幻想恩義   作:銀の鰹節

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黒羽信哉、明寛、雄幾達五人家族は祖母や母を無くし男のみの家族であった。
ある日、夕食を作ろうと材料を探していると醤油が無くなっている事に気づく。三人で買い出しに行くが、買い物先で事故にあってしまうのであった…。

※今回は残酷な描写が含まれております。ご注意ください。



⒉湖

 

 

 ーーー誰だ貴様は。

 

  響く少女の声。しかしただの声ではない。重く伸し掛るような声は私の喉を塞ぎ、全身を硬直させた。

 

 ーーー……だんまりか。

 

  何も言えない。動けない。極度の緊張が体を縛る。

 

 ーーーっ?!

 

  しかし少女は私を睨みつけると、小さく声を上げて目を見開いていた。

 

 ーーーなんなんだ…その禍々しいものはっ!!

 

  少女は声を荒らげる。何を問われようが何も出来ない。体が動かせるようになる気配すら感じない。

 

 ーーー動くなよ…そこから。私が葬り去ってやる。

 

  少女は手に紅色に光り輝く棒…槍のような物を作り出し、私へと狙いを定める。

 

 ーーーこんな人間がいるとはな…。貴様がいては今後の計画に支障が出る。

 

  少女は再び私を睨みつける。しかし最初の時ほどの余裕は見えなく、むしろ額から汗を滲ませていた。

 

 ーーーさらばだ。

 

  少女の手から放たれた槍は、視界全てを真っ白にさせた。そして視界は戻らぬまま上か下かも分からなくなり、やがて思考すらもが止まった。

 

 

 

 

 

 

 ………ぃ、…きろ……おい、起きろ!…信哉!!

 

「っ?!」

 

  大きな揺れと声によって俺は目を覚ました。一瞬記憶に過ぎる、倒れてくる大型トレーラーの姿。しかし記憶はそこで暗幕されていて思い出せなくなっていた。

 

「信哉…!良かった…!」

 

  俺を揺さぶって声を掛けていたのは父であった。状況を明らかにする為にも辺りを見回してみるが、余計に混乱するようなものであった。

 

「何処だよ…ここ」

 

  いつの間にか俺達は木々が鬱蒼とした森の中にいた。霧が発生して視界が不良となっている。

 

「んっ…」

 

  自分の後ろからもう一人の声が聞こえた。後ろを振り返ると明寛がゆっくりと目を開けていた。

 

「信兄…?」

 

「どこか…痛いところとかないか?」

 

  父が恐る恐る明寛へと尋ねる。どうやら父も事故の瞬間は理解していたようだ。

  明寛は欠伸をして目を擦りながら「大丈夫だよ」と言った。

  この場にいる者全員が怪我をしていない事に安心する。

  そしてその上で考える。ここが何処なのかを。

 

「病院…でも何処かの敷地内って訳でもなさそうだね」

 

「車もない。それに携帯も使えなかった」

 

「携帯もっ…?!」

 

  俺はポッケにいれた携帯を取り出す。すると画面を触っても明かりはつく事がなく、また電源ボタンを押してもつく事はなかった。

 

「マジか…」

 

「どうしたの…??何かあったの…?」

 

  誰かの唾を飲む音が響いた時、寝惚けていた明寛は目を覚まして今の状況を何となく感じ取っていた。父と俺の神妙な表情に不安を感じたのか顔を覗き込む。

  とりあえず明寛を不安で追い込ませない為にも、俺は精一杯笑った。

 

「大丈夫だ、トラ!俺や父さんもいるしな!」

 

「うん…」

 

  明寛はこれ以上何も言わなかった。恐らく下手な追及は自身を追い詰める事を理解しているのだろう。だからこそ、ここが何処なのかなどの問いはしなかった。

 

「霧が濃いな…。これじゃあ迂闊に動いたら怪我をしかねない…」

 

「とりあえず空は木々に覆われてるから雨に当たることは無さそうだ」

 

「そうだな…せめて木の根元でジッとしていよう」

 

  立ち上がろうとした時、俺は初めて自分が袋を握っていることに気づく。

  このポリ袋は俺達が行くはずだったスーパーの物だ。つまり、買い物をしないと持っている筈もないのだ。

 

「中に入ってる…?!」

 

  袋の中に入っているものを取り出すと、醤油にツナ缶、ぶどうジュースにバーボンボンうまぞこと書かれたお菓子が入っていた。

 

「こ、これは…?!」

 

「あっ!バーボンボンうまぞこっ!」

 

  明寛は自分の欲しかった物が目の前にあって驚いていた。そして、驚いてるのは明寛だけではなく俺や父もだった。

 

「ど、どういう事だ…?!俺らはまだ買い物はしていないよな…?」

 

「確かそうだった気がするが…思い違いか?」

 

  奇妙に思いつつも、手元にある物を確認する。食事としてはツナ缶がご馳走だろうか。そこに醤油をかければある程度の腹の満たしにはなるだろう。……バーボンボンうまぞこはよくわからないので、明寛に全部あげることにした。

 

  木の根元に座り込むと、訪れたのは静寂であった。俺も父も今の状況を受け入れる事で精一杯なのだ。目の前に広がる霧は視界を濁らせて、まるでその様子が俺達の不安定な未来への道筋にも見え、恐怖を感じさせた。

  そんな中、明寛が耳を澄まして「んん〜〜」と唸っていた。

 

「どうしたんだ?トラ…?」

 

「波の音が聞こえるっ!」

 

「あっおい、待て!?」

 

  明寛は突然立ち上がり、走り出す。

  俺と父は慌てて明寛の後を追う。すると水の音が聞こえてきた。

 

「海だっ!」

 

「えっ…ええ?!」

 

  明寛がいた場所の目の前には波が押し寄せていた。

  俺も父も思わず目を丸くしてしまった。なぜなら、俺達が住んでいる地域周辺に海や湖は存在しないからだ。

  霧が濃くて全てをみる事はできないが、横幅からしてかなりの大きさのようだ。

 

「水も綺麗だ…。潮臭くもないし、湖か…?」

 

  父は少し波に近付いて、手で水を掬って口に運ぶ。

 

「ただの水だ…。てことは湖か」

 

「ちょ、ちょっと待って父さん。俺達の住んでいる周辺に湖だなんてもの一つもないんだよな?!」

 

「ああ、ない。だからもう俺たちはここが何処なのか、完全にわからないという事だ」

 

  俺は息が詰まってしまった。霧に囲まれたこの地がいったいどのような場所なのか。日本の何処なのか。わからない。だからこそ、境界が見えず果てしなく広大な未知が恐怖を生み出し、思考を徐々に鈍らせていた。

  その様子を見て、父はニカッと笑った。

 

「大丈夫だ、信哉。俺がいる。水が豊富な場所はかなりの確率で生活が繁栄している。もしかしたらこれはダムかもしれない。一応、川を見つけて降りてみると街があるかもしれない。だから大丈夫だ」

 

「父さん…ありがと」

 

「ああ」

 

  父の言った事は説得力があるので、とてつもない安心を得ることができた。同時にまだ自分が幼いとも感じたのだった。

 

「さてと…ということでだ!湖を散歩しよう!」

 

「お散歩っ?!僕も行くっ!」

 

「そうだな、みんなで行こう。信哉、近くに木の棒とか無いか?」

 

  辺りを探してみると、流木が打ち上げられてるのを見つけて、その流木を父に渡す。

 

「ありがとう。それじゃあ行くか!」

 

  父は声を上げて、歩き出す。その時に地面に木を突き刺して抉った。

 

「こうやって目印を定期的につければ、この濃霧の中でも迷わない筈だ」

 

  父はゆっくりと足を前に進ませる。明寛の事を配慮した上でゆっくりにしているのだろう。

  俺はそんな父を見てとても頼りになって有難かったが、どうしても消しきれない恐怖があった。それが父に対しての申し訳なく、悲しかった。

 

  結果から言うと、日が沈むまでに集落や街を見つけることはできなかった。それどころか道路さえも。

  湖の周りを二時間ほど歩いて、川を見つけたので、そのまま沿って下ったのだが、何も見つからなかった。

  体力や食料の事を考えるとあまり無鉄砲に行くことは無理なので、日が落ちると共に行動を止めることにした。

  ツナ缶を開けて醤油を使いら三人で分け合ってその日の夕食を終えた。

  ちなみに明寛のバーボンボンうまぞこは大事にとってある。本人曰く、いざと言う時にとの事。

  夕食を終えると辺りは完全に暗くなり、気温もより低くなる。体温の消費を抑えるためにも風当たりの少ない場所へ移動し、身を寄せあって眠ろうとした。

  しかし、慣れない環境なだけあって深い睡眠をとることは難しい事だった。

 

「あっ…星」

 

  目が覚めて寝付けない時にふと空を見上げると、いつの間にか霧は消えており夜空に浮かぶ星々が綺麗に見えた。

 

「こんなにも星が…まるで天の川だな…」

 

  月は雲にかかって見えていないが、ほとんど晴れ渡っている夜空は絶景であった。

 

「光害がないのだろうな。その事を考えると近くに街がある可能性も少ないだろうなぁ…」

 

「父さん…」

 

  星を眺めていると、父が嘆くように呟いた。だが、その事は俺も予想は出来ていた。

  いくら森の中と言えど、道路も電線もないのは稀だろう。

 

「俺は…諦めないよ。絶対に生きるから…!」

 

「俺もだよ…!親として息子二人を置いていくわけにはいかないからな…」

 

  俺と父の間で眠る明寛はぐっすりと眠っていた。かなり疲れていたのだろう。

  俺もだんだんと瞼が重くなっていく。

 

(ひいじいちゃん達は…大丈夫だろうか…)

 

 星を最後に目を閉じ、暗闇の中へと落ちていった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

  目覚めれば朝になっていた。川に通る風が少し肌寒く、また自分がどこにいるのか迷いそうになる。

 

「…ああ、湖に沿ってきたんだっけ…」

 

  昨日の行動を思い出すと共に体を起こすが、前日と同じように袋を手に握っている事に気づく。

 

「なっ?!また袋…?!」

 

  俺は袋の中に入っている物を取り出してみる。キャベツにもやし、冷凍食品の枝豆、パン、マーガリン、牛乳、ボールペンが入っていた。

 

「どうしてここにあるんだ…?!」

 

  俺の声で目を覚ました父も、袋の存在に気づいて目を丸くしていた。

 

「流石に、買った覚えはないぞ…」

 

「また袋が…。信哉が買っていないと言うなら、誰かが近くにいて眠っている間に渡してきたのか…?いや、そんな事する意味は無いはずだ…。うーん…。因みに中には何が入ってるんだ?」

 

「食パンにマーガリン、牛乳。あとペンとその他だ」

 

  食パン6枚入り、一リットル牛乳、普通のマーガリン、三色使えるボールペンなとが袋の中から取り出される。

 

「パンか。食料が入っていたのは幸運だったな…」

 

「しかも牛乳もだ。完全な朝食セットだな。こりゃ」

 

  不思議に思いつつも、取り敢えず明寛を起こすことにする。

  ゆさゆさと肩を揺らすと、明寛はゆっくりと目を開けた。

 

「んっ……。信兄ぃ…」

 

  眠たそうに目を擦る明寛は、目の前にある牛乳のパンに気づくと、信哉に驚いた表情で詰め寄った。

 

「どっ…どうしたのこのパンっ?!」

 

「それが俺にも分からなくてな…。だけど取り敢えずは食べよう。少しでも元気でいるためにな!」

 

  明寛は少し考える素振りを見せたあと、笑顔でうんっと応えた。信哉や雄幾も彼の笑顔を見て力が湧いたような錯覚を感じた。守りたい、ただその考えが信哉の中で刻まれるように生まれたのであった。

 

  食事を終えた後、川を下って再び歩き出す。しかし、寝た環境や栄養の不足、ストレスが原因で疲れは抜けきる事がなく、足取りを重くさせていた。

  川は徐々に広がっていき、草木も徐々に鬱蒼とし、足場も泥に等しく、歩く距離・泥の中歩く・草木を押し避けていくなどの行動で体力を奪われていく。

  ひたすら歩くが景色は変わらない。鬱蒼とした森の中に続く川を下り続ける。

  その合間に、昼食のようなものを残ったパンで補い、再び歩き出す。

  そして俺達はまた何にも辿り着けずに夕方まで歩き続けてしまったのだった。

 

「脚も疲労で限界みたいだな…浮腫んでる…」

 

「父さん、日も落ちるし今日は休もう…。トラも限界だ…」

 

「ごめんなさいぃ…あ、脚が…」

 

  昨日と同じように風を凌げそうな場所を探す。その時にやけに蝿などの虫がしつこく視界に入ってきて、多少苛つくが、一際目立つ大木を奥で見つけ、根元へと移動する。

 

「よし、この木の下で休もう。……それにしても蝿が多い…何なんだ?」

 

  父も蝿の事が気になっているらしく、私も激しく同感だった。耳をすませば羽音が聞こえるほど、蝿は大量に発生していた。

  移動したくても、日はもうすぐに落ちてしまうし、俺達の脚が悲鳴をあげようとしているので無理であった。

  冷凍枝豆も時間が経ち、解凍されて食べ頃になっているのでありつくことにする。

  枝豆の入った袋を手に持ち、開けようとした時だった。

 

「うおっ」「えっ」「んっ」

 

  突如、視界が黒に染まる。わずかな光もない、完全なる闇。ついさっきまで薄らと紅色に染っていた筈の空も真っ暗であった。星も何も無い、純粋の闇が俺たちを支配していた。

 

「信兄ぃ…?!父さん…?!」

 

「みんな、いるな?!」

 

「掴んだ!信哉に明寛だな?」

 

  俺たちは動くことが出来なかった。何も見えないからこそ、全てが分からなくなる。

  木はどこだ。手は。石は。食べ物は。

  手探りで探そうとしても腰が引けて、大きく動くことができない。

  その状況が数分続く。緊張が徐々に高まっていったその時、近くでガザガサと草木を掻い潜って何者かが通る気配を感じた。

  三人は息を飲んだ。耳を澄まして、状況を必死に探ろうとする。しかし、緊張しているため鼓動がバクバクと激しくなっていて、雑音が混ざっていた。

  耳を澄まして数十秒後。再び草木を掻い潜る音が聞こえた。その時、微かに人の声のようなものも聞こえた気がした。

 

「…今、聞こえたか…?」

 

「気のせいじゃないなら…女の子の声を聞いた…」

 

  互いに寄り添いながら小声で確認を取る。その時に誰かが小さく震えているのを感じた。明寛だろうか。

 

「誰か…いるのか?」

 

  今にも消え入りそうな父の声が闇へと溶け込む。

  一瞬、背筋が凍るような静寂か襲いかかる。誰かの、唾を飲み込む音が大きく聞こえた。

  その時だった。

 

「そこなのだー」

 

  決して大きくはない、ただ普通の少女と思しき声が聞こえた。すると同時に張り裂けんばかりの声が。

 

「うああああっ?!」

 

  父の声だった。低い声の悲鳴が静寂を壊し、最恐の恐怖が生み出される。

 

「あっ…ああああっ…?!」

 

「父さんどうしたんだ?!」

 

「うわあああん信兄ぃぃぃ!!!」

 

  暗闇の中で反響する叫びは冷静を喰らい混乱を生み出した。

  その叫び声の中に、何かが砕ける音と、生暖かい液体が徐々に紛れていくのを俺は気づいた。

  父の叫び声が徐々に弱くなっていく。すると、視界を奪っていた闇も薄らと消えて、消えゆく夕日が辺りを照らす。

  俺は辺りの光景が目に入って、一瞬死んだ。いや、死んだような錯覚を覚えた。

  足元には徐々に溜まってゆく赤い水たまり。その中央に横たわる父、そして口を赤く染まらせた少女が咀嚼しながらコッチを見ていた。

  父の腕はありえない方向へ折れ曲がってして、指や腕の部分的箇所が齧り抉られたように、存在していなかった。

 

「父さん…っ!!」

 

  父から少女を引き剥がそうと、立ち上がった時、俺は再び視界に入った父の全貌を見て脱力してしまう。

 

「……」

 

  父はもう呼吸すらしてはいない様子であった。それもそうだろう。首は骨が見えるほど肉が抉られており、強い力で引っ張られたのか本来ならば繋がっている頬も引きちぎられ、片顎がブラブラと宙に浮いていた。

  少女は俺たちが狼狽えていても特に反応せずに、ただ父を貪り続ける。

  明寛は既に気を失って、俺にもたれかかっていた。俺の肩に乗っかっている明寛の頭が、ガクンとズレた衝撃で、俺は気がついた。

  父は死んでいる。そう脳内で何度も復唱して、ようやく俺の膝は上がり始める。

 

「はぁーっはぁーっはぁーっ」

 

  ガクガクと不安定な脚で息を荒立てながら、明寛を抱えて立ち上がる。

  少女の目線は俺達を捉えているが、父を貪り続けていた。

  例え少女が自分達を追ってこようと、何がなんでも明寛を守り抜く事だけを心に決め、その場から駆け出した。

  夕日も沈み、夜の闇が包み込む中、必死に走り続ける。

 

「ううっ…うっ…」

 

  泣きそうになる。声を上げて叫びたい。誰かに助けてもらいたい。走れば走るほど負の感情が無限に湧き出してくる。

  しかし、抱えている明寛を強く抱き締めて、自身の気を保ち、夜の闇を駆け抜ける。

  脚を止めてしまってはダメなような気がした。振り返ってしまっては殺されるような気がした。だから俺は限界が来て倒れるまで走り続けた。

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 

  ある朝、俺は眩く差し込む朝日によって起こされる。そして、起床してまもなく、近くに置かれてあった目覚まし時計が鳴り響く。

 

「…ふぁ。ゆっくりと作るか…」

 

  部屋を出てキッチンへと向かい、いつも通りに朝ごはんや父や明寛のお弁当を作り始める。

  いつも通りにベッドから起きて、いつも通りに朝ごはんを作る。いつも通りの筈だ。

  その…筈なのだ。しかし、俺は今がいつもと違うような気がした。はっきりとしたものはなく、ぼんやりと。勘に似たような感覚で、いつも通りを異常のように感じる。

 

「…。」

 

  俺は無言で朝ごはんを作り続ける。時刻は七時。いつも通りなら明寛や父達が起きてくる筈だ。

  しかし、起きてきたのは曾祖父さんと

 祖父の二人であった。

 

「信哉ぁーっ!飯ーっ!」

 

「父さん…まずは挨拶でしょうに…。おはよう、信哉」

 

「おはよう。もう少しで弁当できるからちと待っててくれ」

 

「はーよ!はーよ!」

 

  賑やかな曾祖父さんを祖父が静止させる。いつも通りだ。何も変わりはない。

  でもやはり父と明寛がいつまで経っても降りてこない。

 

「じいちゃん!ひいじいちゃん!トラと父さん起きてない?」

 

  今キッチンから離れられないため、二人へと訊ねる。しかし、二人揃って起きていないとかえしてきたのであった。

  弁当も朝食も出来上がり、未だに起きていない明寛と父を起こしに行く。だが部屋を覗いても二人の姿はなかった。

 

「…二人がいない?どういう事だ…?」

 

  俺は突如、とてつもない不安に襲われる。ただ二人の姿が見えないだけで、まるで治安の悪い外国へと一人置いていかれたような恐怖や不安は感じない筈だ。

 

「信哉ぁ〜どうしたぁ〜??」

 

  モグモグと咀嚼しながら曾祖父さんが、帰ってこない俺を心配してやってくる。

  いつも通りなら、口にものを入れながら来ないで、と注意するのだが、今回は違った。

  俺は曾祖父さんへ助けを求めていた。

 

「ひいじいちゃんっ…!!トラと父さんがいないんだ…!!どこに、どこに行ったのか知らないか…?!」

 

「んん?明寛と雄幾がか?二人でどっかトンズラこいてんじゃ……あっ……」

 

  曾祖父さんは明寛がいつも使っているベッドを見て、目を見開いていた。すると、急いで父の部屋へと行き、ベッドを見るが先程と同じような反応をしてみせた。

 

「そうか…。そういう事なのか…」

 

  曾祖父さんは項垂れるように顔を下げて、呟いた。

  俺が言及しようとする前に、曾祖父さんは話をし始めた。

 

「儂は…昔、ある少女に助けられた事があるんじゃ…」

 

「そ、それは何度も…」

 

「それからじゃ…。儂はここへ帰ってきてから奇妙な現象を体験するようになったのじゃ…。白いモヤが目の前で動いたり、冷たい空気が儂だけを包み込んだり…。所謂、怪奇現象ってものが起こるようになったのじゃ…」

 

「か、怪奇現象…」

 

  曾祖父さんは俺を見据えて「そうじゃ」と言うと、力強い眼差しで俺を見定めるように全身を見た。

 

「やはり、お前もか…。朝、見た時から違和感を感じたんじゃ…」

 

  俺は曾祖父さんの言っている事が引っかかるように感じると同時に、何か胸が苦しくなるのを感じだ。何故か聞きたくない。その思いが強く生み出される。

 

「ど、どういう…ことなんだ…?」

 

  その思いを押し込めて、俺は曾祖父さんから詳細を聞き出そうとする。何がやはりなのか。違和感の正体とは何なのか。

  曾祖父さんの口が動くにつれて緊張が高まっていく。唾を飲む。

 

「信哉…。明寛や雄幾はここにはいない…そして、信哉。お前もだ…」

 

  いない。曾祖父さんからそう言われた。しかし、違うようには感じられない。むしろ不明瞭な納得が俺の中に生まれていた。

 

「儂は少女に助けられた事がある。でも、どうして助けられる状況になったのか。それは儂が神隠しにあったからじゃ」

 

「神隠し…?!」

 

「信哉達は神の悪戯によって連れ去られたんじゃ…儂と同じようにな…」

 

  俺は曾祖父さんの苦笑いする顔を見て、突然体に電流が流れたような気がした。すると、森の中を駆け巡る大量の記憶が脳内で一気に流れ出す。

 

「ぐっ…うっ…」

 

  目の前も一瞬見えなくなり、強烈な吐き気が襲いかかる。気づけば視界は元に戻っており、急いでトイレへと駆け出した。

 

「うおっ…えええっ…ごっ」

 

  鼻にくるツンとした匂いと共に感じる、苦さとしょっぱさ。その嗅覚と味覚から再び吐き気が生まれるが、何とか押し戻す。

  口を洗う為に洗面台へと向かった時だった。鏡と向かい合うと、目の前に映るのは自分の姿ではなく、森にて木によしかかる俺の姿と倒れている明寛の姿だった。

 

「お、俺が…森に…!トラもか…?!」

 

  鏡を寄り詰めていると、後を追ってきた曾祖父さんが俺に言った。

 

「信哉…お前は特別なのかもしれない…。神隠しに合いながらもお前はここにいる…。特別だからこそ助かる術があるのかもしれん…」

 

  俺は曾祖父さんに言われて全てを思い出し、理解した。先程の記憶は実際に起こったものである事。そして、俺達は曾祖父さんが失踪中にいたのであろう場所にいるという事。

 

「信哉、儂は少女に助けて貰った…。暗闇の中で紅色の瞳を燃やし、髪は銀色で青みがあり、威厳を放つ少女にな…」

 

「紅色の瞳、銀色の髪…」

 

  曾祖父さんは俺の手を掴み、俺を立ち上がらせた。

 

「信哉、お前はここに帰ってこれている!!それはおそらく儂が過去に神隠しにあっているからじゃ。そしてじきにこの世界からお前は連れ去られた世界へと戻ってしまうだろう!それまでの間に支度をせぃ!それが今のお前さんにできる、最善の策の筈じゃ!」

 

「ひいじいちゃん…!!」

 

  曾祖父さんは俺に力強く、そう言った。先程まで感じていた不安や恐怖は消えた訳では無いが、立ち向かう勇気が小さく湧き上がってくるのを感じ取る。

  記憶はある。だから不足しているもの、するであろうものをできるだけとり押さえる。

 

「父さん、信哉。どうしたんだ?」

 

  祖父が心配して洗面台へとやってくる。俺は先程吐いたことも忘れたように、スっと立ち上がり、祖父の隣を駆け出していった。

 

「し、信哉…?!父さん、信哉はどこへ…」

 

「信哉は生きるために全力を尽くしてるんじゃよ…」

 

「は、はぁ…」

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 

  俺はチャリに乗って、ホームセンターへと急いだ。片道10分ほどの距離にある店舗だ。

  店へと駆け込むと、サバイバルナイフ、簡易濾過装置、懐中電灯ソーラパネル付きを手にしてレジへと向かう。

 

「あ、あとは何があったらいいんだ…??」

 

  ホームセンターを後にして、次の場所へ必要な物を追い求めて、街中を駆け回る。

  大きなリュックに買ったものを詰め込んで、自転車を跨ぐ。

  学校がもう始まっている。だが気にしない。物資を集め続ける。

 

  気づけば昼になっていた。リュックの中はタオルなどの道具や食べ物でいっぱいだった。

  家に帰って、自分の状況を確認する。

 

「こ、これぐらいで…大丈夫か…?」

 

  もう必要なものはないかと、辺りを見回してみると、テーブルの上に小銭用財布があった。

 

「…ないよりは、ある方がマシ…か?」

 

  財布を手に取り、リュックを背負った時だった。

 

「ぐ…ぁ…?!」

 

  今までに体験したことも無い感覚が襲いかかる。どっちが上で下、自分がどこに足をつけているのか、またはどこにいるのかすら分からなくなる。

  感じるのは川の中にいるような、流される感覚。ゾゾゾゾと頭や体、脚へと何かが勢いよく触れる。

  混乱する中、徐々に意識まで消えてゆく。

  回る世界。歪む世界。暗い世界。無の世界。様々な空間を行き来するように、俺は意識を失っていった。

 

 

 




この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
今回はなかなか内容が長くなってしまいました。書いている側はスラスラといけて楽しいんですけどね(笑)
東方Projectを原作とした物語だってのに、まだちゃんとキャラが出てきてないのマズいのかな…(汗)次回には出ると思います…(多分)
それでは今回はここで終わりにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!
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