体の節々が痛い。それに考えるだけで頭痛も。どうしてなのか、記憶がない。何故だろう。
信哉は失っていた意識を取り戻す。
ぼんやりと見える視界には、紅い霧が漂う空と倒壊しようとしている紅魔館が映る。
朦朧とする中、空を見つめ続けていると、突如眩い光が空一面に発生する。
「ぐっ…」
深い眠りから無理やり起こされたような感覚と似ており、朦朧としていた意識は刺激によってはっきりと覚醒する。
空の光が消えると、信哉は目を凝らして発光した場所を見る。すると先程まで戦っていた黒髪のお祓い棒を持った少女が、レミリアと戦っていた。
「な、何も…出来なかった…」
二人の少女が激闘する姿を見て、自身の無力さを思い知らされる。
手を伸ばしても決して届くことはない。とても届きうる事は無い。
嘆いていても何かが変わる訳でもない。なのでその場から移動しようとするが、その時に自身の状況を改めて理解する。
「ぐっ…?!」
信哉には家具だったであろうガラクタが積み重なっており、足は完全に潰されていた。
何故か痛みはない。しかし、足元からドクドクと流れる血を見て死を想像する。
「そ、そんな…?!何とか…しないと…」
信哉はガラクタを退けようと手で掴んで力いっぱい引っ張った。しかし、複雑に重なっているからなのか、ビクともしない。
「……っ!誰か、誰かいないか…?!」
縋るように辺りを見回す。瓦礫の山の隙間を覗いてみるが、人らしき影すら見つからない。
「ぐうぅっ…!!クソォッ!!」
怒号と共に地面を殴りつける信哉。力任せに積み重なったガラクタを動かそうとするも、体力の無駄な消費でしかなかった。
はっきりとしていた意識も再び朦朧とする。寒気も強くなる。
「か、へぁ……」
信哉は再び地面を殴りつける。しかしその行動が最後の体力を使い切り、体が鉛のように重くさせた。
無力。何も出来なかったことへの後悔と自責が押し寄せる。唇を噛み締めたくとも、もう瞼すら上げる力もない。
最後に見た景色は色鮮やかに光る弾幕が飛び交う空であった。
体力を失い、気力も失いつつある信哉に待つのは死のみと思われた。しかし、それはある衝撃によって先延ばしにされる。
バキバキバキバキ…!!
先程、信哉が殴りつけた地面から亀裂が走る。既にボロボロだった床はいつ崩れてもおかしくはない状態で、そのきっかけとなったのが信哉の拳であったらしい。
亀裂の走った床はあっという間に陥没し、信哉を地下へと誘った。
運が悪いのか良いのか、信哉の上に積み重なっていた瓦礫の殆どは引っかかって落ちず、信哉だけが地下へと落ちる。
そして落ちた場所は階段になっており、そのままゆっくりと転げ落ちると、どんどん加速する。
「ぐおあああっ?!」
段差から落ちる度に角が体にめり込んで、鈍い痛みを伴わせる。
止まった頃には左腕が奇妙な曲がり方をしながら、関節が無いはずの部分も曲がっていた。
見たことも無い気持ち悪い左腕を見て、信哉は恐怖を抱く。暗黙してゆくはずの意識は鈍い痛みによって連れ戻され、再び視界がはっきりとする。
「な、なんなんだよぉ…!!」
右腕で体を支えながら起き上がる。
顔を上げると、目の前には鉄製の檻で保護された木製の扉があった。
今まで見てきた扉よりも少し小さく、また施錠が厳重であった。
信哉はその扉の奥から人であろう気配を感じとった。
「がっ…?!た、助けて…くれぇっ…!!」
信哉は檻を開け、扉の施錠も解除させる。
助かりたい一心で、厳重に閉められし扉を開けた。
「…?…??」
扉を開けると中は真っ暗闇であった。感じていた人の気配もまるで最初からなかったかのように消えてしまう。
「そん、なぁ…」
信哉は痛み、脱力からその場に膝から倒れてしまう。足がひしゃげている程の怪我。動けること事態がおかしかった。
床に、歪に広がる血溜まり。暗闇の中、無風で静寂の中に徐々に弱まる信哉の呼吸音が響き、そして溶ける。
信哉はうつ伏せて力が入らずとも、顔だけでも前を向こうとする。
息絶えだえの中、何とか前を向くことが出来て目を開けた時だった。
暗闇の中に暖色系から寒色系までの様々な輝きを放つ複数の水晶のようなものがみえる。
その輝きはまるで自身が歩む行き先の目印のような、そんな錯覚に陥る。
「…!…!!」
信哉は無意識にその光へと手を伸ばしていた。途方に暮れた際に現れた希望の道筋を追うかのように、腕を伸ばした。
既に、信哉の目にはぼやっとしか光は見えていなかった。限界が来たのだ。生命としての。
光る水晶は揺れながら、ゆっくりと信哉に近づいて行った。水晶は信哉の目の前で止まる。
すると、信哉の呼吸音が掻き消されるように少女の声が響く。
「ねぇ、何をしてるの…?」
少女の問いに対しての返事はない。信哉は殆ど意識を失っているからだ。
しかし、少女の問いは終わらない。
「アナタが…フランのお友達になる人…?」
信哉の頭が少し浮く。声の主に髪の毛ごと引っ張られているらしい。
「…つまんない。つまんないよ」
少女は声を震わせる。その声に一体どれほどの思いがこもっているのかは本人以外知る由もない。
「血、あげるからフランとずっと遊ぼう…ねぇ?」
少女はそういうと信哉をうつ伏せから仰向けにさせて、上体を起こさせる。
「もう、離さないよ…。一緒に、ずっと…遊ぼうね…」
少女は煌めく水晶を揺らしながら、信哉の首元へ噛み付いた。
すると水晶の光に照らされて薄らと露わになる信哉の噛まれた首筋と少女の口の隙間からタラリと赤い一滴が零れる。
シュワアアア…
すると辺りに炭酸が抜ける時のような音が響く。共鳴するかのように、信哉の体に噛まれた場所を初めとした赤い光が波打つが如く駆け巡る。
その波は一度だけではなく、二度…三度…と間隔が狭ばまりつつ激しくなる。
「ぅ、ぉ、ぁああああぁぁっ!?」
失った筈の意識が甦ると同時に信哉の体に変化が現れる。
爪はいきなり伸びだして鋭くなり、八重歯が他の歯を押しのけて急成長する。他にも筋肉が膨張と収縮を繰り返したり、痙攣のような症状も発生する。
「ぎ、あ…がっ」
「アハ…アハハッ…。これで、一緒に遊べるね…」
少女の薄らとした笑みは暗闇の中に直ぐに溶け込み、本当に笑っていたのかもわからない。
しかし、少女のケタケタという笑い声が呻き声と共に響き続けたのであった。
崩壊寸前の紅魔館上空では、紅月の光によって強化されたレミリアとお祓い棒を振り回しながら弾幕を放つ黒髪の少女が激闘を繰り広げていた。
「こ、これで決めるわよっ…!!『紅色の幻想郷』」
レミリアが一枚のカードを掲げると、全方位へ巨大な弾幕が曲がりながら発射される。そして、その軌道上には小さな弾幕を生成させて不規則に移動。
超広範囲の弾幕は黒髪少女の逃げ場を確実に無くしていく。
少女にとって躱しつつ反撃する事はかなりの苦行らしく、苦しい表情を薄らと浮かべる。
しかし、少女も対抗して一枚のカードを発動させる。
「終わりよ!霊符『夢想封印』」
少女から眩い光が発された次の瞬間、レミリア目掛けて高速で虹色の光弾が発射される。
レミリアは驚いた様子で回避しようとするも、少女が放った光弾はレミリアを追うように曲がって炸裂した。
「そ、そん…な」
レミリアはピチューンと謎の音と共に爆ぜる。すると空を覆っていた紅霧はゆっくりと薄くなっていく。
その様子をみた少女は溜め息をついて、その場を去っていったのだった。
「はぁ…これで解決ね。あー疲れたー…」
紅月が沈むに連れて、空が明るくなる。そして太陽が顔を出す頃には、紅霧は完全に消えていたのであった。
……
………
…………
後日、紅魔館の被害状況が確認された。
地下……半壊
一階以上……倒壊の恐れあり
天井……複数の風穴を確認
激しい激闘の末の結末。被害は甚大。
同時に怪我人なども確認された。
軽傷者……紅美鈴、十六夜咲夜、パチュリー・ノーレッジ、レミリア・スカーレット、その他妖精達
行方不明者……黒羽信哉
保護対象……黒羽明寛
黒羽信哉の消息が確認できず、行方不明の扱いとなる。
幻想郷に配られる新聞…文々。新聞では今回の紅霧異変を大々的に捉え、博麗の巫女について報じられた。そして、新聞の一番最後の端には異変を解決した事での宴会が博麗神社にて開かれるという書き込みが。
異変に関わった者のみならず、幻想郷の人妖達が集まるという…。
異変以来、レミリアは神社へ赴くようになっていた。まるで我が家のようにくつろぎ、遠慮なんてものは存在していない様子だった。
宴会を数日後に控えたある日。この日もレミリアは神社へと遊びに来ていた。
神社の主である博麗霊夢は、もう諦めた様子でレミリアが神社にいることを受け入れ始めていた。
霧が晴れた事により、夏本来の暑さが戻って強い日差しがジリジリと地面を焼いていた。雲一つない、清々しい快晴であった。
しかし、そんな天気も一変する。
ゴロゴロ…!
青天の霹靂の如く突如雷鳴が鳴り響く。
霊夢やレミリアが驚いた様子で空模様を確かめていると、遅れてやって来た暗雲が猛スピードで広がった。
「お、おい!?凄い急に変わったぞ」
空から箒に跨りながら舞い降りる一人の少女……霧雨魔理沙が驚いた様子で神社へとやってくる。
すると雷鳴が再び鳴り響き、空気を振動させる。
「…あら、湖の方だけ雨が降ってるわ」
レミリアは持ち前の常人離れした身体能力で、ある場所だけ雨が降っている事を確認する。
「湖の方って…。たしかアンタの家があるんじゃない?」
「追い出されたのか。可哀想だな」
レミリアは魔理沙を一瞬睨みつけた。すると魔理沙は即座に手で口を覆って、何も言っていないアピールをする。
「…まぁいいわ。雨が降っていたら帰れないじゃない…泊まろうかしら」
「それだけは勘弁よ。出てけ」
しっしっ、と手で追い払う素振りを見せる霊夢。神社の中へ入っていき、お祓い棒を持ってくる。
「ちょっ、ちょっと?!本当に追い出すの?!」
「お、どこか行くのか?」
「が、外出ね…驚かさないでよ。どうせなら私の家見てきてちょうだい。……………私が追い出される筈なんてないんだから、ええそうよ。うん」
レミリアはどこか寂しげな様子で、何やらブツブツと暗示なようなことをしていた。
魔理沙は霊夢がどこかに行くを事を感じ取って、何処に行くのかを訊ねた。
「吸血鬼の家に行くのよ。面倒だけど、またイヤーな感じがするしね…」
霊夢は持ち前の直感で何かを感じ取り、文句を言わずにレミリアの頼みを聞くことにする。
魔理沙は、霊夢が行くならしゃーない、と言葉は渋々としているが行動は嘘をつけず、ちゃっちゃかと紅魔館へ行くのであった。
雨は湖手前から降り出して、紅魔館へ近づくほど強くなっていった。そして、魔理沙はこの雨が自然的なものではなく人為によってもたらされた現象と何となくでだが考えていた。
この雨は人を近寄らせない為に降っているのか。はたまた、ナニカを紅魔館から出させないよう雨の檻で幽閉しているのだろうか。
それは紅魔館へ行けば、全てがわかるのであった。
「なぁ霊夢。この雨、多分魔法で降ってるみたいだ」
「魔法、ね…。霧の次は雨雲とか…余程あそこの住民は日光を嫌うのね」
呆れ混じりに霊夢はため息を吐いた。
紅魔館へ近づくにつれて強くなる雨足。その強さはやがて声などの音すらをも消し去る程のものとなる。
「おいおい…こりゃ酷すぎる。前が霧で見えなくなって来てるぜ…」
「こっちよ。嫌な予感がビンビンと感じるわ」
まるで某漫画の主人公のアンテナさながらの感知能力で、紅魔館へ向かう霊夢。
魔理沙は霊夢を見失わぬように必死についていった。
数分後、霊夢達は無事紅魔館へと到着する。
紅魔館は未だに破損部分があり、中は雨漏りだらけであった。
窓が少なくとも、亀裂や穴などによって強制換気されており、湿気が籠ること逃れられているようだった。
「雨漏りが酷いな…。本とか大丈夫か、これ…??」
魔理沙は図書館のある地下へと目線を向ける。
すると霊夢が階段を下りだす。
「下から感じるわ。行くわよ」
「あいよ」
階段を下りると、いくら壁や天井に穴が空いていようと光が差し込まない為、暗闇が広がっていた。
「暗いぜ」
「たまに脆いところがあるから気をつけなさい。……あ、そことか」
「んぎゃー!!」
霊夢が忠告すると同時に魔理沙が脆くなった床に足をとられ、そのまま転んでしまう。
「も、もうちょっと早く言えっ」
「…!!魔理沙、お出迎よ」
魔理沙の叫びはスルーされるが、暗闇の奥から一人の少女が現れる。
紅魔館随一の魔法使い、パチュリー・ノーレッジであった。
「今日は喘息の調子が良くていいわね…。あなた達、帰った方がいいわよ」
「そうもいかないんだぜ。あのちびっこから見てこいと頼まれたからな!」
「ちびっこ……レミィの事かしら。だとしたら伝えてあげて。もうちょっと神社に遊びに行っててもいいわよってね」
「私は嫌よ。だから無理やりにでも帰らせるわ。それと…嫌な感じがするんだけど、また何かやろうとしているわけじゃないわよね」
「…。何を言っても分かってくれそうにないわね…。今日は調子もいいし油断しない方がいいわよ?」
パチュリーは宙にフワリと浮かび上がり、辞書が何冊にも重ねられたような分厚い本が開かれる。
「また相手してやるぜ、パチュリー!勝ったら本貰うぜ」
魔理沙が不敵な笑みを浮かべながら前に出る。
ピリピリとした空気が霊夢達周辺の空間が包み込む。
戦いが始まろうとしていた時、図書館よりも地下…。鉄格子で補強された厳重な扉から、少女と青年の二人の影が現れたのだった。
「いくよ、バディ!」
少女は青年の手を引いて、羽と思わしき煌めく水晶を揺らして、階段をゆっくりと上がって行った。
この作品を読んでくれてありがとうございます。銀の鰹節です。
投稿が空いてしまいましたが、生きています。遅れた理由としては、学生としての責務を果たす為、と言わせていただきます。
今後も忙しい身なので、今回のように間隔が開くこともあると思いますが、よろしくお願いします。
今回はここで終わりにさせていただきます。
次回もゆっくりしていってね!