門番を終えてベッドに潜り込んだ記憶を最後に、気づけば俺は再び元の世界へと戻っていた。
やはり、夢限定で戻ることが出来るらしい。
「…買いに行くか」
信哉は自身の部屋から出ると、そのまま家を後にした。
買おうとしているものは、爆竹に着火剤にマグネシウム、あと数多くのワイヤー。
信哉は自身の持てる知識を最大限に活用して、紅魔館の護衛に徹しようと考えていた。
マグネシウムは店舗で購入できる見込みが無いため、とあるネットショップの即日配達で購入。爆竹も共に購入。
着火剤は近くのホームセンターへ行き、購入。大量のワイヤーやフックもその場で購入。
後はマグネシウムと爆竹が届けば全てが整ったも同然だった。
「…少し、時間がかかるな。間に合うといいが…」
信哉はいつ幻想郷へ戻ってしまうのか分からないため、爆竹等の到着が一分一秒と待つたびに不安が過ぎる。
信哉はじっとしていることに苦痛を感じたのか、突如立ち上がり、家を飛び出した。
自転車に跨り、街を出る。
目の前の坂を登りきると、奥には自然が青々とした山があり、その中腹には大きな施設があった。
信哉はその施設の中にある場所へと向かっていたのだ。
「ふぅぅ〜…俺は、まだ一人じゃ生きていられないみたいだよ、母さん…」
信哉は施設へ辿り着くと、中にある数多くある墓石の内の一つの前に立っていた。
【黒羽衣久】と刻まれた墓石は少し埃が被っていた。信哉は墓石を掃除して、改めて墓石と向き合った。
「…俺はかなりのお母さんっ子らしい。今になっても母さんの声がまるで今聞いているかのように頭の中で聞こえるんだ…」
辺りの静けさが、信哉の首を締めるようであった。
信哉は合掌すると、立ち上がりその場を後にする。
「ありがとう母さん…俺、トラを何としても守るよ…」
家に帰る頃には日は沈みかけ、月が顔を覗かせていた。丸々と大きく、赤く染まろうとしている月が高い建築物から覗いていた。
玄関へ入ろうとした時、後ろから声をかけられる。
「あの〜宅配です。ハンコと名前を…」
「あ、ああわかりました」
家に帰ると同時に届く、通販の品。二つの箱を受け取って、大きな袋の中へと詰める。
「さて…どうなるかな…」
信哉はワイヤーなどの入った大きな袋を抱くと、そのまま目を閉じて呼吸を落ち着かせていった。
……………………………………。
沈みゆく意識のなか、体が浮くような感覚に陥る。
その状況が長く続くといつの間にか、体に重みを感じる。体の各部位の感覚が蘇る。
頭痛を伴いながらも、信哉は目を開ける。
すると紅魔館のベッドに入っていて、手には大きな袋が。
ワイヤー&フック、マグネシウム(粉末)、着火剤(ジェル系)、爆竹が入っており、欠けているものが無いことを確認する。
「今は…どのくらいだ」
信哉は部屋の窓から空を見る。紅く不気味に光る月が上がりつつあるのを確認する。
「…もう準備はしていいか」
信哉は休む暇もなく、すぐさま行動へと移る。
まずは一階〜三階までの階段の上部にフックを差し込んでワイヤーを張り巡らせる。
これは幻想郷の人々が空を飛ぶことが出来るという事を踏まえた上で、飛行妨害するためだ。暗闇の中だと触らなければわからないだろう。
ワイヤーを貼り終えたとき、外から何色もの光が数少ない窓から差し込んで、覗いてみると美鈴と誰かが戦っている姿が見えた。
「…紅さんもあの玉出せたのか…」
美鈴と戦った時の事を思い出すと、改めて安堵した。しかし、美鈴と戦う者。すなわち敵。信哉が足止めしなくてはならない者なのだ。
「急がなくては…!」
信哉はワイヤーを貼り終えると、廊下へ各部屋にある大量の家具を運び出し、飛べば簡単に通れる程の障害物を三十メートル程に渡って設置する。
窓から色とりどりの光が差し込むが、やがて静かになる。
すると今度は時間停止の現象が起き始める。
「十六夜さんの…?!まさか紅さんが…!!」
信哉は最悪のケースを考えて、より迅速に行動する。
マグネシウムの粉と着火剤を混ぜたものを爆竹に付ける。
試しに大量の爆竹のうちの一つを取って、マグネシウム混合着火剤を点火させる。
すると辺りに爆発音が響きながら、眩い閃光が信哉の目を突き刺した。
「ま、まぶっ…?!こ、これでいけるな…」
目くらまし程度には効力がありそうな爆竹閃光弾が出来上がり、最後の行程へ移る。
取り出したのは蟻酸と濃硫酸。
水などを注げそうな容器などを各部屋から持ち出して、壁際に等間隔で置いていく。
できるだけ家具の上に置けるようにして、手前の容器から蟻酸と濃硫酸の二つを入れてゆく。
すると混ざったことにより、発泡反応が起こる。
「俺が倒れないようにしなきゃならないな…」
信哉は蟻酸と濃硫酸を混ぜて、一酸化炭素を発生させたのだった。無味無臭の凶悪な毒。一般的には不燃焼状態に陥る事で発生する毒ガスだ。
そしてその毒を体内に取り込んだ場合、一酸化炭素中毒に陥り、吐き気や頭痛など伴わさせる。
紅魔館の廊下のように広い場所では中々症状を発症する事例は少ない。だが、閉鎖空間であるならば別だ。紅魔館は窓が少なく、空気の動きが少ない。故に拡散する場所が極端に制限されるために溜まってしまうのだ。
さらに言うと、紅魔館の廊下の証明は蝋燭の灯火だ。熱は上へ上へと空気の流れを作って、上部へと留まらせる。
一酸化炭素はほんの少しだけ軽く、上部へと上がりやすい。そこに蝋燭の灯火が作る上昇気流に押されればどうだろうか。
天井付近は条件的に一酸化炭素が溜まりやすいのだ。
その事を踏まえた上であれば、信哉がなぜ家具を廊下に設置したのかが分かるはずだ。
幻想郷の住民が空を飛ぶ事を知った信哉は、廊下に家具を置くことで飛行を誘っているのだ。
「…何をやってるんだろうな」
信哉は自身の行動に対して呆れと嫌悪感を抱くようになっていた。
学校で習った知識を応用させて、赤の他人を苦しめる為に使っている。
赤の他人は別に自分へは何もやってはいない。
それに、下手したらその人は死ぬかもしれない。自分も。
「はぁ…」
落胆の末のため息は、咲夜が発動させたであろう時間停止によって妨げられる。
音が無くなると同時に現れる静寂が自身の背中を押しているような気がして、信哉は廊下を抜けて、階段を降りていった。
時間停止が解除されたのは階段を降りている途中でだった。あまりにも長い時間停止は咲夜の断末魔のように信哉は感じた。
階段を降りて、玄関から直接通じた広場へ出ると、お祓い棒を持った紅白の特徴的な服を来た黒髪の少女が立っていた。
「ん…?」
そして、その少女と目が合う。
信哉から見るとその少女は幼かった。だからこそ、本当にこの少女が敵なのかを疑った。
しかしその疑いも少女の手によって払われる。
「アンタがこの霧の原因??だとしたらすぐに解除させなさい」
少女はお祓い棒を信哉へと突きつけた。少女の鋭い目付きは、腹を空かせた猛獣が餌を目の当たりにしたかのようなものであった。
先程まで少女を弱そうに見ていた自身を責めたくなる程に、今の少女は強かった。
しかし、怖気付いてもいられない。
「解除はできない。途中で赤い髪の長い女性や、メイド服の銀髪の女性と出会った筈だ。二人はどうした…?」
あの二人がこの館に構えていながら、目の前に少女がいる。このことからわかり切っている筈なのだが、信哉は少女へ聞いた。
「邪魔してきたから倒したわ。あんたも同じ目に会いたくないのなら早くこの霧を出している主に会わせなさいよ」
寒いのよ!とか愚痴をこぼしながら、お祓い棒を振り回す少女。
信哉は素早く深呼吸をすると同時に意志を固める信哉。そして少女を睨みつける。
「この館に住まわせてもらっている以上、攻め寄せる者は食い止めなくてはならない!!俺は黒羽信哉、主を守るべくここに馳せ参じる!」
信哉は少女へと駆け出す。手の平に爆竹を隠して。
少女はお札を取り出して身構える。
「うおおおおーっ!!」
信哉は拳を高く上げて、殴りかかるような素振りを見せる。その様子を深く観察している少女は既に躱す体勢へとなっていた。
上げた拳を開いて手の内に隠した爆竹を投げる。既に火は着いており、小さく煙を発しながら少女の目の前へと宙を飛ぶ。
少女は信哉の手から何が放たれたのは見ていたが、暗闇のせいで何かまでは分からず、咄嗟に左へ跳ねて、爆竹を凝視し続けた。
このことが信哉の思惑通りであったのかは定かではないが、灯りの乏しい空間に眩い閃光が目に突き刺さるように連続して発生する。
「うあっ…!?」
少女は驚いた様子で、目を咄嗟に抑えていた。
閃光と共に発生する爆発音。少女を怯ませるには充分であった。
信哉は爆竹を投げたあとも足を止めず、そのまま怯む少女へと殴りかかろうとする。
狙うは顎。顎さえ叩けば脳は揺れて、行動が出来なくなるはず。
拳は少女へと確実に近づいていた。しかし、信哉の頭上に突如光源が発生して辺りを照らす。
驚きから足を止めて見上げると、光弾ーーーー弾幕というものが迫っていた。
「うおああっ?!」
信哉は咄嗟に後ろへ飛び退いて、弾幕を回避する。転がる勢いを手をついて殺し、顔を上げると、目を擦りながら歩み寄る少女がいた。
「や、やってくれたわね…!!まだチカチカしてるわよ…!」
「くっ…!!」
信哉は素早く立ち上がり、先程自身が降りてきた階段へと向かう。
すると少女も逃げんな!!と叫びながら信哉を追いかける。
信哉の思惑通り、少女はフワッと浮かび上がって信哉へと距離を詰める。
少女の飛行はフクロウのように無音で、地面と垂直に猛スピードだった。
バチバチバチバチッ!!
信哉は爆竹を再び投げて、少女に対抗する。しかし、二度目はさほど効果がないようで少女は腕で目を閃光から防いでいた。
信哉は何とか階段へ辿り着き、段を飛ばしながら全力で駆け上がる。
瞬間遅れて少女も階段へ辿り着き、段差を無視して浮上しようとするが、信哉が貼ったワイヤーによって阻まれる。
「きゃあっ?!」
少女の目は眩しい光のせいで暗闇に対してあまり見えていないらしく、ワイヤーに気づくのが遅れてしまっていた。
ワイヤーにかかった少女はそのまま階段へと落ちるように降りる。
その時を見計らっていた信哉は再び少女へ殴りかかる。しかし、信哉の拳は少女が持っているお祓い棒によって受け止められる。
「なっ…?!」
「アンタ、中々やるじゃない。その様子からして霊力がないみたいだしね」
少女は信哉が視界に入っていなくても、わかっているかのように見据えていた。
少女の手が自身へと伸びると同時に、急いで階段を駆け上がる。
死角からの攻撃を防がれた信哉は狼狽えていた。その様子をみた少女は信哉へ追い打ちをかけるように次の言葉を告げる。
「私は勘が鋭いみたいでね。なんとなくわかるのよ。なんとなくね」
信哉は声を上げたくなるが、既に少女が階段を登って迫ってきているため、急いで逃げることにする。
少女へ攻撃が入らなくとも、飛行から走行へと誘導することが成功したため、即座に毒ガスを散布している廊下へと向かう。
一階を登り終え、二階へと続く階段を曲がると同時に壁の影に隠れ、脚を横へ蹴り払う。
蹴りは少女に受け止められ、止めることが叶わない。しかもそれどころか足を掴まれてしまう。
信哉はギョッとして焦り、少女から足を離そうともがくが、離れられない。ここまでかと思った時、少女のすぐ後ろで眩い光が持続的に発生する。
その原因は、床を破って放たれる強大なエネルギー放射…レーザーのようなものであった。
「ぎゃっ?!」「うおっ?!」
信哉も予期してなかった事態が幸を指す。少女が驚いて信哉の足を離してしまったのだ。
「くっ…!!」
信哉は即座に階段を駆け上がる。少女はまぁーりぃーさぁー…と怒りを込めた声で唸りながら、信哉を再び追う。
二人が階段を登り終える頃には若干息が上がっていた。
階段から続く廊下へ出ると、所狭しと設置した家具が現れる。
信哉は少女へ攻撃しようとはせず、待ち伏せせずに家具を跳び超えて奥へと進んでゆく。
少女も遅れてやってくる。蝋燭の灯火がワイヤーを無いことを知らせると同時に、走りずらい廊下を目の当たりにしたことにより、少女は無意識の内に飛行する事を選んでいた。
「蝋燭の炎が青い…!!ちゃんと溜まっているようだな…!」
信哉は息をできるだけ潜めて、廊下の奥へと移動する。そしてその際に椅子や枕などを少女へ投げつける。
広い筈の廊下は信哉が設置した家具によって狭くなっており、椅子など大きな物が避けることが難しくなっていた。
そのため、少女は信哉の投げるものを受け止める他なく、天井付近に浮遊する時間が長くなるのは必然であった。
「こ、このっ…?!」
少女はイラついた様子で椅子や枕をお祓い棒で弾く。
このままならいける、と信哉は思ったが浅はかであった。
少女は御札を廊下の四隅に投げつけると、札は宙に浮いたまま不思議な線で繋がれてそのまま四角形の半透明の橙色に光る壁が生成される。
信哉はその壁へ向かって再び椅子や枕を投げつける。しかし、枕や椅子は少女へ届くことがなく、橙色の壁に阻まれる。
「くっ…!!」
妨害する術がなくなった信哉は逃げる事しか出来なくなる。
少女はイラついた様子で、橙色の壁に手を当てて前へ進もうとする。すると壁ごと前へと動き出し、設置されていた家具も同時に押されゆく。
「んなっ?!」
メキメキと悲鳴を上げる家具達をお構い無しに、少女は強引に家具を押して信哉へと迫る。
メキメキキッ…バキキッ…!!
家具全てを力技で押しのけて信哉を追う事を誰が予想できただろうか。予測不可能。否、回避不可能。
「嘘だろぉおおぉぉおおっ?!」
少女の作った壁は家具の津波を引き起こし、信哉は絶体絶命の状況へと追い込まれる。
少女の飛行スピードは尚も上がり続け、部屋へ逃げ込むことも出来なくなる。
逃げ続ける事、一分程。廊下の終着点が姿を現して、完全に逃げ場を失う。
「あ…ああ…うああああーーっ?!」
信哉は壁と家具に挟まれて、身動きが一切封じられる。自身の体が直接傷つけられた訳ではないが、椅子の脚や棚などが壁へめり込んで信哉の関節を固定させる。
家具が高く積み上げられて壁となっており、奥から少女の声が聞こえた。
「この大きな扉が主への部屋なのね。案内ありがとうね」
「なっ…待て!?待ってくれ!俺はまだーーーー」
戦える、と言葉を繋げようとした時、自身が立っている床がひび割れて光が差し込む。
何が起こっているのかと疑問に思った時だった。
正体は先程と同様、床を突きぬけて放射されるレーザーであった。
レーザーは叫び声をあげる間もなく、自身の体を包つくし、意識を遠い何処かへ大量に押し込まれた家具と共に吹き飛ばしたのであった。
黒髪の少女を止めることも叶わず、更には地面から突き抜けるレーザーに被弾し、何も残す事を出来なかった事を事実として突きつけられた感覚を信哉は最後に味わったのだった。
この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
霊夢の力強さを表現しようとしたら、脳筋プレイヤーのような表現になってしまった。どうしてこうなった。
今回はここまでにしたいと思います。
次回もゆっくりしていってね!