幻想恩義   作:銀の鰹節

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意識を戻すと、信哉は森が広がる世界へと戻ってきており、空は赤い月が浮かび紅い霧も漂っていた。
体力を削られ続けるも、やっと見つけた館へ辿り着いて力尽きてしまう。
激情の赴くままに暴れ、気付けば気を失っていた。
再び目が覚めると、信哉は死んだはずの父に起こされていた。



⒋衝突

 

 

「父、さん…?!」

 

 俺は今、酷く混乱している。理由はたくさんだ。

 まず父が目の前にいる。そして、明寛もすぐ傍にいる。俺も生きている。手には袋を持っている。リュックも背負っている。

 今までの事が全て重なったかのような錯覚に陥る。

 

「だ、大丈夫か…?怪我とかは…」

 

「あ、うん。大丈夫…だ…」

 

 記憶もある。父は少女に貪られて死んだ。明寛は俺と共に館で力尽きた。

 ……ただ、館での記憶は途中で途切れている。覚えている最後の記憶は、明寛を抱く力も無くなって倒れたのが最後だ。

 一人で悶々と考えていると明寛が目覚める。

 

「ん、んぅ…。信兄ぃ…?」

 

「トラ…」

 

 正真正銘のトラだ。そして父さんも決して幻なんかじゃない。

 では今までの事は何だったのか。俺は無理難題を押し付けられたかのような身の狭い感覚を感じた。

 

「とりあえずみんな無事で良かった…!」

 

「そうだな…。とりあえずご飯あるから食べて」

 

 俺は考えながらも、手に持っている袋から食料を取り出す。

 

「あっ!バーボンボンうまぞこっ!買っておいてくれたの?!」

 

「い、いや私達はスーパーで買い物をする前に事故にあった筈だ…!?だから袋を持っている筈なんて…んん?!」

 

 父は俺が袋を持っていた事に酷く混乱する。すると、俺な背負っているリュックの存在にも気づく。

 

「そ、そのリュック、家を出る前に持ってきていたか…?!」

 

 父が思っている以上に慌ててるため、俺は話すべきか迷ったが話す事にした。今までの事を…。

 

「実はね、父さん。俺も確証を持てるわけではないんだけどね…。かくかくしかじか…」

 

「そ、そうなのか…?!そういう事なら信哉は予知夢、または未来からやって来たって感じなのかっ?!」

 

「俺も分からない…。リュックを手に入れたのは大分後だし、袋を持っているのは最初だけで、もうひとつの袋はまだもってないし…。予知夢とも、未来からやってきたとも言いづらい…」

 

「っ…!!」

 

 父は言葉を失っていた。明寛は空腹からかバーボンボンうまぞこをチビチビと食べていた。なので、話を聞いているはずもないのであった。

 

 その後、食事を取って少し休憩しながら信哉の話を聞いて、移動する事にする。

 草木を掻い潜って、湖の浜辺へと出る。

 

「信哉の言う通り…湖だこりゃ…」

 

「んで、俺の記憶では右方向へと歩いていって下流を下った」

 

「人や家は見つかったのか?」

 

「いや、見つからなかった。途中で姿は少女の化け物に襲われたから逃げたんだけどね…」

 

 俺は敢えて父がそいつに喰われたという事を隠した。言いたくなかった。

 実は今、信哉は密かに幸せを感じていた。もう出会える筈のない父と話ができている。もう見れないはずだった明寛の笑顔が見れている。それがとてつもなく幸せで、嬉しかった。

 

「じゃあ…反対の左方向はどうだったんだ…」

 

「左方向は湖に沿って歩けば、自然と畔に建っている館に辿り着いたよ」

 

「館…そうか。じゃあ左方向に進もう。信哉の話からだと空を飛んだりする化け物の少女がいるらしいからな…気をつけよう」

 

 以前歩んだ道とは反対の、館への道を歩む事にした。

 ザッザッと足音を鳴らす父と明寛だが、一方で信哉は無意識に足音のしない歩き方をしており、また音に敏感になっていた。

 

「父さん、トラ。もう少し静かに歩こう。辺りが静かなだけに分かりやすい」

 

「そういえば信哉、さっきから物音一つたててなかったな…。どう歩けばいいんだ…?」

 

「こう…親指の付け根から…」

 

 静かに歩くためのレクチャーを終えると、再び歩み出す一行。信哉にとっては同じルートをもう一度辿っていることにすぎない上、誰よりも警戒しているため危険察知能力は三人の中で群を抜いていた。

 辺りは依然、濃霧に覆われており視界五メートル以降は見ることができない。慎重に進んで行く。

 無言の時間が続く。静寂は信哉達の余裕を削り、緊張を作り上げていった。

 

 しばらく歩いた。目の前にはうっすらと見える、畔の入口らしきカーブ。

 記憶通りならばその先に舘はある。

 

「だいぶ歩いたな…」

 

「…トラ大丈夫か?」

 

「ち、ちょっと疲れた…かも…」

 

 道の途中には大きな段差やぬかるんだ地面など明寛にとって大変な場所も多々あった為、披露が目に見えるほど現れても仕方がなかった。

 その様子を見かねて、父は休憩を提案する。

 

「明寛もこの様子だ…。少し休もう…」

 

「父さんも疲れているみたいだし、そうしようか…」

 

「ぐっ…まさかここで衰えを痛感するとはね…。それに比べ、信哉は現役だから元気ありあまっているみたいだな…」

 

「まぁね…。夏だってのに、この霧のせいか肌寒いな…。休憩する間だけでもこれ使って…」

 

 俺はリュックを下ろして、中からタオルを取り出し父と明寛に渡す。

 同時に簡易濾過装置も取り出して、空の容器を持つ。

 

「何処にいくんだ…?」

 

 父が心配そうに訊ねる。俺はただ水を汲みに行くだけだから、と言ってその場を後にした。

 浜辺へと歩み寄り、水の清潔さを確かめる。

 

「透き通っているな…。あまりにも汚染されすぎていたらこんなんじゃ濾過できなかったから有難いな…」

 

 いくら濾過装置と言えども簡易だ。ドロドロの腐臭のする水は対応できない。

 迷い込むところが自然豊かで良かったとも思えた。

 

「だいたい一リットルありゃ足りるよな…?」

 

 俺は空の容器に水を入れ、その場から立ち上がった時だった。

 

「うおあああああっ!!」

 

「んっ?!」

 

 突如響く悲鳴。その悲鳴の主はすぐに俺の前に現れる。

 目の前の草木か激しく揺れたその次の瞬間、大きな影か濃い霧の奥からは草木を突っ切って俺の頭上を超えていった。

 超えていくその時、その影が何者かを俺は見逃さなかった。

 

「父さんっ…!!」

 

 俺は躊躇せず容器を捨てて、何者かに連れ去られる父を追うために湖へと入っていく。

 すると、霧の奥から声が聞こえた。

 

「信哉ぁーっ!!明寛をがぶぁっ…?!」

 

「父ーさん!!また…失ってたまるかよ…!」

 

 父の声は水の泡出つ音によって掻き消される。どうやら溺れかけているらしい。

 すると、またすぐに父の声が聞こえる。しかし声は徐々に遠ざかってゆくように感じた。

 

「ぶはぁ…!明寛を…!!明寛が危ないんだ!!俺よりも明と…かぶっ…?!」

 

「と、トラが…?!」

 

 俺は再び、究極の決断を強いられる事態へと陥ってしまう。躊躇する。頭の中ではもう父が手の届かない遠いところへ連れていかれているのも分かっていた。

 でもだ。また、見捨ててしまうのか。せっかくまた出会えたと思っていたのに。

 すると間もなく、父が連れ去られた方向から色とりどりの眩い光が、霧の拡散よってぼやっと見えた。

 

「ひ、光っ…?!」

 

 その光を確認できたのが境に、聞こえていた父の声が途絶えたのだった。

 俺の中でとてつもない悔しさも後悔が生まれようとしていた。しかし、そんな事を干渉に浸るほど今に余裕はなかった。

 

「…っ!!…っ!!…くそっ」

 

 俺は後ろを振り返り、明寛の元へと急ぐ。ズボンのポッケにしまわれたナイフを手に持って、全力で駆け出した。

 すると、今度は森の中から光が発生していた。何が光っているのかと、目を凝らす。火ではない。黄色や青、緑など様々な光が入り混じっているからだ。

 

「花火か…?」

 

 俺は身構えて先程、休憩するために座った場所へと飛び込んだ。

 すると、濃い霧の中から黄色に光る玉が突然近づいてきていた。

 

「ぅおっーーーーー」

 

 俺は咄嗟に膝を落として、回避する。黄色に光る玉はそのまま通過していき、やがて消えた。

 

「光の原因はアイツか…!トラァーッ!!」

 

 全力で明寛を呼ぶ。すると信兄ぃ助けてぇ!と叫ぶ声が下から聞こえた。

 声の元を探ると、少し急な下り坂の元に複数の影に囲まれた明寛の姿があった。

 

「トラから離れろやぁーっ!!」

 

 下り坂を勢いをのせて下り、その勢いで複数のうちの一つの影へめがけて、蹴りを炸裂させる。

 

「でりゃあっ!」

 

「んぎゃっ!?」

 

「ち、チルノちゃん?!」

 

 俺が蹴ったのは宙に浮く少女であった。他の影も宙に浮く少女で、蹴り飛ばされた少女に気を取られてた。

 そのうちに明寛を抱き上げて、全速力で駆け上がり、荷物を拾い上げて館へと駆け抜ける。

 

「ち、チルノちゃん!だから急に飛びかかるのはやめようって…」

 

「あ、アタイってばサイキョー…ね……」

 

「チルノちゃぁぁぁん!!」

 

 

 …………………

 

 

 少女の叫び声が後ろの方から聞こえたが、俺は全力で走った。振り返らない。

 走っている間にも、明寛の状態を確認する。呼びかけで反応がないため、気を失っているようだった。明寛を抱いている時に、肩部分が異様に冷たく感じたのをおかしく思って見てみると、不思議な事にその部分だけ氷が出来ていた。

 

「…!!霜焼けや凍傷になってなきゃいいが…!」

 

 俺は速度を上げて、そのまま館へと急いだ。

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 

 館の門の前に来るのは二回目であった。しかし、今回は前回と違う。

 整った木々や大地。整備された巨大な門。そしてその門の下でひっそりと立ち続ける一人の門番。龍と刻まれた帽子を被る、紅髪の長髪を風で靡かせる彼女の元へ。

 俺は門番らしき彼女の元へと駆け寄る。

 

「あ、あの…すいませんっ」

 

「…」

 

 彼女は背筋を伸ばし、緊張したままで、反応はない。

 もう一度問いかけてみる。

 

「あのっすいませんっ!」

 

「…」

 

 またしても反応がない。ただ一点を見据えて。

 初対面の人へ触れるには抵抗があるが、事態が事態だ。俺は彼女の肩へ手を伸ばし、揺さぶろうとした。

 

「っ?!」

 

 彼女に触れた瞬間、静電気のような衝撃が指先から全身へと走る。

 手を気にしながらも彼女の方へと視線を向けると、未だに視線すら微動だにしない姿があった。

 もう一度、手を伸ばした時だった。

 

「っ?!」

 

 世界の色が突然、黒くなり白くなり色褪せる。風が止み、靡いていた彼女の髪も空中で固定されたかのように浮いたままであった。

 

「な、何が起きているんだ…?!」

 

 自身の腕元にいる明寛へ視線を移す。明寛も周りと同様に色褪せてしまっていた。

 しかし、俺はこの現象をどこかで体験した事があるような気がした。初めて、というような感じはない。だからこそ、不思議とそれほど混乱もしない。

 

「静かだ…自然の音も何も無い…。究極の静寂がここにあるのか…」

 

 俺はあまりの静けさに気を取られ、手に持っていたサバイバルナイフをうっかり手から落としてしまう。

 咄嗟に足を引き、ナイフを目で追う。しかし、ナイフは落ちなかった。俺の手から離れた瞬間に、色褪せて宙で止まったのだ。

 

「止まった…?!まさか、まさかそうなのかっ…?!いや、ありえない!そんな事、あろう筈がない…!」

 

 俺はこの現象が何なのか、分かったような気がした。しかし、その考えはこの世界の作り上げたバランスをいとも容易く崩壊しかねない。また、対処する事もできない。起こったら最後、そう感じた。

 冷や汗を掻きながらも、宙で止まったナイフを取り、ズボンへとしまう。

 その時だった。

 

「そんな…どうして動けているの…?!」

 

 凛とした風格を放つ、メイド姿の銀髪の女性が門の奥で立っていた。

 俺は驚いて、声を出せなかった。息を整えてやっと出した声は裏返っていた。

 

「あ、アナタはっ?!」

 

 メイド少女は俺に驚きながら、一呼吸すると、冷徹な視線へと変わり、冷ややかな対応もなる。

 

「お嬢様から人間は追い返せ、と言われております。お引き取りくださ…いっ!!」

 

 メイド少女は言葉の最後で門番へと、どこからか取り出したナイフを投げつける。ナイフは宙で止まり、色褪せる。

 そして、パッと一瞬で停止していた何もかもが動き出す。色も戻っている。

 

「も、戻った?!」

 

「ぁイターッ?!」

 

 突然の景色の変化に驚いていると、メイド少女が投げたナイフも動き出し、門番の後頭部へと突き刺さる。

 門番少女の悲痛なる叫びが霧の中に溶けていった。

 俺は彼女が死んだと、思ったが違った。即座に刺さったナイフを抜きながら振り返り、メイド少女へ頭を必死に下げる姿があった。

 

「すいません咲夜さんっ!」

 

「もうこんなすぐ近くまで部外者に近寄られているのはどうしてよ…?」

 

「あっ、あいええーー?!気を張り詰めて寝てたのに、なんの気も感じなかったんですけどどうしてっ?!」

 

 長く紅い髪を揺らしながら、俺に掴みかかってくる。その時に驚いたのだが、力が強い。とてつもなく。掴まれた肩が、痛い。

 

「…人間だからでしょう。なんの力もない」

 

「…あ、何も無いからこそ気づかなかったんですねー。なるほどっ!」

 

「あ、あの…」

 

 俺はこの二人の会話についていく事ができなかった。なので、自分の話をいつ切り出せばいいかも戸惑ってしまっていた。

 

「ん?じゃあこの人間って食べていいんですかね、咲夜さん?」

 

「構わないわ…。食糧としてなら大歓迎よ」

 

「っ…?!」

 

「おっ」「えっ」

 

 俺は辺りに漂う雰囲気から、本能的に危険を察知し、門番少女の手を振りほどいて素早く後退していた。

 先程まで俺の喉があった場所には、門番少女の尖った爪が空に弧を描いていた。

 

「今のを避けるなんて…。咲夜さん、この人間案外やるかもしれませんよ?わざわざ自分の胸で手を見えなくして死角からの攻撃だったのに躱すなんて…」

 

「ふーん…」

 

 メイド少女は腕を組んで、俺を見定めるようにじっと見つめる。

 初めて訪れる沈黙。逃すわけにはいかないと、俺は口を開いた。

 

「た、助けてくださいお願いしますっ!!この子だけでもいいです…!雑用でも何でもします…!」

 

「実はね、美鈴。この人間、さっき時間が止まった中を動いていたのよ」

 

「…それマジですか?!」

 

「さぁわからないわ…。だからーーーー」

 

「あ、あの…どうーーーー」

 

 俺がもう一度頭を下げようとした時だった。メイド少女は即座に片手に懐中時計、ナイフをそれぞれに持ち、俺を睨みつけた。

 

「今、もう一度確かめるまでよっ!」

 

 再び、世界が色褪せる。

 メイド少女は俺へ目掛けてナイフを投擲する。

 

「ぐっ…?!」

 

 俺は反射的に横へ飛び、回避しようとする。しかし、ナイフは宙で止まり色褪せる。

 

「…やっぱり、動けるのね」

 

 メイド少女は宙に浮くナイフを回収する。

 すると同時に世界が元に戻る。

 

「わっ移動してる」

 

 門番少女が関心したように声をあげた。

 俺はもう、何をされているのかわからなくなっていた。だからこそ、俺は地面へ明寛を寝かせ、彼女達の前で立ち直った。

 

「あの、戦えば…助けてくれるんですか…?」

 

 信哉は話の通じない二人を相手に助けを求めるのは馬鹿のように感じていた。

 先程からの二人の行動から察するに、俺よりも強いのは明白であった。だが、こうする他に考えは浮かばなかった。それほどまでに、余裕が無くなってしまってたのであろう。

 そして、その様子を見た門番少女は興味ありげに信哉の方へと歩み寄っていた。

 

「アナタの事…少し気になりましたよ…。咲夜さん、いいですか?」

 

「私に許可を求める前にもう動いているじゃない。後で罰を用意しておいたらいいのでしょ?わかったわ」

 

「そこは『わかったわ、いってらっしゃい。怪我をしないでね』って応援してくださいよ〜」

 

「嫌よ」

 

「ちぇー…」

 

 信哉はボクサーのように腕を上げて構える。そして、門番少女から漂う只ならぬ気迫、オーラ。まるで強風機の前に立たされるような感覚で、後ろへ流されそうになる。

 しかし、信哉はいつもと違う感覚に陥っていた。いつもより、視界がハッキリとしていて、体が軽く感じた。

 

 今から始まる戦いは、門番少女にとっては遊びに近い部類なのかもしれない。しかし、信哉にとってこの先生き延びるための重要なモノを得られるとは彼自身も思いもよらぬのだった。

 




この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
幻想郷を知らぬ信哉達にとっては、想像も出来ない死因が迫って来るので恐ろしいことでしょう…。
しかし、私達が住むこの世界であっても死は身近にありますよね。世界において死には多い少ないの差がなんだかんだ言って無いのかもしれない、と思うこの頃です。
今回はここで終わりにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!
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