け込むように感じた。そして訪れる静寂がより強い孤独感を明寛に与えた。
「…っ」
目から滲みつつある涙を手で拭い、再び辺りを探し始める。
しかし明寛はこれ以降、信哉の名前を叫ばなかったのだった。
…
……
………
明寛は淡々と辺りを彷徨って信哉を探し続けるが、空が朱色に染まるとやつれた様子で帰って行った。
美鈴は家に帰っていく明寛をみて一安心した。
(よ、良かった…ひとまず今日は帰ってくれるようですね。大量の荷物もってるからもう旅立つのかと思いましたよ…)
美鈴は胸が締まるような感覚を覚えながら、明寛の後を追った。
雲一つない星々が煌めく深夜、明寛が眠り着く事を確認した美鈴は紅魔館へと帰宅する。
紅魔館のロビーでは皆が集まっており、美鈴からの状況報告を待っていた。
レミリアが一歩前にでて美鈴を迎える。
「お帰りなさい美鈴。明寛の様子はどうだったのかしら?」
「信哉が最後にいた場所へ向かって長時間探し続けていました。手を伸ばしてあげられないのが…とても苦痛です」
「そう…」
レミリアは美鈴の表情を見て、悟ったように悲しそうな顔を見せた。空気が重くなる。
するとフランが空気を入れ替えるように、手を挙げた。
「はーい!今度はフランが信哉の弟を見守りたい!」
純粋な子供らしい笑顔で手を挙げたフランに皆は思わずじっと見つめてしまった。
すると美鈴が微笑んで、フランへと近寄った。
「いいですよ!じゃあ妹様、明日は私と行きませんか?」
「ほんとっ!?」
フランははにかんで、顔を隠すように美鈴へと抱きついた。美鈴は優しくフランを抱き返す。
すると咲夜が一瞬羨ましそうな眼差しを向けて、美鈴は気づかないフリをして内心で苦笑いをした。
「そ、そうだ!小悪魔さんも連れていきましょう!明寛は確か小悪魔さんと一緒にいることが多かったはずですし!」
美鈴は気を少しでも紛らわせるべく、咄嗟に話をふった。
するとパチュリーは静かに抗議した。
「こあは私のよ。妹様と美鈴で行ってきなさいよ」
「そっそうですよね!?すいません!」
ただ一人で焦る美鈴を静かに無視して、レミリアが「じゃあ」と今後の予定を言おうとした時だった。
『?!』
突然、空気が震え上がるほどのエネルギーの波が彼女達を支配した。
「くぁっ…!!こ、このエネルギーは…!!」
「いっ…一体…?!」
「そ、空からだわ…!何が…!?」
レミリアは翼を広げ、窓の近くへと飛行する。窓から空を覗いてみると紫色の空間が大きく広がっており、その空間の奥にある無数の瞳が不気味にこの世界を見下ろしていた。
大小様々か瞳と目が合ったような気がして、思わず喉を締まらせた。
目をそらすようにレミリアは皆の方へと振り返る。
「えっ…?!ちょっと、咲夜?!パチェも皆…?!どうしたの?!」
レミリアが振り返ると、床へ力なく倒れた皆の姿があった。
目の前の光景に呆気を取られていると、背後から突然気配を感じ取って、レミリアは全力でその場から翼を広げて二、三歩程移動した。
体を逸らしつつ目線だけを、先程まで自分がいた場所へとずらす。
レミリアが捉えたのは、空間を割いて現れる着物を装った金色の長髪の女性の姿。幻想郷を創り管理する当事者である『八雲紫』であった。
「チッ…」
紫は焦った様子で再び空間の裂け目の奥へと消える。
レミリアは耳をすまし、肌の感覚を頼りに素早く反応できるように警戒する。
だが紫はレミリアでも追いつけない速さで、レミリアを掴んだのだった。
「ぐ…ぅ…?!」
レミリアは全力で紫を振りほどこうとする。しかし、意志とは裏腹に体の力は徐々に失われていき、その場に膝を落としてしまう。
「ど、どういうつもり…?!」
「狂った物語を元に戻すだけよ。この後、貴女達はいつも通り過ごせばいいだけよ」
「がっ…!!」
紫はレミリアへそう言うと、左手をレミリアの額へと突き刺した。
レミリアは目を大きく開いて、紫にされるがままであった。
「…これでよし」
紫がレミリアの額から手を抜くと、レミリアはそのまま地面へと力なく倒れ込んだ。
すると紫はレミリア達のすぐ下に空間の裂け目を発生させて、全員がいつも使っている寝床へと送った。
「一体…何がどうなってるのよ…」
紫は疲労を感じながらも次へ向かう場所へと空間の裂け目を利用して、その場から姿を消した。
幻想郷の空に大きく発生した空間の割れ目は一夜限りのもので、朝になる頃にはいつもの空へと元に戻っていた。
そして同時に、その日の夜の事覚えている者は誰一人いなかったという。
ただ、とある人物達を除いて…。
朝が来た。夏といえども朝は涼しく、人々を撫でるかのような優しい風が人里に流れ込む。
「え…?」
明寛は起きると同時に違和感を感じた。今までずっと引っかかっていた嫌な奴が突然消えてスッキリとしたような感覚。
どうしてそんな感覚になるのかは分からないが、明寛は久しぶりに『いい朝』を迎えた。
部屋を出ると、慧音が出迎えた。
「む、起きたか。ちょうど朝ごはんができたんだ。一緒に食べよう」
「え…?ええっ?!」
明寛は声を上げて驚いた。何故ならば、ここ連日は人里へと天狗達が襲撃してきた件での対策やら会議などで、朝方すら家にいない事が多かったからである。もし、いたとしても慌ただしく動いて表情も重く沈んでいるはずだ。
しかし、今朝の慧音は爽やかな笑顔でゆっくりと朝を過ごしていたのだ。
明寛は恐る恐る慧音に聞いた。
「け、慧音さん…あの事件に関しての仕事とかあったんじゃないですか…?」
慧音は明寛の問いに対し、きょとんとして答えた。
「事件…?」
「え…?」
お互いに困惑し、一瞬沈黙する。
すると慧音は明寛の頭を撫でて言った。
「何かあったら言ってくれよ?私が助けてあげるから…」
「え、あ…はい」
明寛は混乱しつつも返し、料理が並ぶ食卓を前に座る。
そして慧音と共にいただきますを言って、ご飯を食べ始める。
「慧音さん、何かいい事ありましたか…?久しぶりに慧音さんの笑顔を見れた気がします…」
明寛は嬉しそうに小さく微笑んで、慧音と食事を進める。
慧音は頭を傾けて少し考える素振りを見せた。
「な、なぁ…私ってそんなに笑っていないのか?」
「最近は…朝も大変そうにしてたり、落ち込んでるように見えましたから…」
「そ、そうなのか…。私には最近、落ち込んだ記憶がないんだよなぁ…。もしかしたら物忘れとか激しくなってきてるのかな?」
慧音は冗談交じりに笑いながら言った。
しかし、慧音のその発言で明寛は小さな疑問を思い浮かべる。
(もしかして…本当に事件の事を忘れたのかな)
その後、朝食を食べ終えると明寛は人里内を散歩する事にする。
外に出ると、同じように違和感を感じた。
「空気が重くない…」
少し歩いてみると、人里が変化してることにすぐに気づいた。
慧音と同じように皆、いつもと表情が明るく怯えた様子もなかった。
子供は大人の手伝いを、大人は集まって世間話を。数日前に天狗たちから襲撃を受けたとは思えないような平和な様子であった。
「ど…どうなってるの…」
明寛は人里の端までやってきた。
前日までは妖怪の侵入防止柵が作られていて見張り人もいたのだが、今朝は打って変わって見張りの姿どころか柵すらも消えていた。
驚きのあまりに呆然と立ち尽くしていると、里の外から一人こちらへ歩いてくる影が見えた。
その人は日傘のような物を持ち、前をまっすぐ向いて歩いてきた。ある程度近づいた事で、その人は女性である事がわかった。
髪はショートの緑色、瞳は血液のような赤色で、スカートを小さく揺らしながら歩いていた。
明寛はなぜか、その女性から目を離すことができなかった。
美しくて見惚れたとか可愛いから凝視したなどではなく、ただ単にその女性を視界から外す事が怖いと感じたからである。
「ふぅん…」
女性は人里のすぐ近くまで来ると、何かを見定めるように見つめた。
そして次は明寛へと視線を移した。
「…へぇ」
その女性は感心したように声をあげ、明寛に向かって微笑んだ。
「ねぇ…そこの僕。なんか不思議だとは思わない?」
「…。そう、かもしれません」
「どんな風に不思議だと思う?」
女性からそう聞かれた時、どのように不思議か、明寛は答える事がなかなか出来なかった。気持ちとしてはあるのだ。しかし、言葉に表すとなれば中々思い浮かばない。
するとその様子を見兼ねた女性はさらに問いかけた。
「空気、何か変じゃない?」
「…なんか、軽すぎるような気がします」
「そうね、確かに軽すぎるわ。まるで皆の意思が一つになってしまっているかのように」
女性はそう言うと、後ろへ振り返って来た道を戻ろうとする。
なんだったのか困惑する明寛はただその女性の後ろ姿を見続ける事しかできなかったが、突然女性が明寛へと再び振り向いた。
「僕は『かかっていない』のね。…また今度会ったら話をしましょう」
女性はそう言い残してその場から去って行った。
するとすれ違うかのように、後ろから明寛を呼ぶ者がやってくる。
「明寛、ここにいたのか」
「慧音さん。どうしたんですか、こんな端っこの所まで…」
慧音は持っている籠の中身を明寛に見せた。籠の中には野菜などの食べ物が入っていた。
「いっぱいお裾分けで貰ったから、これから博麗神社へと届けにいこうと思ったんだ。明寛も行かないか?」
「あ、行きます」
慧音はよしっ!と笑顔を見せると明寛と共に歩き出す。
太陽が頭上に近づくにつれて暑くなるが、空を覆い尽くすような青々とした森の中に道があるため、程よく光が差し込んで風がスっと通り抜けるような快適な道を歩いたので、それほどの苦ではなかった。
明寛は慧音と談笑しつつ移動したため、特に恐怖を感じたりはしなかった。
妖怪などの化け物が出ることはなく安全に神社への辿り着いた頃には既に太陽は頭上を超えていた。
「あ、あつい…」
「日を遮るものがないからな…階段が一番大変だったな…」
汗を滲ませながら本堂へと歩み寄ると、奥から怒号が響いた。
「ちょっと魔理沙今わたしのご飯盗み食いしたわね?!」
「んな一口ぐらいいいだろ!!小さい女だな!」
「誰の胸が小さいですって?!」
「言ってねぇよ?!」
慧音と明寛はお互いに目を見合わせて苦笑いをうかべた。
少し躊躇しながらも靴を脱いで本堂へ上がり、怒号が響く元へと向かった。
「霊夢、お邪魔するぞ?」
「お、お邪魔します…」
明寛は慧音の後に続いて恐る恐る部屋へと入る。
部屋の中では、狩人となった虎のような覇気を放つ霊夢と慌てながら逃げようとする魔理沙の姿があった。
「れ、れれれ霊夢!お客さんだぞ、ほら!」
魔理沙は慌てて慧音達へ指を指した。すると霊夢はあらほんとだわと少し驚いた様子で慧音と明寛を見た。
「人里での収穫物だ、ほんの少しだが貰ってくれ」
「キャー?!そんないいのっ?!ありがとう」
霊夢は魔理沙を追い詰めることをやめ、軽い身のこなしで慧音が持つ籠を受け止めた。
「根菜に干し肉…!!豪華すぎない!」
霊夢は嬉しそうに籠を抱きしめると、慣れた手つきで即座に慧音と明寛のお茶を用意した。
「何もないけどくつろいで行ってね〜」
「え、私にはお茶は出さないのか?」
「黙りなさい」
「ひょわっ?!」
霊夢は再び魔理沙を睨みつけると同時に、掌から一つの弾幕を放った。
魔理沙は体を捻らせて間一髪で回避した。
「全くもう…。こんな面倒な時にコイツは邪魔ばかり…!!」
「また妖怪退治を依頼されたのか?」
「アンタ達も天狗共から襲われて………あ、えーと………そう、あの鴉天狗がまた変なゴシップを流してるみたいだから対処しなくちゃな〜って」
霊夢は最初に何かを言いかけて、しまったと言うかのような表情をして、少しぎこちない様子で言った。
「それは大変だな…」
慧音は霊夢の話に素直に頷くが、明寛は霊夢が最初言いかけた事に思うことがあった。
明寛はそこで、直接霊夢へと話を聞くことにしたのだった。
「あ、あの霊夢さん…いいですか?」
「ん?」
明寛は霊夢の袖をクイクイと引っ張って誰もいない廊下へと連れ出した。
「どうしたの?」
「す、少し気になることがあって…」
明寛は霊夢に耳打ちをする。
そしてその内容を聞いた霊夢は驚いた表情で明寛を見つめた。
「ど、どうして知って…」
「やっぱり、そうなんですね…。皆覚えていないんですね」
明寛が霊夢へ聞いたことは、天狗が人里へ襲撃してきた事を覚えているか、という事だ。
「……いい?それは言っては駄目よ?」
「わかりました…。でも、どうして皆覚えていないんですか?これじゃあまた襲われちゃう…」
「確かにそうね。でも、次は防ぐわ…」
霊夢の雰囲気が一瞬とてつもない冷徹なものへと変わるのが明寛は肌で感じ取る。全身がゾワッとする感覚。恐怖なのだろうか。
明寛は感情よりも先に体に反応が出たことで、自分がなぜ鳥肌をたたせているのかがわからなくなった。
「さてと…じゃあ部屋に戻りましょ?ここ、日が強くて暑いわ…」
しかし明寛が気づいた頃には冷徹な霊夢の姿はなく、暑さでぐでぐでと気が抜けている霊夢がいた。
あまりの豹変ぶりに思わず戸惑うが、霊夢の後に続いて何事も無かったかのように、慧音の横へと再び座った。
「霊夢とどんな話をしていたんだ?」
「……秘密!」
「むっ…余計に気になるが秘密なら仕方ないな…」
霊夢は隣でギャーギャーと喚く魔理沙を無視して、慧音と談笑する明寛の姿をボーッと眺めていた。
(明寛、だっけ…。なんで覚えているかはしらないけど、記憶が残っているっていうことは天狗襲撃の事件に関係があるって事よね…。見た目はただのか弱い男子…何かが出来るようには見えないんだけどね…)
霊夢は明寛を見つめながら、昨夜の慌ただしい夜を思い出してた。幻想郷の空が空間の割れ目に覆い尽くされた夜を……。
夏であろうと夜は涼しく、風で木々が揺れる音が暗闇に響いて、煌々と光る星々が一つの川を作り上げていた。
真夜中の博麗神社、境内には八雲紫・博麗霊夢の姿があった。
「霊夢、チャンスは…一度きりよ」
「待ちなさい紫!手がかりはなし、そんな状況で天狗達の反乱を起こした首謀者を見つけろっていうの?!私の勘だけど、反乱軍の結成には一ヶ月もかかっていないような気がするの…」
「でももう時間はないの。人里では妖怪退治の運動が始まってる。今すぐにでも妖怪と人の戦争が始まりかねないわ」
「でも…!!」
霊夢は喉元まで登ってきた言葉を全力で飲み込んで、縦に頷いた。
「やるわ…やってやるわよ!だから…絶対にどっか行かないでよ!」
「ええ、ありがとう…霊夢」
八雲紫は空へ手を広げる。すると紫の体内からとてつもないエネルギーが発生し、小さな光を放ち始める。
「…っ!ハァッ!」
紫が声を上げると、幻想郷上空にとてつもない巨大な空間の割れ目が発生する。
「これから、人里と妖怪の山の人間や妖怪の記憶を改ざんするわ…!!霊夢、後始末は頼んだわよ…!!」
「早く行きなさい…長くは続かないんでしょ!」
紫は小さく頷くと、前方に小さなサイズの空間の割れ目を発生させて、中へと姿を消した。
「見つけてやるわ…。この落とし前、絶対につけてもらうんだから!!」
……む。…いむ。霊夢!!
「えっ?」
霊夢はハッとすると、隣で魔理沙がふくれっ面で霊夢を呼んでいた。
「ど、どうしたの魔理沙?」
「確かに飯を盗み食いしたのは悪かったけど、無視するなよ!?流石に傷つくんだぜ?!」
「え、あ…ごめん…」
周りの声が聞こえないほどに思いふけていた事に驚くと同時に、気をつけなくてはと心に刻む霊夢であった。
ボーッした霊夢を見た慧音は心配そうに顔色を伺った。
「熱に負けたか…?あまり無理は良くないぞ」
「ええ、気をつけるわ…。それよりも、雲行きが怪しくなってきたわ。雨が降らないうちに帰った方がいいわよ」
霊夢は空を見ながら慧音たちへとそう告げた。
空には少し雲があって、所々陽の光を遮っていた。
「確かに雲が増えてきているな…。濡れる前に帰ろう、行こう明寛」
「あ、はい」
慧音が立ち上がると明寛も続いて立ち上がり、後をついて行った。
明寛達の足音が遠ざかるのを確認すると、霊夢は壁に立てかけてあるお祓い棒を手に取った。
魔理沙は驚いて戦闘態勢になる。
「そ、そこまで恨んでんのかよ…」
「確かに盗み食いは許していないけど、今は違うわ。慧音達を遠くから見守るだけよ」
「はえ?」
霊夢はそう言うと、ふわりと宙に浮いてそのまま神社を超えて飛んで行った。
すると階段を降りてゆく慧音達を上空から確認する。
「ど、どうしたんだ…霊夢?お前がここまで献身的になるなんて…雨でも降るんじゃないのか?」
霊夢の後を着いてきた魔理沙が、少し引きながらも霊夢の顔を覗き見る。
霊夢はムッと魔理沙を睨みつけた。
「さっきから言わせておけば…。アンタ後で夢想封印よ」
「えっ」
霊夢は慧音達が人里へ辿り着くまで上空から見守った。
そしてその日の夕方。一人の少女の悲鳴と、奇妙なピチューンという弾ける音が幻想郷に響いたのであった。
この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
一話一話の文字数が多いから投稿頻度も落ちているのではと気づいたこの頃です。
拙い日本語のせいで混乱を生み出していないかが心配で仕方ない…。
今回はここで終わりにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!