その後は美鈴が信哉の事を気に入ったのか紅魔館で、過ごさせてもらうことになる。
しかし、メイド少女の咲夜は信哉の事を良くは思っていないのだった。
信哉は早朝の涼し気な風に当てられて目を覚ます。
体にはリュックに入れてあったタオルが羽織られていて、信哉の脚を枕にして寝ている美鈴の姿があった。
信哉は思わず声を出してしまいそうになったが、頑張って飲み込んだ。
そして、その時に手に袋が握られている事に気づく。
「…ああ、また家に戻れたんだっけ」
記憶は朧気だが、再び元の世界にて物を取り揃えた後に、こっちの世界へ戻った感覚があった。
「…夢が現実になって、その夢を自由に見れるのかな…」
袋の中を覗くと、中には蟻酸(用途としては皮革加工で用いる)や濃塩酸、濃硫酸、トイレ用洗剤(塩素系)、ブラシにたわしが入っていた。
手に持っている袋をリュックの中へ入れると、未だに信哉の膝で寝ている美鈴を起こす事にする。
「紅さん、起きてください…。朝ですよ…」
「んっ……んぅ…」
肩を揺すり、声をかけるが中々起きそうになかった。なので起きるまでずっと揺さぶっていたが、門の奥から咲夜がやってくる。
「おはようございます、十六夜さん」
「…美鈴、起きなさいっ」
咲夜は美鈴にナイフを投げつける。痛烈な叫び声があたりに響き渡る。
「い、いたっ?!えぇっ?!」
何が起きているのか状況を掴めておらず、寝ぼけてもいるために、のらりくらりと辺りをうろつき始める。
「うーん…ここは…」
「何を言ってるの。早くしっかりなさい」
咲夜はそう言うと、ナイフを再び投げつける。一直線に進んだナイフは軌道上にいた美鈴を射る。
二度目の痛みで美鈴はようやく目が覚めた様子だった。
「ナイフが二本…私専用の目覚ましです…」
刺さっているナイフを愛おしく撫でながら咲夜へと手渡す美鈴。咲夜は呆れ顔で溜息をついていた。
「しっかり起きてなさいよ」
咲夜はその言葉を最後に館へと戻る。その際に、朝食が入っているのであろう藁の籠を置いていったのだった。
美鈴は籠を持ち、信哉へと歩み寄った。
「ふふふ〜朝ごはんにしましょう!」
「ありがとうございます…!」
朝から驚かされてばかりであるが、柔軟に対応していかねばと思う信哉であった。
同時刻。明寛はこの世界に来てからの事を思い出していた。
道も家もなければ街灯などの灯りもない真っ暗な夜。カエルを肩に乗せて遊んでたら、空を飛んでヒヤヒヤと感じる少女に襲われて。父は別の空飛ぶ少女に連れ去られて。
「どうして…こんな事になっちゃたのぉ…!!」
嘆くように布団へ顔を埋める。悲しいのか、怒っているのか、もう何もかもが混沌としていた。壊れそうだった。
だから明寛は、考えないことにした。ただボーッと無意識下で過ごすことにした。せざるを得なかった。
ベッドから降りて、部屋を出る。
靴も履かずにてちてちと暗い廊下を彷徨いはじめる。
まるで吸い込まれていくかのようにある場所へと、明寛は移動していた。
階段へと辿り着くと、今度は降りてゆく。三階、二階、一階、地下…。
地下の途中で大きな扉が佇んでいた。扉の奥からは空気の流れによるゴオオオという音が聞こえた。扉の奥は広いらしい。
明寛は手を伸ばした。しかし、扉は重いのか明寛の力では動かす事ができなかった。
階段へと戻り、またさらに地下へと降りてゆく。
最下層へ辿り着くと、そこには今までの扉とは雰囲気の違う扉が一つあった。
手前に鉄格子のような防護柵があり、その奥に木の扉があった。
部屋への入口というよりは、牢屋または監獄の入口だろう。
明寛はまず鉄格子の鍵を開ける。穴に棒が刺されて鍵が掛けられる仕組みだったので、その棒を抜くだけで鉄格子は開けることが出来た。
そして鉄格子の奥にある扉の取手に手をかけた時だった。
「待ちなさい」
「…!!」
後ろから唐突に聞こえる声。振り返ると背中から悪魔のような黒くて鋭い翼を生やしたロングの赤髪の女性が本を数冊持ちながら立っていた。
「そこは開けてはダメよ。こっちへおいで」
女性は明寛を抱き寄せて、開けられた鉄格子に再度鍵をかける。
そして、女性は明寛と向き合った。
「…失ったのね。かけがえのないものを」
女性はもう一度、明寛を抱きしめた。
理解できなかった。なぜ知らない人が抱きついているのだろう。なぜ自分の顔を覗き込んだらそんな悲しそうな顔をするのだろう。わからなかった。でも、恐怖はなかった。
「アナタは、生きている。そして大丈夫。きっと周りの人達が手を伸ばしてくれるから。だから、大丈夫…」
「…ぅ…」
自然と涙が流れた。何も知らない女性に宥められて、恐怖を抱けないまま、ただ心の安定を求めるかのように、女性に抱きついていた。
「アナタは、まだ戻れる。心を捨ててはいけないわ」
「ぅあ…!!」
悲しくても、泣いてはならないし、言ってもならない。信哉が悲しんでしまうから。
だから泣かない為にも心を押し殺す。
まだ知識なき子供であるからこその不器用さで、心を押し殺すも悲しみだけを選ぶことは出来ず、喜怒哀楽全てを押し殺そうとしていた。このまま行けば、精神は朽ち果て、泥人形のようにボロボロと生きる事になっていただろう。
しかし、それはこの女性によって阻まれた。明寛は彼女に抱かれると懐かしい感情、感覚が蘇った。母からの愛情表現である温かい抱擁だ。事故によって奪われた温かき場所をその日から、求め縋っていた。
悲しませまいと家族の前ではより笑顔に。
明寛は思った。
(悲しみを押し殺すなんて出来るはずがないじゃん…!!元から…悲しんでたじゃん…!)
明寛は、今まで悲しんでいないと自身へ無意識に暗示している事に今、初めて気づいた。
自身にすら裏切られた感覚になる。
しかし、そんな感覚もすぐに消えるのだ。それは自身がこの女性の母性を感じ、また受け入れてるからだ。
「うああ…っ!!ええぇぇえぇぇえっ…!!!」
明寛が女性の抱擁を返すように力を込めると、女性もまたより強く明寛を抱きしめたのだった。
夕暮れの光が霧に溶け込み、辺りの空間を橙に染める。
信哉は朝から夕方まで美鈴との会話や、何故か戦い方も教わったりと、様々な事をして過ごした。
そして、その時に信じられないような事も知った。まず、美鈴が人間ではないということ。この事に関しては、空を飛ぶ少女などを見ていたため、信じ難いのだがどこか納得してしまう自分がいる。
もう一つは、自分達がいる場所はもともと自分達のいる場所ではないということ。夢で何度も元の世界へ行き来している為、この世界が別世界という事を無意識の内に理解していたが、改めて理解すると頭を抱えさせられる内容だ。
日は完全に沈み、月が上り始めたときに美鈴から指示が出た。
「信哉、一旦屋敷へ戻ましょう。お嬢様から話があるので」
「わかりました…」
門を空けて良いのだろうかと疑問に思ったが、美鈴の言葉に従ってついていく。
屋敷へ入り、階段を上り、長い廊下を歩いて大きな扉の前に立つ。
主の部屋だった。
中へ入ると、エントランスから差し込む白金の月光が部屋を照らし、数人の少女を白く染めていた。
「さて、人間。貴様の名は」
エントランスの柵に身を預け、あの猫ともトカゲとも違う鋭い目の紅い瞳を向けられる。相変わらずの緊張感であった。しかし、今度は余裕がある。月光が少女を照らして姿が見えているからだろうか。
「俺は黒羽信哉です。この館での在住許可、誠にありがとうございます。主様…!!」
小学生である明寛よりも小さい少女へ、膝を落とし頭を下げる信哉。彼女からは圧倒的強者である覇気と風格があった。故に、誰であろうとこの少女の前では頭を下げ、忠誠を誓いたくなるカリスマ性があった。
「私はレミリア・スカーレット…。この館の主よ」
レミリアを名乗る少女は柵の上から、翼をパタパタと羽ばたかせながら降りて、その場の全員へと問いかけた。
「この世界では…弾幕ごっことやらで随分と退屈のしない世界であろう。しかし…夜中しか動けないとなると少し肩苦しい。……そこでだ。私は日光さえ妨げれば活動できるのだ…。もし出来たのなら、私は昼であろうと関係なく外へ出れる。私の家族の事も共に考えられるだろう…。長きに渡る準備、とても助かったわ。翌日の早朝、計画を実行するわ。各自、心して迎えよ!!」
信哉はレミリアが何を言っているのか、何をしようとしているのか理解が追いつかない。太陽を遮る。ただそれだけは理解出来た。
レミリアの喝が終えると皆は部屋から出ていった。信哉も美鈴と共に出ようとした時、レミリアに呼び止められる。
「人間、少し話をしましょう」
「え…」
「お嬢様、何か気になったこととかあったんですか?」
美鈴が信哉を庇うように、レミリアとの間に入る。信哉が戸惑いと恐怖を見せていたからだろうか。
「安心なさい、美鈴。別に悪いようにはしないわ。ただ、この先に起こることを伝えておこうと思っただけよ…」
レミリアはそう言うと、信哉へこの先の事を話した。
計画を邪魔する者が館へとやって来ること。そして、その者を倒さなくてはならないこと。
そして弾幕などの攻撃手段が無いことを見通して、レミリアはあえて信哉をこの部屋へと通ずる一本の廊下の警備を任せた。
「別にアナタが倒そうとか思わなくていいわ…。足止めが出来れば、充分。そう思ってるわ。それだけよ。下がりなさい」
レミリアは言いたいことを言い終えると、信哉と美鈴を部屋から追い出した。
門へと戻る最中、美鈴から話を受ける。
「もし、命に関わるようなことがあったら逃げて下さいね」
「…わかりました」
美鈴は慎重な顔つきでそう言った。
これからどのような事をするのかを具体的に知らない信哉はどのような対処をしたらいのか、どのような被害がでるのかなど、無知である恐怖を感じたのだった。
今夜は美鈴と門番を続け、日が昇る前に信哉は館へ戻り、眠りについたのだった。
同時刻、レミリアは日を遮るための紅霧を紅魔館を中心に広範囲に散布した。
「始めるわよ…皆、気を引き締めなさいっ!!」
この作品を呼んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
空気は澄んで、気温も下がり、冬を迎えるために木々は紅葉し、秋へ近づいていますね。そんな秋の日差しを浴びるとつい眠くなって、小説を書くのが遅れてしまうこのごろです。日向ぼっこって気持ちいいですよね(笑)
今回はここで終わりにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!